第21話 社会勉強ですよ

「私は見ちゃいましたよ~」

 そう言って、真っ白でふわもこなパジャマに身を包むラプユスが天井裏からとりゃっと降りて、スタッと着地する。


 俺は声を上擦らせながら問い掛ける。

「な、なな、なんで天井に? ってか、いつから?」

「うふふふ、この塔には、あちこちに隠し通路がありますからね。あと、最初からです」

「最初からっ?」

「はい!」


 一切濁りのない透明感溢れるはっきりした返事。

 彼女は悪びれ度ゼロの回答のあと、ベッドで小さく胸を上下させているシャーレへ顔を向ける。



「何やらシャーレさんから極大でスーパーな愛を感じてビビっときました。これは、愛の営みを行われるのでは!? と。なので見学しに来たんですよ」

「は?」

「実は私、そういったことは知識では知っていますが実際にお目にかかったことがないもので……ですから、後学のために今宵参った次第です」


「参った次第じゃないよ! なに考えてんの? 覗きだよ!」

「いえいえ、見学ですよ。社会勉強ですよ。それで――」

「それは社会勉強と言わない! マジで何考え――」

「あわよくば、交ぜてもらおうかと」

「はっ!?」



 ラプユスはしなを作りつつ、上目遣いを見せて、頬をほんのり赤くする。

 俺は彼女の一連の行動と発言に思考が停止。

 代わりにアスカが常識外れな行動について彼女へ尋ねる。



「交ぜてもらうとはどういうことじゃ?」

「そのままの意味ですよ。営みとは、愛を示す表現の中の表現だと聞き及んでいます。それがどのようなものか? また、そこから生まれる快感は言葉には表せぬものとも聞きます。ですから、興味がありまして交ぜてもらおうかと」


「初めてじゃと快感の前に痛みをともなうぞ。まぁ、個人差はあるが」

「承知の上です。ですが、愛と痛みは表裏一体。だからこそ、今宵それを体験したく参ったのです!」


 天井を仰ぎ、力強く拳を固めるラプユス。

 視線の先にはついさっきまで彼女が顔を出していた天井の穴。

 隠し通路とか言っていたが、この塔にはあんな穴みたいな場所がいくつもあるのだろうか?


 

 愛の名の下に暴走気味のラプユスを前にして、アスカは少し戸惑いを見せている。


「お、おうなのじゃ。聖女を名乗っとる割には無茶苦茶じゃの」

「そうですか? 愛を探求する者として当然だと思いますけど」

「いやいや、おぬしは巫女じゃろ。聖女じゃろ? そういった者は処女性をいられるものじゃが?」


「なんですか、その偏狭な考え方は? 初めて聞きますよ。第一、処女のままだと命を紡ぐことができないじゃないですか?」

「そうか……なるほど。こちらではそういった価値観なのじゃな。そうか、このレントせかいは性に開放的なのじゃな」



 巫女の処女性の重要度はわからないけど、少なくともアスカが考えているほど開放的ではない。

 ラプユスが変わっているだけだ。


 そのラプユスは俺とシャーレをちらりちらりと見て、とても残念そうな声を漏らす。

「ですが、邪悪なる存在が邪魔をしたせいで見物し損ねました」

「誰が邪悪じゃ!」

「だけど――」



 ラプユスはアスカへ流し目を送る。

 送られたアスカは腕を組んで鼻から息を飛ばした。


「もっと面白いものが見れました」

「フンッ、とんだ痴女様じゃな」

「痴女じゃありませんよ。聖女です」

「どの口が……はぁ、こんな小娘の気配も察知できぬとは鈍っとるの。ま、見られて困るものではないが」


「あれが本当の姿なんですか?」

「いや、ワシに本当の姿などない。人によるイメージがワシの姿を今世こんぜに現しておる。今は、ワシ自身による適当なイメージで人の姿をしているだけじゃがな。先程おぬしが見たのもそれじゃ」


「人によるイメージがあなたの姿を今世こんぜに? それはいったい?」

「ワシは神じゃからな。この世界とは違う世界の神なのじゃ。出会った当初に説明したであろう」

「ええ、そう言ってましたけど、やはりにわかには……」


「そうか。ふむ、現状では証明できるほどの力がないので仕方ないの。ともかく、形なき存在故に人の概念がワシをワシと至らしめる。先程も言ったが、今の姿は人ではなくワシが適当にイメージしたものじゃぞ」


