第22話 人に交わり過ごす神・アスカ

――アスカとシャーレに用意された部屋



 アスカとラプユスは眠っているシャーレを運び、ベッドの前に立つ。

「いっせ~のせで投げるぞ」

「変わった掛け声ですね。でも、わかりました。いっせ~の」


「「せっ」」


 シャーレはぽ~いと投げられ、ベッドの上で一弾みして収まった。

「ふむ、我ながら眠りの魔法が深く効いているようじゃな」

「アスカさんが使用した魔法ですけど、見たこともないものでした。あれはいったい?」


「じゃから言っておるじゃろう。ワシは異世界の神じゃからな。故に使用する力の質が違うのじゃよ。その辺は明日にでも話してやろう。共に来るんじゃろ?」

「ええ、そのつもりです。その際、一つ力を貸してほしいのですが……」

「ん、なんじゃ?」

「それはそちらと同じく明日にでも……」



 ラプユスは瞳を悲しげに震わせ、次に決意を秘める思いを乗せる。

 そこから意識を変えるように軽く頭を左右に振り、話題もまた変えた。


「アスカさんは異世界の神と名乗りましたよね?」

「そうじゃぞ。異なる世界とは言え神。敬うがよい」

「でも、それにしては弱っちいような」

「弱っちい言うな。現在は弱っておるからな。完全体ならば太陽系の一つや二つ吹き飛ばせるのじゃぞ。さらに創造神級なので、その気になれば世界を作ることも可能じゃしな」


「大口はいくらでも叩けますものね」

「ぐぬ、辛辣じゃな……ふむ、ラプユスよ」



 アスカは一拍挟み、黄金の瞳をラプユスの黄金の瞳に合わせ見据えた。

 それを受けて、ラプユスもまた居住まいを正し、顔を引き締める。


「何でしょうか?」

「おぬしの瞳はワシを邪悪だと捉えているようじゃな。故に、言葉の当たりも強くなるのじゃろうが。何故なにゆえに、ワシを邪悪だと見る?」


 この言葉に、ラプユスは瞳を大きく開き、黄金の瞳に緑の光を宿す。

 そして、ゆっくりと言葉を生んだ。

「あなたの行動、言動。それらは決して褒められたものではありませんが、邪悪とは程遠い。ですが、私の瞳に宿るモチウォン様の力があなたを邪悪だと訴えています。もしや、モチウォン様はあなたと敵対関係だったのでは?」



「モチウォンなる神とワシがか? そのような神に恨まれる覚えも敵対している覚えもないが。それ以前に、モチウォンなどという神をワシは知らぬ。そもそ――」

「それは私たちの神に対する侮辱ですか?」


 知らぬ――この言葉にラプユスは素早く反応し、アスカの声を遮り言葉速く声に出す。

 声に混ざる感情は信仰する神を否定された怒り……。

 感情を受け止めたアスカは彼女の信仰を穢さぬよう、続く言葉を飲み込み、小さな沈黙を挟んで答えを返した。



「……そうではない。ただ、知らぬだけじゃ」


「それもまたおかしな話です。神とは全知全能でしょう。それを『知らない』なんてあり得るんですか?」

「全知全能とは受け手よって定義が変わるものじゃから一概には言えんが……まぁ、全能はともかく人から見れば全知であることは確かじゃな。しかしの、ワシは意図的に情報をシャットダウンしておるのじゃ」

「え?」


えて、情報を絶ち、『今』という時を楽しんでおる。全てを知るというのはつまらんからな」

「つまらない? 全てを知ることは素晴らしいことでは? 少なくとも私たちの世界の人々はそれを目指しています」



「ワシの世界でもそうじゃぞ。人間はそれを目指して、を得るために努力を重ねておる。じゃがな、そこへ至ったワシはそれに飽きてな」

「飽きるって……」


「ま、神の中でも異端の存在かもしれんな、ワシは。ともかく、人と同じ目線で同じ時を生き、共に歩むことをワシは楽しんでおる。そのために情報を絶っておる」

「意図的に絶っているなら、その気になれば?」

「ああ、可能じゃが……とはいえ、レントここではそうはいかぬようじゃ」


「どうしてですか?」

「このレントは他の世界からの目が届きにくい位置にあり、また干渉も激しい。故に知識の集合体にアクセスできぬ。何か事情があり、モチウォン及びレペアトなる存在はこのレントを他の世界から隠しておるようじゃしな」

「その事情とは?」



「さてな。宇宙の競争から我が子を守りたいのか、何らかの敵対する種族から我が子を守っておるのか? 後者ならばおぬしの瞳がワシを警戒する意味もわかるが」

「私たちと敵対する種族がどこかにいて、外から来たあなたをモチウォン様が警戒していると? だから私はあなたを邪悪と感じてしまう?」


「そんなところかもしれん。ま、わからんがな。フフ、真実は神の瞳に頼らず、おぬし自身の瞳で見つめるが良いぞ」

「…………頼る頼らないはともかく、見極めさせていただきます。もしあなたが邪悪なる存在ならば、フォルスさんとシャーレさんに危険が及びますし」



 最後の彼女の言葉にアスカはピクリと眉を動かす。

「何故、フォルスとシャーレの心配をする? 今日出会ったばかりの二人のことを?」

「え? それは…………」


 沈黙を挟み、ラプユスは答える。

「何故かわかりませんが、とても親しみを覚えるんですよ。特にフォルスさんには」

「ふむ、ワシもそうじゃったが、シャーレもそう言っておった。あやつには人を惹きつける力があるのかの? それともつるぎの力か? 剣についてはワシも知らぬことが多いしの」


「剣?」

「それについても明日話すとしよう。フフ、これはなかなか面白そうな謎解きになりそうじゃ」

「クスッ、それが人の目線で得た神の楽しみですか?」

「ふふ、そうじゃな。さて、夜も深い。そろそろ休むとしようか」

「そうですね。では、私は失礼します。おやすみなさい、アスカさん」



「うむ、おやすみなのじゃ……最後に一ついいか」

「何でしょうか?」

「アスカさんと呼ぶのはやめてほしいのじゃ。アスカで頼むのじゃ」

「どうしてです? さん付けだと距離がある感じで嫌ですか?」


「そういうわけではないが……おぬしのしゃべり方と性格がワシの苦手な人物に似ておってな。アスカさんと呼ばれるたびにドキッとしてしまうのじゃ」

「そういうことですか。ふふ、わかりました。では、おやすみなさい。アスカさん」

「なっ!? 全然わかっておらぬではな――!」


 

 ラプユスはアスカの言葉を最後まで聞くことなく扉を閉じた。

 そして、小さく笑い声を立てながら自分の部屋へ戻るため長廊下を歩く。

 その途中、奇妙な感情が心の中に沸き立つ。


(親しみ深いのはフォルスさんやシャーレさんだけじゃありません。あなたにもですよ、アスカさん。だけど、この感情は何でしょうか? 邪悪だと感じながら友のような感覚を覚える……)


 ラプユスはそっと自身の胸に手のひらを置く。

(もしこの想いが剣の力ならば、フォルスさんの剣は心を操ることのできる剣? それはとても怖く……ちょっと寂しいですね)

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