第43話 声
――船内・通路
フォルスは自分の部屋へ向かう。
彼を見送り、ラプユスが自分たちも部屋に向かいカードゲームでもしようと提案するが、アスカはその場から動かず、立ち去ったフォルスの影を見つめながら顎先に手を置いて、何やらうなり声を上げていた。
それを奇妙に感じたレムが尋ねる
「ふむ~」
「どう、しました?」
「いやの、フォルスの様子がちーとばかし気になってな」
「なにやら、考え事を、していたようですね」
「それもなんじゃが……ワシが気になったのは別のことじゃ」
「なん、ですか?」
「クラーケンとの戦い。あやつ、見事、クラーケンの脚を一刀両断しておったじゃろ」
「ええ、お見事でした。この、短期間に、あれほど腕を、上げるとは」
「それが妙なのじゃ」
「そう、でしょうか? 今のフォルスに、それだけの腕はあると、思いますが?」
「腕はな。じゃが、心はどうじゃろうか?」
「あ、なるほど……」
レムはアスカの
これにシャーレが眉を折って疑問を声に表し、この疑問にレムとアスカが答える。
「フォルスの心に何の問題が?」
「彼は旅の途中、剣の力を借りて、勝利を納めています。彼自身の力での、勝利経験はない。つまり、戦いの経験値が、少ないのです」
「剣の力に頼らぬフォルスとって、今回の戦いは初戦闘にあたる。そうじゃというのに、あの落ち着きよう。人質が怪物に取られている状況で冷静にイカの脚を切り落とし、緊張に息も上がっておらぬ。駆け出しの戦士ではあり得ぬこと」
二人の返答を聞いて、シャーレは折った眉を顰め、無言の思考に耽る。
代わりにラプユスが無言を消し去る。
「それこそフォルスさんの才では? 器が大きいとか度胸があるとか?」
「そう思いたいのじゃが……初戦闘、人質、怪物。この悪条件下で、あそこまで冷静でいられるものじゃろうかのぅ?」
「もしかすると、これも剣の力、なのでしょうか?」
レムの言葉に、一同は会話を止めた。
末は廃人か消滅か。
そうなることを回避するためには、そうなる前に使用をやめればいいだけ。
うまく付き合えば、使い手に強い力をもたらし希望を叶えてくれる剣。
だがもし、力だけではなく、使い手の心に何らかの影響を与える剣だったとしたら……?
アスカはか細く声を出す。
「悪影響がなければよいのじゃが……」
この声に、シャーレが言葉をぶつける。青く燃ゆる怒りを宿して。
「剣を与えたあなたが言うセリフ? しかも、あなた自身、あの剣にどんな力が秘められているかもよくわかっていないのに?」
「……返す言葉もないの」
アスカは珍しく顔を曇らせている。
だが、シャーレの追及は止まらない。
「この二か月ほど一緒に旅をして、あなたは性格に難はあるけど無為に誰かを傷つけるような存在ではないことはわかっている」
「さらっと悪口が混じっておるの……」
「あなたはフォルスを媒介に失われた力を取り戻そうとしている。フォルスを選んだのは彼に大きな可能性を感じたから。だからといって、あんな危険な道具を渡すような存在には思えない」
「思いのほか高評価で驚きじゃ」
「茶化さないでっ」
「いや、そんなつもりはない。おぬしがフォルス以外の存在をそこまで見ていたことに驚いておるだけじゃよ、フフ」
「…………」
アスカは微笑みシャーレを見つめ、シャーレは瞳を逸らし無言に身を包む。
アスカは笑みを消して眉を顰める。
「何か理由があったはずなのじゃが……それが思い出せんのじゃ」
「え?」
「神と称する存在は皆、神の根源たる一なる存在と繋がっておる。おそらく渡した理由は一なる存在の中にあるのじゃろうが、こちらの世界に来る時にリンクを絶った。故に、理由がわからぬのじゃ」
神の名を聞いたラプユスが疑問を挟み込む。
「一なる存在とは?」
「トップシークレットなんじゃが、まぁええじゃろ。この宇宙に存在する数多の神という名の存在は全て一なる存在なのじゃ。一でありながら数多の人格を表すことのできる存在。故に、数多の神がおる」
