第4話 駆け出しの勇者と恋する魔王

――村から少し離れた森


 

 枝葉が重なり合い、木漏れ日が落ちる森。

 人の手があまり入らないため、少しでも道を逸れれば木の根たちが人の足先の邪魔をする。


 森に来るまでの道中、シャーレはずっと俺の腕に手を絡ませてくっつきぱなし。

 彼女の見た目は大変美しく普通なら悪くない状況。

 むしろ、同じ年くらいの女の子とまともに会話をしたこともない俺から見れば緊張に包まれるし、嬉しくてたまらない……はずだけど、僅かでも言葉を誤れば死ぬかもしれないという恐怖が前に出る。

 

 

 なるべく、彼女のご機嫌を損なわないようにしながら村から十分に距離を取り、お互いの紹介を行うことにした。



 魔王シャーレ――


「私は魔王シャーレ=ロール=グラフィー。だけど、偽魔王にせまおうに場所を追われた……」

「偽魔王?」


「レペアトの巫女だったフィナクルが王を名乗り、配下はそれに賛同し……イスヲウバワレタ」


 言葉が片言になり、またもや漆黒の刃の風が吹き荒れる。

 何とかなだめて、彼女から話を聞く。



 レペアト――この名はこの世界レントを創世した二つ神の一柱ひとはしら。世界の半分と魔族や吸血鬼などを創世したという神の名前。


 そのレペアト教の巫女フィナクルが突然反旗を翻した。

 なぜか、直前まで魔王シャーレに忠実だった配下たちを引き連れて。

 シャーレは突然の反乱に対応できず、また勢いに押され、巫女フィナクルに玉座を奪われたらしい。


 大勢が襲い掛かってくる中で、シャーレの配下の一人が何とか脱出路を確保。

 魔族の王都である魔都イシューケンから緊急用転送魔法陣でここまでのがれたそうだ。



 シャーレは奥歯をギリギリりながら言葉を吐く。


「私は魔王として頑張っていたのに。それなのに、あいつら、私はもういらないって。だから、許せない。みんな、消えてなくなればいいと思った。消えてなくなれって思った」


「そっか、魔族の支配の仕方はよくわからないけど、大変だったんだね。で、偽の魔王の巫女から追われる人、みたいな感じになったの?」

「フィナクルだけじゃない。あいつはありもしない不正を流布るふして、私をおとしめた。今では魔族の全てが私の敵に回った。私がどんなに言葉を尽くしても無駄だった……」


 

 彼女は苦々しい思いを隠さず顔を歪める。

 配下だった者たちからの突然の裏切り。冤罪えんざい。誰にも信用されない。それらがシャーレの心の傷となっている。

 だから、俺の小さな優しさにすがってしまった。悲しみと寂しさに凍える彼女の心にとって、俺の言葉は暖かな毛布に等しいものだったようだ。

 そんな彼女に対して、無遠慮な言葉を掛けられない。

 


 しかし、まったく気を使うことのないアスカが無遠慮に馬鹿笑いを上げる。


「ぎゃははは、王たる者が裏切られるとはな! まったく、情けないのぉ。どうせ玉座にふんぞり返ってたみを見ておらんかったのじゃろ?」

「アスカ! この馬鹿!」

「誰が馬鹿――」


「あなた、私をおとしめるつもり……?」



 もう何度目になるだろうか……はい、漆黒の刃が吹き荒れています。

 だが、この命に関わる恐ろしいシャーレの怒りをアスカはいとも簡単に鎮める。


「おや、良いのか? こやつは話をしようと言ったのじゃぞ。それなのにおぬしが暴れてよいのか? 愛する者の言葉を裏切ってよいのか?」

「はっ! あ、その、ごめんなさい! 私、あなたの言いつけを無視して!」

「いや、大丈夫だよ」

「本当に、私、あなたを裏切ってないよね! ね!?」

「裏切ってないよ、裏切ってないからね。だから、大丈夫」


 そう言いながら、酷く怯える彼女の頭を撫でる。

 いきさつはどうあれ、やはり魔族たちから魔王の資格なしと追い出されたことに傷ついているようだ。

 俺はアスカへちらりと視線を振る。

 

