第14話 命の大切さ
陽輔はよっ子のおかわりトーストとハムエッグを盛った皿をテーブルに置いたと同時に奥の椅子に座れと促してよっ子をずらさせ大介の前に腰を下ろした。
「兄貴、食事中すみません」
「お前の話ってのはなんだ」
「メール読んでくれたんすね」
「だから来たんだろうが、親父迎えに行く前っていったらこの時間しかねえだろ」
「兄貴の耳に、栃島の事って入ってますか」
「栃島……」
「大葉さんが一昨日ここに来て所沢の
「ほざいてたって、陽輔、お前、その言葉の使い方」
「だって俺、あの人嫌いなんで!」
「お前なあいつは身内だろうがなんだろうが関係なく斬り込みやがるんだ。気をつけろ」
「はい……気をつけます」
と唇を尖らせた。
「で、その話、他には言ってねえだろうな」
「もちろんです。前に坊ちゃんを襲撃した奴っすよね。栃島のヤロー第二の刺客をよこしてきやがる」
「あいつは、まだムショの中だろ」
「栃島はムショの中っすけど、残党が一人いるらしんです。栃島と一緒のムショにいた奴が昔、大葉さんと連んでた奴でそいつが先にムショから
大介はトーストをかじったまま固まるよっ子を見やりながら、
「陽輔、この事は一輝の耳にだけは入れるなよ。あいつは見境ねえから思い込んだら直ぐにそいつ
それはよっ子にも向けられたシグナルである。それに気づきよっ子は頷いた。
「もちろんです。ここだけの話っすから兄貴の耳に入れとかなきゃと思って
大介は陽輔を薄目で睨み腕を組んで椅子の寄りかかり目を閉じた。なにか思案しているようだ。よっ子はトーストを鼠のように前歯でガジガジと噛んでいる。
「おめえよ、なんだその食い方!さっさと食えや、冷めたらトーストのサクッて音がしなくなるだろうが」
「はい、ところで陽輔さんは組にいらした人なんですか」
「おお、三年前までな。三年前にクビになったんだ」
「三年前にクビ?何かあったんですか」
「ああ、なんていうか、頭のおかしな奴がいてよ、どうしてそういう考えになるんかわからねえが組長のこと逆恨みしてカチコミ企んでた奴がいたのよ。だけど組長の周りには兄貴がいるだろ」
目の前の大介を指さす。
「哲さん、丈さん、金さん、一輝って豪腕ヤローが常時いるわけさ、それに、
「ブッコムって、ブッコムってなんですか」
「うん?例えば、出刃とか」
「出刃って、出刃って、出刃包丁とかですか」
「正解!出刃包丁。いつも持ってんぞ!さすが親分の弟子」
「親分の弟子」
よっ子の顔が
「鼻の下伸ばすなよ」
よっ子は真顔を維持した。
「でよ。太刀打ちできねえと思ったんだろな観点を変えて大事なもの狙いやがったんだ」
「観点を変えて大事なもの?」
「ああ、坊ちゃんだ。組長のご子息が狙われた。その時一緒にいた嫁さんが刺されたんだ。そん時、俺、たまたま近くにいてよ。嫁さんが刺されてしまって慌てて走ってその場に駆けつけたんだけど、あの、クソヤローがまた、坊ちゃんを刺そうとしたから、俺が盾になったんだよな。名誉の負傷ここにあり」
と自分の腹を指差した。
「なのに、その後クビ」
と自分の首をチャップした。
「どうして、坊ちゃん助けてクビ?」
「年貢の納め時って言われた。つうか、ここ俺の実家なんだわ、その頃、オヤジがさあ、ガン患っててよ。もう長く生きられねえからってこの店を閉めるって組長に相談したみたいでな。組長は代々続いているこの店潰すなって、ここを継げってな」
「それって、クビっていうんですか?社長の優しさですよね」
よっ子は眉間に皺を寄せて眉を顰め低い声で言った。
「そんな顔すんな。それになんつう声出してんだよ。まあな、組長には感謝してるよ。みんなしてここに食いに来てくれるし、なんていうの絶縁とかじゃねえし、こうやって兄貴も来てくれるし」
「それで、その坊ちゃんの奥さん助かったんですか」
「まあ、助かったことは助かった。けど、嫁さんだけ」
「お嫁さんだけって、どう言う事ですか」
「お腹に……」
と言いかけて言葉に詰まりお腹を触った。
「お腹……まさか赤ちゃん!赤ちゃんがお腹にいたんですか」
「……うん、いた。で……死んだ」
よっ子は愕然として陽輔の顔を見いったまま動けなくなった。みるみるうちに目が真っ赤になって涙が流れ落ちた。今、真紀子が妊娠している事を思う。刺されたら赤ちゃん死んじゃう。想像したら息ができなくなった。
「おめえ、ちょっ!ちょっとなんで泣いてんだよ。おい!息しろ!顔真っ赤だぞ」
大介は閉じていた目を開けてよっ子を見た。陽輔は慌てて奥からティシュの箱を持ってきてよっ子に渡し背中をさすってやる。
「おめえ、そんなんで極獄組にいられんのかよ。そんな弱っちくて、無理じゃねえのか」
