偽物天使JKゆるふわちゃん

鍵崎佐吉

偽物天使JKゆるふわちゃん

 なんとなく背中がスース―する感じがして、目が覚めた。宙に浮いているような、不思議な感覚だ。ぼんやり目を開けると、白い天井が見える。どことなく違和感があるけど、その正体はわからない。寝返りをうとうとして、その時ようやく違和感の正体に気づいてハッとした。ベッドの感触がない。天井が近い。ゆっくりと世界が、視界が、回っている。

 目が覚めたら、私は宙に浮いていた。


 何をしようにもふわふわしていて、慣れるまで時間がかかったが、どうにか制服に着替えることができた。着替えてから、こんな状態ではまず学校には行けないだろう、ということに気づいた。だとしたら、まずどこへ行くべきなんだろうか。それとも、どこへも行かない方がいいのだろうか。そんなことを考えていたら、部屋のドアが開いて、お母さんが入ってきた。お母さんはまずベッドの方を見て、それから、床から一メートルくらい浮いたまま、ふわふわと天井を眺めていた私を見て、唖然とした表情で「あんた、それどうしたの」と言った。

「わかんない。起きたら、浮いてた」

 お母さんにも見えるということは、どうやら私は幽霊になったりしているわけではないらしい。ただ単純に、宙に浮いているのだった。


 お母さんは救急車を呼ぼうとしたが、それは恥ずかしいからやめてほしいと言った。ピカピカ光る救急車の中、窮屈そうにふわふわしながら運ばれていくのは、どう考えたって滑稽だ。しかしあくまで病院に連れていく、というお母さんの意志は変わらなかったようで、私はぷかぷか浮きながら、お母さんに手を引かれて、このあたりで一番大きい病院にやってきた。受付の若い看護師さんは、ふわふわと所在なさげにしている私を見て、すぐに奥の診察室へと案内してくれた。

「珍しい症状ですが、全国的に確認されているものです。原因も治療法もわかりませんが、亡くなったりした患者さんは一人もいません」

 黒い眼鏡をかけたダンディな感じのお医者さんは、落ち着いた声でそう言った。どうやら私が浮いているのは、一応は病気ということであっているらしい。いったい何がどうなったらこんな風になるのか、私にはさっぱりわからないけど、お医者さんが言うのならきっとそうなんだろう。不安げな声でお母さんが質問をする。

「先生、これ、治るんでしょうか?」

「ほとんどの患者さんは、一か月ほどで自然に症状が治まっていきます。慣れてくれば自由に飛び回れたりもするようですが、今は安静にしておいてください」

 結局先生から言われたのはそれだけで、処方箋も出されなかった。なんだか少し拍子抜けだが、入院させられて病室に隔離されたりするよりはよっぽどいい。家に帰る途中で、小学校低学年くらいの男の子とすれ違った。無様に宙に浮かぶことしかできない私を、その子は当惑した表情で見つめていたけど、私と目が合うとふいっと顔を逸らして走り去っていった。彼の遠ざかる背を見つめながら、やっぱりこのままじゃ格好がつかないから、早く飛べるようになりたいと思った。


「おお、本当に浮いてる」

 仕事から帰ってきたお父さんの第一声は、そんな間の抜けた声だった。そしてそれ以上特に感想らしいことは何も言わなかった。いつも通りに食事して、いつも通りにお風呂に入って、いつも通りに寝てしまった。なので私も深く考えずに、いつも通りに過ごすことにした。幸い家の中なら、さほど苦労することなく移動することができる。宇宙ステーションで働いてる人たちは、こんな感じで暮らしてるのかもしれない。そう考えるとこのふわふわした日常も、結構特別感があるように思えて、ちょっと楽しくなってきた。私はシャワーを浴びながら、るんるん鼻歌を口ずさむ。メロディーだけは頭に残ってるけど、曲名とか歌手は思い出せない。まあいっか、別に。私はばしゃばしゃシャワーを浴びる。