「なかなか理解しがたいお話ですが、私たちにもわかりやすく表現すると、一とは、その存在。神は存在の部位名称のようなものでしょうか? 例えば、一なる存在が全身を表す言葉だとすると、アスカさんはその指先ということでしょうか?」
「ほう、面白い例えを。そうじゃな、部位というよりも、人の目線では全てが見えぬのじゃよ」
「それは一体?」
「ふむ、部位という言葉を借りて説明しよう」
アスカは自分自身の体を見せるつけるかのように振舞う。
「同じ目線を持つ者同士ならば、ワシがこのようにかわゆいことがわかるじゃろ」
「そうですね。憎たらしさが滲み出ています」
「かわゆい、じゃ! ごほん、しかしじゃ、小さき蟻の目線ならどうじゃ? 彼らは人の全体像を見つめることが叶わぬ。もし、人が蟻に対して、指先という部位を突きつければ、蟻たちはそれを巨大な物質と認識する程度じゃろう」
「なるほど、私たちが神と認識しているのは神の一部に過ぎないということですか」
小さきモノには大きなモノの一部しか見えない。
指先で砂糖を摘まみ蟻に与えれば、蟻たちは指先を、我らに富を与えるモノだと敬うだろう。
足先で踏み潰せば、蟻たちは恐ろしき存在と認識するだろう。
瞳で見つめれば、蟻たちは巨大すぎる瞳を瞳として認識できず、見つめられていることに気づかず日常を過ごすだろう。
「これらの例えでは説明不足じゃが、言葉では足らぬため人へ伝えるのは難しい。ともかく、一なる存在とはワシであり、ワシらである存在。端的に言えば、ワシらの知識が収まる知識の集合体、と言ったところか」
「そこにアスカさんがフォルスさんに剣を渡した理由。正確に言うと、危険な剣を誰かに手渡しても構わないな理由が収まっている。ですが、今はリンクが切れているからわからないというわけですね」
ここでシャーレが話の不合理を突く。
「それはおかしい。あなたはこの剣を盗んできたのでしょう? そして、力の性質が異なる私たちの世界に逃げ込んだ。そこでフォルスと出会い、剣を渡した。一連の流れに、危険な剣を誰かに渡しても構わない理由があるとは思えない」
「盗んだは語弊じゃよ。ただ、嫌がら……ワシの扱いがずさんなミュールに反省を促すためじゃ!」
「どっちでもいい。ともかく、私の疑問に答えて」
「どっちでもよくないんじゃが……しかし、指摘通りじゃの。おかしい……ふむ、剣を盗む、ではなく、黙って持ってきた。ここを見つけて隠れ家にしようとした。じゃが、力の回復がままならん。故にフォルスへ渡すが、危険な代物。それを問題なしとしているワシ……」
アスカの自問にレムが答えを返す。
「まるで、初めから、その予定だったような、動きですね。剣を、フォルスへ、渡すための」
「馬鹿な! ありえぬ! ここを見つけたのはたまたまじゃぞ」
「剣を盗み、『たまたま』逃げ込んだ世界。そこでは、回復できない。ですが、『たまたま』盗んだ剣には、あなたを効率よく、回復させる力があった。そして、『たまたま』その剣の危険性に、耐えられる可能性の塊を持った、青年と出会った」
ラプユスが腕組みをして頭を傾ける。
「偶然が三回も重なっちゃってますね。これは怪しいですよ。あの、アスカさん? 一なる存在とリンクは繋げられないんですか?」
「この世界はワームホールの途中の隙間にある世界で干渉が大きくてな。ちょいと難しい。無理にやろうとすると……ミュールに……ミュールに見つかる」
アスカはまるで全裸で寒風の野原に立っているかのように体全身を震わせて怯えている。
彼女にとってミュールという存在は恐怖の対象のようだ。
皆は彼女の様子から、無理にリンクを繋ぐように促すのは無理だと感じた。
そうであっても、シャーレはアスカへ厳しく釘を刺す。
「ミュールという人とあなたがどんな関係かは知らないけど……フォルスに問題が起きるようであれば、無理やりでもリンクしてもらう」
「それは……そうじゃな。そうあるべきじゃろうな…………しかしの、ミュールが…………あ、あの、その時は皆でワシを庇ってくれんかの?」
瞳に涙を浮かばせて、声を上擦らせる。
震えは四肢に残り、小刻みに揺れる。
龍神たる存在がこれほど怯えるとは、どれほどまでにミュールなる者が恐ろしいのか?
