第10話 有能な相棒

「そんな錆ついた剣を買うなんてあんたの趣味がわからないわ」


 武器屋を後にしてほくほく顔の俺の左肩には赤い球体が浮かんでいる。


「いいんだよ、錆なんてあとで砥げば綺麗にとれるだろ。それになにより俺が気に入っているんだから。なあエクセリオン」

「マスターの趣味はわからねえが、俺が大賢者で名剣なのは事実だ」


 当初は「あんなのは無効だろ」と訴えてきたエクセリオンだが、きちんとルール確認したうえでの勝負だったので、結局は折れて俺の仲間になってくれた。「俺のマスターはこんな変人なのかよ」とか嘆いてもいたが、俺のような常識人のどこに不満があるのだろうか。


「自分で名剣っていうなんておかしなインテリジェンス・ウエポンね。そもそもインテリジェンス・ウエポンに球体になって自在に動き回れる機能なんてあったかしら」

「俺の知性をもってすればこれだけのことは簡単だ。こう見えてもかつては大賢者と呼ばれていたからな」


 いまは無機質の球体だから感情が読みづらいが、もしエクセリオンに肉体があればえっへんと胸を張っていたことだろう。


『さあ、そいつはどうだろうな』


 ………………っ!? お、お前まさかアレクシア様と同じ念話が使えるのかっ!?


『当たり前だろ。大賢者で名剣である俺にかかればマスターの心まで読めるぜ』


 なん……だとっ!?

 突然の告白にビックリしたが、困ったときはこっそりと相談するときに便利な能力かもしれない。

 俺の用事は全部済ませたので、これからはアリスの行きたいところだ。

 どこに向かうのかと俺がわくわくしていると、アリスは一切迷うことなく庶民的な定食屋の中に入っていく。お貴族様なのに本当に迷うことはなかった。


「なによ、なんか文句ある?」

「いや、特に文句はないがなんで定食屋なんだ?」


 てっきり女の子らしく服屋とか靴屋を梯子するコースを想定していた俺としては肩透かしを食らった気分だった。


「これから夕食もあるのはわかってるけど、寮の食事って物足りないでしょ。あたしやあんたみたいに毎日体動かしている人間にはエネルギー不足だと思うのよね」

「それはすごくわかる。俺も足りないと思ってた」


 栄養バランスやカロリーに配慮した食事が出されていることは疑いようがないが、寮の食事ではどうにも俺たちには不足しているのだ。俺の空腹感は煩悩魔法を発現できるようになってから顕著になったため、魔力を生成するのに体内のエネルギーを使う必要があるのかもしれない。

 リーガル王国で共同生活を送っていた頃、アリスは女の子であるにもかかわらず、魔法を発現できるようになった俺と同等の食事量だったしな。

 そういうわけでは夕飯前にご飯を食べて一日四食にすることに激しく同意だが、じつは不満がないわけじゃない。というのも、


「どうしたのよメニューを見て溜め息なんて吐いて……」

「いや、なんというかこうも毎日パンばかり食べていると飽きてきてな」


 前世の記憶が戻ってから食事に関して俺が思うことはひとつだ。お米を食べたいという一念がパンを食べるときに必ずよぎるんだ。


「パンばかりって、貴族でも平民でも主食はパンでしょう。あんたの家でもそうだったじゃないの?」

「それはそうなんだが……」


 まあないものねだりをしてもしかたない、と渋々メニューを注文しようとしたときエクセリオンが尋ねてくる。


「おいマスターの主食はなんなんだ?」

「米っていって、粒々した植物の種子なんだけど」

「ああ、そりゃもしかしてライスじゃねえか。エルフの国で育ててるから、エルフがやっている飯屋を探せばおいてると思うぜ」


 えっ、あるのかお米っ!?


「ほ、本当かそれはっ!?」


 店内で思わず声を張りあげた俺はアリスに怪訝な目を向けられるも事情を説明し、お店の人にお詫びをして出たあと、エルフ料理を出す定食屋に入店する。すると、


「うわー、米だけじゃない味噌汁まであるじゃないか」


 メニューを見て、慣れしたんだ故郷の料理が出て俺はこの世界に来て初めて感動した。そして箸を使って味噌汁を啜りお米を口に運ぶという贅沢な食事に思わず目幅涙を流してしまう。


「エ、エルフ食を食べて涙を流すなんて、あんた変わった感性をしているのね」


 最初はエルフの食事なんてと嫌がっていたアリスも、俺の思い入れを理解できてからは文句ひとつ言わなかった。


「う゛ぅ゛、あ゛り゛がと゛う゛《え゛ぐ゛せ゛り゛お゛ん゛》、お゛ま゛え゛はお゛れ゛の゛こ゛こ゛ろ゛のと゛も゛だ~」


 感極まって涙を流した俺は心からのお礼をエクセリオンに伝えた。するとどこか照れくさそうにエクセリオンが返事をする。


「べ、べつにこの程度どうってことねえよ。そ、そんなことよりまたなにか欲しいものがあったら言えよ、あんたは俺のマスターなんだからな」


 もしこいつに尻尾が生えていれば、今頃に俺に向かって犬みたいに尻尾を振り振りしていたかもしれないな。

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