第6話 河本の支配下による拷問(平野鏡side)


「うっ……」


 眩しさを感じる。

 意識が徐々に回復していくと、光を当てられている事が分かる。

 顔を背けると、懐中電灯を持っている遠藤さんに焦点が定まる。


「おはよう、カガミ。随分ぐっすりだったけど、いい夢見られた?」

「遠藤さん……」


 さっきの映像で観た地下室に連れてこられたようだ。

 机の配置も似ているし、椅子に縛られていることも同じだ。

 それから、後ろにいる私を拉致してきた人たちの顔にも見覚えがある。


「やっぱり亀終組の人と一緒なんですね」

「――――っ!!」


 五人、いや、遠藤さんを含めると六人の男達全員に動揺が走る。


「…………?」

「どういうこと? カガミちゃん。どこでそんなの調べたの?」


 何をそんなに驚いているんだろう。

 調べるまでもない。

 少し事情を知っていれば、遠藤さんと一緒にいるのが何者なのか、誰でも結論付けられることだ。


「どこでって、ニュースでやってましたよ」

「ニュース? さっきもそんなことを……」


 弛緩していた空気がピリついた。

 もしかして、私は余計なことを口走ってしまったのだろうか。


「ねえ、カガミちゃんさー。下手な嘘は良くないなあ。君だって無事に家に帰りたいでしょ? そういう諸々の情報って誰から聴いたの?」


 バタフライナイフをチラつかせる。

 ここで勿体ぶったら、私がすぐに刺されるだろう。


 それに、義理立てしようにも、私の情報提供者はもうこの世にはいない。


「誰からって……エイジさんっていう人」

「誰、それ?」

「私を助けてくれた人。だから、私が消えたらその人が助けに来ますから!!」


 ハッタリだ。

 もうあの人はいない。


「アハハハハハッ!!」


 みんな揃って嘲笑する。


 私が傷つかない為の牽制に少しでもなるかと期待したが、どうやら極道の世界に生きて来た彼らには全くの無意味らしい。


「大丈夫、大丈夫。そんなこと絶対ならないから。そもそも、この場所をそのヒーローが分かるはずがないでしょ。それにノコノコきたとしても――ハチの巣だ」


 遠藤さんが銃を構える。

 他の人達も銃や日本刀を持っていた。


 彼の言う通りだ。

 武装している彼らに対抗できるのは、警察か、もしくは『アンダードッグ』ぐらいなものだろう。


 彼らがここに来るのも望み薄だ。

 せめて部屋に入って証拠を見つけてからすぐに通報をしておけばよかった。


「で、そいつは何者なの?」

「知らない。会ったばかりの人だから」

「――あんまりさ、知らない人を信用しちゃだめだよ」

「知っている人で信用できる人がいないから、しょうがないですよね」

「言うねえ。家出少女のカガミちゃんは俺がいなきゃ、路頭に迷っていたかも知れないんだから感謝して欲しいぐらいんだけどね」


 私は家族が嫌いだった。

 頼りにならないし、生き方を強要して来た。

 そして、私は家を飛び出して、遠くまで――墓多市までやってきた。


 知らない土地で右往左往して、金もなくて家に帰る事すら困難になった時に、


 ――君、大丈夫? 行くところないなら、ウチに来る?


