第十六集:善戦健闘
「おお、平原だ。最悪」
あちこちで
木にもたれかかるように座っているのは酷いけがをした
喰われないようその周りで必死に戦っているひとたちがいる。
そこら中に転がっている人間の遺体。見るも無残な状況だ。
遺体が残っているだけいいのかもしれないと思ってしまうほどに。
雇われ魔術師や呪術師たちも、死んでなるものかと頑張ってはいるようだが、
そんな中、唯一好戦し、先へ先へと進んでいる一団があった。
(おお、傭兵を雇っているのか。そうとうお金持ちだなぁ……)
獣化種族三人に魔術師と呪術師一人ずつの合計五人の護衛に、
「……あ、気づかれた」
ただ、溶岩洞で会った
わたしも会釈を返し、死屍累々の戦場へと向かっていった。
「すごいな、ここ」
林のような場所はあるものの、基本的に見晴らしがよすぎる。そして気候も安定しており、少し薄暗い。
どうやら、時間は夕方で固定されているようだ。
「
わたしは間合いに
(……それにしても、悲惨すぎる)
角や
そのため、むやみに
助けたくても、暗黙の了解でそう出来ないのはとても辛い。
(プライドや利益を捨てて助けを求めてくれれば……)
見渡す限り、そういうひとは誰一人いない。
それもそうだ。凶悪な虫の
簡単に音を上げたりしないだろう。
わたしは『
「本当に広いな……」
天井は少し低めのため、鳥型の
壮絶な殺し合いのがあちこちで行われている中を歩いて進んでいくと、見慣れたものが目に入った。
「……あれは、
漆黒の官服に濃紺の外套。胸にある刺繍は伝説にある三本足の烏、『八咫烏』。
間違いない。今目の前でまさに死闘を繰り広げているのは、皇帝直下の警察諜報機関、
「助太刀しますか⁉」
気付いたら叫んでいた。彼らは
「……あなたは、姜先生の! お願いします! 助けてください!」
「はい!」
わたしはすぐに
「わたしが相手だ」
直剣と鞘を打ち付け音を鳴らし、注意を引き付けた。
「来い」
身体の芯から振動するような唸り声。鼻を衝く血のにおい。
わたしは数十体並ぶ列の少し後ろに控えている、ひときわ大きな瑪瑙獅子めがけて跳びあがった。
「お前が長か」
三メートルほどの瑪瑙獅子の長は突如目の前に現れたわたしを無礼だと思ったのだろう。
怒りに任せて鋭利な爪を振りかざしてきた。
わたしはそれを瑪瑙獅子の下に滑り込んで避け、そのまま首を切り裂いた。
瑪瑙獅子の血をもろに顔と身体に浴びながら転がり、三メートルの体躯から抜け出すと、苦しそうに目を見開きながら息をしている瑪瑙獅子の前足の腱を斬り、跪かせた。
とどめは脳天への一突き。
長を殺された群れは、長の血で真っ赤になったわたしに恐れをなし、その場から脱兎のごとく逃げ出していった。
「あ、ありがとうございます」
「いえ。礼には及びません。あの、どうしてこんなところに……」
着ている服を見る限り、富貴な身であることは察せられる。
「とりあえず、みなさん手当てしましょう」
わたしは救出用の樫の木の扉を出すと、全員を中に入れた。
「本当に、ありがとうございました、姜の若様」
「え、あ、いや……。その、『若様』っていうのやめてほしいです。
わたしは人間の祖母が宗室の長公主という立場で、父も次子ながら侯爵の爵位を持っている。
そのため、表向きの血筋で言うと、『尊く、貴い』ことになるのだ。
「わかりました。あの、ここはどういう……」
「いわゆる安全地帯です。とにかく、身体を休めてください。事情も聴きたいですし」
「なんでもお話いたします」
「まず、お名前をお伺いしても?」
「あ、そうですね。わたしは
「では、汪主督。皇帝にしか仕えないあなたがた
「はい……」
「やめろ! 話すな!」
わたしが琰州と共に重傷な彼の部下たちを手当てしながら話を聞こうとしたとき、ずっと無言で座り込んでいた青年が叫んだ。
