第33話 よっ子が恋をした
【極獄組一家 弁護士事務所 びれん
忘・新年・年越し会 開催】
日時 12月31日
時間 18時厳守
場所 清水家
服装 気楽な恰好で良し
と予定表が事務所の掲示板に貼られている。
本日、実行員のメンバーたちは早朝から借り出され準備に追われているのだが、よっ子はなにか手伝えることはないかと大介に申し出てみたものの呆気なく断られた。
『決まったメンバーで円滑に進むよう段取っているため人手は必要ない』日本刀で竹をスパンと切ったように言われショックを受けた。
その落ち込む様子を見て、
『今年の暮れは客の気分で楽しめ』
と大介は優しい言葉をかけ頭をポンポンと二回軽く叩く、よっ子はそのポンポンにまんまと丸め込まれたように人中を伸ばし微笑んでしまったけれどそれは一瞬の事で新入社員がそれでいいのだろうかと思い、哲也に相談したところ、大介と全く同じことを言われて意気消沈してしまったのである。
その他のメンバーは喫茶店コカドに集合することになっている。哲也にそこに行けと言われた。
よっ子は一旦真紀子宅からサイレンスマンションに戻り時間まで自宅で過ごすことにした。洗濯機を回しながら何を着て行こうかと悩んでいる。
それほど多くの洋服を持っているわけではないけれど、お洒落な身支度を考えているが、がらんとしている空のクローゼットを見つめ、
「迷うほどでもないわね」
と呟き、ワンピースをかけているハンガーを手に取った「先輩はこんなの好きかしら」早速、相手好みに歩調を合わせようとする。
そんな事を思っていると昨日の一輝とのやりとりを思い出しため息が溢れた。
一輝の顔が目の前をちらつく、目を閉じれば唇の感触を思い出してしまう。脳裏に浮かぶ一輝の影を打ち消そうと
眠りから覚めた
「初めてだった。初めての
古風な言葉は床に積まれている文庫本の影響である。ほとんどが
宗俊の作品の中には時代小説もある。多様な作品を執筆しているためその時代時代の文言が使用される。
特に京我谷宗俊は妖怪作家と言われていて、よっ子の愛読書は【犬神様の佐助さん】
子供の頃、その主人公の佐助さんを探して神社巡りをした事もあった。
きっかけは、五歳の時に真紀子に買ってもらった【もののけの僕】と言う絵本を読んで以来、京我谷宗俊のファンになって、かれこれ二十一年になる。
ふと、ちゃぶ台の上に置いてある給料明細を手に取った。大掃除が終わり帰り間際に渡されたものを何度も何度も見てしまう。
極獄組総本部の本社勤務になって約半年、よっ子は次郎丸時貞から皆勤賞としてそれを貰った。
以前、勤めていた会社のボーナス二回分よりも多くてびっくりし目が飛び出そうになった。
桁が間違っているのかと思い何度も数字を確認しては心配になって大介に入金額が違っているのではないかと伝えると、
「要らないのか?」
と言うものだから
「要ります」
と即答すると、
「部屋の家具を充実させろ」
と言われた。丈治が告げ口したんだろうと思った。告げ口とは少々悪い言い方なのだけれど告げ口に違いない。
確かにここに置かれている物全てがこの部屋には似つかわしくないと自分でも思う。
「ちゃんとしろって事なのかな」
根っからの貧乏っ子だったよっ子は無駄遣いせず、安いものを買っては生活費を節約する日々に情熱を傾けていた。十代の頃のその癖が今もって抜けていない。
今も尚節約はずっと続けている。残ったお金は全て貯蓄に回す。通帳を見ては少しずつ増えている残高が好物なのである。
「では、舎弟頭の命令なのでベッドを買わせて頂こうか、だったら先輩と一緒に買いに行った方がいいよね。一緒に行って一緒に選ぶ……なんてね」
よっ子はやたらと一輝の事を思ってしまう。
「先輩用の珈琲カップもいるでしょう。ついでに龍也の分も買えば自然よね。先輩が泊まった時のための歯ブラシとか、先輩の専用箸とか」
今まで異性と思ってなかった相手をたった一度のキスが異性だと思わせてしまう。
初めてのキスは頭の中も心の中も一輝だらけにしてしまった。
「妹分なんだから、好きになったらいけないのよ。ダメなんだからね。わたし」
真紀子からのお下がりの白いシャツに黒のセーター、ジーンズスタイルで行くことにした。
「新調すればよかったかな」
お洒落に無頓着だったよっ子がそんな事を思うようになった。恋する乙女はお洒落にも目覚める。
「今度、服を買う時、先輩好みの買ってみようかな」
抱きしめられた時の感触が頭にこびり付いて離れない。大きな手を思い浮かべると頬が熱くなって顔がにやけてしまう。
どうなる。よっ子の恋の行方……。
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