第7話 冒険者

 それから、エルマとカザリには神官と魔技師としての知識と技術を教え込みながら進んだ。

 普通神官や聖職者として大成するには神の声を聞く才能が少なからず必要だが、エルマは必要最低限の部分はできていた。

 スラムにあった教会に通っていたようだし、神から信心深いと思われたのかもしれない。

 そんなことをしているうちに、王都から一番近い街にたどり着いた。

 門の前に列ができているから、町に入るのに検問がいるのだろう。

 勇者の身分を使えばVIP待遇で順番抜かしできるかもしれないが、不誠実だからやめておこう。勇者の評判に今以上に傷がついても困るからな。

 数十分ほど待って、ようやく俺たちの番になった。

「荷物を見せろ」

 言われた通りにする。大したものは入っていない。狩った魔物の高く売れそうな部分は《収納》の魔法で異空間に収納しているので、荷物にならない。

「身分証を見せろ」

 身分証……市民権を買ったときに貰ったやつでいいか。

「これでいいか?」

「ああ。そっちの二人は」

 しまった。この二人はスラム出身だから市民権を持ってない。身分証がない。

「この二人はスラム出身なんだ。身分証はない」

「なら、町に入れるわけにはいかない」

 困ったな。市民権を買おうにも、ここで金貨を《作成》するわけにはいかないし。出直すか。

「俺がこの二人の身分を保証することはできるか?」

「高貴な身分ならできなくはないが、お前は平民だろう?」

 俺は黙って聖剣を引き抜く。流石に剣を抜けば警戒されるか。門兵は剣の鞘に手をかけた。

「何のつもりだ⁉」

 俺は聖剣を門兵たちに見えるように掲げる。

「勇者というのは、高貴な身分には入らないのかな?」

「な⁉ ま、まさか。それは……聖剣⁉」

 流石に隣町までは勇者が誕生したという話は届いていなかったらしい。

「し、失礼しました! 確かに、勇者様が身分を保証されるのであれば、町に入れることは可能です」

「では、入れてくれ。俺が身分を保証する」

「分かりました。一筆書いていただきますが、よろしいですか?」

 それは何かあったときに言い逃れできないようにということなのだろうな。

「二人とも、町の中では騒ぎを起こすなよ」

「もっちろん!」

「分かりました」

 俺は自分の名前をサインする。

「これでいいか?」

「はい、確かに」

 これで無事町に入ることができるが、一つ問題が増えた。

毎回聖剣を見せて俺が身分を保証するのは面倒だ。二人にも身分証が必要だな。

「なあエルマ、カザリ。手っ取り早く身分証を発行する方法を知らないか?」

「やっぱり市民権を買うことかな~。お金さえあれば一番手っ取り早いと思うよ」

「あとは、冒険者になるというのも手です」

 冒険者か。俺が生きていたころは兵士に魔物の討伐もさせていたからな。

「冒険者というのはどうやったらなれる?」

「お金と、あとは実技試験ですね」

「実技試験?」

「実際に魔物と戦えるレベルの力量があるか、教官の前で魔物と戦って示すんです」

 なるほど。金さえあれば身分証が買える市民権と違って、こっちは実力がないとなれないのか。

「高価な装備は使ってはいけないなどの条件はあるか?」

「確かなかったと思います」

「なら、決まりだな」

 王都にいたころのエルマとカザリなら危なかったかもしれないが、レベルも上がった今の二人なら、ミスリル装備があれば大丈夫だろう。


 俺たちは看板を頼りに冒険者ギルドに辿り着いた。冒険者という武器を持った野蛮な奴らを町の中心部に入れたくないのか、冒険者ギルドは町の端にポツンと立っている。だが、冒険者になる者は多いのか、建物自体は大きい。

