第15話 私立霊堂女子高等学校の探索科へ潜入捜査(平野鏡side)

 女子高への潜入捜査が決まった。

 エイジさんは教育実習の先生として、簡単な授業を始めていた。


「十年前。異世界人と世界で戦争が起きました。その際に異世界と私達地球を繋げるワープゲートは、未だに繋がっています。突然発生する場合もありますが、基本的には半永続的に発生しています」


 みんな知っている内容ではあるが、復習とエイジさんの実習も兼ねて簡単な授業をしているようだ。

 そのせいでみんなの気を緩んで内緒話をしている人もいる。


 その会話のほとんどはエイジさんのことだろう。

 転校生ということで私も少しは関心を持ってもらったけど、エイジさんの人気の前では霞む。


「異世界には魔力があり、ワープゲートから漏れだした魔力はこの世界にも流れ、今となっては、魔力は当たり前のものとなっています。世界に満ちた魔力によって、世界中の人間が魔力を持つようになりました。魔法を使うために、この学校以外にもたくさんの探索者専用の学校が作られるようになりました」


 この私立霊堂女子高等学校は閉鎖的な学校だ。

 他校との交流はほとんどないようなので、出会いが本当にないようだ。


 男の先生もいるみたいだけど、年配の方しかいない。

 だから若い男の人はそれだけで話題の種になる。


 さっきの休み時間なんて、他の学年の生徒がエイジさんを見る為だけに廊下に集まっていた。


 エイジさんも彼女達に笑顔で手を振るものだから、余計に人気が上がって、廊下を歩くだけで声をかけられている。

 生徒達の間では恋している人もいるだろうな。


「ワープゲートの中にはダンジョンが存在し、資源があります。危険を伴う仕事ではありますが、モンスターを討伐し、財宝が眠っているダンジョンを探索する者達のことを、人々はいつしか『探索者』と呼ぶようになりました」


 プロジェクターに図解が表示される。


 言葉や文字だけじゃ授業に生徒が集中できない。

 だから、図解を用意し、分かりやすく説明できる。

 それから事前に文字や図解を用意することによって、授業中に書く手間を減らして説明に注力できる。


 凄く、先生っぽいことをしている。

 私はエイジさんがこの資料を前日までに徹夜で作っているのを見ていた。

 たかだか一週間の潜入の為に、ここまでやるなんて。

 下手したら、普通の実習生よりも努力しているんじゃないだろうか。


「『探索者』にはランク付けがあり、Fランクから始まります。ダンジョンにもランク付けがされており、Eランクダンジョンに挑戦できるのはFランク探索者まで。Dランクダンジョンに挑戦できるのはEランク探索者までとされています。さて、それは何故でしょう?」

「え。えー、と」


 一番前にいる生徒に質問を投げかけた。

 適度な緊張感を与えることで、授業への集中力を高めるためらしい。

 私にもあてるつもりだから覚悟しておけと前日に言われていた。

 嫌だな、あてられるの。


「危険だからです」

「その通りですね。それぞれの実力に見合ったダンジョンに挑戦できるようになっています。勿論、それでも事故はある訳ですが」


 こちらを見られたようでドキリとする。


 私のいたパーティはFランクだった。

 経験は浅かったのに、Eランクのダンジョンに挑戦し、そのせいで壊滅した。


 ――いや、いやあああああ。助けてぇえ、カガミィイイイイイ!!


