第13話 鏡さんは桜さんの隣の席になる(平野鏡side)


「平野鏡です。皆さんよろしくお願いします」


 そう私が言うと、パチパチとまばらな拍手が鳴る。

 すると、眼鏡をかけたベテランっぽい女の先生が、


「皆さん、拍手」


 とだけ言うと、みんなの拍手の音が大きくなる。

 なんだか無理やり拍手させたようで申し訳ない。


 挨拶が簡単すぎて、みんな盛り上がれなかったんだろう。


 彼氏募集中です、とか、趣味は一人でラーメン屋さん巡りです、とか、嘘でもいいからみんなが食いつきそうな話題を言った方が良かったかも知れない。


 そう思いつつも、転校デビューを失敗したら、誰からも相手されなくなることを想定すると無難に名前だけ言う方が良かった気がする。


「じゃあ、鏡さん、一番後ろの空いている席にどうぞ」

「は、はい」


 担任に案内された机に座ると、真横にいた肌の白い生徒が、


「よろしくね、鏡さん」

「は、はい。桜さん」


 ヒラヒラと手を振ってくれた。


 知っている人が近くにいるだけでも大分心持ちが違ってくる。


 どうやら隣同士になるように、軍の人が色々と手配をしてくれたらしい。


「それから皆さん、転校生の平野さんとは別に、今、教育実習の先生が来られています」


 担任の先生がそう告げると、ザワザワとクスメイトになったばかりの人達が騒ぎ出す。

 姦しい女子達にパンパンと慣れた様子で手を叩いて、担任は注意を集める。


「それでは理先生どうぞ」

「はい」


 教室に入って来たのは、理エイジ。

 極悪非道の殺人鬼だ。

 そんなことを微塵も感じさせない柔和な笑みで自分の教え子達に挨拶をする。


「理エイジです。皆さんよろしくお願いします」


 私と同じような挨拶をしたというのに、クラスメイト達の反応は全く違っていた。


 沈黙からの阿鼻叫喚。

 鼓膜が破れんばかりの興奮の声が各所から上がる。


「うそぉ! イケメンなんだけど!!」

「ねえねえ、若くない!? っていうか、教育実習って時期違うんじゃない!?」

「質問でーす。先生は彼女いるんですかー?」

「ちょっとお!! アンタ、何抜け駆けしようとしてんのよ!!」


 そこまで騒ぐほどの人じゃないと思う。


 ただ少しかっこいいだけだ。

 スーツを着込んで眼鏡をかけていて、普段よりずっと魅力的に見える。


 それだけなのに、何だかチヤホヤされているのを見るのは面白くない。


 困っているように伏し目がちなのもクラスメイト達に人気が出るように演技しているに違いない。

 相手が誰であろうと平気で殴ったりするような奴なのを、みんな知らないのだ。

 私だけがエイジさんの事を知っている。


「はーい、みんな静かに! 他のクラスに迷惑でしょ!!」


 先生もそう言いながら、チラチラとエイジさんの顔を見ているのを私は見逃さなかった。


 左手の薬指には何もつけていない。

 仕事中はつけない人かも知れないけど、この人もエイジさん狙いじゃないかと疑ってしまう。


「一週間ほど教育実習生として皆さんに勉強を教えます。男の人が少なくて珍しいからといって、くれぐれも余計なちょっかいをかけないように」


 どうしてこうなったんだろうか。


 女子高に、私は生徒として、そしてエイジさんは先生として通うことになった。

 こうなった原因を私は時間を遡って振り返ってみた。



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