扉を開け中に入ると、中は意外と奇麗だった。もっと酒場みたいになってて、昼間から飲んだくれてる奴が絡んでくるかと思っていた。

「おい、ここは子供が来るような場所じゃないぜ?」

 下卑た笑みを浮かべた冒険者が俺たちに話しかけてきた。

「おいおい、いい装備してんじゃねえか。 ガキにゃ持ったいないぜ」

 俺たちの装備がミスリルだと気づいてないのか驚かない。

 それにしても、冒険者ギルドの係員は何も介入してこないな。この程度の荒事は自分で解決しろということか。

 まあ、そういうことなら。

 俺は《強化》の指輪に魔力を流し込んで魔法を発動し、絡んできた冒険者を殴りつける。

「ぶへっ⁉」

 絡んできた冒険者はそのまま吹っ飛んでいった。まあ、普通なら野蛮な手だしなしだと思うが、そもそも野蛮な者が多い冒険者の世界ではこういう手こそが最善なのだろう。

 俺は周りを軽く威圧しながら足音を響かせて受付まで行く。

「冒険者登録をしたいんだが?」

「はい。かしこまりました。では、こちらの書類をご記入ください」

 受付嬢は書類を渡してきた。名前、誕生日、出身なんかの簡単なことを書くらしい。

 俺は紙にペンを走らせる。よくよく考えたら、俺は市民権を持っているからいらなかったかもしれない。

「何か冒険者になるといいことがあるのか?」

 書類を書きながら受付嬢に問いかける。

「町の中に武器を持ち込めるようになります。それから、魔物の素材を引き取ってもらえるようになります」

「魔物の素材は誰でも引き取ってもらえるわけではないのか?」

「はい。昔は誰でも引き取ってもらえたのですが、冒険者の特権になりました。冒険者以外の方が魔物の素材を売りたい際は、冒険者の方に買い取っていただくことになります」

 なるほど。冒険者の利益を上げることで、雇用を増やしたわけか。それだけ旨味があれば、俺もなっておいたほうがいいかもしれないな。

「書けたぞ」

 俺は書類を受付嬢へ渡す。受付嬢は俺の書いた書類を流し目で見た。

「はい。不備はありません。では実技試験をしますので少々お待ちください」

「あの、私も冒険者登録したいんですけど」

「あ、私もです」

「はい。かしこまりました」

 二人も書類を書き、受付嬢に見せる。カザリは《翻訳》の指輪の効果があるので、付けている間に限り文字も書ける。

「では、試験官を呼びますので少々お待ちください」

 受付嬢はカウンターに立札をかけると、奥に消えてしまった。

 しばらく待つと、試験官と思われる男が奥から出てきた。

「おう新入りども。俺が試験官のバルトだ。よろしくな」

 古くなった革鎧、背中に背負ったロングソード。顔には鋭い傷が入っている。歴戦の戦士を思わせる男だった。

「よろしく頼む」

「よろしく~」

「よろしくお願いします」

 バルトは俺たちを真剣な顔でじっと見る。二人は戸惑っているが、俺には分かる。バルトは俺たちの力量を図っているのだ。

「お前は中々やるみてえだな」

 ほう、武器も装備もない俺を侮ることなく実力を測れるとは。中々見る目があるな。

「とりあえず簡単な説明だ」

 バルトは、受付の近くに張り出されているピラミッド状の表を指さした。

「冒険者には上からS、A、B、C、D、Eのランクがある。冒険者登録したての奴はどんなに優秀でもとりあえずEランクだ。まあ、そこからとんでもねえ成果を出せば飛び級もありえる」

 まあ、俺たちは身分証明のために冒険者になるだかけだからそんな説明は不要だが、エルマとカザリのレベル上げにはちょうどいいかもしれないな。

「じゃ、とりあえず試験管の俺の前で魔物を倒してもらおう」

 バルトの後に着いて冒険者ギルドを出る。てっきり冒険者ギルドが町の隅にあるのは、ならず者を町の中心に入れたくないからだと思っていたが、試験をする為に外に出やすいからでもあるのか。いや、もしかしたら魔物の進行の時に町を守りやすいのかもしれない。

 こういう仕組みは見習わなくてはな。

 俺たちは外に出ると、バルトから試験の説明を聞いた。

「とりあえず、俺が弱めな魔物を呼ぶから、お前らはそれを倒してくれればいい。連携はなし。個人の実力を見る」

 つまり、エルマやカザリがピンチになっても俺は手助けできないってことか。魔法を使って秘密裏に手助けすることはできるが、不正だし、そんなことをして合格しても、後々ボロが出てくるか。

