第26.5話 カイト・ウォリックは忠誠を誓う2
「カイト」
その日、任務の報告のために王城へとやってきていた俺は、廊下で姫と会った。
礼をする俺に姫は気さくに話しかける。
「あれ……少し痩せたように見えるけど……しっかり睡眠はとれている? ご飯は食べた?」
まるで母親のような心配をする姫に、俺は思わず笑う。
「問題ありませんよ、姫。お心遣い感謝します」
「問題ないならいいのだけど……隊長はやっぱり大変よね」
優しい姫からの心配の言葉。きっと俺が慣れない隊長の仕事に追われていると思ってのことだろう。
裏表のないその言葉が、逆に俺の弱い心をチクリと刺した。
「大変だなんてそんな……オウルがよくやってくれていますから」
謙遜しようと思ったのに、自嘲しているような言葉になってしまった。気づかれただろうか、姫がぱちくりと目を瞬かせる。
「オウルが?」
「ええ、俺なんかより実力もありますし、優秀ですからね。皆からの信頼も厚いですし」
まただ。取り繕わなければならないとわかっているのに、口から出るのはどうしようもない卑屈さで。
そんな俺に姫は笑って、多少はしょうがないことよ、と言ってくれる。
「オウルはファルコンに入って長いもの。カイトだって頼られているでしょう?」
「俺なんかとても……ですが皆の気持ちはわかります。俺なんかが隊長では、不満もありましょう」
ああ、口が止まってはくれない。
「みんな慣れていないだけよ。きっとすぐにカイトの良さを見抜くわ。お父様だってそれを見越しての任命のはず」
姫は首を振って俺の言葉を否定してくれる。
きっと気を使わせてしまっている。これだから俺はだめなんだ。父のようにはなれない。きっと誰もが俺を隊長に相応しくないと思っているに違いない。
姫だって、きっと。こんな俺のことを見限られるはずだ。
とうとう俺は自嘲を隠しもせずに薄く笑って腕を組む。笑顔だった姫が怪訝そうに俺を見上げた。
「さて、どうでしょう。王はどんなお考えで俺を隊長に取り立ててくれたのかはわかりませんが、きっと部隊での俺を見れば、俺なんか隊長にしなければ良かったとお思いに――」
そこまで言ったところで、突然姫に腕を掴まれた。驚いて口を噤むと姫はそのまま俺の腕を引いてつかつかと足早に廊下を歩きだす。
その力強い足取りに気圧されたまま、俺は引っ張られるように姫のうしろを足をもつれさせながら続く。
「姫っ⁉」
「ウィス、今のお父様の予定は?」
焦って姫を呼ぶが、俺の声などまるで聞こえていないように素知らぬフリで、同じく姫の隣で歩調を合わせて歩くウィスティリアに話しかける。
「は。執務室にて公務中かと」
「お客様はいないのね。丁度いいわ」
「姫、あのっ」
一体何が丁度いいというのか。
姫が何をしようとしているのかまるでわからず、困惑しながらまた姫を呼ぶ。
だが今度の俺の声はしっかり姫に届いていたようで、歩きながら姫は俺を見た。俺の瞳より濃い青色の瞳がちらりと俺を捉え、でもすぐに真っすぐに前を向いた。
「このままお父様のところに行きます」
「はあ⁉」
話の流れから予想はしていたが、当たってほしくなかったことが姫の口から出る。
思わず素っ頓狂な声を上げると、姫は俺を掴む手を強くした。
「お父様に直接聞くの! どうしてカイトを隊長にしたのか!」
前を見据え、歩きながら姫は声を荒げる。
「どうしてそんな……」
なぜ姫がそんなことをしようとしているのかわからず、困惑が口から洩れる。
だが先ほどの自分の態度を思い出し、合点がいった。
姫に対してあまりにも失礼な態度だった。だから姫が怒っておられるのだと、俺は申し訳なさを含んで口を開いた。
「……先ほどの俺の言葉、王にお伝えになるのですか? 姫がお怒りになるのも無理はありません。俺なんかが王のお考えを図るなど、不敬が過ぎました。申し開きのしようもありません。ですが……俺の考えは変わりません。俺なんか、隊長に向いてなど――」
「貴方はっ!」
突然、姫が俺の言葉を遮って足を止めた。振り返った姫は真っすぐに俺を見て、俺の手を両手で握る。
「カイト、貴方はかっこいい隊長になる。きっとよ」
それは妙に確信めいた言葉で。
いつもの俺なら世辞だと思うはずなのに、その姫の言葉は何故か事実を語っているような、真摯さを感じた。
