情景描写について

「さぁ、扉を開け給え〜♪ UユーRアールUユーGジーIアイ♪ 恐れずに開け給え〜♪ U・R・U・ G・I♪  U・R・U・G──」


「うるせーよ!! 朝早くから不気味な歌を歌いながら玄関前で変な踊りすんなやひいジジイ!!」


「おぉ、売木の倅よ、おはようさんじゃ」


「おはようじゃねえよ!! 確かに外で叫ぶなとは言ったが踊っていいなんて一言も言ってねえぞ!! どこから持って来たのか知らねえが音楽プレーヤーでズンチャカズンチャカ大音量で流しやがって、近所大迷惑だろーが!!」


「そこの公園で音楽に合わせて体操している連中がおるじゃろ、それと変わらんぞ。何を青筋たてておる」


「ラジオ体操と比べるなや! ってかひいジジイも年相応に大人しく向こうのラジオ体操の連中に加わっていればいいものの、なんだよこの低音が多いヒップホップなダンスミュージックは…… どこのクラブかと思ったぞ」


「あんなジジくさい体操なんてしておれん。心も若くポップなミュージックで毎朝ダンシングじゃ!」


「マジでぎっくり腰とかになっても知らねえぞ。おまけにひっでえ歌詞だし…… 聞いちゃおれん」


「無論、作詞作曲ワシのオリジナル曲じゃ。今度CDでも出そうかと考えておる」


「もう知らねえ、ツッコむのも面倒くせえ…… んでどうせ今日来たのもアレだろ、例のweb小説の件だろ」


「勿論じゃよ。お前さんにまた聞きたいことがあっての」


「もう二度と来ねえかと思ってたのに来やがったか…… 本当、しぶといひいジジイだな……」


「何を言う! ワシは何度でも、何度でも立ち上がるぞ!」


「んじゃ諦めて座れや! 何度も何度も朝から爆音流されたら俺がストレスで憤死しちまう」


「全く、堪え性のなさは相変わらずじゃのう。耐えると言うことを知れ、耐えると言うことを!」


「無理だぞ…… 俺先日飛び込みで来たセールスレディからワケわかんねえウォーターサーバーを自室に無理矢理設置されて結構心傷してんだよ…… 追い討ちかけるように俺にストレス与えんなや……」


「おぉ、そうか…… それは災難じゃったのう。とはいえ、ワシの話を聞いてほしいのじゃ」


「俺の話聞けよ!」


「実は先日、例の小説『害虫戦記 〜1匹残さずブチ殺す〜』の朗読をバァさんに聞いてもらったのじゃ」


「ひいババアも可哀想だな…… 苦しかっただろうに」


「そしたら『雰囲気が暗いわ』っとバァさんから言われたのじゃ。バツが悪そうな顔をしてのお」


「おぉ、よかったじゃねえか。初めての感想じゃねえか? あの小説で感想もらえてよかったな」


「確かに初めてじゃったが、それからバァさんが席を外してトイレにこもってしまってのぉ……」


「聞かされて体調崩してるじゃねーか!! やめろや、ひいババアを殺す気か!?」


「まぁ、それはどうでもいいんじゃがやはりバァさんの言う『雰囲気が暗いわ』という感想がどうも引っかかってのぉ……」


「本心はもっと作品を罵りたかったのかも知れないが、忖度しての感想かも知れねえぞ」


「と言うことで、その場面をお前さんに読んでもらって意見を聞かせてもらえたらと思ったのじゃ」


「嫌だぞ、そんな聞かされて体調が悪くなる場面を読まされるなんて…… 熱が出たらどうするんだよ!」


「……まぁ、そう言うかと思って今回はお前さんの大好きなシリアル食品を持ってきたのじゃ。これで一つ…… どうじゃ?」


「ちっ、用意だけは一丁前だな。んで、どこの場面だ……?」


「ここの部分じゃよ」


「えーどれどれ…… えーっと、なんだこれは…… 」


「主人公が所属する会社の創業記念祭のシーンじゃよ。この場面を跨ぐことによって主人公が自分の会社に対する愛をより一層高めるという重要なシーンじゃよ」


「恋愛行事みたいな扱いするなよ、創業記念祭を…… えーと、『今日この日を迎えることが出来たのは、私一人の力じゃありません!』 あー、誰かが元気よく話しているな。社長か?」