「魔物を呼ぶといったな。バルトはどう見ても剣士だが、どうやって呼ぶんだ?」

 普通魔物を狩場に誘導したり、見つけたりするのは斥候の仕事だ。バルトの装備はロングソード一本。どう見ても斥候ではない。

「呼び捨てかよ。まあいい。こいつを使う」

 バルトは首から下げていた物を見せてきた。笛のようだ。

「これはな。弱い魔物にだけ聞こえる笛なんだ。これを吹くと冒険者なら誰でも狩れるような弱い魔物が集まってくる」

 そう言ってバルトは笛を吹いた。ピーと甲高い感じの音だ。

「だが、それでは集まりすぎてしまうこともあるのではないか?」

 音で集めるということは、音の届く範囲にいる弱い魔物は全て集まってくるということだ。弱い魔物でも集団になれば脅威だ。

「それを間引くのも俺の仕事の一つだ」

 なるほど。雑魚が何匹集まっても勝てる程度にはバルトも強者ということか。

「あ、あの。ちなみに、バルトさんのランクはいくつなんですか?」

「いい質問だ。俺はBランクの冒険者だ」

 そんなことを言っているうちに、魔物が集まってきた。大体は蟻を大きくしたような魔物だが、一匹だけ蜥蜴の魔物が入っている。

「お~いい感じに集まってきたな。それじゃあ試験開始!」

 俺は《射出》の魔法で魔力弾を射出し、一匹だけいた蜥蜴の魔物を仕留める。

「ほ~。武器も杖も持ってないから武闘家かと思ったら、魔法使いだったのか。それにしても、あの硬い鱗を貫通するとはな」

 俺は高みの見物を決め込んでいるバルトの隣でエルマとカザリの戦闘を見る。

 カザリは盾で蟻の牙攻撃を受け止め、その上から強引に剣で攻撃する。盾が割られることなんて想定していない。剣も斬るというよりは重さで叩く感じの一撃だ。

「カザリちゃんは装備に頼りすぎだな。もうちょっと基礎の動き方を覚えた方がいい」

 それは俺もそう思うが俺が知っている剣術の基礎は魔法剣士のものだ。魔法剣士は剣と魔法を両方使うために常に片手を開けておく。初心者のカザリには盾がないときついだろう。

「で、エルマちゃんは——」

 俺はエルマの方を見た。

「てやああああああ‼」

 エルマは杖でひたすら蟻の魔物を殴っていた。防御は考えていないのかと思ったが、どうやら魔法で補っているらしい。

「まるで野生児みたいな戦い方だな。あれはあれで有りだが、神官の戦い方じゃない」

まあ、そうだな。そもそも神官は後方支援向きだ。そりゃあ前衛で戦える神官もいるが。エルマは前衛向きか。

 二人は何回か攻撃を受けていたが、ミスリルの鎧のおかげで怪我をせずに蟻の魔物を倒し終えた。

「三人とも合格。だが、エルマとカザリは装備に頼りすぎだ」

「装備頼りでも合格にしてくれるのか?」

 前世の俺の軍の採用試験は、みな同じ規格の装備で、魔法道具は使ってはいけなかったが。

「ああ、問題ねえ。装備を揃える資金力も冒険者の力だからな。たまに冒険者に憧れる貴族の坊ちゃんなんかがすげえ装備で試験を受けたりするぜ」

 それでいざというとき戦えるのか甚だ疑問だが、まあ、貴族なら賄賂を渡すなり、強権を発動するなりで戦わなくていいようにできるか。

 そんなことを考えていると、俺の《探知》がもう一匹魔物の気配を感じ取った。

「おっと、大物がつれちまったな」

「さっきその笛で呼び出せるのは弱い魔物だけと言ってなかったか?」

「まあ、呼び出せるのは弱い魔物だけなんだが、魔物がたくさん動くからそれに釣られて強い魔物が引き寄せられたりもするんだわ。あ、これトレインって言って迷宮でやったら罰せられるから気をつけな」