 どうにも人間の順応力とは侮れないもので、一週間も経った頃には、私も両親もほとんど以前と変わらない生活を送っていた。私もだんだんとコツがつかめてきて、何ならこっちの方が便利だと思う時もあるほどだ。ふわふわぷかぷかしていれば、わざわざ歩かなくていいし、体も疲れない。ある日私がふわふわしながら、リビングでテレビを見ていると「そろそろ学校、行ってみる?」とお母さんが言った。別に学校がなくてもそれほど苦ではなかったけど、ふわふわしている私にとって、この家の中は少し窮屈に思えてきていたので、学校に行くことにした。ぷかぷか浮きながら考える。いつから学校行ってないんだっけ。ぐるぐる回りながら考える。最後に友達と話したのいつだっけ。


 私の教室は校舎の二階にある。せっかくなので窓から入ることにした。クラスの皆は、久しぶりに、しかもいきなり窓から入ってきた私を茫然と眺めている。窓際の席で英単語帳を見ていた林さんが、小声で、そしてちょっと引き気味で尋ねてきた。

「それ、どうしたの……?」

「なんかね、朝起きたら、こうなってた」

 それ以上は何も聞かれなかった。

 授業は退屈だった。しかも今日は英語の小テストの日だったらしく、そんなことも知らずにのこのこと登校してきた私は、目を覆いたくなるような点数をたたき出した。昼休憩も退屈だった。ふわふわしていると食べづらいから、食事中はほとんど浮けない。もちろん授業中だって、後ろの人の邪魔になるから浮けない。体育の授業でも、ぷかぷか浮いている私の記録なんて、なんの参考にもならないから、やっぱり浮けない。つまり、学校じゃほとんど浮けないのだ。これじゃ前と一緒だ。何も変わっていない。何も変われない。

 6限の数学は特に退屈で、ほとんど居眠りをしていた。そして待ちわびた下校のチャイムと同時に窓を開け、思い切り窓枠を蹴って、空へと飛び立った。背後から沸き上がった悲鳴とどよめきが、どんどん遠ざかっていく。ただ飛びたいと強く願うだけで、私の体はジェット機みたいにギュンギュン加速する。今ならどこまででも飛んでいける気がした。


 どれだけ飛び続けても、決して疲れるということはなかった。だけど、速度を上げれば上げるほど、吹き付ける風が瞳の水分を奪っていく。逆巻く空気の渦が耳障りな轟音を響かせる。さらに速く飛ぼうとすれば、徐々に体温を奪われ、呼吸もできなくなってしまうかもしれない。それでも、もっと。建物にぶつからないように高度を上げて、私は自分の住んでいる街を見下ろした。ビュンビュン空を飛びながら、私は解放感と優越感に浸る。私は自由だ。私は特別なんだ。今日も重力に縛られてのそのそと歩いているお前らとは違う。

「私は自由だ!」

 大声で叫んだ。声はすぐに風にかき消される。今の私を邪魔するものは何もない。だけど地上から遠ざかるほどに、なんだか寂しくなっていく。街は今日も元気に働いている。私だけが街から切り離されて、あてもなくふわふわ浮いていた。


 ピカピカ光っていた太陽はいつの間にか傾いて、西の空がメラメラ燃える炎みたいに少し赤く染まっている。下の方に屋上のあるビルが見えた。人影はない。ふわふわと降りて行って、ゆっくりと着地した。自分の足でちゃんと立ったのは、ずいぶんと久しぶりなように思えた。だけど重力に見放された今の私では、自分の体の重さを感じることもできない。私は世界で一番軽い女になってしまったのだ。そう考えたら少し笑えた。そして、少し虚しくなった。

 ビルの下は大きな国道が通っていて、たくさんの車が忙しそうに行き交っている。私はぷかぷか浮きながら、この体じゃ飛び降り自殺はできないな、と思った。多分、首をつってもぷかぷか浮いているだけだし、電車にひかれてもふわふわ飛んでいくだけだ。正直、あんまり嬉しくはなかった。私はふわふわ飛んで行って、国道の上でくるくる回った。特に意味はなかったけど、車に乗っている人が私を見つけた時のリアクションを想像したら、少し愉快な気持ちになれた。くるくるくるくる、フィギュアスケートの選手みたいに回り続けた。今の私なら、トリプルアクセルどころか、エンドレスアクセルを決めることができる。いや、エターナルアクセルとか、インフィニットアクセルの方がかっこいいだろうか。