 そう優しく声をかけてくれたのが遠藤さんだった。

 世間知らずの私は、その親切さが善意の塊だと信じていた。


「優しい人だと思ったのに……」


 でも、それは間違いだった。


 パーティではいいようにこき使われた。

 他人を回復させるだけじゃなく、会計やダンジョンの下調べ、装備品のメンテナンスなど雑用を全部まかされた。


 明らかに他の人と仕事の負担の量が違っていた。

 毎日、仕事にケチをつけられた。

 自分の傷を回復すると、そんなの後回しにしろと怒鳴られた。


 そんな酷い扱いをされながら、私には行く当てがなかった。

 だからパーティに従うしかなかった。


 そして最後には見捨てられ、斬られて囮になったのだ。

 嫌悪の感情はあっても、感謝の気持ちは残っていない。


「あなたは私を利用する為にパーティメンバーにいれたんですよね? いつか私を異世界人に売り渡すために」

「……凄いな。俺達のことかなり知っているみたいだね、カガミちゃん」


 まだまだ余裕たっぷりの表情を見せている。


 こうして会話を続けることで、どうか警察の人が駆けつけてくるまでの時間稼ぎをしたい。

 スマホは取り上げられているだろうけど、電源が付いている状態だったらGPS機能がついているはず。

 私が遠藤さんの部屋にいた痕跡が残っていれば、GPS機能で警察が追ってはこられないだろうか。


 とにかく、喋って時間を稼げば稼ぐほど、希望が繋がるはずだ。

 迂闊な発言は避けて、なるべく相手の情報だけを引き出せるように頭をフル回転させないと。


「でもね、俺は別にカガミちゃんのことを売り渡すつもりはなかったんだ。勿論、他のメンバーもね」

「…………」


 それを聴いてはいそうですか。

 なんて頷けるはずもなかった。


「何せ彼らも同業者だったから」

「え?」

「まっ、彼らに自覚はなかったけどね」


 同業者?

 つまり組の人間と協力していた?


 勝手に遠藤さんだけが繋がりがあったのだと思ったが、他の人達も私が知らない裏の顔があったのだろうか。


「ダンジョンを通じて異世界に物を運ばせたり、縄張りを作ったりすることで他の冒険者が俺達亀終組の使うワープゲートに近づけなくした」

「密輸……」

「そういうこと。密輸ルートの確保の為にも、俺はパーティを結成した。あいつらにはその片棒を担いでもらって訳だ」


 パーティそのものが、組の為、異世界人の為に作られたものだったんだ。

 そして、パーティメンバー達は、自分達が組の配下であることを知らされずに働かされていたんだ。


 遠藤さんは、なんて狡猾なやり方で人を利用したんだろう。


「だからパーティメンバーをどうするかなんて考えはなかった。でもね、カガミちゃんがあんなところで証拠映像見つけっちゃったらさ、処分するしかないでしょ?」

「しょ、ぶん?」


 それは殺されるってこと?

 ここで?


「おい、遠藤」


 ドスの利いた一声だけで遠藤を咎めるのは、河本という組の人間だった。

 話し方や立ち振る舞いからして、ここにいる面子の中では一番立場が上のような雰囲気がある。


「は、はい……」

「処分なんて言うな。生かして帰すんだろ?」

「そ、そうでしたね。すいません」


 ペコペコと頭を下げるのは、それだけ怒らせた時が怖いのだろう。

 遠藤さんはこちらに向き直ると態度を一変させた。


「そうそう。生かして帰してやるから、早めにそのエイジって男の居場所について吐いた方がいいよ」

「なんですか、それ……」

「ペンチ」


 手に持っているのは確かにペンチだった。

 錆びだらけなのは、血だらけだからだろう。

 ベットリとこびりついている血は、間違いなく返り血だ。


「やめ、やめて!!」


 今から行われることを容易に想像できた私は暴れたが、複数人の男に取り押さえられたらまともな対抗ができない。


 縄を新たに手足につけられると、顔に袋を被せられた。


「んんんんんっ!!」


 被せられた袋のせいで、何が起こっているのか分からない。

 視界が封じられたせいで聴覚が過敏になって、余計に怖い。


「指先ってのは神経が集まってるから、爪剥ぐのって超痛いんだって。しかもこれ古いからさー、すぐには剝がれないと思うんだー。だから、早めに吐いてね」

「やめて、やめてください!! 知らないんです、本当に!!」

「うんうん。最初はみんなそう言うんだけどね。三回目ぐらいでみんな素直になるから、いつまで嘘つけるか試してみようか」


 ペンチで爪を剥ぐ?