 そんなことを言って暢気に構えている。倒せる自信があるのだろう。まあ、最悪バルトが負けたとしても、俺が何とかするが。

「まっ、この機会に俺が本物の戦い方って奴をレクチャーしてやるよ」

 バルトは余裕を持って背中からロングソードを引き抜いた。

 ガサガサと草むらを揺らしながら出てきたのは熊だ。俺が転生したばかりの頃、《火球》で一撃で倒した奴と一緒だ。

 バルトは一気に踏み込んだ。熊の間合いに入ると熊も爪を振り下ろすが、バルトは剣で受けることなく身のこなしだけで躱し、剣で熊を貫いた。

「あまり、魔物を痛めつける長期戦はお勧めしない。毛皮が傷ついて売れなくなるからな」

 なるほど。あの熊がどのくらいの強さなのかは知らないが、一撃で仕留めたのは見事だ。

 バルトは熊から剣を引き抜くと、血振りして鞘に収めた。

「あと、装備のメンテナンスもしっかりしておけ。血が付いたままの剣を鞘に入れて放っておくと、血が乾いて抜けなくなるからな」

 カザリは言われたとおりに剣を振って血振りする。もう一回鞘に納めてしまっているので手遅れだと思うが。

「よし、じゃあ帰るか。それぞれ、仕留めた魔物の売れそうなところを持っていこう」

 俺は《収納》の魔法があるから纏めて持っていくこともできるが、この時代ではいくつかの魔法は失伝してしまっている。あまり下手に動かない方がいいだろう。

 俺たちはカザリのミスリルの片手剣を使って魔物の使えそうなところを取り出した。蜥蜴の魔物は鱗や牙、骨など蟻の魔物は牙や針などだ。

「お前ら、ナイフぐらいは持っておいた方がいいぞ。予備武器にもなるし、解体するときに便利だ」


 そんなこんなで俺たちは魔物の部位を担いで城壁を超え、冒険者ギルドに戻ることになった。

「お疲れさまでした。それでは討伐した魔物を買い取らせていただきます」

 俺たちが背負っている魔物を下ろし、ギルドの係員に引き渡す。

「初めての報酬だ。何か記念になるものでも買うといい」

 俺は《作成》で金貨を作り出せるから問題ないが、エルマやカザリにとっては自分で稼いだ初めてのお金になるのか。

「今日はもう休みにするか」

 まだ時間はあるが、今日はエルマもカザリも疲れただろうからな。

「バルトの言う通り思い出になる品でも買ってくるといい」

 後は、宿を取らないとな。受付嬢に相談してみるか。

「宿を取りたいんだが?」

「それでしたら、この冒険者ギルドそのものが冒険者専用の無料宿泊施設になっておりますので、鍵をお渡ししますね。三部屋でよろしかったですか?」

「ああ、頼む」

 無料宿泊施設と言えば都合はいい。金のない冒険者への救済措置という見方もできる。だが、実際の所は野蛮な冒険者を押し込めたい。他所で問題を起こしてほしくないといったところか。