「あの」

 不意に男の人の声がした。突然のことにびっくりしたせいで、回転の軸がぶれて、私はぐるぐるとあらぬ方向に三回転してから、やっと止まった。ビルの屋上に、サラリーマン風の若い男の人が立っていた。きりっとした感じの人だったけど、口が半開きになっている。私はぷかぷか浮きながら、でも頭はまだぐるぐるしていたので、適当に返事をした。

「なにか?」

 男の人はその返事にも驚いたみたいで、しばらく固まっていたけど、気を取り直してまたしゃべった。

「あなたは、その、今何をしていたんですか」

「何って、そうだなぁ。強いて言うなら、エンドレスアクセル」

「エンドレスアクセル」

 その人はまるで秘密の呪文を唱えるみたいに、私の言葉を繰り返した。どうやらフリーメイソンとかと同じノリの言葉だと思っているらしい。どうしたものかと思いながら、ぷかぷか浮いている私に、その人は意を決したように尋ねた。

「あなたはいったい、何者なんですか」

 何者、と聞かれても、私はただ単純に浮いているだけの女子高生だ。でも知らない人にべらべらと個人情報を話すわけにもいかない。結局どう答えるのが正解かわからなかったので、思い切りふざけることにした。

「天使って言ったら、どうします?」

 そう言ってから、自分で天使を名乗るのは、ちょっと痛いなと思った。私はぷかぷか浮いているだけで、天使的要素は他に何もないのだ。

「天使」

 男の人はそうつぶやいて、黙ってしまった。納得したのか、あきれているのか、私にはわからない。わからない以上は、あくまで設定を貫き通すことにした。

「私にはある役目があるんです」

「役目」

「死者たちの魂を、正しく導かなければいけません。さっきのは、そのための儀式です」

「儀式」

「私たちは、それをエンドレスアクセルと呼んでいます」

「エンドレスアクセル」

「回り続ける世界の輪廻を表現した踊りです」

「輪廻」

「すごいでしょ」

「え、あ、はい、すごいです」

「じゃあ次の仕事があるので、私はこの辺で」

 とりあえずは納得しているようなので、ボロが出る前に退散することにした。だけどふわふわと遠ざかろうとする私を、その人は呼び止めた。

「あの、どうして学校の制服、のように僕には見えるんですが、そういう服を着ているんですか」

 そう、すっかり忘れていたが、私はぷかぷか浮いている以外は、何の変哲もないただの女子高生なのだ。さっきの説明では、私は特に理由もないのに、なぜか女子高生風の格好をしている、よくわからない天使ということになる。なので私は、そういうよくわからない天使になることにした。

「これはコスプレです」

「コスプレ」

「趣味なんです、コスプレ」

「趣味」

「かわいいでしょ」

 男の人は唖然としている。ちょっとやりすぎたかな、と思ったけど、しばらくするとその人は、少し笑った。

「とても似合ってますよ」

 私は正真正銘の女子高生なんだから、似合っているのは当然だ。だけどなんだか照れ臭くなって、心までふわふわしてきたので、今度こそ退散することにした。

「さようなら、人間さん」

 偽物天使の私には翼はない。ただ単純に、宙に浮いているのだった。


 赤く染まった空を、あてもなくふわふわと飛んでいる。私はふわふわと考える。どうして私は浮いているんだろう。すると意識の底から、ぷかぷか浮いてくる記憶がある。あれは私がぷかぷか浮き始めるより前、私が最後に友達と話した日だ。特別な日というわけではなかった。いつもと変わらない普通の日だった。だから何がきっかけだったかは、よく覚えてない。覚えてないということは、たいしたことじゃなかったんだろう。少なくとも、私にとっては。その日私は、友達の美優にこう言われたのだ。

