第9話 女神のお告げ

 下校途中に校舎内でトラブルはあったが、俺はアリスと一緒に街中に遊びに出ていた。

 七種族学院では俺もアリスも寮生活であり、七種族特区に引っ越してからは寮生活に必要な物の買い出しや入学の手続きが忙しく、まだ街中を観光できていないのが実情だった。

とはいえ、時間ができたなら俺には真っ先に向かわなければいけないところがある。


「意外ね。あなたってこんなところに足を運ぶんだ?」


 アリスを連れ立った俺が真っ先に向かったのは、アレクシア教の教会だ。アレクシア様の敬虔な使徒を自称する俺としては本来なら真っ先に赴いておくべき大切な場所だ。


「こんなところって、アレクシア様に失礼だぞアリス」


 受付の前に立った俺は教会に寄付する金額を訊かれる。

 できることならアレクシア様には俺の全財産を受け取ってもらいたいところだが、そうすると俺の生活が立ち行かなくなるからな。

仕方なく俺は生活に困らない範囲で、しかし誰よりも感謝の念を込めてアレクシア様に寄付をした。アレクシア様なら金額の大小に関わらず精一杯の気持ちでも喜んでくれそうだからね。


「えっ、それ金貨でしょ。平民一人なら一か月は暮らしていける金額のはずよね。そんなお布施するなんてあんた正気っ!?」

「どうやらお前にはものの価値というものがまったく理解できないようだな。できることなら俺は王国中、いや世界中全ての財をアレクシア様に捧げたい。なにせアレクシア様はとても寛大な女神様だからな」


 おっぱいを揉ませてくれると約束してくれている以上、世界で最も貴き神。すなわちアレクシア様こそが神の中で神であらせられる至高神様だ。そのような偉大な方に寄付ができるなんて、いままさに俺は天にも昇る気持ちなんだ。

 ということを俺は言葉を尽くして長々とアリスに語ったのだが、


「わかんない、あたしにはシモノの考えが本当にわかんないっ!?」


 頭を抱えるアリスが泣き叫ぶように嘆く。

どうやらアリスにはアレクシア様の神対応が理解できなかったようだ。まるで狂人で見るかのようにどこか脅えた表情を向けてきているが、まあ、そんなことはいい。

さあ我が神に祈りを捧げようか。

 俺は教会にあるアレクシア様の石像の前で深々と膝を折ると祈りを捧げる。すると不意に頭の中から直接声が響いてきた。


『シモノさん、シモノ・セカイさん、聞こえますか?』 


 こ、この声っ!? ま、まさかアレクシア様ですかっ!?


『ええ、そうです。いまあなたの脳に直接語りかけています。時間がないのに手短に説明しますが、いまあなたがいる街と同じところに邪神の使徒がいます』


 な、なんだってっ!?


『邪神の使徒の目的は、邪神を滅ぼしうる存在である女神の使徒を滅ぼすことです。幸いまだ派手に動き出す兆候はないようですが、わたしの使徒としてまだ未熟なあなたでは勝てない可能性があります。もし遭遇するようなことがあっても無理をせず他の力ある魔導士に任せてください』


 残念だが、いまの俺のいまの力じゃ役に立てないってことか。少しでもアレクシア様の役に立てるように努力しないとな。


『それと魔術に疎いあなたのもとに、サポーターとしてわたしの部下を一人派遣します』


 アレクシア様の部下っていうことは神様っていうことですか?


『いえ、神ではありません。わたしたちには肉体を失って漂っている強い魂を使役することがあるんです。今回はそちらの世界で生まれ育った者ですので、きっとあなたの力になるでしょう。祈りが終わったら大通りの外れにある武器屋に行ってください。ただ気難しい魂なので上手く協力してくれるかはわからないのですが』


