第22話  家電量販店でのひと時

 ジョーシンに到着した三人は店内に入るとまずプレイヤーの並ぶコーナーへと向かった。龍也は早速、展示品を見比べ物色する。


「龍也、ほかの見てくっから選んどけよ」


「上限はいくらっすか」


「三万!」


「はい!」


 嬉しそうに微笑んだ。


「先輩、三万円って高くないですか」


 少し前を歩く一輝の横顔を見上げていると、


「三万は妥当だろ。そんなもんじゃねえのか

それ以上になると来月一括払いできねえからな。まあ困ったら、親父に泣きつくけどな。よっ子がどうしても欲しいんです!っていうもんで買ってやったって言えばよ、親父、金出してくれっかも知らねえだろ」


「信じられない!社長に言うのやめてください。半分出しますから」


「あほ!そういうところがお前の面倒くせぇところなんだよ。案外兄貴が出してくれたりして」


 一輝はヘラヘラ笑っている。


「さっきの撤回します」


「なに?撤回って」


 よっ子は頼もしいと思ったあの感情を消去した。


「思っただけ損した気分」


「おい!なんだよ」


 知らん顔してカセットコンロに目を向ける。コンロ自体どれもあまり違いはないのだけれど価格に差がある。どれも同じようなものなのにこの差はなんだろうか、デザインとかメーカーなのか、よっ子は悩みながら結局好きな色で決めた。


「5580円結構高いのね!私これ買います」


 商品番号を確認して間違いないか箱に書いてある名前もシリアルナンバーもチェックして商品を手に取ると一輝がさりげなくよっ子から取り上げた。


「持ってくれるんですか、すみません。先輩

あれ見てきていいですか?」


「おお」


 よっ子は走って行ってオーブンレンジの並ぶ棚の前で真剣な眼差しで見ている。一輝はよっ子をじっと見つめていると、店員が何気に寄ってきて話しかける。


「オーブンレンジお求めですか?最近、出たばかりの新商品はあちらにありますよ」


 最新の商品は客の目に留まるように通りに面した棚に展示してある。よっ子は店員に促されて移動してみる。オーブンレンジは前からずっと欲しかった電化製品のひとつだ。


 ひと目見て一瞬で買いたいと思ってしまうようなデザインで使いやすそうで、ケーキやクッキーやパン、大好きなピザも手作りして焼けるようなオーブンレンジ。


「欲しいな〜」


 喉から手が出るほどの思いだけど高額で簡単に購入できるものではないと諦めが先にたつ、けれどよっ子はオーブンレンジのふたを開いて中を見たりボタンの感覚の確認をしたりしていると一輝がよっ子の背後から何気にオーブンレンジを見て「十六万か……」とつぶやき「ふうー」と息を吐いた。


「奥さんお料理するの好きですか、一台あれば料理のレパートリー増えると思いますよ。旦那さんどうですかね」


 奥さんと呼ばれたよっ子はおじさん店員を見いると何気にドキドキして人中が伸びた。伸びたことに気づいた人中をさりげなく手で隠す。おじさん店員はニコニコとして一輝を見る。


「旦那さん、いかがですか」


『先輩が旦那さんって、嫌だ無理、タイプじゃない、だけど、奥さんって呼ばれるのもなかなか乙なものね』と心が浮きだつ感覚になって、なんだか気分が良くなった。


「そうですね。パンフレットもらえますか、ちょっとお高いから相談してまた来ます」


 紳士的に笑顔をつくる。こういう時、平気でカッコつけたり調子に乗るのが川越一輝だ。よっ子は目を細めて一輝を見やった。


「そうですね。ではこちらがこの商品のパンフレットなので、ご検討ください」


 よっ子が受け取って、二人並んでプレイヤーの棚へと向かって行った。


「おれ、よっ子の旦那に見えるのか?嘘だろ。ショックだわ」


「どういう意味ですか?ショックって、否定すればよかったじゃないですか、夫婦ではありませんって」


「いちいち否定なんか面倒くせぇだろが、適当に返しときゃいいんだよ」


 面倒くさいが口癖の一輝はさりげなく振り向いておじさん店員に微笑んで軽く頭を下げてよっ子肩を抱いていかにも新婚夫婦のように見せた。


「何してるんですか」


 よっ子は肩にのせる手を見た。


「あのおっさんに恥欠かせない方がいいだろ

俺ら夫婦に見えてんだから」


 目の前に立つ龍也が唖然として肩を組む二人を見ている。


「何やってんすか!まるで夫婦みたいっすね」


「あのおっさんが夫婦だと思ってっからよ。イメージ壊さねえようにな」


「うわっ!兄貴、気配りすっね。配慮っすね優しいすっね」


「そうだろ」


 この二人は馬鹿か!か!じゃなく馬鹿だった。とよっ子は力が抜けて欠伸が出た。


「おめえよ。欠伸する時は手をかぶせろや」


 よっ子の手をよっ子に口に押し付けた。


 『こういう時だけ男っぽくてムカつく!』よっ子はキイッ!と目を吊り上げて一輝を見上げると額にデコピンされた。


「痛いっ!」


「何やってんすか、他人が見たら本当に新婚ホヤホヤのツーショット」


「ツーショット?それをいうなら新婚カップルだろうが、ツーショットってなんだよ」


「カップル?カップルってなんすか」


「カップルはカップルだろうが!っていうか、決まったのか」


「一応、ポータブルより、やっぱ、プレイヤーの方がいいと思うんすよね。DVDだけじゃなくて、ブルーレイも見れるやつ、両方見れる方がいいな〜って思うんすけど、結構高ぇんすよ。安いもんじゃつまんねえし」


 龍也が表示されている価格を指差している。上限三万円を超えていて五万円代だ。


「仕方ねえなぁ」


「ダメ!社長に言うでしょ。大介さんとか」


 よっ子は一輝の腕を引っ張り止めようとしたが、


「じゃあ、これっすね」


 一輝も龍也もよっ子の言葉に耳も傾けず知らん顔して製品を持った。二人は互いに納得しあってレジに向かって歩いていく、その楽観的な背中を見て腹が立ったよっ子は腹の底から怒りが込み上げてきて思いっきり叫んだ。


「二人とも!無視しないで!」


 よっ子大きな声が店内に響き渡った。

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