「同じ宗室とはいえ、お前に話すことなど何もないぞ、姜家の次男」
「……
十年以上会っていなかった従兄弟。明るい場所で見れば、なるほど、面影がある。
「おい、様をつけろよ、様を」
「遠慮しておく。で? お前は何でこんなところにいるんだ? どうして
「うるさいぞ
「話をすり替えるな。お前だけさっきの場所に放り出してもいいんだぞ」
「なっ!」
祐玄は子供のころから変わっていないようだ。偉そうで、権力を傘に着て周囲を威圧する歪んだ性格。
自分よりも地位の高い者にだけ善い子を演じる姿は、見ていて気持ちが悪い。
「脅しか、
「お前が何も話したくないならそうするしかないでしょ」
「くっ……。いいだろう。話してやってもいいが、お前からだ」
「なんでだよ。殴るぞ」
「ひあっ……。昔から変わらないな。お前の兄上と姉君はあんなにも穏やかで善人なのに、お前はすぐ俺に楯突いて暴力を……」
「お前が兄上の食事にいたずらするからだろ。姉上の着替えも覗こうと……」
「やめろ! 話すから!」
「最初から素直に話せよな」
祐玄は心底悔しそうにわたしを睨みつけると、懐の中に抱えていたものを床に置いた。
「……卵?」
「そうだ。」
見たところ、その大きさから普通の卵ではないことはわかる。
「何の卵を何の目的でどこからどうやってとって来たんだ」
「……
「……研究だと?」
祐玄は、わたしが英王のしでかしたことを知っている、と言うことを知らない。
というか、十七年前の真実を知っている人々の中に姜侯府は含まれていない。
それもそのはず。父は弥王世子の子供を護るために記憶喪失を貫き通したのだから。
「お前には関係ない、
「いや、あるだろ。皇帝陛下直下の
「それは……。まぁ、そういうこともある、としか答えられんな」
わたしが琰州の方を振り返ると、彼は顔を真っ青にしながら動揺し始めた。
(何か弱みを握られているのだろうか……)
今追及しても、何も状況はよくならない。
わたしはそれ以上、誰とも話すのを辞めた。
黙々と手当てをし、簡単だが食事を用意してみんなに配った。
祐玄だけは「こんなものしかないのか」と文句を言っていたが、奴と話すと胸糞悪くなるので無視することにした。
食事から二時間は経っただろうか。琰州の部下たちが起き始め、「若様、何と感謝を申し上げたらよいか……」と泣き始めたので、「
「わたしは仕事があるのでそろそろ行かなくてはなりません。もしもうこの地に御用が無いのなら、出口までお送りしましょうか?」
「そんな!
「でも、せっかく手当てして元気を取り戻した人たちがまた襲われるのは嫌です」
「お前の力など借りぬ」
「お前には話してないんだよ、祐玄」
「な!」
「どうしますか、琰州さん」
琰州は痛々しい包帯姿の部下たちを見て、なにかをぐっとこらえるように目をつむると、わたしに言った。
「お送り願えますか」
「もちろんです。では、この部屋で大人しくしていてください。運びますので」
わたしが部屋を出ようとすると、琰州が近寄って来た。
「あの……」
「安心してください。今日見たことは陛下には言いません。皇太子殿下にもです」
「ご配慮いただき、ありがとうございます」
「……何をしたんですか?」
何をして、目撃され、脅されているのか。聞いておくべきだと思った。
「……無事に帰れたら、後日お礼に伺います。そのときに、すべてお話いたします」
「わかりました」
わたしは扉を出ると、扉をポシェットにしまい、
自分一人なら飛んで帰るなんてことしないが、今は怪我人がいる。
一刻も早く地上へ出なければならない。
わたしは飛び上がると、そのまま一直線に螺旋階段へと向かった。
そのまま飛び続け、溶岩洞を抜け、熱帯森林も抜け、入口へと戻り、樫の扉から全員を出すと、また
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