「あなたのこと、友達だと思ったことはないよ」

 美優は、美優って名前だったけど、それほど美しくもないし、たいして優しくもなかった。だけど初めて会ったとき「なんか、ゆるふわ系だね」と言ってくれた。なんだかそれが嬉しくて、すべてが許されたような気がして、その日から美優は私の友達になった。少なくとも、私はそう思っていた。美優はたいして優しくなかったので、他にもいろんなことを言った。「あなたはいつも周りから浮いてる」「可哀想だからかまってあげてただけ」「ゆるふわ系っていうのはそういう意味じゃない」「自分の方がかわいいって思ってるんでしょ」「もう話しかけないで」

 美優はただのクラスメートになった。私はゆるふわ系から、ただの浮いてる子になった。ただ単純に、浮いているだけだったのだ。


 くだらない。本当にくだらない。私はあろうことか、物理的に浮いてしまったのだ。いっそのこと、どこまでもふわふわと浮かんで行ってしまいたかった。そうしたらいつか天国にたどり着いて、本物の天使になれるかもしれない。視界がゆらゆらと揺らいでいく。どうして私は、浮いているんだろう。会話のリズムが人と合わない。相手の話に興味が持てない。周りに合わせたり、何かを追いかけたりするのが、どうしようもなくめんどくさい。天然とかコミュ障とか、そんな風に言ってみても、何も変わらない。個性以上病気未満のそんな小さなズレが積み重なって、気づいたら私は浮いていた。どうすればいいのか、答えはわからなかった。わからないのなら、どうしようもない。こういう時は必死になってみても、結局は何も解決しないということを、私はこの十七年間で学んだ。私はお腹がすいたので、家に帰ろうと思った。

 異変に気付いたのはその時だった。うまく体のバランスが保てない。加速しようとしても、思うようにいかない。少しずつ、だけど確実に高度が落ちていく。まずい。どうしよう。必死に考えるけど、こんなふわふわした状態じゃ、考えもまとまらない。きっと浮かぶことを心から楽しめなくなったからだ。なんの確証もないけど、なんとなくそう思った。私は浮いたり沈んだりを繰り返しながら、ふらふらとビルの間を飛んでいく。下は道路ばかりで、たくさんの車がビュンビュン行き交っている。はやくどこかに着地しないと。思い浮かんだのは、男の人と話したあのビルの屋上だ。高度はどんどん落ちていく。もう迷っている余裕はない。どうにか力を振り絞って、ゆらゆらと飛んでいく。気まぐれで意地の悪い重力は、私を地上へ引き戻そうと、見えない手でぐいぐい引っ張ってくる。死にたいと思ったときに死ねないのは、あまり嬉しくはないけれど、いざこういう状況になってみると、やっぱり私は死にたくない。美優はそれほど美しくもないし、正直私の方がかわいいと思っていたし、やっぱりたいして優しくはないし、ゆるふわ系の意味は今でもあんまりわかってないけど、あの時友達になりたいと思ったのは本気だよ、今も美優のこと嫌いじゃないよ、いつかそう伝えるまでは死んじゃいけない気がした。なんだか急に気持ちがこみあげてきて、ぽろぽろ泣きながら、ふらふらと飛び続けていたら、ようやくあのビルが見えてきた。屋上には人影が見える。きっとあの人だ。

「助けて!」

 そう叫んだのと同時に、ずっと私の体を支えていた何かが、ふっと離れていくのを感じた。男の人と目が合った。彼が両腕を差し出すのが見えて、私はそのまま彼に突っ込んだ。何が起こったかとっさにはわからなかったけど、コンクリートの冷たい感触と、ごつごつとしたぬくもりのある何かに触れていた。

「大丈夫ですか」

 声の主はやっぱりあの時の男の人だった。見たところ特にけがはなさそうだ。

「ええ、なんとか」

 立ち上がりながらそう答えて、自分の体に重さが戻ってきていることに気づいた。どんなに念じても、一ミリも浮けなかった。

「いったいどうしたんですか。何があったんです」

 心配そうな顔で、彼が尋ねる。どう答えるか迷ったけど、バレるまではあくまで設定を遵守することにした。実際、私が何者かなんて、たいして重要なことではない。

「なんか、飛べなくなっちゃったみたいです」

「そんなことあるんですか、天使なのに」

「天使も全能ではありません。もしかしたら、コスプレが神の怒りに触れたのかもしれません」

「そんな!」

 この人は多分、とても素直でまじめな人なんだろう。もしかしたらこの人も、少し浮いている人なのかもしれない。そう思うと、親近感と罪悪感が混ざり合った、なんとも言えない気持ちになったので、お礼だけ言って、とっとと帰ることにした。