「すみません。赤ちゃんかわいそう。奥さんの気持ち考えたら、かわいそ過ぎます」
「陽輔、サンジに繋ぎ取ってくれ、あいつ携帯持ってねえから!」
「わかりました。そういう兄貴もあんまし携帯見ないっしょ、メールしても返事ひとつよこしてくれねえし、おい!よっ子、おめえ、俺の番号入れとけ!おめえのも、俺のに入れといてくれ」
「はい」
「陽ちゃん、会計して」
「ういーっす、ほれ、スマホ」
陽輔はエプロンのポケットからスマホを出してよっ子に渡した。カウンターで新聞を読んでいた初老の客が、
「よっ子ちゃん、早乙女さんによろしくね」
と言った。よっ子は思わず立ち上がり、
「あっ!はい」
と頭を下げた。その客が店を出ていく姿を見届けると、
「知らない人です」
と、大介を見て言った。
「おい、鼻水垂れてるぞ、お前も危険だな……事務所に出入りしてたら同じ穴の
よっ子はティシュで鼻水を拭き取りながら、コクンと頷いた。
家に帰る間中ずっとアスファルト見ながら歩いた。直ぐ目の前の店の看板が遠くに感じる。
路地を入り「ただいま」玄関の引き戸を開けるとそこに真紀子が立っていた。
「母さん」と思わず真紀子を抱きしめた。
「どうしたの?よっ子」
「わかった!ホームシックだ!」
と真紀子の背後で嬉しそうに幸二が笑っている。
「早朝から来てたんだって、コカドのトースト美味しかったでしょ」
「ホームシックならやっぱりここで暮らせばいいんじゃんない、ねえ、真紀ちゃん」
「母さん、トーストめちゃ美味しかったよ。
っていうか、幸二!あんた、わたしの写真、いろんな人に見せてたでしょうが!なにが、ホームシックよ。知らない人に『よっ子ちゃん』て言われたんだから、それにマスターにも言われたのよ!今日からあんたは、幸ちゃん改め!幸二、だからね!」
幸二は嬉しそうに店の方に逃げて行った。よっ子は頬を膨らませたまま、
「本当にもう!」
とプンプンな顔して、真紀子のぽっこりと出たお腹をさすった。
「どうしたの?」
「うんん、なんでもないの。ケーキ買って行こうと思って」
「昨日、お酒で失敗したんだって」
「うーん、なにも覚えていないのよね」
「駄目な、お姉ちゃんでちゅね。お酒に飲まれないようにしないとね」
お腹の赤ちゃんに語りかける真紀子に、
「ねえ、やめて、生まれきたらお姉ちゃんは酒飲みだって言われたらどうするの」
「だってそうだもんね」
「母さん、お水飲みたい」
「どうぞ、自分ちなんだから気兼ねなんかしないで冷蔵庫くらい開けなさい」
「はーい」
「ねえ、よっ子、アパートの動画見せて」
「そうだった。幸二の奴、ほんとムカつく、マスターに写真見たよって言われるし、知らないおじさんにも『よっ子ちゃん、早乙女さんによろしく』って言われたの!全然知らないおじさんよ」
「そうなの。よっ子有名人ね」
「全然嬉しくない、恥ずかしいたら、ありゃしないわよ」
真紀子は微笑むとよっ子にスマホを催促した。店の開店時間が迫る中、二人はよっ子の新居の動画を見て興奮している。
「よっ子!ここのお家賃いくらなの?」
「知らない」
「知らないの、知らずに住むのやばくない。でも、すごい綺麗なマンションだよね。ねえ真紀ちゃん、僕、このマンション見てみたいよ」
「私も、ねえ幸二、今度の休みお散歩がてら行ってみない」
「母さん、駄目よ。遠いから」
「えっー嘘だ。そんなに遠くないでしょう。自転車で来てるんだから」
幸二は勝ち誇った顔してほくそ笑んでいる。『幸二の奴、抜かりないな。自転車隠しておけばよかった』真紀子はずっと動画を見返している。
「素敵な部屋ね」
誰がみたって素敵な部屋だ。
「こんなマンション住んでみたかったわ」
「僕もだよ。真紀ちゃん、いいこと思いついたんだけど」
「なに、幸二」
「このマンションから僕、通ってくるのってどうかな」
「それもいいけど、ケーキ屋さんの朝は早いから大変よ」
「ここ、古いからね。リフォームする時よっ子ちゃんちに住むのもいいかもね」
「そうね。その時そうしましょね」
『いやいや勝手に決めないで絶対ダメだから、見せるんじゃなかった』
よっ子は二人に動画を見せた事を後悔した。商店街振興組合の規定に準じて水曜日が定休日となっていてる早乙女洋菓子店、マンションを訪れる可能性も無きにしも非ず。
マンション管理人の岡部の口からよっ子の勤務先が極獄組総本部であるという事が知られる可能性が出てきた。
決してそれだけは避けなければならない。
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