「だから、だからもう、俺なんかなんて言わないで……」
姫の青い瞳が揺らめく。
俺はまだ十五の姫に、自身の醜い感情をぶつけてしまっていたのだ。なんと愚かしいことか。自分の不甲斐なさがやるせない。
謝罪の念を込めて、俺の手を握る姫の手をそっと握り返した。
「……申し訳ありませんでした、姫。貴方や王のお気持ちを傷つけるようなことばかり言ってしまった。どうか、俺に償わせてください」
「……じゃあ、これからいっぱい努力すること。貴方が元々努力家なのは知っているけど、もっとよ。貴方を疎かにした人達を見返してやりなさい」
「はい」
「それから、体調管理も気を付けて……隈が出来てる。しっかり眠ってしっかり食べて。休息はちゃんと取って」
「はい」
「あと、カイト自身を見失わないこと」
「俺、自身……?」
姫の言葉を繰り返す俺に、姫はこくりと頷く。
「貴方の御父上は確かにとても優秀な人だった。でも、そうなろうとしなくてもいいの。貴方と御父上は違う人間なのだから。勿論、オウルともね。人は比べるものではないわ。カイトはカイトで、良いところがいっぱいあるんだから」
「……はい」
ほほ笑む姫につられて、俺は久しぶりに、心からの笑顔が出たのだった。
「よし! じゃあお父様のところに行くわよ!」
「えっ⁉ ここで終わりじゃないんですか!」
「当然よ! 気になることは確かめるの!」
「ひ、姫! 俺は遠慮しま、ひめー!」
そうして俺は結局王の眼前まで連れていかれた。
恐れ多くも王のお言葉を疑った俺を、王は許してくれ、そしてなぜ俺を隊長に任命したのか教えてくれた。
曰く、俺だから隊長に選んだ、ということらしい。
確かに経験はほかの隊員に比べると劣るが、それを補う実力があるし、何より俺の将来性は素晴らしいとまでおっしゃっていただけた。
そして、父の子という点は、一切任命理由にない、と。
「良かったね、カイト」
「期待してるぞ、カイト」
俺の横でにんまりと笑う姫と、目の前で笑う王。
二人を見て、言いようのない気持ちが込み上がってくる。顔にじわりと熱が集まって、目頭が熱くなった。
込み上がるものを悟られたくなくて、頭を下げることで顔を隠す。
「はい。誠心誠意、お仕えします」
とはいえ出した声は鼻声で、この後すぐに、お二人にからかわれたのだった。
ひんやりとした夜風に頬を撫でられて、徐々に気持ちが落ち着いてくるのがわかる。
ついあの頃のことを思い出していると、バルコニーに千鳥がやってきた。
「あの、カイトさん」
「千鳥……さっきは悪かった。見苦しいところを見せたな」
「いえ、そんな! カイトさんが怒る気持ちもわかります。カイトさんがいかなかったら、私が平手打ちしてました!」
「ふっ……そうか」
元気に言うことでもないだろ、と思うが、千鳥のこういうところが好ましいと思う。
思わず笑うと、千鳥もへへへと笑う。そして思い出したようにマグカップを差し出した。
「お茶持ってきました。オウルさんが、カイトさんに持ってけって」
「……そうか」
受け取ると、マグの中には暖かいお茶が入っている。こくりと飲めば、飲んだ先から暖かくなり、知らずほっと息を吐く。
どうやら俺は、肩に力が入りすぎていたらしい。
「落ち着いたらさっさと戻ってこいって言ってましたよ。俺じゃ書類仕事が出来ねえって」
「さっきは俺にゆっくり休め、なんて言っていたのに。全くあいつは……」
相変わらず、人が良い。
「ふふ……行きましょうか」
ほほ笑む千鳥に、俺は力強く頷いた。
「ああ、そうだな」
姫とのあの一件があって以降、俺は姫の言いつけを守った。
今まで以上に努力し、だが休息は怠らず、そして、俺自身を見失わないように人と比べない。
そのおかげもあってか、隊の皆は俺を認めてくれるようになり、今は隊長として自信も出来た。
とはいえ、先ほどのように熱くなったり気持ちが沈みそうになることもあるのだが――あの日のことを思い出せば、気持ちが落ち着く。
俺は俺なりに、出来ることがある。姫と王のためにも、誠心誠意、仕えようと。
そのためにもまず、今回の事件を解決させないとな。
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