第17話 着実に成長する勇者としてのフォルス

 俺たちについてはお咎めなしということで落ち着いたが、ラプユスはまだ話は終わっていないとグラシエルに噛みついている。


 その話とは、俺たちの旅に着いて行くこと。

 彼女は俺から愛について教えを乞いたい。だから、旅に同行するとグラシエルに訴えている。

 

 正直、俺は彼女に教えるような愛を知らないし、それに何より、聖女である彼女が聖都から離れるなど無理だろうなと思っていた。


 しかし、グラシエル教皇は彼女の望みをあっさり受け入れた。

 俺も含め、アスカもシャーレもそれには驚く。

 教皇は俺たちの驚きをよそに、後方に控えている仮面の騎士と何やら会話のやり取りを行っている。



 彼が教皇へ耳打ちしてから、話の流れが変わったように見える。

 仮面の騎士は教皇の意見を変えることができるだけの存在ということだろうか。

 それも、魔王シャーレへの咎めを降ろさせ、聖女の旅立ちという重要な案件に影響を与えるほどの……。



――

 その後、グラシエル教皇は聖都を救った礼として、俺たちをモチウォン教の象徴である天にそびえる白きトラトスの塔へ招き、豪勢な食事と宿を準備すると言ってきた。


 これに俺は警戒を示したが、彼らから悪意や奸計の匂いを感じないとアスカが言ってきたので、彼らの礼を受け取ることに。

 俺はアスカにこそりと尋ねる。



「なぁ、アスカ。お前、さっき彼らは何かを企んでいるとか言ってなかった?」

「言ったぞ。内容まではわからぬが、ワシらを引き留める理由があったはず。しかし、今は聖女共々手放しても良いと判断しておるようだ」

「その意味は?」

「ざっくりとは予想はつくが、深い内容まではわからん。フォルス、おぬしならどう考える?」


 と、アスカが尋ねるとシャーレがピクリと眉を跳ねて俺を見た。

 彼女も俺の考えに興味があるようだ。

 


「俺の考え? そうだなぁ」


 彼らにとって魔王シャーレとは、野放しにできない存在。

 しかし、聖女ラプユスのモチウォンの瞳の力で危険ではないとなった。

 

 聖女ラプユスの旅の同行。

 当初反対していたが、今では許可をしている。


 さらにここからもう少し深く考える。それは俺のこと。

 俺は町を救った。それに対する感謝――そんなものが信頼に繋がるわけがない!

 彼らにあるのは巨なる悪魔ナグライダを倒した男への警戒感……。



 俺はアスカへ自身の答えを述べる。

「彼らは俺たちを脅威と見ている。だから、敵に回したくない。回して確実に勝てる保証があるなら回るだろうけど」

「ふむ、続けよ」


「次にシャーレについて。これはラプユスへの信頼。また、前段の無理に敵に回したくないが付随する」

「では、ラプユスの旅路は?」

「それはちょっと難しい……ひどい話になるが、彼女が邪魔なのかも」

「邪魔とは?」

「教皇やお付きや町の人々の反応から、彼女は普段から暴走気味……でも、これだけだと弱いか」


「弱いとは?」

「なんだかんだで慕われている彼女を危険な旅に送り出す必要性はない。となると、送り出したいと考えた者が居る。それは仮面の騎士と、その意見を受け取った教皇」


「して、その中身は?」

「さすがにそこまでは……ただ二人は、ラプユスに聖都に居られると邪魔だと考えている。どこか別の場所へ置きたい。それは安全な場所である必要がある……そっか、それがラプユスの瞳に繋がるのかっ」



 ここでアスカは小さく笑う。

「フフ、では、考えを纏めよ」

「彼らは俺たちを強者と認め敵対したくない。ラプユスの目を通して俺たちを安全な存在と判断した。ラプユスは彼らにとって邪魔な存在。ならば、彼女を安全な俺たちに保護させつつ遠ざけようとしている」


 ここでアスカは手をパンと打つ。

「良い! なかなかの目じゃ。勇者としての視線を鍛えておるが、呑み込みが早い。見る目という才能は得難えがたく、生まれ持った才能がものを言うからな。正直、安心したぞ」

「安心?」

「おぬしには間違いなく、誰かへ影響を与え、誰かの上に立つ才があるということじゃ。ふふふ」


 アスカは柔らかな笑みを浮かべる。

 俺は褒められた照れ臭さに瞳を逸らし、シャーレへ移動させる。

「ん?」


 シャーレが俺を見つめている。

 それ自体はいつもの態度だし見慣れた光景。

 だけど、彼女の見つめる表情や目の輝きが違う。

 なんだか驚きに満ちた様子だ。


「どうしたの、シャーレ?」

「い、いえ、別に。ただ、フォルスって凄いなって」

「ん?」



「皆さ~ん、歓談中申し訳ございません。グラシエルがトラトスの塔へ案内したいそうで」


 ラプユスの声が飛んできた。

 彼女は旅を許可されてご機嫌なようで、グラシエルの傍でぶんぶんと錫杖を振ってこちらへ声を出している。

 錫杖の刃が誰かに当たりそうで怖い。


「ああ、わかった。すぐに行く。ほら、アスカにシャーレも」


 俺は二人に声を掛けてから、小走りでラプユスのもとへ向かった。



――アスカ、シャーレ――


 遠ざかるフォルスの背中を目にしながら、アスカは語る。

「今はまだ誰かから促されなければ真実への思考を行えぬが、良いものを持っておる」

「ええ、私はフォルスのことを見くびっていた。彼は私が守ってあげるべき人。そう思っていたけど……あの人にこれほどの才があるなんて」


「まだまだひよっこじゃがな。人の多くはAという答えを提示されば、答えはAだで止まってしまう。だが、Aに対してなぜAなのか? 答えがAであることに意味があるのか? そう考えることによりBやCという答えに行きつく」