 あの時の悲鳴、今でも耳にこびり付いて取れないみたいだ。

 たまに夢で見ることがある。

 あんなこと、もう経験したくない。


「どうしたの? 鏡さん。体調でも悪いの?」

「な、何でもないよ」

「ふーん」


 隣の席にいた桜さんが気遣うようにこちらの様子を伺ってきた。


 そんなに酷い顔をしていたんだろうか。

 護衛対象に心配されるなんて、隊員失格だな。


「高ランク帯のダンジョンになると、一人ではとても踏破できません。なので個性や適性を判断し、役職をつけることにしました。剣士やタンク、ヒーラー、そしてエンチャンターです。その中でも特殊な役職がエンチャンターと呼ばれています。それは何故でしょうか?」

「えっ、と……」


 他の生徒にあてるが、その人は人見知りのようで上手く言葉が出てこないようだ。

 エイジさんはその生徒の回答を聴くのに時間をかけずに、自ら話を進めた。


「攻撃魔法が使える魔法使い、徒手空拳で敵を粉砕する闘士。彼らは単独でも敵と戦えます。ですが、エンチャンターは味方にバフを与える存在です。低ランク帯のダンジョンではまず必要とされない役職です。だから特殊と言われています」

「な、なるほど……」


 言葉に詰まった生徒は小さく頷いた。


 いきなりあてられたらすぐに答えに辿り着かない気持ちは分かる。


 私はここのクラスメイトよりは絶対にダンジョン探索の経験は多い。

 だが、それでもいきなりさっきのような知識を問う問題というより、考え方を問うような質問には答えづらい。


 教科書に乗っているのなら、そのまま文章を読めばいいんだけど、今の質問は教科書には書かれていない。

 今、即興でエイジさんが質問を考えたんだろう。

 かなり勉強になる授業の進め方だ。


「先生!」

「はい。どうしましたか?」

「エンチャンターって要らない存在なんですか?」


 いきなり手を挙げた生徒の質問の仕方に、みんながクスクスと笑いだす。

 多分、あの女子は、カースト上位クラスの人だろう。

 積極性とか容姿とかで何となく分かる。


 みんなが出来ないことをして、周りから尊敬されるタイプなのかな。

 先生の授業の邪魔をしようとしているけど、確かに言いたい事も分かる。

 エンチャンターが不遇な役職であるのは、ほとんどの人間にとっての共通認識だ。


「そうは思いません。高ランク帯のダンジョンでの探索者パーティには必須といっていいほど、エンチャンターはいます。それだけ個人の力には限界があるということです。まっ、それは私がエンチャンターだからそういう考えがあるだけなのかも知れません」


 シン、と周りが静かになる。

 教育実習の先生に失礼な言動をしてしまったと反省したみたいだ。


 エンチャンターをイジった子なんて笑顔のまま固まっている。

 だが、エイジさんは気にしないようで、すぐに授業を続ける。


「剣に炎の特性を付与することで、燃える剣を作り出すことができます。まあ、これはただの棒ですけど」


 分かりやすいように、木の棒をどこから取り出してみせる。

 握っていると、一瞬ボッと、燃える。


 わっ、とみんなが驚いた声を上げる。

 よくよく見たら、教壇近くに水の入ったバケツがあった。

 燃え移った時ように、水を用意してたんだ。


「魔法使いは微細な魔力のコントロールができないことが多いので、こういう風に付与することはできません。これがバッファーとしてのエンチャンターの特性ですね」

「で、でも、そんなことしなくても魔法を使えばいいだけじゃないですか!」


 凍り付いていた女生徒が、また横やりを入れてくる。


 うわあ、と思わず小さく呟いてしまった。


 口を出さずに入られないタイプなんだろう。


 エイジさん、キレないだろうか。

 携帯している銃をぶっ放して、この教室を屍山血河にしてしまわないだろうか。


「鋭い指摘です」


 私の妄想とは正反対に、受け流していた。


「確かに魔法をそのまま放つ方が効率的です。ですが、強力な魔法を放つにはそれなりに鍛錬を積まなくては無理です。魔力を放出するより、魔法を物に纏わせる方がより簡単にできます。才能がない人間、経験が足りない人間には、エンチャンターがオススメです。最初はエンチャンターになり、そこから魔法使いやヒーラーに鞍替えする人もいます」