 わかりました。アレクシア様。


『ではシモノさん、その世界の未来を頼みますよ』


 それっきりアレクシア様の声が届かなくなり、俺はゆっくりと顔をあげた。するとこちらを不審そうに覗きこむアリスと目が合った。


「どうしたんだ?」

「どうしたじゃないわよ、あんたなにかしたわけ? あんたが祈りを捧げている間、なんかこう周りが絶対に声を懸けちゃいけないようなすごい集中している状態だっていうか」


 おそらく俺がアレクシア様と交信しているときは、特別な状態になっているってことだろうな。


「まあアレクシア様は俺の信仰の対象だからな」

「ふーん、あんたは敬虔なアレクシア教徒には見えなかったけど、人は見かけによらないものね」

「俺ほどアレクシア様にお慕い申し上げているやつは人族にはいないと言っていいと思うぞ」

「ふーん、あんたのようなエロ魔法使いに慕われるなんてアレクシア様もいい迷惑ね」

「まさか、アレクシア様は俺の活躍を褒めてくれるに決まっているだろ。俺がこれからもっと活躍するようなことがあればきっとアレクシア様も大喜びだろうな」


 使徒として俺は自信を以って断言するが、アリスにはまったく理解できていないらしい。こともあろうにアリスは真顔でこんなことを訊ねてきた。


「えっ、アレクシア様って清純な女神だって話を聞いてたけどエロ神なの?」


 いまの俺の話を聞いて、どうして我が愛し女神(マイ・スウィート・ゴッデス)にそんなことを思うのか俺にはまったく理解できなかった。









 教会を出た俺はアリスとともに、街中の大通りを歩きながら、外れにある武器屋を探す。


「すみません、この辺りに武器屋があると聞いたんですが」


 道行く人に何度か聞き込みをした結果、俺は目的の武器屋に辿り着くことに成功していた。


「なんだかくたびれた武器屋だけど、あんな店に何の用があるの?」

「もしかしたら掘り出しものがあるかもしれないだろ」


 アレクシア様の使徒であることを秘密にしている以上、俺がアレクシア様からの託宣に従っていると教えるわけにはいかなかった。

 だが、アリスの指摘にも一理ある。大通りから外れたところにある店舗だけあって全体的にくたびれている。扱っている武器のクオリティもそう高くはなさそうだし、ここでなにをすればいいんだろうか。

 不安な足取りで寄っていくと、軒先に置かれている樽から声がする。


「よう、こっちだぜ兄ちゃん。寄ってけよ」


樽の中を覗き込むとたくさんの中古の剣が無造作に入れられており、俺はその中から赤い宝石のような球体が嵌めこまれた一振りを手に取った。


「なんだかこの剣から声が出ていた気がしたが」

「正解だ。兄ちゃんに行っていることは間違ってないぜ」

「な、なんだこれはっ!? 喋る剣なのか?」


 どういう理屈かわからないが、唾のあたりが勝手に動いてガチャガチャと音を立てながらこの剣は喋られるようだ。

 驚きのあまり俺が剣を離してしまったため、剣はそのまま地面に落ちた。


「痛っ!? お前、俺は売り物だぞもっと大事にしろよ。それにだ、もう少しおしゃれな呼び方をしてくれてよ。喋る剣とかセンスなさすぎだろ」

「珍しいわね、インテリジェント・ウエポンじゃないの」

「いんてりじぇんと・うえぽん?」


 俺に代わって剣を拾い上げたアリスが説明してくれる。


「使い手に叡智を授けてくれる喋る剣よ。といっても剣に話す機能なんて求められてないからどうしても不人気なのよね」

「そりゃまたなんで?」

「命を懸けて斬り合いをしているときに剣から話しかけられても邪魔でしょう。一瞬で状況判断しなきゃいけないときに剣の声に耳を傾けてたら斬られているかもしれないでしょうが」

