第十五集:焦熱地獄

 長海は今日も変わらずにぎわっている。

 何かのお祭りでもあるのだろうか。店の軒先に、前回来たときは無かった提灯がたくさん吊るされている。

 濃い朱色に金の装飾が施されていて、見ているだけで楽しい気持ちになる。

「なんだ? あの人たち」

 上空から街を見下ろすと、身体のあらゆる個所に包帯を巻いた一団が、何かを探すようにキョロキョロしながら歩いていた。

「あの、組合ギルドのひとたちだ」

 前回わたしが来た時に、魔窟ダンジョン内であまりに暴力的な行動をしていたためにちょっと懲らしめてやった一団だ。

「わたしを探してるんだな、多分」

 面倒なことになった。しかし、魔窟ダンジョンに入らないわけにはいかない。

 わたしは彼らの動向を観察しながら、一団が一番魔窟ダンジョンから遠ざかったところで、すぐに魔窟ダンジョンへと向かった。

 今入れば、すぐに鉢合わせることはないだろう。

「お線香が増えてる……」

 魔窟ダンジョンの入り口前にある線香は、やはり弔い用だったのだろう。

 いくつかあたらしく武器のようなものも地面に刺してある。

 わたしも少しだけ手を合わせ、中へと入っていった。

「相変わらず鳥はいるのか」

 人面鷲の数が二羽増えている。わたしは絡まれないよう、静かに移動した。

 熱帯森林はすべてが湿っている。

 木々やその枝、蔦につかまりながら斜面を下り、次の階層の入口を目指した。

 悠長に道など通っていたら、組合ギルド探索者サーチャーたちに出くわす危険がある。

 次にあったらきっともっとひどい戦闘になるはずだ。

 わたしは負けないからいいが、あまり人間を殺したくはない。

(……虫が襲ってこない?)

 斜面を下っている最中、何度か視界に入ったが、彼らがわたしを襲うことはなかった。

(ありがたいけど……。理由がわからないと不安になるな)

