第3話 ヤンデレ魔王

――好きです……



 突然、魔王シャーレは俺にそう言った。

 何が起こったのかわからず、俺は疑問符がついた短い言葉を漏らす。


「はい?」


 すると、彼女は両手をもじもじしながら答えを返す。

「だって、あなたは私に『彼女は<美しい>女の子だ。俺には<思い人である>彼女を殺すことなんてできない』って言ってくれたから」


「え? え? なんか、増えてない? 言葉?」

「ぬふふ、私を必要としてくれる人がいた。嬉しい……」


 そう言って、俺の胸板にそっと頬を寄せて、甘えるようにすり寄ってくる。

 一瞬、柔らか! いい匂い! と思ったがすぐに我に返り、後ずさりをして彼女へ状況の整理しようと訴えたのだが――



「ちょっと待って! 何が起こってるのか――」

「そんな……私から離れた。あなたも私を裏切った配下たちと同じように、私を拒絶するんだ。するんだ! するんだぁぁぁあぁ!」


 魔王シャーレは再び鋭い刃をともなった漆黒の風を生んだ。

 慌てて言葉を返す。


「別に拒絶なんかしてない。ちょっと驚いただけで!」

「え、本当? 嬉しい……やっぱり、私を必要としてくれるんだ」

 またもや、俺の胸板にぴったり寄り添う。


 この様子を鼻をほじりながら眺めていたアスカに尋ねる。

「えっと、アスカだっけ? これ、どゆこと?」

「知らん。まったく、公衆の面前で乳繰り合いおってからに」

「乳繰り合ってねぇよ! がっ!?」

 


 シャーレに首をがしりと掴まれ、無理やり自分の方向へ向けられた。

「だめよ、私以外見ないで。私のこと愛してくれるって言ったじゃない。それとも、裏切るつもり?」


 言った覚えねぇ~、と言いたかったがそれを口にしたら殺されそうなのでやめておく。

 代わりに作り笑いを浮かべて、落ち着いて話そうと提案することにした。


「あの、とりあえず、どこかでお互いの情報交換的なことをしよう」

「私はあなたのことが好き。あなたは私のことが好き。それで十分でしょ?」

「え、いつ相思相愛に?」

「なに……?」

「いえ、何でもありません。とにかく、お互いに自己紹介もしてないし、ね。わかる?」

「……うん、私もあなたの名前を知りたい」

「そうだね、そうしよう。とりあえず、離れてくれる?」


 この言葉に、シャーレは瞳を冷たく凍らせる。

「私を拒絶するの?」

「違う。違うからそんな怖い目しない。えっとね……ほら、じっくり腰を据えて君のことが知りたいなぁ~って」



 と答えると、シャーレの表情はパ~っと明るくなり、俺から小さく飛び退いて、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねている。


「やっぱり、私たちは愛し合ってるのね」


 彼女の様子を見ていたアスカが片手を頭に置いて天を仰ぐ。

「あ~、やってもうたの。今の言葉でますます深みにはまったぞ」

「だったらなんて返せばいいんだよ!? ってか、俺は君のことも良く知らないんだぞ!」


 このやり取りにシャーレがぬらりと割り込んできた。

「ねぇ、この女は誰? さっきから私たちの邪魔ばかりをして」

 再び、漆黒の瞳を凍りつかせて、魔力を含んだ黒の風を巻き起こそうとする。


 これを力尽くで止めようとしても俺では無理だ。

 だが、彼女は俺に好意を抱いている様子。それを利用しよう。

 俺は大声を上げて、場のコントロールを試みる。



「とりあえず! 順番に整理して行こう! シャーレ! 俺の話を聞きたくないのか!?」

「聞きたい!!」

「即答!? ちょっとびっくりだけどその方がいいか。それじゃあ、一旦村に……親父とお袋、それに村のみんなにも、この騒動の説明をしておかないといけないし」



 勇者になるまで戻るつもりはなかった村を若菜色の瞳に収めて、一歩前に出ようとした。

 それをアスカが止めに入る。


「やめておけ」

「え、なんで?」

「シャーレとやらを見ろ」


 促され、魔王シャーレを見る。

 彼女は頬をてかてかに光らせて、なぜかご満悦の様子。


「こ、これは?」

「おそらくこう思っておるのじゃろう。私をご両親に紹介してくれるんだ~、とな……」

「なっ!? ……森だ! 森に行こう! この先に森があるから、そこに行こう!」


 この言葉を聞いたシャーレは頬からてかてかを降ろして、代わりに漆黒の風を纏う。

「どうして? 私を紹介するのが……いやなの?」

「そうじゃない! えっとな、えっとな、あれだ」

「なに?」



 言い訳を振り絞れ、俺。

 彼女は俺に好意を抱いている。もう一度それを利用すればいいだけだ!


「俺は勇者になるべく故郷と決別した。再び戻るときは勇者になってからだ、と。この男としての決意! 君ならわかってくれると思うんだ!」

「決意? それは、ご両親に会うよりも大切なものなの?」


 クッ、黒い風が消えない! 

 これでは駄目か。ならば!!



「俺は君を傷つけたくないんだ!」

「え?」

「見ろ、ここだと日差しが強すぎる! 春の日差しとはいえ、君の珠のように美しい肌が傷つけられることは避けたい。だから、木陰でゆっくり君と話がしたい」

「美しい……うん、あなたが言うなら」


 よし、何とかなった。それなら村でもいいじゃないとツッコまれずに良かった。

 この様子を尻を掻きながら見ていたアスカがぽつりと漏らす。

「あ~あ、またもや余計な言い回しを。順調にゴールへのフラグを積み上げておるな」

「フラグ? 何、フラグって?」

「イベント発生の条件や分岐のことじゃ。順調にフラグを建てていくとおぬしとシャーレは親密になり、やがては――」


「やっぱいい、聞きたくない」

「そうか? なんにせよ気をつけよ。どうやらシャーレは情緒不安定度の高いヤンデレのようじゃからな」

「やんでれ?」


「ヤンデレとは、好きな相手に対して深く執着しゅうちゃくする者を指すのじゃ。自分の感情が受け入れられないときは、物理的、精神的な束縛や攻撃性を見せたりするのじゃ」

「攻撃性ね。なるほど……」



 この短時間で何度も見た、彼女が纏う漆黒の刃付きの風を思い起こし納得。

 アスカの説明はまだ続く。


「じゃが、基本的に愛する相手のことを優先する傾向にあるので、シャーレの想いを無碍むげにしなければ安全じゃ。なので、シャーレの想いには細心の注意を払うことじゃな」

「払い損ねると?」

「聞きたいか?」

「……いえ、なんとなくわかるのでいいです」


「まぁ、接し方を間違えんことじゃな。しかしじゃの……」


 アスカはちらりとシャーレへ視線を送る。

「幸い、シャーレはそこまで重くない。少なくともおぬしの話に耳を傾けておるからな。シャーレの会話の内容から、情緒不安定なのは配下の裏切りとやらが要因なのじゃろう。そこを克服すれば変わっていくじゃろうて」

「そうなんだ。克服できるといいんだけど。そうじゃないと……ともかく、ここじゃなんだから森へ行こう」

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