「なるほど、そりゃたしかに」

「それに知恵を授けてくれるなら、使い魔を使役するほうがよっぽどかわいいでしょう。いざというときは身を張って助けてくれるかもしれないし」


 どうやらインテリジェンス・ウエポンというものはこの世界ではあまり評価される代物ではないようだ。

 俺としては新鮮味があって嫌いじゃないし、わりと格好いいと思うんだけど少し心外だ。

でも、なにより気になるのはこの剣もといインテリジェンス・ソードはアレクシア様が俺に派遣してくれたサポーターの可能性があるんだよな。


「ふんっ、かつて魔王と戦ったことがあるこの俺によく言えたものだな」

「はんっ、言ってなさいよ骨董品が」

「アリス、それを貸してくれ」


 俺はアリスからインテリジェンス・ウエポンを没収する。密かに訊かなければならないことがあるからだ。


「おい、それとはなんだそれとは。俺はそれじゃなくてエクセリオンだ」

「それは悪かったなエクセリオン。ところでいきなりだが質問があるんだ」


 小声で核心について尋ねてみることにした。


「お前はアレクシア様から派遣されたサポーターなのか?」

「ああ、それで間違ってないぜ。俺にそんなことを訊いてくるってことはお前が使徒で間違いないな」

「ああ、その通りだ」


 ならこいつは絶対に仲間にしないとな。なにせアレクシア様のお墨付きだし。


「なあエクセリオン、俺に買われてみる気はないか?」

「あんた、あたしの説明聞いてたの? 剣ならもっといいものが――」

「いくら神命だからって俺は気に入らねえやつには仕えないぜ。なんで俺を仲間にしようとしているか理由を教えてもらおうか。気に入らねえ理由だったらぶっ飛ばす」

「そうだな、強いて言うならお前のことを気に入ったからだ。お前の理念や信念はお前の好きにしてもらってかまわない。俺にはただ剣と会話の機能を提供してくれればいい。俺はソードタイプのインテリジェンス・ウエポンって格好いいと思うんだよ」

「お前、本当に俺のことを格好いいと思っているのか?」

「当たり前だろ。単なる無機質な剣よりも喋る剣のほうがずっと格好いいじゃんか。魔王と戦ったことがある剣っていう肩書きもいい。普通の剣よりずっと頼りになりそうだしな」


 わざわざアレクシア様が派遣してくれたのだ、エクセリオンが頼りにならないわけがない。だからこそ、リップサービス抜きの本音で俺にとってエクセリオンは本当に他の剣よりずっとイケてる一振りに見えた。


「ふむ、まあお前の言った理由はくだらなくはなかった。俺の心に響かないでもねえ。だが、響きが足りないな。俺を仲間にしたいっていうんなら、お前の野望を教えてみせろよ」


 野望か。言い換えるならこの世界で俺が果たしたい夢っていう意味だよな。ならあれしかないが、しかしこいつの趣味であれを受け入れてくれるとは思えないぞ。

 なにせあれは死後のやけっぱち状態だったからこそ口にできたのであって、素面じゃ恐れ多くて絶対に口にできないことだからな。


「断っておくが、世界を救いたいとかありきたりな理由だったらぶっ飛ばす。当然お前をサポートするって話もなしだ」


 アレクシア様がエクセリオンのことを気難しいって言っていたからな、仲間にするために慎重を期すべきだろう。

 アリスから距離を取った俺は前提条件を変えるために交渉する。


「なあ、ありきたりな理由っていうのはあとからどうとでも難癖がつけられるだろ。それならお前が俺に仕える条件をもっとわかりやすいものに変えないか?」

「あん、わかりやすいものだって? 具体的にどんなものだよ?」

「俺が言った理由にお前が驚けば俺の勝ち。お前が驚かなければ俺の負けだ」

「おおっ、それならわかりやすくでいいじゃねえか。それで決まりだ」


 思いのほかあっさりと同意が得られた。俺に嘘を吐く理由がない以上、これで準備は整った。


「じゃあ早速お前の野望を教えてくれ」

「決まってるだろ。俺の野望は――」


 さあ勝負だ。


「女神アレクシア様の望み通り邪神を倒してこの世界を救って」

「はんっ、ありきたり――」

「世界を救ったご褒美としてアレクシア様のおっぱいを揉ませてもらうことだ」

「な、なに――――――――――――――――――――――――――――――――っ!?」


 爆弾でも破裂したかのような絶叫が俺のすぐ近くから発せられていた。

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