「これからどうするんですか」

 なおも心配そうな顔で彼は尋ねる。どうしたものかな、と思うけど、どうしようもないな、とも思う。ゆるーく、ふわっとした、そういう感じでしか、私は生きられないのだろう。

「しょうがないので、普通の女子高生として生きていきます」

 彼は納得した様子で「制服、似合ってますもんね」と言った。


 浮力を失った私は電車で家に帰ることにした。駅までの道を彼と一緒にとことこ歩く。街はすっかり暗くなって、退勤ラッシュの人波がぞろぞろと駅に飲み込まれていく。

「その、よければうちに来ますか。狭いですけど、なんとか……」

「大丈夫です。家はあるので」

「あ、あるんですね。家」

「はい、天使ですから」

 そう言ってから、いや、今は天使じゃなくて堕天使か、と思ったけど、彼はそこまで細かいことは気にしていないみたいだった。本当のところは、私は女子高生のふりをしている堕天使のふりをしている女子高生だけど。偽物天使改め偽物堕天使になった私に、彼はひっそりと告げる。

「本当にあなたに会えてよかった。ありがとうございます」

「えーと、そうですか。私もあなたがいてくれて助かりました」

「……ずっと空を眺めていたんです。何もかもうまくいかなくて、なんだか無性に死にたくなって、でも飛び降りる勇気なんてなくて」

 確かに言われてみればそうだ。サラリーマンがあんな何もないビルの屋上で、何時間もぼやぼやしているはずがない。私も彼も、きっとあの時、同じことを考えていたんだ。やっぱりこの人は、私と似ている。

「でもそういうのはもうやめにします」

「え? そうなんですか」

「だって、天使に会えましたからね」

 なんだか口説かれているようにも聞こえてしまうけど、ここで言う天使は形容ではなく、あくまで彼にとっては事実なので、別に私は口説かれているわけではない。そうとわかっていても、さすがに恥ずかしかったので、今度こそ私は彼と別れて家に帰ることにした。ガタゴト電車に揺られながら、私は考える。こうして自分の気づかないところで、人は誰かを傷つけたり、救ったりしているんだろう。偽物堕天使の私じゃ、どうせほとんど人は救えない。それでも私は、せめて人を傷つけないように生きたいと思った。


 結局次の日になっても、私の浮力は復活しなかったので、おとなしく階段を上って、ドアを開けて、普通に教室に入った。すると私を見つけた林さんが、わざわざ窓際の席からこっちへやってきた。

「あれ、浮遊症っていうんだね。初めて知った」

「へぇ、私も今知った」

「私、幽霊かと思って、びっくりしちゃった」

「確かに私も、最初はそう思ったな」

「今日は浮かないの?」

「なんか、浮けなくなっちゃった」

「え、そうなんだ。ちょっともったいないね」

「んー、そうでもないよ」

 結局学校では、ぷかぷか浮いてたってしょうがないのだ。自分の足で立って、歩いていくしかない。ただ単純に、物理的に浮けるようになったところで、人生はたいして変わらない。

「私も浮けるかな」

 まだちょっと眠くて、頭がぽわぽわしていたので、適当に答えた。

「がんばれば、浮けるんじゃない?」

 満足げな顔をした林さんは、それ以上何も聞いてこなかった。私はふわふわとあくびして、そのまま席に着いた。この椅子の硬さも、今ならちょっと愛おしく思える。学校は相変わらず退屈で、やっぱり私は若干浮いてて、結局美優にも話しかけられなかった。私はふわふわ考える。まあ、でも、こんなもんでしょ。いいじゃん、ちょっと楽しかったし。私は天使になりそこなったので、今度はちゃんとした、本物のゆるふわ系になろうと思った。

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