第32話 エピローグ2
俺たちが屋上に連れ出たあと、誰も尾行してきていないことを確認してマイアさんがドアを閉める。朝の屋上には当然のことながら俺たち以外の姿はなかった。
ファナさんは俺たちのほうを見ると淑女然とした仮面を脱ぎ捨て、腰に手を当てて呆れたように言う。
「やってくれたわね、あなたたちのせいでわたしの人生計画がもう滅茶苦茶よ。あなたたち、今回の件の責任をどうやってとるつもりなの?」
「その、責任っていうのはなんのことなんだ?」
なにやら複雑な事情がありそうなので俺は一度説明してもらうことにした。
「わたしは魔導士として優秀なだけじゃなくてとても品がよくて、将来はレーム連合王国の王太子になってその後はさらなる躍進をすることが上のほうで決まっていたの。でも、王族っていうのはなにより面子を重んじるの。あなたたちが引き起こしてくれた、あの一件のせいで全てがご破算よ」
「いい気味じゃないの」
「いい気味って――」
「お、落ち着いてくださいお嬢様っ!?」
いまにもファナに食ってかかろうとしたファナさんを、マイアさんが必死で抑える。
「人族はエルフ族の事情には詳しくないのです。もう少し噛み砕い説明してあげませんと、いま自分たちの身にどれほど危険なのか理解できないのも仕方ありません」
えっ、俺たちが危険なのか?
意味わからず、俺とアリスは一度顔を見合わせたあと、ファナさんの説明の続きを聞くことにした。
「つまりね、レーム連合王国に圧倒的多数の支持を得ていた次期王太子、ひいては最有力の王候補だったわたしがその……大変恥ずかしい姿を晒したことで、その他の王子王女にも国王になる芽が出てきちゃって、レーム連合王国は国内で王位継承争いが始まり治世が深刻なほど乱れつつあるのよ」
「えっと、どう考えても俺たちが原因だよな」
「残念だったわねファナ。ご愁傷さま」
「他人事のように言わないでもらえるかしら。もし取り返しがつかないほど国が乱れたらあんたたち人族の国も巻き込んでみんな不幸にしてやるんだから」
「ちょっとっ!? 人族は関係ないじゃないのっ!?」
「関係大ありよっ! あなたたちがやったことじゃないのっ!」
「はんっ、もとはといえばあんたが悪いんでしょう。親善大使の一員であったあんたが親善試合であたしをボコボコにしたときから因縁が始まったんじゃない」
アリスの話によればファナさんに原因があるとのことだったが、
「アリス、あなた自分に都合のいいところだけ切り取るのはよしてちょうだい」
ファナさんは即座に否定した。
「あの、それはどういう……?」
気がかりな発言だったので俺は続きを促した。すると、
「わたしは親善試合で引き分けに持ち込むつもりだったのよ。あの当時わたしは人族を見捨てずに擁護する立場を取っていたんだから、だから使節団にも選ばれていたのよ」
うーん、なんだか雲行きが怪しくなってきたような……。
「なのにアリスが強い魔法をどんどん撃ってきて、それでもわたしは痛いのを我慢しながらなんでもないのですよって顔を浮かべて必死に耐えていたのよ。王族という立場上味方のエルフにさえ弱みは見せられないの。なのにアリスったら覚えたての第二魔法まで発現して」
あー、なんか展開がわかったような気がする。
「第二魔法なんて簡単に相殺できるような甘い魔法なわけじゃないの。むしろ下手をしたら死ぬレベルで強力な魔法よ。親善試合の場で第二魔法を発現するなんていったいなにを考えているのよっ! って本気で混乱したわ。身の危険を覚えて声を大にして咎めたいところを必死で我慢したんだから。こっちは頑張って必死に引き分けに持ち込もうとしているのに、あなたがその心を微塵も汲んでくれないから、全力の第二魔法で迎撃したんでしょうがっ!?」
やっぱりこれ悪いのはアリスじゃね?
