第9話

 名前といえば、曾祖母は「末子(すえこ)」という。曾祖母の生家では、女の子が続けて産まれたので、もうこれで女の子はおしまいという願いをこめたらしい。ただ、その願いもむなしく、曾祖母の次も女の子が産まれ、その子は「留子(とめこ)」と命名されたと聞いた。

 母は嫌がるが、曾祖母とその妹の名前に比べたら「直子」は、はるかにいい名前だ。そのことを言うと、母は

「全く、非科学的で酷い話。昔の女性は子供を産む道具みたいに扱われているんだから。志織、女の子だからって黙っていることはないのよ。人間としてやっていいこと、悪いこと、女も男も同じだからね。」

と、力説する。私は母のそういう熱っぽいところが好きだが、不思議と自分もそうなりたいとは思わない。

 両親は医師。特に父は昔からある病院の次期院長。兄達も医師になることを期待され、二人で張り合いながら、頑張って勉強している。私はというと、三人目で女の子のせいか、良くも悪くも期待されていないと感じている。そのことを気楽だと思う時もあれば、疎外感を感じる時もある。もっとも、そういう気持ちを口にすると、母は全力で否定するのだろう。

 何不自由なく暮らしているのに贅沢な悩みと言われるだろうが、私は、時々、自分の家が息苦しくなり、母方の祖父母の家に避難しているのだ。

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