第三章 童貞勇者のくせに生意気じゃ

第18話 深夜の来訪者

――トラトスの塔


 円柱状の胴を持ち、天空を鋭き穂先で突く巨大な白き塔。

 一階の柱や壁には見事な彫刻がほどこされており、天井には煌びやかな絵が描かれてあった。


 絵は闇から光を産み出し、この世界レントを創生するまでをしるしたもの。

 人間族や獣人族などを創世したモチウォンと、魔族や吸血鬼などを創世したレペアトが描かれてある。

 モチウォンは男神として。レペアトは女神として。

 双方ともに美しい男女であり、また白い装束に身を包み、金属ようなにび色の光沢を帯びた翼を持つ。

 


 俺たちはグラシエル教皇の申し出を受け、この塔の上層階にて一晩世話になることになった。

 その際、階段ではなく、エレベーターという乗り物を使用。


 これは上下に移動する箱型をした乗り物で、行き先階数をボタンで押すとそこまで自動で移動してくれるもの。

 これに俺は感動と驚きを覚えたが、アスカとシャーレは平然としている。

 彼女らにはそう珍しいものではないみたいだ。聖都グラヌスを目にしたときもそうだけど、感動を仲間と共有できないのは寂しい……。


 

 塔の中腹ほどでエレベーターは止まり、まずは旅の疲れを癒すために風呂と食事をと言われたので先にお風呂を選択しようとしたのだが、腹をすかしたアスカが「メシが先じゃー!」と言って食事が先になった。



 縦長の机が置かれた広々とした部屋へ移動。

 塔の威容とは裏腹に、野菜を軸とした慎ましやかな食事でもてなされる。

 とはいえ、普段俺が口にしている野菜料理とは違い、味も見栄えも比べ物にならなかった。

 ただ、俺のイメージとして、お偉方はもっと良い食事……お肉なんかを毎日食べてそうだったので野菜中心の料理は意外だった。


 アスカ曰く「肉は少ないが質は良い。野菜もまた質が高く、料理の腕も見事。これはとても貴重で高価な食材を使った料理じゃぞ。肉は少ないが……」と、これらはかなり豪華な食事らしい。

 肉の少なさに不満ありありだったけど。

 


 食後、客間らしき場所でグラシエル教皇と会談。

 内容は俺たちのこれまでの経緯と、ラプユスの旅の同行について。

 この話をしている最中、ずっと無言で教皇の傍についていた仮面の騎士は口元を少しだけほころばせた。

 

 無感情そうな騎士だったが、あまりにも馬鹿げた出会いの話であったため思わず笑ってしまったのだろう。

 教皇からはラプユスのことを何度もよろしく頼むという言葉を聞き、それに応え、その後は風呂を頂き、部屋へ案内される。


 部屋はアスカとシャーレが同室。俺は別の部屋。これは当然だろう。

 これにシャーレは「は? どうして私とフォルスが別の部屋なの?」と、不満ありありだったけど。



 しばらくはラプユスを交えたシャーレたちとおやつをつまみながら会話を楽しむ。

 そうこうしているうちに日は落ち、静寂が支配する時間が訪れた。

 俺はあてがわれた部屋に向かう。


 部屋はとても広く、実家の三倍くらいの大きさ。

 豪華な家具に囲まれており、大きな窓もあった。

 窓は地上から遠く、聖都グラヌスの町並みが良く見える。



「凄いな、時計塔の屋根の上なんか目じゃない。完全に空を舞う鳥の目線だよ。こんな高いところから町を見下ろせるなんて……こわっ」


 じっと下を見ていたら、足元から震えが上がってきた。

 闇夜の広がる町へ吸い込まれそうな感覚に襲われ、窓から体を離す。

 そして、人が三人横になっても余裕のある巨大なベッドに近づき、そっとマットを押す。


「うわ~、ふわふわ。太陽の光をふんだんに吸った時の俺の布団よりも柔らかい。お高いんだろうなぁ……庶民の俺にとっては柔らかすぎて逆に眠りにくそうだけど、お金持ち体験ができていいかな?」


 剣を傍の小さな机に立てかけて、ブーツを脱ぎ、横になる。

 天井を見つめながら、今後のことを考えようとしたが……すぐに瞼が重くなってきた。

「魔王と出会い殺されかけて、神を名乗る龍の少女と出会い、呪いの魔剣を渡され、聖女と出会い、巨なる悪魔との戦い。こんな高い場所で眠るなんて。いやはや、嵐のような旅路だな。これからは……どんな……出会い…………が…………」



――――


 数時間ほど経っただろうか?

 カチャリと、扉が開く音が部屋に広がった。

 疲れて眠っていたはずの俺だが、これまでのアスカとシャーレの修行のおかげで、人の気配と部屋の中の空気の流れが変わったことに気づく。

 そして、すぐにその正体を悟った。


(シャーレか。俺のベッドに潜り込みに来たんだろうなぁ)


 旅の間、ふと気づくと横になっている俺の隣で彼女は寝息を立てていた。

 最初の内は戸惑いを覚えたものだが、このひと月あまり毎日のように繰り返されたため、これに対して抵抗感や違和感や緊張感などは失われている。

 はたから見れば奇妙なことだろうが、これは俺たちの間では当然であり慣れっこの話。

 だから気にせず目を閉じたまま寝たふりをすることにしたのだが……。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」



 声はやはりシャーレのもの。だけど、異様な息遣い。どうしたのだろうか?

 彼女はベッドに膝を置き、ゆっくりと体重を掛けていく。

 それに応え、ベッドはギシ、ギシと小さな軋みを生んだ。

 

 いつもなら、このあと俺の胸に頭を置いて子リスのように丸まって眠るのだけど――今宵は違った。

 シャーレは仰向けになっている俺の傍に来ると、羽毛の布団をそろりと剥ぎ取り、腰元にまたがる。

 これにはさすがに驚き、目を開いて彼女を見た。



「シャーレ? って、そ、その格好は!?」


 

 シャーレは肌が透けて見える黒のベビードールを纏い、胸元をわずかにはだけさせて、太ももを小さく開き黒のショーツを見せつつ、荒い息遣いと共に俺の上に乗り、見下ろしている。

 不規則な息遣いを漏らしながら、彼女はこう言葉に出す。


「はぁはぁ、フォルス。私と……私と、私と一緒になって――」

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