「身分証明書は今発行しておりますので、明日までお待ちください」

「分かった」

 どちらにしろ、今日一日はこの町に足止めか。

「では、私に《付与》を教えてください」

 カザリが右腕を身体に絡めるように握ってくる。

「いやいや、私に魔法を教えてよ」

 エルマがカザリがやったのと同じように左腕に身体を絡めてくる。

「二人とも疲れているだろう。休んでもいいんだぞ?」

「いいえ、今日改めてルビアと私の差を痛感しました。私ももっと強くなりたいと思います」

「はいはい! 私も私も‼」

 そこまで言う配下の思いを無碍にするのも勿体ない。

「分かった。では魔法を教えよう。カザリ、《付与》も魔法だ。覚えておいて損はない」

「はい、分かりました」

 ギルドの階段を上がり、俺が使う予定の部屋の鍵を開け、中に入る。中にはベッドが一つと椅子、机が一つずつ。後はクローゼットと、鍵付きの小物入れが置いてあった。

 予想よりはマシだが、やはり簡素だな。まあ、魔王軍の一般兵士寮もそこまで高価なものはなかったし、こんなものか。

 俺はベッドに腰かけ、魔法を発動する。

「《聖球》」

 俺の指先に小指の先程度の明かりが現れる。この部屋には明かりがない。窓を開けるしか光を入手する方法がないのだ。

「まず、どんな魔法でも、魔力を使用して発動する。魔力は全て使っても死ぬことがないことから、生命エネルギーとは別種の人間に備わったエネルギーと考えられる」

 二人は俺が話し始めると、床に座って真面目に話を聞いた。別に椅子に座っても構わなかったのだが、一つしかないからな。ああ、俺が椅子に座れば二人ベッドに座れたのか。だが、今更椅子に座り直すのは格好がつかない。もう魔王ではないが、配下がいる以上は見栄を張らねばな。

「つまり、魔力がなくなればどんなに強力な魔法も使えなくなるということだ。注意しろ。逆に、魔力効率が良い魔法というのもある」

 それからしばらくの間、俺は魔法の知識を披露した。

 そろそろ真面目に話を聞くのも飽きただろうから、実技といこう。

「どうやって魔法を覚えるかという話だが、使える者から魔力の感覚で教えてもらうのが速い」

 魔法を文字や言葉で教えることは極めて難しい。

「まず、カザリ。俺と手を繋げ」

「えっ、は、はい」

 カザリと右手を繋ぎ、左手で《聖球》の魔法を発動する。

「どうだ。魔力の流れを感じ取れたか?」

「え、えっと……」

 無理だったか。まあ、普通は一回や二回では無理だが。

「はいはい! 次は私‼」

カザリが右手を離し、エルマに譲る。

「行くぞ、《聖球》」

 右手を繋いだまま、左手で《聖球》を発動する。

「う~ん。よく分かんない」

 だろうな。まあ、最初はそんなもんだ。

 まあ、今は魔法を《付与》した指輪があるから、しばらくは何とかなるだろう。

「少し魔技師の話もしてやろう」

 カザリが目を輝かせる。エルマも興味はあるようで、真面目に聞くようだ。

「まず、物に魔法を《付与》して使うメリットについてだ。なんだと思う?」

 カザリは真剣に頭を捻る。エルマもう~んといって思考を廻らせている。

 しばらく待って出ないかと思って正解を言おうと思っていると、エルマが口を開いた。

「誰でも使えるから、かな~」

「お、いい答えだな。魔法を使えないものでも、魔力さえ流せればその魔法を使えるのが利点の一つだな」

 魔法には得手不得手というものがある。例えば、火属性の魔法が得意なものは、水属性の魔法が苦手だったりする。

 そういった自分が使えない魔法もその魔法が《付与》された指輪を嵌めておけば、使える。つまり、手札が増えるのだ。

「壊れない限り、繰り返し使えることでしょうか?」

「お、カザリもいい答えだな」

 魔法道具は壊れない限り使い回しが可能だ。これは敵にとって中々の脅威だ。また、自軍が作った魔法道具が、敵に使われる可能性もある。故に、魔法道具は壊される事が多かった。

「まあ、簡単なメリットはこんな所だ。今日の授業は終わりだ。あとは自由時間にする」

 俺はそう言うと部屋を出る。俺はこの時代のことをよく知らない。町で少しでも多く情報収集をしようと思ったのだ。


 俺は本屋に入った。やはり調べ物をするなら書物だろう。ここは個人営業の本屋なので機密情報なんかは期待できないが、逆にどこまで情報を出せるかの役には立つだろう。

 店に入った俺は本棚の中から歴史の本を見つけて手に取る。

 この本によると、神々が人間を人族と魔族に分け、勇者と魔王の争いを始めさせたのがおよそ二千年前とされている。前世から二千年も経っていたのか。

 その後は勇者が勝ったり魔王が勝ったりを繰り返しながら時が流れたらしい。魔王は常に強力な魔法道具を身に着けているとあるが、これは始まりの魔王、スペルビア・ダークロードが残した魔法道具だとされている……か。