「じゃ、じゃあアリスを倒したあと『あら、お怪我はありませんか?』って言ったのは?」
「怪我をしていないことの確認と、わたしの善意を散々踏みにじって一度も汲もうとなかったお馬鹿さんへの皮肉よ。ついでに言うと、わたしにも事情があったことを説明しようにもアリスったら仮病を使っていたから会う機会なんてなかったわ。あとはずっと犬猿の仲よ」
「なら入学してすぐのクラス代表試合で、アリスを指名したのは?」
「人族があまりにも弱かった場合、他の人族の立場まで悪くしかねないでしょう。我が国の友好国であるリーガル王国の名誉のためにも、お互いに面子が経つ程度に試合内容を調節してあげようとしたんじゃないの。まあこの件に関してはわたしの予想よりもずっと人族が強くてすぐに全力で戦うことになったんだけど」
さあ皆さん、クイズです。この状況で一番悪いのは誰でしょうか?
1 アリス 2 アリス 3 アリス
はい、気になる答えはこのあとすぐ――
「なあアリス、これはもしかしなくてもお前、やっちまったんじゃねえか?」
「だ、だって……し、知らなかったんだもん」
気まずげにアリスが言い訳をするが、もうそれで済まされる状況じゃなくなっている。
「シモノもよ。わたしはね、魔導テロが起こったとき、あなたに庇われたっていう子供から話を聞いて、あなたのことをとても立派な人族だと考えて認めてすらいたのよ。あれでもテロのときはあなたを助けるために大急ぎで向かったんだから。クラス代表試合のときも最初はあなたを傷つけないように配慮していたのに、よ、よりにもよって、わ、わわわ、わたしを裸に、ひ、ひん剥くなんて~~~~~」
「す、すみませんでした……ッ!」
結局俺はまた正当な理由なく女性を裸にしてしまっていたようなので、全力で土下座する。
だが、そんなことでファナさんの怒りが晴れることなどなく、
「世の中ね、知らなかったやすまなかったでは許されないことがあるのよ。わたしの次に有力な王候補はばりばりの人族排斥派よ。あなたたち、自分で自分たちの首を絞めたんだからね」
こういうのをなんつーんだろうな、頑張りすぎとでもいうのか?
じつは負けておけば無難に収まっていた試合を酷い方法で勝ってしまったのだ。俺もアリスも成長に繋がったが、むしろ人族は窮地に立ってしまった。
「ど、どうすりゃいいんだエクセリオンっ!? 人族として頑張った結果滅びに繋がっちゃいましたじゃ話にならないぞっ!?」
「落ち着けよ、この程度の話をするためだけにファナ嬢がマスターたちを呼び出したとは限らないだろ。なにか提案があるんじゃねえか?」
「ええ、察しがよくて助かるわ。そういう事情だから、もし今後人族が世界から排除されない流れを保ちたいなら、わたしが負けたことを周りが納得できるような振る舞いを心掛けてほしいの」
「つまりどういうことなんだ?」
俺が尋ねると、ファナさんが悪戯でも思いついたような小悪魔じみた笑顔を浮かべる。
「少なくとも現時点でわたしより弱いとされる学院生には絶対に負けてほしくないわね。そしてできればわたしよりも強いとされる学院生の何人かを人目があるところで倒してほしいわ。理想を言えば学院最強の魔導士になってほしいけど、それはさすがに無理があるから――」
「いいや、無理なんかじゃないな。迷惑をかけたお詫びにファナには教えておいてやるよ」
なにをすればいいかわかった俺は、これから俺がこの学園でどうするのかをはっきりと伝えておくことにする。
「おいマスター、まさかあれをやるのか?」
「ああ、こういう時ぐらいしか機会が来ないだろうからな」
これは結局のところ抱負のようなものだ、実現性や具体性などは一切考えていないため計画ですらない。それでも俺がやると決めている以上、宣言することに迷いはなかった。
満面の笑みを浮かべて、俺は宣戦布告ともいえる誓いを立てる。
「俺はこの魔法学院で最強になる男だ」
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