第27話 本丸へ突撃

『これは、伯爵の真相を暴くより大変だわ……。』

 

「……なんて思ってた昨日の自分をぶん殴りたい……」


 フリルの付いたピンクの大きなクッションに埋もれ、私はしくしくと涙を流す。

 周りには可愛いテディベアやぬいぐるみが置かれ、壁は薄いピンクの花柄だ。壁に取り付けられたランプも傘が花の形になっている。


 とっても可愛いファンシーなお部屋で、まるでお姫様の気分! まぁ、正面が鉄格子じゃない方がもっと良かったかな、うふふっ。

 なーんて言ってる場合じゃない!


「ここどこなのよぉ!」


 上に向かって叫んだ言葉は反響するばかりで、返事はない。

 なんでこんな事に……。私はまた悲しみでクッションに顔を埋めた。

 ――事の起こりはこうだ。

 


 昼ごろ、私とウィスは寝不足な目をこすりながらウォルフス伯爵の屋敷へと来ていた。

 寝不足なのは勿論、ウィスがレイヴンのところに乗り込むと言って聞かないから、それを止めていたせいである。


「寝不足なせいで肝心な時に逃げ切れなかったら貴方のせいだからね……」

「さぁ姫様、早速行きましょう」


 聞こえていないかのように華麗にスルーし、ウィスはずんずん玄関前へと進む。私も溜息をつきつつ後に続き、出てきた執事の言葉でまた溜息をつくことになった。


「え、ウォルフス伯爵は出掛けてる?」

「誠に申し訳ありません、アナスタシア王女様……王女様がいらっしゃるとわかれば、主人も出掛けることなどなかったのですが……」


 突然の王女の訪問に、主人の不在で冷や汗をかきつつ謝り倒す執事を責める訳にはいかない。私とウィスは顔を見合わせた。


 今日の訪問は当然お忍びで、伯爵にアポ無しでの決行だった。

 事前に知らせて証拠を隠されたりしたら元も子もない。本来一国の王女がアポ無しなどあり得ないが、そこは適当に誤魔化す予定だったのだ。

 だがまさか、伯爵がいないとは想定外だった。


「出掛けたって……伯爵は今療養中よね? 一体どこに……」


 執事の顔を上げさせつつ聞けば、彼は恐縮しながらぽつりと答えた。


「美術館に……」

「美術館?」

「はい……三日前開館予定だった美術館です。王女様にも、開館セレモニーに出席して頂く予定だった……」

「ああ、あの……」


 私が空賊へと連れ去られることが無ければセレモニーに参加し、既に開館されているはずだった美術館だ。

 あんな事があったため当然セレモニーは中止、開館もされることなく今日まできているはずだが、そんなところになぜ怪我をおしてまで伯爵が?


 伯爵が何をしに美術館へ行ったのか執事に聞いたが、彼も理由は知らないという。ただ、メイドを一人供として連れて行ったとのことだった。


「申し訳ありません、主人もいつ戻るかわからず、戻るまでに誰も屋敷に入れるなとのご命令でして……!」

「いいのよ、こちらも連絡も無しに来てしまったんだもの。それでは、失礼するわ」


 土下座でもするのではないかというぐらい深々と頭を下げて見送る執事を背に、私とウィスは馬車に乗って屋敷を後にした。


「怪しいわね……銃で撃たれてそんなに早く動き回れるものかしら?」


 屋敷から離れて、私は疑問を口にする。ウィスも同じように思ったのだろう。腕を組んで思案顔だ。


「どうでしょう、撃たれた事がないから分かりませんが、もうしばらく安静にしていないとお辛いはずですが」

「やっぱり、撃たれたこと事態も演技だったのかしら」

「かもしれませんね」


 これは益々怪しい。少しずつ、推測が確信へと変わって行く気がする。

 確かな手ごたえを感じていると、ウィスがそれにしても、と続けた。


「良かったのですか? 姫様なら無理矢理にでも屋敷に入れたでしょうに」


 確かに私なら、伯爵の言いつけが何にしろ権力を使って屋敷に入れただろう。伯爵がいないのなら証拠探しもやりやすかったはず。

 だが断られているのに主人の不在に無理矢理押し入るのは王女として外聞が悪いし、何より不在時に証拠になるものを部屋に置くとは考えにくい。ならばここは賭けに出るのだ。


「何かあるのなら、美術館の可能性があるかも知れないわ」


 ウィスも引っかかっていたのだろう。ハッとして頷いた。


「やはり今このタイミングで美術館にわざわざ行くのは怪しいですよね」

「昨日私を攫うのを失敗したことから、何か隠したいことがあるのか……もしくは新しい何かを考えているのか……」

「それに、伯爵は何故供にメイドを連れて行ったのでしょうか?」

「そうね……」


 伯爵が連れて行ったというメイド。そこに引っかかりを覚えつつも、私達は美術館へと向かったのだった。

 



「さて、ここね……」


 馬車から降りたって見上げた美術館は、それは立派なものであった。

 王都のものよりは劣るものの、中心には塔のようになっている部分もあり、大きく洗練されている。

 こんな事が無ければ、今頃この素晴らしい美術館の開館を喜んでいたはずだと言うのに。


「行きましょう」


 私とウィスは入り口へと進み、扉を押し開いた。


「わぁ……!」

「これは……」


 扉を開けて私達を出迎えたのは、私達の背丈以上もある、それは素晴らしい少女の絵画であった。

 窓辺に座り外を眺める少女の絵は、どこか物悲しくもあるが美しく、目を奪われる。

 伯爵は芸術に造詣が深く趣味で美術品を集めていると聞いていたが、これは素晴らしい。


 ほんの軽い時間、目を奪われた私とウィスだったが、それがいけなかったのだろうか。キチキチキチ、と軽い音がしたかと思うと、なんと床がぱかりと開いたのだ。


「え、」

「姫様っ!」


 しかも私がいた床だけが器用に開き、何が何だか分からず、叫ぶ暇もなく私だけが底へと吸い込まれる。ウィスはすぐに飛びこもうとしたが、誰かに抑えつけられているようでそれは叶わなかった。

 


 ――そして、今に至ると言う訳だ。

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