 わたしは避けて去って行ってくれる虫たちを横目に、なおも下へ下へと進んでいった。

「お、あった」

 次の階層へと繋がっているであろう洞窟が目に入った。

 入り口付近に転がる人間の腐った遺体。

 あと少しで次の階層へと行くことが出来たのに。

 このままでは浮かばれないだろう。わたしは遺体を煌糸こうしに包み、土を掘って埋めた。

 そうすれば、この魔窟ダンジョンを育む木々の栄養になる。

「……ここも螺旋階段か」

 直下する穴じゃないだけマシだ。

 わたしは階段を降りていった。

 途中、いくつか横穴があり、人間が過ごしていたような痕跡があった。

 いわゆる安全地帯なのかもしれない。

 わたしはさらに階段を降り、下へ向かった。

「……赤い光。それに、なんか熱い」

 暑いのではなく、皮膚をじりじりと焦がすような熱さ。

「溶岩洞か!」

 中へ進むと、広大な空間に凸凹とした岩場が連なり、ところどころから溶岩が噴き出していた。

「こんなとこ、人間は通れないんじゃ……。あ」

 少し奥に、探索者サーチャーだと思われる一団を見つけた。

「魔術師がいる」

 あの冷却の魔術は見たことがある。

 それに、防火のまじないに、抗蒸発のまじない。

 どれも学校を卒業していれば使える基本的な魔法だ。

「魔術師はああやってお金を稼いでいるのか……」

 どうやら、前回路地で見た怪しい店の中には、魔術師の派遣屋もあったようだ。

「いいよねぇ、そうやって稼げるひとたちは。わたしは仙子せんし族でそもそも種族が違うからそんなことできないし」

 仙子せんし族は人間とは違い、とても丈夫で繊細だ。

 食文化も違えば、耐熱耐寒の度合いも違う。

 仙子せんしは人間のか弱い身体の具合を察知してそれに適した仙術を使うことが出来ないのだ。

 人間と同じものを食べることもできない。食は旅においてはかなり重要な要素。

 だから人間との集団行動には向いておらず、そもそも人間からして得体のしれない仙子せんし族は一緒に冒険する仲間としては認識されていない。

 人間に人気なのは同じ人間の魔術師や呪術師。身体が似ている魔女族や屈強な獣化種族。

「はぁ……。常に一人行動か……」

 いざというときに頼る先がないのは少し不安になることもあるが、一人は一人で気楽。

 食べる時間も食べる者も自由に決められる。

 行き先も行き方もそれにかかる時間まで自由。

「ま、いっか」

 わたしは前を向いて次のエリアを目指して溶岩洞の中を歩き始めた。

 やたらと耳が大きな鬼霊獣グゥェイリンショウが多い。

 放熱しているのだろうか。

 身体を包んでいるのも毛ではなく、皮膚が爪のように固くなった外殻。

「ここの熱が上がって一階層目が熱帯なのかな」

 今回探しに来た薬草は寒い地域にあるという。

 スペンサーが聞いた噂によると、どうやら四階層目が極寒らしい。

 わたしは溶岩を踏んでしまわないよう気を付けながら歩いていると、遠く前を進んでいた魔法使いが血相を変えてこちらに走ってくるのが見えた。

「え、何だ……」

「すみませーん! 助けてくださぁい!」

 ゼェゼェと息をしながら立ち止まった魔術師は、真っ赤な顔をしてわたしの腕に縋りついた。

「あなた仙子せんしですよね⁉」

「え、あ、はい……」

幻想空域げんそうくういき、持っていらっしゃいますよね⁉」

「持ってますけど」

「少しの間休ませてください! お願いします! 僕の雇い主たちが熱中症になってしまい、先ほどから吐き気が治まらないのです!」

「え、大変じゃないですか! 地上に戻った方が……」

「それじゃぁ僕がお給金もらえなくなるんですよ!」

 わたしはこのどうしようもないま術師に、唖然としながらも、とりあえず人間たちを救うことにした。

 走り寄り、八人の人間の姿を確認すると、いつもの梅の木の扉ではなく、樫の木の扉を出した。

「さあ、中へ!」

 人間たちは支え合いながら中へと入っていき、最後にわたしと魔術師が入った。

「土間と……、三十畳の板間だけですか?」

「あと台所と風呂、厠もありますよ。寝たければ衝立と布団も用意できます」

「ずいぶん簡素と言うか質素と言うか……」

「これは救出用ですから。わたしのものではなく、妖精女王様から借りているものです。行く先々で困った人がいたら種族関係なく助けるように、と」

「ほう……。あなた個人の幻想空域には入れてもらえないので?」

「ええ。駄目です」

「……そうですか」

 魔法使いは残念そうというか、少し苛立っている様子。

(前にもあったな、こういうこと)

 魔法使いの中には、仙子せんしを脅し、幻想空域を奪おうとしてくる者がいるのだ。

 もしかしたら……。

「おい、聞いていた話と違うぞ魔法使い!」

「持ち運べる豪華な家が手に入るんじゃないのかよ!」

「これじゃぁ、俺の家の方がまだ居心地良いぜ」

(やっぱりね)

 人間たちはみな魔術師にそそのかされて仮病を使っていただけだった。

「はぁ……。じゃぁ、出て行ってください」

「なんだと⁉ これはこれでいただくぜ!」

「わかりました。じゃぁ、どうぞ」

「え?」

 わたしは幻想空域を出て、扉を閉めた。

 先ほどわたしが言ったように、この幻想空域は救出用で、妖精女王から借りているものだ。

 つまり、妖精女王の許可を得た仙子せんしでないと幻想空域を保つことが出来ない仕様になっている。

(十分くらいかな。扉が燃えて彼らがこの溶岩洞に放り出されるまで)

 燃えた扉は元には戻らないが、わたしはこういう救出用の扉をあと五つ持っている。

 こういうことがあっても、平気なように。

 わたしは彼らのことはもう放っておくことにした。

 溶岩洞は広い。見晴らしが悪くなるところまで進まなくては。

 追いつかれるのは厄介だ。

「ここに住んでいる鬼霊獣グゥェイリンショウたちはあんまり好戦的じゃないのかな」

 いや、そんなことはない。

「溶岩流の向こう、火吹蜥蜴ひふきとかげの巨大なのがいる。五メートルくらいかな……。あっ」

 目があった瞬間、襲い掛かって来た。

 噴き出された炎にさらに灼熱の熱風が加わり、まるで石窯の中のよう。わたしを焦がして食べようとでもいうのだろうか。

「……油のにおい」

 火吹蜥蜴の横に子分のように付き従う蛙のような鬼霊獣グゥェイリンショウが、弾丸のように油を飛ばしてきた。

「あぶな!」

 わたしは必至で逃げ回るも、地面に落ちた油に引火し、足の踏み場がどんどんなくなっていく。

「徒党を組んで狩りをするのか、ここの鬼霊獣グゥェイリンショウは」

 それだけ餌が少ないのだろう。迷い込んでくる動物もこの熱さでは腹に入る前に死んでしまうだろうから。

「仕方ない……」

 わたしはくうから大仙針だいせんしんを取り出し、煌糸こうしを巻き付けて青龍偃月刀に変えた。

「外殻が無いってことは、斬れるってことでしょう!」

 わたしは跳びあがり、対岸にいる火吹蜥蜴の背に乗り駆けた。そして脇に控えている蛙の元まで飛び降り、その身体を真っ二つに切り裂いた。

 油が飛び散り、火吹蜥蜴の身体にも地面にもべちゃりとかかる。

「そのままあっちいけぇ!」

 わたしはおもいっきり火吹蜥蜴の身体に背中から斬りつけ、さらに柄で殴りつけた。

 すると、断末魔を上げながら火吹蜥蜴は岩場を滑り落ち、溶岩流の中へとすべり落ちていった。

「傷から溶岩が体内に流れ込むのは致命的でしょ」

 川の向こう、人影が見えた。

(十分経っちゃったか)

 でも、彼らにはこの溶岩流の川は渡れない。

 結果的に、良い時間稼ぎが出来た。

 わたしはそのまま川に沿って駆け足で下っていき、次の洞窟と螺旋階段を見つけ、中へと入っていった。

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