「その通りじゃ、害虫駆除業者の社長。その訓話のシーンじゃよ」


「……おい、どんだけあるんだよ社長の訓話…… ざっと見通しているけどすげえ量じゃねえか!! 何ページ跨いでいるんだよっ!」


「そりゃ一代で大企業に育て上げた社長じゃからのう。話したいことも一杯のようじゃ」


「いやいやいや、これはやりすぎだろーが!! なんだよこの長さ、30ページ以上も続いているじゃねーか! 社長の訓話で何話費やす気だよ!!」


「話したいことが山ほどあるからのぉ。立派な社長じゃが話が長いのがたまにキズのようじゃの」


「こんなのひいジジイが書きたくて書いただけじゃねーのか!? こーれ、聞かされたら体調崩すぞ…… 読まされた奴も退屈だろ、こんな社長の訓話を長々とよぉ……」


「やはり、創業者でなく、成り上がり社長の方がウケが良かったかの……?」


「そういう問題じゃねえよ!! これ主人公にとって何か関係のあるシーンなのか!? 社長の訓話が主人公のストーリーに関係あるのか!? 重要な伏線でも張ってあるのか!? あったとしても訓話が長すぎだ!! なんで出生から今に至るまでの遍歴を淡々と語ってるんだよ、話の起伏もねえ…… こんなつまんねえ話社員の皆誰も聞いてねえだろ……」


「うーむ、リアリティが出るように一生懸命訓話を作ったのじゃが…… 言われてみれば伏線は一個もないのお」


「うーわ、訓話の次はすげえ量の漢字が出てきたぞ…… なんだこれは!?」


「おお、それは主人公の回想シーンで、幼い頃に亡くなったひいおじいさんのお葬式を振り返っているところなのじゃよ」


「ってことは、これはお経……? いや、それよりも社長の訓話途中に回想してるなんてこの主人公も結局話聞いていねえじゃねーか!! だったらなんだったんだよ前に置かれた激長い訓話は……意味ねえじゃねえか」


「んなことないぞお、社長の訓話も訓話で拍手喝采ものじゃよ」


「んで次に出てきたのは謎のお経!! どこの宗派か知らねえが、小説の最中お経を読まされるシーンなんて俺読んだことねえぞ!」


「それはワシが作ったオリジナルのお経じゃよ。でも作るのに大変だったぞお、実際のお経に触れるべく調査の為お遍路にも行ったからのお……」


「そんな苦労してまでお経に本腰入れるなや…… 坊主喋りすぎだろ、これも何ページ跨いでいるって話だぞ。漢字ばっかりで目がチカチカしてきた」


「うーむ、このシーンはお葬式じゃからお経が唱えられているのは至極自然な話じゃと思うのじゃが……」


「んなもん冒頭2行程度でいいんだよ。その後『淡々としたお経が部屋の中を木霊する』とか適当に締めとけよ。実際にその場面はお経が唱えられてるかも知れねえがフルでやられちゃたまんねえだろ……」


「そうかのお…… ここまでリアリティな情景描写をした作品は無いと自負していたのじゃが……」


「変なところで情景描写を拘るなや、小説を読んでいるのに謎のお経を何ページも読まされるとか…… それこそ苦行・・だぞ。ボツだ、簡潔にしてくれ」


「このお経作るの結構大変じゃったのだが…… 仕方ないのう。そうじゃ、ワシが死んだ時の葬式はお経の代わりにこの小説を読んでほしいのお。ほれ、遺言じゃからメモせいや」


「はぁ? 読むのに30時間もかかるだろこの小説、坊主殺す気か。誰が読むんだよこんなの! ボーカロイドでも嫌がって読まねえよ」


「しかし、この感じじゃこれから出てくる『落語のシーン』『映画のシーン』『講演会のシーン』も全部当てはまりそうじゃの…… 作るのには苦労したのに……」


「まさか全部フルで収録されているって言うのかよ…… それもう小説じゃねえ別の何かだぞ」


「情景描写は簡潔に…… 言われてみたはいいものの中々これも難しいのお、匙加減が分からんわい」


「こんな小説聞かされてなんとか『雰囲気が暗いわ』の一言で落ち着かせたひいババアは凄えよ…… 確かに雰囲気暗いのは間違いねえが、相当ひいジジイのことを思いやっての感想だったんだろうに…… おい、帰り道ひいババアに菓子折り持っていけよ。菓子折り添えて『もう二度とやりません』と頭下げておいた方が絶対良いぞ。冥土に行く前夫婦が仲違いしていたらつまんねえだろ」


「大丈夫じゃ、バアさんは『いつでも聞くわ』って言っておったからのお! 改訂してまたバアさんに聞いてもらうぞ! じゃあの!」



 ・

 ・

 ・


「やっば、ぜってえひいババア無理してるわ…… ひいジジイが家に着く前にひいババアに電話しておこ」




売木のアドバイス


・情景描写に拘ってお経フル収録とか間違ってもやるんじゃねーぞ。どんなにありがたいものであってもweb小説じゃ誰も読まねえぞ。


・さも当たり前かのようにお経の後に坊主の説教を永遠と垂れ流しさせるのも禁止な。


・長すぎる訓話はやめておけ。手短に、簡潔にまとめた方が相手は退屈しねえぞ。

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