「だけど、それだけじゃ足りない」

「そうじゃな、答えの先にある真実を見つけてこそじゃ。それは追々教育していくとしよう。勇者を目指すならば、真実を見極める才も必要になるからな」



 シャーレは長く艶やかな髪を風に揺らし、アスカへ問い掛ける。

「あなたはフォルスをどうするつもり?」

「ワシのために強くあってもらわねばならん。そうではないと回復もおぼつかぬからな」

「そうじゃなくて――」

「わかっておる。何故、強さ以上のものをあやつに与えようとしているのかじゃろ?」

「ええ」


 アスカはフォルスへ微笑み、答えを返す。

「才ある若者を見ておると年寄りとしてはついついちょっかいを掛けたくなるものじゃ。ま、それにの、契約を結んでくれた特典として器の教育も少々してやろうとな」

「……年寄りなんだ?」

「指摘するところはそこか? まぁ、良いが……シャーレよ、教皇と仮面騎士の企みは見抜けるか?」


「いえ、情報が少なすぎる。アスカは?」

「同じじゃ。それに、フォルスには『良い』と答えたが、ラプユスを預けるにはワシらに対する信頼が少なすぎる。それを埋めたのが仮面の騎士の言葉じゃろうが……」

「そこはまったくの謎ね。だけど……」



 シャーレは死の気配漂う黒の瞳で教皇と仮面騎士を睨みつける。

「何を企んでいようと、フォルスに危害が及ぶなら、殺す」

「ふふ、怖いの~。じゃが……」


 アスカもまた二人を黄金の瞳で見た。

 仮面騎士は二人の視線に気づき、口元を緩める。

 それにアスカとシャーレは皮膚が粟立つ恐怖と寒さを感じた。



「教皇も仮面騎士も、ただならぬ使い手。おぬしといいラプユスといいナグライダといい、これほどの使い手がポンポン出てくるとは、この世界にはおぬしに並び立つ存在がこんなにおるのか?」

「まさか、私も驚きよ。私の知る限り、私と並び立つのは配下の…………」

「ん、どうした?」

「いえ、裏切り者のことを思い出してちょっと……」

「……そうか」


 シャーレは息を吸い込み、次に大きく吐き、意識を変えて言葉を続ける。

「あとは、七人の現行勇者の内の二人。緋水のマレミアと絶聖のクレインのみよ」

「痛々しい通り名がついておるが、おぬしがそう評価するからには強者なのじゃろう。その者らは……あの仮面騎士よりも腕が立つのか?」



 アスカは僅かに視線を外し、仮面騎士をぼんやりと見つめる。

 それは正面から彼を見つめるのを恐れたからだ。


「あやつは桁違いじゃぞ。あの者ならナグライダを一刀の下に切り捨てることも可能かもしれん」

「そうね。あんな化け物みたいな人間がいるなんて。たとえ私でも、彼と死闘を演じても勝利を得られる可能性は低いでしょうね」

「隠れた才気か……はぁ、なんにせよ、この調子だとこの先も強者に出会うことになりそうじゃ」


 アスカは視線をシャーレへ移す。

(そうなると、ますますフォルスのLVアップを加速させる必要があるの。そのための障壁となるのがシャーレとなるが。さて、どうしたものか)


 

「あの~、お二人とも~。いらっしゃらないんですか~?」


 二人へラプユスの声が届く。

 これを聞いて、アスカの脳内に古めかしい豆電球がピカッと光り、口元をニヤリとさせた。



「おうおう、すぐにそちらへ行く……ところでシャーレ」

「なに?」

「ラプユスは美人じゃの」

「……だから、なに?」


「いやいやいや、あれほどの美人がフォルスの旅に付き合うとなるとどうなるかと思うてな~」

「っ!?」

「このままではフォルスが――」

「そんなわけない! フォルスは私を!」

「じゃが、保証はないじゃろ~」

「ほ、保証なんてなくても……フォルスは他の誰かに……」



 ゆっくりと顔を沈めていくシャーレ。

 それは認めており、気づいているからだ。

 ラプユスが美しい女性であり、フォルスの想いが明確に自分へ向いていないことに。

 

 シャーレの今にも泣きだしそうな表情を見て、アスカは邪悪に笑う。

「ククク、ワシはその保証を産み出せる方法を知っておるぞ」

「え!?」

「なに、簡単な事じゃ。既成事実を作ればいい」

「そ、それって!?」


「優しいフォルスのことじゃ。そうなってしまえば、おぬしを手放すようなことはせんじゃろ」

「でも、でも、でも……」

「悩んでおる暇はないぞ。悩めば先を越されるやも」

「先、そ、そんなこと――クッ!?」



 ラプユスと楽し気に話すフォルスを瞳に捕らえて息の詰まるような声を生んだシャーレへ、アスカは無慈悲な一言を渡す。

「そうなれば、おぬしは一人になってしまうの……」

「ひとりに……」

 

 彼女の心に、王として治めていた椅子を奪われ、部下たちから裏切られた情景が浮かぶ。

 そう、今のシャーレには友なく仲間なく一人――フォルスから見捨てられれば、この世界に居場所などない。



「そ、それだけは嫌。もう、裏切られるのは嫌……だからっ」


 シャーレはふらふらとフォルスがいる場所へ歩いていく。

 その胸の内に、ある決意を秘めて。


 彼女の心に無慈悲なやいばを突き立てたアスカは何かを誤魔化すように頭をポリポリと掻く。

(すまぬの。傷つけたくはないが、こうでもせんと今のワシでは隙がつけぬのじゃ……おぬしもまた、強者ゆえ)

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