第21話  車内でのひと時

 三人は地下駐車場へ共に降りて一輝がキーのボタンを押してロック解除し、ハザードランプが二回点滅した。いつも通りよっ子は自然と助手席に龍也は後部座席に乗り込んだ。

 

 清水町の本部からジョーシンのある隣町の国文山まで十五分もあれば到着する。半年ぶりの国文山に向かっていると、なんとなく懐かしさが湧いてきた。


 よっ子は高校を卒業してから、佐竹不動産国文山駅前店本社で勤務し8年間のほとんど自転車通勤をした。とにかく雨の日には顔面が濡れて風の日は顔面に暴風が直撃し会社に着く頃にはせっかくのメイクも崩れ、やり直さなければならかった。


 よっ子には苦痛と感じる日々の苦々しい思い出の方が勝っている。それもいい経験だったと思えるようになっているのも、今の生活が安定していることに尽きる。要は衣食住が完璧ならば人は屈折しないことを、ただ今実感中である。


「ねえ先輩」


「なんだ」


「大介さんにバレたと思いますか」


「おお、バレてるだろうな」


「バレるのわかってて、どうしてあそこまでシラをきり通すんですか、見てて、はらはらさせられました」


 よっ子は運転席の一輝の横顔をじっとみていると一輝はチラリとよっ子を見た。後部座席から、


「男の意地っすよ」


 龍也が窓の外を眺めながら言う。


「舎弟頭はいつでも全部お見通し、兄貴を見ている時の顔なんて、まるでサイア人なんすから」


「お前、いつも兄貴をサイア人に例えるよなまあ、たしかにサイア人に見えなくもねえけど」


「先輩、龍也君の言うサイア人知ってるんですか」


「見せられた。DVDも漫画も、漫画読まねえって言ってんのに、こいつわざわざ事務所に持ってきて無理やり見せるんだ。金さんは意外とハマってたけどな」


「金さんの青春時代はまさにドラゴンボール一色って言ってましたよ。その頃はめっちゃ人気だったって、今でも人気ありますけどね。今のアニメでいうとワンピースバリだったんしょ」


「らしいな」


「へえ〜。金さんも若い頃あったんですね」


 よっ子は金太郎の若い皺のないツルッツルの面長顔を想像してプッと笑った。


「お前!金さん馬鹿にしただろう」


「違います。いつも花札ばかりしてるでしょ。若い頃から花札ばかりしてたって言ってたしそんな人が漫画を読んでる姿って面白そうだなって思って」


 よっ子はそろそろ勤めていた店の前を通ると思って右手側をずっと眺めていた。


「あっ!」


 一輝もさりげなく右側の方をチラリと見た。


「なんすか!よっ子さん」


「お前が勤めてた会社の跡地、平地になってしまったな」


「はい」


「うちが吸収しちまったからな。佐武が持ってた不動産、全部うちの物になったから、そういやあよう。アイツどうなったのか知ってっか」


「佐武社長どうなったんですか」


「あっちこっちで、金、借りさくってたらしいな。うちだけじゃなかったみたいだぜ、あちこちの借金取りに追われて挙句の果てに警察に逃げ込んだんだとよ。まあ、無難かもな。親父は命まで取らねえけど、他はそうはいかねえだろうからな」


「そうはいかないって、どうなるんですか」


「よっ子さん、そんなことも知らんのですか、本当に何も知らんのですね」


「すみませんね。サイア人も知らない世間知らずで」


「内臓取られるんす」


「内臓?内臓ってお腹の中の?」


「臓器提供、金になるんしょ。ねっ兄貴」


「ん、そうみてえだな」


 よっ子はお腹に手を当てて、いきなり麻酔もしないまま腹を切られ、まずは脾臓を取り出され、ぎゃあー!と痛みに耐えかねて悲鳴を上げる佐武社長が見えた。


 肺、肝臓、腎臓、小腸、眼球、それから、最後に心臓、他にはどんな臓器が残ってる。使えるものは全て綺麗に取られてしまうのだろうか、頭をぶんぶんと振って妄想をかき消した。


「怖い」


「お前、親父に拾われて良かったな。もし他の組があの会社乗っ取ったりしたら、お前今頃」


「やめて!先輩、それ以上言わないで。寝られなくなるから」


「大袈裟なこというな、何が寝られなくなるだ」


「駄目なんです。妄想し始めたらきりがないの永遠に続いて眠れなくなるこれ本当なのよ」


顔を覆った。


「面倒くせぇ女すっね!よっ子さんって」


「だから、社長の息子さんのお嫁さんの話を訊いてから、しばらく寝られなかったんだ」


「あっ……」


 龍也が窓の外に視線を逸らした。バックミラー越しにその様子を見た一輝、


「たしかにお前の親も腹出てたな。妄想癖のあるお前にはかなり酷だと思うわ、考えすぎるなって言っても、考えずはにいられねえよな」


「先輩……」


 時々優しい、こういうところが、川越一輝の男らしくて頼もしく感じるところだ。


 よっ子は努力して、脳裏から消す事をしなくては、晴れて明日が迎えられない。


 一人で解決して乗り越える事にも限界がある。


 子供の頃の悩みに対して当時はとても大変だったと思える内容も大人になれば大した事なかった。しかしこの頃では誰かの命が奪われたり失われたりと酷いと思う内容を見たり聞いたりすると他所よそ事だとか関係ないとかと流せるほどの無神経ではない自分を改めて発見した。


 





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る