「う~ん、つまり、あなたは異世界の邪神なのですね。どおりで邪悪な」

「誰が邪神じゃ! めっちゃ人の面倒見てたし、敬われておったぞ!」 



 俺を置いて盛り上がる二人の会話。そこに割り込む。

「あのさ、本当の姿ってなに? 俺が目を閉じてた時にアスカは一体?」

「気にするな」

「いや、気になるよ。なんでラプユスには見せてもいいのに、俺にはダメなんだよ?」

「それはの……………………なんでじゃろうな?」


 長い沈黙を挟み、アスカは眉を顰め首を捻る。少しの間、うんうんと悩んでいたが小さな息を漏らして、言葉を出した。


「照れ臭かったのかもしれんな」

「照れ臭い? どんな姿だったか知らないけど、そんなタマじゃないだろ」

「おぬしはほんと失礼な奴じゃの。ラプユスよ、乙女に対してこんな失礼なこと言う男に抱かれたかったのか?」


「今日会ったばかりで何とも言えませんが、フォルス様はアスカさんだけに辛辣な気がしますけど?」

「ぐぬ、そんなわけないと思うがのぅ」

「でも……」



 ラプユスは緑の光彩に包まれた黄金の瞳をこちらへ傾ける。

「フォルス様からはなんだか親しみ深い気配を感じます。ですから、あなたなら構わないかな、と思った次第です」


 柔らかな笑みを見せるラプユスの視線を受けるが……その視線は俺を見ていない。

(これは……アスカとシャーレから受けた視線)

 俺ではなく、他の誰かを見つめる視線……。


「フォルス様、どうしたんですか?」

「え、いや、なんでもないよ。それより、そんな簡単に決断するなよ。こういうのって想いとか気持ちとかが重要だろ。大切なものなんだから、ちゃんと好きな人にとっておいた方がいいって」



 と返すと、アスカが俺の神経を逆なでする言葉を浴びせて、ラプユスがそれに加わる。

「あ~、いかにも童貞が言いそうなセリフじゃな」

「あれ、そうですか? ただ女性を性の対象と見るだけではなく、相手を思いやっている感じで、私は今の言葉が嬉しかったですよ」


「そんなもん建前じゃ。ほんとはエッチなことがしたくてしたくてしたくてたまらない癖に、男というのはそういう妙なところで意地を張るもんじゃ」

「そういうものなんですか、フォルス様?」


「違う! 意地は張ってない! アスカもねじ曲がった分析するなよ!」

「フフ、シャーレ相手に理性がぶっ飛んでいた癖によく言うの~」

「ぶっ飛んでない! 耐えてた!」


「ククク、からかうのはここまでにしておいてやるか。さて、水入りじゃな。今晩はここで解散とするか」

「そうですね。残念ですけど」


 

 ようやく突然押し掛けてきた三人から解放される。

 アスカは俺のベッドに近づき、眠っているシャーレの両手を引っ張り、ラプユスに声を掛けている。


「シャーレを外に出さねばな。ラプユスよ、足の方を持ってもらえるか?」

「はい、構いませんよ。よいしょっと。おっと」

「こらこら、足がベッドの端にぶつかっておるぞ」



 アスカとラプユスは眠っているシャーレの両手両足を持つ。シャーレはハンモックのように揺れている。

 その揺れのせいで、体のあちこちをぶつけしまう。


「アスカさん、テーブルに気をつけてっ」

「おう、なのじゃ。おぬしも扉に気をつけてな。では、ゆっくり休むがよい、フォルスよ」

「フォルス様、おやすみなさい。シャーレさんは部屋に戻しておきますのでご安心を」


「う、うん。あ、待って」

「ん、どうしました?」

「フォルス『様』じゃなくて、フォルスって呼んでくれよ。最初はそう呼んでくれてただろ。それに、これから一緒に旅をする仲間だからさ」

「え? は、はい、そうですね! フォルスさん!」



 ラプユスは満面の笑みを見せて俺の名を呼ぶ。

 そして――ドン、ガン、ガタンと、シャーレの体を壁や床や扉のあちこちにぶつけながら部屋から出て行った……。


「シャーレ、大丈夫かよ……まぁ、魔王だし、俺なんかよりも体は頑丈だから大丈夫だと思うけど」


 俺はベッドへ向き直る。

「さて、寝るか。と、言いたいけど」

 天井を見上げる。ラプユスが覗いていた場所にぽっかりとした穴が開いており、その先は闇に包まれている。


「不気味だなぁ。他にも隠し通路的なものがありそうで、ゆっくり休みたくても気になって休めないよ。また、不意の訪問とかありそうで。それが悪意のあるものだったら……仕方ない、ベッドで寝るのはやめよう」


 俺は近くの椅子に掛けてあったブランケットを手に取ってベッドの下に潜り込み、そこで一晩を明かすことにした。

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