第5話 久美ちゃんの撮影映像(平野鏡side)

 私は命からがら逃げて、ようやく遠藤さんの家のマンションまで来られた。

 他の人の目から逃げるようにして、裏道を通って来たせいでかなり時間がかかってしまった。


「エイジさん……」


 置いて行ってしまった。


 あの銃声。

 きっと死んだだろう。


 私はまた知り合いを見殺しにしてしまった。


「う……」


 震える手を、もう片方の手で必死に止める。

 今は後悔している場合じゃない。


 私もあの、仮面の人達に殺されるかもしれない。


「……出ない」


 インターホンを押しても、ノックをしても反応がない。

 一応ドアノブを回してみても、鍵が掛かっているようだった。


 私は昔の記憶を引っ張り出す。

 確か、パーティリーダーがいなくても、この家に入れるように合鍵を置いていたはずだ。郵便ポストの中を調べてみると、


「鍵、あった……」


 私は鍵を回して遠藤さんの家に入り込む。


「し、失礼します……」


 当然だが、誰からも返答はない。


 ここに証拠さえ残っていれば、私は疑われないはずだ。

 だけど、本当に残っているんだろうか。

 私がここに以前来た時には、そんな証拠のようなものはなかったように思えるのだが。


「うわっ」


 入ると、部屋の中が荒らされていた。

 洗濯ものがそのまま放置されているし、タンスの棚も空きっぱなしだった。

 もしかして、既に誰かがここに来た後だったのだろうか。


「いや、でも、これが平常時かな……」


 空き巣か、組の人がここに来た事を想像してしまったが、元々遠藤さんは掃除ができない人だった。

 安堵しながら家探しする。

 だが、やはり目ぼしい物はなにもなさそうだ。


「や、やっぱり、警察に連絡して証拠を探してもらった方が――」


 収納ケースを開いた時に、何かが落ちた音がした。

 ケースを動かしてみると袋があった。


「あれ?」


 テープの跡が小さな紙袋と、ケースの背面についていた。

 どうやら、ケースの背面に紙袋がテープ留めされていたようだ。

 普段ならば背面に貼っているので誰も気が付かないような場所だ。


「ディスク?」


 紙袋を開けてみると、そこに入っていたのはディスクだった。

 テレビにゲーム機が繋がれている。

 ゲーム機ならば、このディスクを再生できるかもしれない。


「怖いけど……」


 隠されていた袋に入っていたディスクだ。

 他に何も入っていないから、ディスクを確認して情報を集めるしかない。


 意を決してディスクを入れると、


「う、映った……」


 再生されて、最初に出てきたのは――


「遠藤さ……ん……」


 パーティリーダーが映ったのだが、絶句する。


 遠藤さんと、もう一人強面の人がいる。

 首に金属のチェーンを付けていて、入れ墨が顔に彫ってある。

 ピアスの付いた唇を歪ませていて、本能的な恐怖を感じる。


 場所は地下室だろうか。

 灰色の壁で埃っぽく、蜘蛛の巣が端に見える。


 異様な空気に包まれているのは、二人や場所だけが要因ではない。

 背後に、縄で椅子に縛られている女の子がいるのが眼に入ったからだ。


『こいつは殺すんですかー?』

『――違う商品だ』


 明るい声で遠藤さんが話している。


 監禁、拷問、誘拐?