 彼女はにへらにへらと笑いっぱなし。

 この子……性格はあまりよろしくないかも。



 次に、俺の自己紹介。


「俺はフォルス=ヴェル。村の期待を背負っておよ、め……」

 ここで言葉を飲み込む。

 現状でお嫁さんを探していますなんて言えばどうなることか。

 

 固まった俺の下からアスカが覗き込んでくる。

「うん、どうしたのじゃ? およ、とは?」

「えっと、はは、ちょっと緊張で喉が絡んじゃった。改めて、俺はフォルス=ヴェル。村の期待を背負って勇者を目指してる。今はまだ駆け出しの勇者だけど、将来魔王を討伐して本物の勇者になりたいと願っている」

「魔王を、討伐……」


 呟いたのはシャーレ。

 俺は慌てて言い訳を口にしようとしたが……。


「いや、別に君を――」

「嬉しい!!」

「へ?」

「あの、腐れ女フィナクルを生きながら肉を削ぎ、り潰し、焼いて、殺してくれるのね! 私のために!!」

「えっと、まぁ、そうですね。倒すだけで、そこまで残酷なことはできませんが」

「ぬふふふ! やっぱりあなたは私の王子様!」



 そう言って、俺に抱き着く。

 二つの柔らかいものが俺の胸の下あたりに当たって、すっごい気持ちいいし、ドキドキもするんだけど、どうしてもそのドキドキに別のものが混じる。

 

 この、恐怖と欲望に悶える様子に気づいているアスカはゲラゲラと笑い声を上げている。

 俺はシャーレに抱き着かれたまま、アスカに顔を向けた。


「で、お前は何なの?」

「お前!? 君から格下げしておる! なぜじゃ!?」

「さっきから傍観者気取りで、ちょっと腹が立って」

「狭量な奴め。まぁよいわ。では、ワシの自己紹介といこう。ワシはアスカ。この世界とは違う世界からやってきた神の名を冠する龍! 龍神と言ったところじゃな!」


「龍ね。龍には見えないけど?」

「今は動きやすい人の姿をしているだけじゃからの。どうじゃ、かわゆいじゃろ」



 アスカはその場でくるりと回る。

 風に流れる桃色の長い髪。ふわりと浮かぶ真っ白のワンピース。

 そして、まくり上がったスカートの先にある無毛の肌!?


「おまっ! 履いてないのかよ!?」

「お、忘れておったわ。そう言えば、愛用のクマさんのパンツを洗ったばっかりじゃったからな。ククク、ラッキーじゃったな、フォルス」

「ラッキーじゃねぇよ! びっくりしたわ! いくらガキの姿とはいえ恥じらいを持て恥じらいを!」


「どんどん言葉遣いが悪くなっていくのぉ、おぬしは。そっちが地か?」

「まぁね。旅を機会に言葉遣いを改めようと思ったけど、お前に気を使ってたらストレスで死にそうなんで――はっ!?」



 シャーレが漆黒の瞳に死の光を纏う。

「あなた、私のフォルス様を誘惑するつもり?」

「誘惑じゃと~。あの程度、誘惑でもなんでもないわ」

「なんですって?」

「悔しいならおぬしもノーパン姿をフォルスに見せつけてやればよいであろう」

「――っ!? そ、そんな下品な真似!」


「おやおや、いきなりベロチューをぶちかました割には初心うぶじゃのう! ほ~れ、ワシの目など気にせず、すっぽんぽんになって誘惑するがよいのじゃ。今すぐここでずっこんばっこんしても構わぬぞ~。空は快晴。青〇日和じゃしな」



「ずっこ、あおか……なんて、下品なの!」

「したくないのか? フォルスと?」

「それは……」

「フォルスとしたいんじゃろ?」

「ふぉ、フォルス様が望めば、それは……」

「なら、アピールせい。裸は恥ずかしくとも、おぬしはワシよりも良いものを持っておるじゃろ」



 アスカはシャーレの胸へ視線を向ける。

 するとシャーレは小さく頷き、頬を赤く染めて、黒のドレスの胸元へ手を置く。

 そして、胸元の服に指先を掛けて、少しだけ開き、上目遣いで俺を見てきた。

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