 確かに、魔王城の地下室には俺の残したコレクションルームがある。その中には、俺が作った傑作の魔法道具があった。

 奴らはちゃんと魔王の務めを果たしているんだろうな。

俺が魔王というシステムを次代に譲るにあたり、その時代の珍品を収集しておくように言っておいた。それが魔王の務めだ。

 次にこの時代における主な金属について書いてある本を手に取った。この時代での有名どころは鉄や、金、銀、銅などの前世では珍しくもなかった金属が主流のようだ。

 魔法金属は幻の金属とされ、過去に加工されたアンティークは高値で取引されているらしい。

 なるほど、魔法金属以外は普通に使えるわけか。

 基本的なことを調べていると、もう夕方になっていた。そろそろ宿に戻るか。


 宿に戻って自分の部屋に入ると、カザリとエルマがベッドで寝転んでいた。

「おい、俺の部屋で何をやっている」

 カザリは慌てて居住まいを正したが、エルマは寝転んだままだ。

「いや~なんか自分の部屋にいても退屈でさ。みんなで居た方が楽しいじゃん?」

 俺は自室に籠って研究ばかりやっていたから、プライベートスペースがないのはきついが、スラム育ちのエルマとカザリからしたら自室で一人は心細かったり寂しかったりするようだ。

「まあいい。飯に行くぞ」

「はい」

「わ~い。丁度お腹空いてたんだ~」

 この冒険者ギルドは、一階に酒場が併設されている。俺は酒は飲まんが、酒場ならば飯くらい食えるだろう。

 俺たちは一階へ降りてきた。食事時ということもあって、なかなか混んでいた。客のほぼすべては冒険者だ。その証拠に、薄汚い革鎧を着たまま酒をガブガブ飲んでいるし、剣はテーブルに立てかけられている。

「あ、スペルビアさん。冒険者カードできましたよ」

 受付嬢に呼ばれたので、ついでにそっちにも顔を出す。

 俺たちはそれぞれ自分の冒険者カードを受け取った。

「これがお前たちにとっては唯一の身分証だ。なくすなよ?」

「はい」

「もっちろん!」

 これで終わりかと思っていると、受付嬢が話しかけてきた。

「お三方はパーティーを組まれているんですか?」

「パーティーとはなんだ?」

「パーティーとは、冒険に出る際、必ず一緒に行動をする仲間のことです」

 そういえば、勇者になった時も勇者パーティーがどうとか言ってたな。

「まあ、そうだな。パーティーを組んでいる」

「そうでしたか。ではこちらでパーティー登録しておきますね。何かチーム名はありますか?」

「チーム名が必要なのか?」

「なくても構いませんが、その場合は私共が割り当てた数字がパーティー名となります。大体の人はパーティー名を付けますね。有名になった時にそのパーティー名が知れ渡ることになりますので」

 魔法道具を作るのは得意だったが、ネーミングセンスがなかったからな。昔は部下が勝手につけたりもしていたが。

「そうだな。勇者パーティーで頼む」

「はい、かしこまりました。パーティー名、勇者パーティーですね」

 パーティー登録が終わると、俺たちは今度こそテーブルを囲んで椅子に座った。メニューを開くと、豪快な料理ばかりが目に入った。

「決まったか?」

「はい」

「うん」

 俺は手を挙げてウエイターを呼ぶ。

「骨付き肉。ホワイトシチュー。フルーツの盛り合わせ。あとサラダ」

 魔王だった頃はバランスの良い食事をと専属料理人が毎日メニューを考えてくれていたが、たまには豪快な料理もいいだろう。

 二人もそれぞれ料理を注文し、あとは来るのを待つ。

「そういえば、二人は何か思い出になりそうなものは買ったか?」

 二人はいそいそとポケットから何かを取り出した。

「これね~トランプっていうらしいの。みんなで遊べるんだって」

「これは人生ゲームというらしいです。みんなで遊べます」

 二人はやっぱり寂しがり屋だ。自分の思い出に残るものでいいのに、みんなで遊べるものを選ぶとは。

「そうだな。今度みんなでやろう」

 そんなことを話し合っている内に料理が来た。

「じゃあ食べるか」

 二人はナイフとフォークの使い方を知らなかったらしい。素手でガツガツと料理を食べ始めた。まあ、野宿の時も枝に刺しただけみたいな料理ばっかりだったもんな。

 普通の料理店だったらまずかったかもしれないが、ここは冒険者ギルドに併設されている酒場だ。似たように骨付き肉の骨部分をもって豪快に食べている冒険者もたくさんいる。彼らはテーブルマナーを知らないわけではないのだろうが、そこまで問題になってはいなかった。