 様々な犯罪行為の数々が頭に浮かぶ。


 自分の知り合いが人身売買に関与しているなんて想像しづらかったけど、この映像を観たら何も考えられなくなってしまった。


『なら、楽しんでいいんですよねぇ?』

『ああ。こいつは既に済ませている。今何をやっても価値は下がらないから好きにしろ』

『さっすが、河本さんっ!! 話分かりますねぇ』

『ふん……若いな……』


 河本さんっていうのが、亀終組の人だろうか。

 遠藤さんと随分と仲が良さそうに喋っている。


 パーティリーダーというのは、遠藤さんの表の顔でしかなかったんだろう。

 ずっと仮面を被って、私達を騙していたのだ。


 ダンジョンから即座に離脱ができるアーティファクトである『転移結晶』を持っていたのも、組との関係があったから入手できたんだろう。


『あれ、河本さんはやらないんですか?』

『飽きてんだよ、こっちは。それに、俺はもっと熟れている方が好みだ』

『なんだ、そうですか。……俺は複数の方が興奮するのに』

『映像は撮っておけ。売り物になるかもしれん』

『はーい』


 遠藤さんはカメラの場所を調整すると、女の子の頬をペチペチと叩く。


 拘束されて動けない女の子は、胡乱な表情をしている。

 半分意識がないが、外傷はないようだ。


 一体、彼らに何をされたんだろう。


『おかあ……さん』

『はーい。久美ちゃーん。お母さんはねぇー、ここにはいないんですよー』


 カチャカチャと音をさせながら、遠藤さんはベルトを外すとパンツを脱いだ。


 久美ちゃんと呼ばれた女の子のキャミソールを無理やり破る。

 下着姿になった女の子の肩を抱いて、遠藤さんは自分の身体に擦りつけるようにして引き寄せた。


『やめて、やめ』

『大丈夫、大丈夫。やっていく内に気持ちよくなるから。そういう風にね、久美ちゃんの身体はできているんだよ。とりあえず、口に入れとくか?』


 遠藤さんはスカートの中にまで手を伸ばす。

 ビクン、ビクン、と久美ちゃんという女の子は身体を動かしているが、何か身体に悪いものでも飲まされているんだろうか。


『や――だ――』

『言う事聴けよ!! 糞女があああ!!』


 急に激高し始めた遠藤さんは、頬を全力で殴る。

 勢い余って久美ちゃんは椅子に縛られたまま倒れる。


『おい、顔は止めろ。価値が下がるだろうが』

『す、すいません』


 身動きのできない久美ちゃんを、遠藤さんが靴のまま白い腹を蹴る。


『痛い、痛――アッ!!』

『お前のせいで河本さんに怒られただろうがあああ!!』


 どこからか取り出したバタフライナイフを久美ちゃんの首元へ向ける。

 半ば意識がない久美ちゃんだが、何をされているのか分かっているようだ。

 身動きをしなくなった。


『お前が助かる道はな、俺にどれだけ媚びを売れるかだ。分かるか? 今お前の生き死には俺の機嫌にかかってんだ』

『ごめん、なさい』

『分かればいい、分かれば。でもな、お母さんに会いたかったら、久美ちゃん。とりあえず、俺の物を静めてくれるよな、な?』


 バタフライナイフを引くと、コクン、と久美ちゃんは頷く。

 遠藤さんは下半身を丸出しにして近寄って来た久美ちゃんは口を開けた。


 そこから先は何も見たくなかった。


 私はテレビの電源を消した。


「なに、これ……?」


 唇がカサカサになっていた。


 今自分が眼にしたものが信じられなかった。


 あの久美ちゃんという女の子を商品といっていた。


 あの様子だと犠牲者は久美ちゃんだけじゃないだろう。


 映像の遠藤さんと、現在の遠藤さんの髪の毛の量がかなり違っていた。

 あの毛量だと二ヵ月以上前のことか。

 その間に一体どれだけの犠牲者が出したんだろうか。


「何やってんの? カガミ」


 声にならない悲鳴をしながら、大袈裟に飛び退く。


「ひっ!!」


 怖いくらいに自然な笑みを浮かべている遠藤さんがいた。


 映像の遠藤さんのように武器を持っている訳じゃない。

 だけど私もさっきの女の子みたいに乱暴なことをされると思うと、足が竦んでしまった。


「……その反応、やっぱり映像の中観ちゃったか……」

「み、観てません……」

「嘘つくな!! 嘘は犯罪の始まりなんだよお!!」

「いやあっ!!」


 遠藤さんに頬を叩かれた。

 呆然としていると服を掴まれながら首を絞められる。


「まさか生きているなんてな、カガミ。それに何でここを漁ってる? 誰かの入れ知恵か? まあ、どうでもいいや」

「――ゲホッ、ゲホッゲホッ!!」


 絞められている手の力が緩んだ。

 何故か解放されると、フッと、遠藤さんは何かを諦めたかのような表情になる。


「ここまで観られたら、もう隠しようないもんな」

「え?」


 首に強烈な痛みを感じると、前に倒れる。


「うっ……」


 意識が混濁する中、見たのはスタンガン。

 それを持っていたのは、全く知らない柄の悪い人間だった。

 似たような雰囲気を持つ男達が倒れ込んでいる私を見下ろす。

 その内の一人に、映像で観た河本という組の人間がいた。

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