 スラスラと言葉が出てくる。

 その姿は初めての授業とは思えない。


 今回の任務以外に、学校の先生でもやっていたんだろうか。

 知識があるだけじゃ、大勢の前というプレッシャーがかかる場所でこうも詳しくは話せないはずだ。

 冷静に自分の知識から整理して引き出せるのは凄い。


 色めき立っていた女生徒も、段々とエイジさんを見る目が変わっている気がする。

 最初は物珍しい物を見るような好奇の目だったのだが、尊敬する人を見る目に変わっていく。

 彼の凄さはきっと、SNSや口コミで広がっていくだろう。


 イケメンで、しかも優秀な教育実習生が来たと。


「他人にバフをかけると手間があり面倒です。ですが、敵が複数いて、魔法使い一人じゃ対応できない場合はどうでしょうか? そして、敵が物理攻撃に耐性がある場合だったら?」

「それは……」


 負けたな。

 そう思わせるような問答だった。


「そんな時エンチャンターが剣士の剣に魔法を付与できればどうでしょうか? 剣士は魔法攻撃を使え、敵を撃破することができます。それによって魔法使いの負担も減らすことができます。他にも物理耐性や魔法耐性をパーティにバフしたり、敵にデバフをかけたりすることができるのがエンチャンターです。少しはエンチャンターの必要性を分かってくれましたか?」

「は、はい……」


 元気だった女性生徒はすっかり大人しくなってしまった。

 自分の力を誇示するつもりだったのだが、やり返されてしまったようなものだろう。


 一番目立っている人間を黙らせたのだ。

 教育実習生であるエイジさんは早々に、教室内での地位を確立してしまった。


 流石、潜入捜査のある『アンダードッグ』で大佐になるだけはある。

 それに比べて私は、何をやっているんだろう。


「どうしたんですか? 鏡さん?」

「な、何でもないです」

「?」


 顔に出てしまったんだろうか。

 護衛対象である桜さんに心配されるなんて。

 今は落ち込んでいる余裕なんてない。

 しっかり任務に取り組まないと。


「探索者のパーティは助け合いが基本です。ダンジョンではいつどこからモンスターが襲ってくるか分からない。どんな特性を持つ敵が出現するかも分からない。パーティを組むんです。お互いの弱点を補強し合うようなマッチングをするのが理想的ですね」


 私達のパーティはちゃんと役割分担をしていなかった気がする。

 適当にその日の気分で役割が被っていた時もあった。

 それが弱かった理由かも知れない。


「ですので、できれば皆さんも好き嫌いせず、卒業する前に色んな人とパーティを組んでみてください。色んな人と経験を積むことで、自分の戦い方や目指す役職も変わって来るかもしれません」

「…………」


 私も転職したようなものだ。

 探索者から仮面の集団の仲間入りだ。

 どちらも安定しない仕事なのは確かだ。


「個性は孤独からは生まれません。大勢の人と関わることで、自分が何者なのかが分かるようになります。なので、自分らしさを出したい人ほど、積極的に他人と関わりましょう」

「…………」


 それにしても……。

 エイジさんがさっきから真っ当なことを言っていることに違和感がある。


 正しい事を言っているのだが、お前が言うなというか。

 プライベートでエイジさんは、絶対他人と積極的に関わるようなタイプじゃない。

 仕事ではターゲットに近づくために演技して近寄るためだろうが。


「――長々と語ってしまいましたが、皆さんも退屈だろうし、言葉だけじゃ分かりづらいでしょう。既に許可は取っています。教科書やノート、筆記用具は机の中に入れてください」

「許可?」


 クラスメイトの誰かが疑問の声を上げる。

 他のクラスメイトもポカンとして、顔を見合わせる。


「次は運動場に行きましょうか」

「運動場?」


 探索者について簡単な復習だけだと思っていた。

 だが、どうやらちゃんと授業を進めていくつもりのようだ。

 授業時間はまだ半分以上も残っている。


「実技訓練を行います」


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