「美味かったな」

 飯を食い終わった後、油でべたべたになった二人の手をナプキンで拭いてやる。

 そういえば、部屋には風呂がなかったな。前世では毎日のように入っていたが、風呂は王侯貴族だけのものだ。冒険者ギルドの宿で入るのは難しいか。だが、連日の野宿で俺たちの身体もかなり薄汚れて来ている。

「すまない、湯あみをしたいんだが?」

 俺はカウンターにいる受付嬢に聞いてみた。

「分かりました。では水の入った桶と布を部屋にお持ちしますね」

 どうやら風呂は無理そうだが、身体を清めることはできるらしい。

「エルマとカザリはどうする?」

「必要ありません」

「私もいいや」

「そうか。では一つ頼む」

 俺が部屋へ入ると、当たり前のようにエルマとカザリも着いてきた。

「どうした?」

「せっかくだし、遊ぼうよ」

「ご一緒させてください」

 まあ、せっかくだ。二人が買ってきたという玩具で遊ぶのもいいだろう。

 そこで問題が起きた。どちらの買ってきた玩具で先に遊ぶかだ。

「私のトランプの方が先」

「いいえ、私の人生ゲームです」

 俺は別にどちらでもいいが、ここでどっちでもいいっていうとなんかどうでもいいみたいだな。

「じゃんけんで決めろ」

 じゃんけんの結果、トランプをやることになった。

「簡単なものがいいな。エルマはトランプで何がやりたい?」

「う~ん。ババ抜きかな?」

 丁度いい。簡単なゲームだ。

「分かった。じゃあババ抜きをやるぞ」

 ゲーム自体はいたって順調に進んだ。《読心》や《透視》を使えば簡単に勝てるが、賭けでもないし、そんなことをしても面白くないからな。

「やった! 上がり‼」

 一抜けはエルマだった。まあ、やりたがっていた本人だし、気持ちよく勝てただろう。

 そこで俺は、カザリの顔が曇っていることに気づいた。

「カザリ、遠慮するな。恨みっこなしのただの遊びだ」

 カザリは真面目だから、主である俺に勝つことに引け目を感じているんだろう。だが、俺が見抜いたことで、カザリの顔からも堅さが抜けた。

 結果、俺は負けたが、別にこれでよかったと思っている。

「ルビア弱~い」

 エルマがからかってくるが、俺がこの程度で怒ると思っているのだろうか。

「もういい時間だし、寝るぞ」

 俺が自分のベッドに入ろうとすると、エルマとカザリも俺のベッドに入ってきた。

「自分の部屋で寝ろよ」

「え~いいじゃん。野宿の時はいつも一緒に寝てるし」

「寝所をご一緒したいです」

 そういえば、見ている限りではこいつらずっと俺の部屋にいるな。次からは三人一部屋でいいな。

 そう思いながら、結局三人で俺のベッドで寝た。流石に少し狭かったが、まあいいだろう。


「出発の準備はいいか?」

「うん!」

「はい。いつでも行けます」

 冒険者カードという身分証明書を手に入れた俺たちは、足早にこの町を去ることにした。

 問題は、次はどこに行くかだ。真っ直ぐ魔王城に向かうのは、俺は構わないが、二人の負担が大きいだろう。まだレベルが低いからな。

 本屋で地図を見ると、どうやら迷宮がある町が近くにあるらしい。

「迷宮に行くのはどうだろう?」

「私たちのレベル上げのため?」

「そうだ。それに、迷宮ではたまに宝箱がでるらしい。この時代のお宝も集めておきたいからな」

「ルビアがそれでいいのでしたら、否はありません」

「決まりだな」

 こうして俺たちは、迷宮都市へ向かうことになった。

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