 そんなの痛いに決まっている。

 絶対に嫌だ。


「あんまり動くと何回もやる事になるよ」


 爪にペンチが触れる感覚がある。

 そんなこと言われたら、もう動けない。


「助けてえええ!! エイジさんはもう死んでるんです!! だから居場所を吐くも何もないんです!! だから助けてくださいっ!!」

「はいはい、嘘ついたらー、爪一本はーがす、爪はーいだ」

「あああああああああっ!!」


 躊躇なく爪を剥がされた。

 何の心の準備もしていないまま傷つけられたので、涙が出るほどに痛い。


「ほら、動くからちゃんと剥がれなかったじゃん」

「痛い、痛い、痛いいいいいいいっ!!」


 グリグリと、とれかけの爪をペンチで動かされる。

 爪が指に喰い込んでいく。


 私はたまらず痛みを和らげるために、治癒魔法を指にかける。

 だが、ペンチを叩きつけられる。


「いやああああっ!!」

「おい、治癒魔法は使うなよ。萎えるだろ」


 爪をペンチで挟む。


 ガチガチと私の歯が勝手に鳴る。

 さっきの痛みがまた来る。

 今度は覚悟して痛みに耐えてみせる。


 この人は私がどんな言葉を返しても満足しない。

 ただ無抵抗の人間を甚振りたいだけなんだ。


「罰として、もう一回同じ場所を剥いで――」


 その刹那。


 ドゴオオオオオオンンッ!! と爆発が起きた。


 そうとしか思えない轟音が響く。


「…………な、なに?」

「なんだ、爆弾か?」


 私だけじゃない。

 他の人達がザワザワ騒ぐ音がする。

 どうやら組の人達も想定外のことが起きたらしい。


 今の内にどうにか抜けられないかと手を動かすと、何かが指を割く。

 痛っ――と胸中だけで言葉を響かせると、慎重に手で触れたものを確認する。

 手にナイフ――いや、バタフライナイフがあった。


 どうやら爆発の拍子に遠藤さんが持っていたバタフライナイフを落としたらしい。

 私が縛られている縄は短い。

 何とか切れないか。


 今はみんな騒いでいる。

 多少音を立ててもバレないはずだ。


 私はバレる可能性を考慮しながらも、急いでバタフライナイフで縄が切れないか試す。


「うっ」

「あぐっ」


 男たちの呻き声と共に、近くで人が倒れるような衝撃音がする。


「ひっ、な、なに、なんですか……?」


 銃声が鳴り止まない。

 誰が撃っているか、誰が撃たれているのか分からない錯乱状態になってきた。


 私は縄を解くと、顔に被せられた布を取っ払う。

 すると、そこは戦場だった。


 組の人達は倒れているし、壁が破壊されていた。

 眼を開けたまま倒れている人の口の端から血が出ていた。

 それだけじゃなく、私の足元にまで血が流れてきた。

 もう、死んでいる。


「チャカか……。全員物陰に隠れて応戦しろ!!」


 河本という男がそう言うと、残った組の人間が統率の取れた動きをする。


「――あっ」


 土煙の中から出て来たのは仮面の男だった。

 あいつがまた拳銃を使ってこの惨状を生み出したのか。


「こいつ――ああああああっ!!」


 仮面の男に銃を向けた組の人間の指が吹き飛んだ。

 銃が破裂して、指にまでダメージがいったようだ。


「指、がっ!! 俺の指がっ!!」

「こいつ、わざと銃口を狙ったのか?」


 針で穴を通すような射撃の精密さに、組の人間達は舌を巻く。

 たった一発の銃弾でここにいる修羅場を潜って来た者達が踏鞴を踏んだ。


 さっき私を思うように拷問していた人達と同一人物だとは思えない。


「何やっている!! 早く物陰に――ああああああああっ!!」


 河本が机を盾にするが、銃弾の一撃で机は木っ端微塵になった。

 銃弾に爆発するスキルが付与されているみたいだ。



「こらっ、カガミ!! てめぇ! まてぇ!!」


 私は走った。

 ここにいても殺されるだけだ。


 だから必死になって走ったが、後ろから銃声と遠藤さんの怒号が響く。

 私は振り向かずに走ると、石段まで辿り着いた。

 地下から地上への出口があった。


「あ、開いた……」


 重たい金属の扉を開けて、更に続く普通の扉を開けるとそこは地上だった。

 走って路地裏まで辿り着く。

 ここならば、そうそう誰にも見つからないはずだ。


「い、生きてる、私……」


 組の人間か、仮面の男に殺されるかと思ったが、お互いに銃で殺し合ってくれたお陰で私はどさくさに紛れて生き残れたようだ。


「うっ」


 そう安堵していたのに、後ろから肩を叩かれる。

 敵だ。

 誰かは知らないけど、私を呼び止めるのは私の命を狙っている人しかいない。


「痛っ!!」


 私は振り向きざまに腕を振るって戦う。

 殺されるぐらいだったら少しは抵抗したい。

 そして、すぐさま逃げようとした時、


「ま、待ってください、カガミさん。俺です!!」


 馴染みのある声に、私は思わず破顔する。


「エイジさんっ!!」


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