だから、皆は――
「まぁ、考えておく」
「善処します」
「アスカに、正当性があれば」
「そこははっきり庇うと言ってくれんかの!」
大きな唾を飛ばすアスカ。
その姿に三人はくすりと笑いを漏らす。
すると、今までずっと黙っていたララが声を上げた。
「あのさ、さっきからあんたたちが何を話しているのかさっぱりなんだけど? 剣の力? 神? 何のこと? すっごい疎外感。ちょ~さびしんだけど」
「あ~、そうじゃったな。これから旅についてくるんじゃったっけ?」
「うん、ルフォライグをぶっ殺すためにね。あんたたちは頼りになりそうだし」
「打算的じゃが、良いじゃろ。これまでの経緯については部屋でじっくり話すとするかの。とりあえず、
この投げかけにシャーレが付け加える。
「いざというときは、あなたが一なる存在とリンクする。も、でしょ」
「うぐ、わかっておるわい! ワシとてフォルスを廃人にしたいわけじゃないからの。じゃが……ミュールが」
再び震えるアスカ。
レムは皆に声を掛けて部屋に行くことを促す。
アスカも震える足を引きずりながら向かう。
その途中でラプユスがアスカへ問い掛けてきた。
「一なる存在……やはり、モチウォン様やレペアト様もそこと繋がっているんでしょうか?」
「……まあ、神であれば繋がっておるじゃろうな。ただし、この世界は干渉が大きく繋がりにくいが」
「なぜ、二ツ神は一なる存在と繋がりにくい場所に世界をお創りになったんでしょうか?」
「さての。ま、様々な脅威から避けるために己の世界を隠す神は少なからずいるからの」
「様々な脅威?」
「宇宙には数え切れんほどの生命体がおる。彼らは日夜競争を行っておる。滅び、滅ぼされを繰り返す熾烈な競争をな。神の中には産み出した子どもたちをその熾烈な競争から避けたいと考える者もおる」
「なるほど、そういうことですか。滅びから私たちを守るために。神の愛に感謝を」
ラプユスは胸元に手を置いて
残るアスカは瞳を細めて、心の中で唱える。
(しかしの、この世界に神の気配は皆無。何かしら絶大な存在がいたという雰囲気はあるが、それが何者なのかわからん。モチウォンにレペアト……何者なんじゃろうな? まぁ、何者であっても、この世界を産み出した『創造主』で間違いはなかろうが)
その頃――特等客室・フォルス
俺は扉を開けて、一言。
「広っ」
二人部屋だそうだが、室内には部屋が三部屋もありトイレとシャワーも完備。
部屋全体は洒落たインテリアに着飾られている。
扉は金属でできた無機質なものだったでそのギャップに驚いてしまう。
俺は一人用とは思えぬでっかいベッドに腰を下ろして、
「本当にアスカたちに何か影響を与えてんのかな? ここはいっそ、みんなに俺の感じてることを話して相談した方が――」
――やめておけ、そんなことをすればみんな死ぬぞ――
「誰だ!?」
突然、聞き覚えの全くない女性の声が響いた。
出所は特定不可能。
正面から聞こえたとも頭に響いたとも天井から降り注いだとも言えない奇妙な感覚。
俺はもう一度問い掛ける。
「誰だ? 誰か居るのか?」
返事はない……俺は再び
「まさか、この剣が?」
わからない。剣が喋ったのだろうか?
そんなことあり得るのか?
あり得たとしても、何故、あのような言葉を?
<やめておけ、そんなことをすればみんな死ぬぞ>
とても短いのに、途轍もなく不穏な言葉。
出所不明で誰の言葉かもわからない。とてもじゃないが信用できない。
だが――心にずしりと重みを感じさせる言葉……その重みが言葉に真実の二文字を宿らす。
「相談すれば、みんな死ぬ? 何故? 相談されたくない? 脅しか? それとも、俺たちを死なせたくない? されたくない理由は? 死なせたくない理由は?
問い掛けても、答えは返ってこない。
部屋に置かれた置時計の針の音だけが響くだけ……。
「くそっ、なんだってんだ! ますますわけわからねぇ!!」
不穏が募るばかり。
そうだというのに、現状では様子見しかできない。
「信用はできないが真実味のある声の響き……相談という手を封じられた。俺一人で謎に立ち向かえってかっ」
誰が、何のために、何をしたいがために?
誰かが俺たちに何かをさせようとしてる?
それは全くわからない。
俺は奥歯を噛みしめ、謎の女性の声に言葉を返す。
「何者かわからないが見てろよ。お前の目的が何で、お前が何者なのか突き止めてやるからな!」
――おまけ
今晩もてっきりシャーレが潜り込んでくるかと思ったけど来なかった。
彼女はみんなとの会話やアスカが持ち込んだ異世界のゲームで盛り上がってたそうだ。話の方はララへの説明が
だからといって、さすがに女性ばかりの部屋へ尋ねることはできないし。
そろそろ、男の仲間が欲しい……。
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