防衛費増額について




 二〇二二年十二月二十三日、国会において来年度の予算案が通過し、防衛費の大幅増額が閣議決定した。第二次世界大戦時の日本やドイツを例に挙げるまでもなく、軍拡に走った国がどの様な末路を辿るかは目に見えている。あの時、日本は大国アメリカを相手に勝てる見込みのない戦いを挑んだ。大陸からの物資の調達を当て込んでの開戦だったが、その目論見は脆くも崩れ去り、戦争終盤には本土への襲撃を許し、原爆を落とされるという最悪の結末を迎えた。残ったのはアメリカの傀儡となり果てた統治機構と極東アジア諸国からの恨みのみ。二十一世紀の軍拡はどこへ向かうのだろう。今度は中国を相手に戦争を始めようというのか。それこそまさに敵の思う壺ではないか。中国が尖閣諸島周辺で日本への挑発を繰り返すのはなぜか。向こうは日本が手を出すのを待っているのだ。海洋進出を進める中国が狙っているのは尖閣周辺の海だけではない。日本周辺の海域を支配し、勢力圏を拡大することを目論んでいる。日本がしなければならないのは、中国の軍拡に付き合うことではなく、戦端を開く口実を与えないことだ。中国は日本の防衛費増額を非難する声明を出しているが、これも挑発の一部と見るべきだ。日本が軍備を拡張したところで、中国は蚊が刺したほどにも感じないだろう。エネルギー問題を始め、産業の衰退、少子高齢化、貧困問題等、多くの内憂を抱える日本に、際限のない軍拡競争に参加出来るほどの体力がないことを、向こうは先刻承知している。軍拡を進めれば日本の国力が衰えることは目に見えている。絶対に挑発に乗ってはならない。そして、今軍拡を支持する人は覚えておいた方がよい。いざ戦争が始まった時に徴兵されるのは自分や自分の子供たちだということを。ただでさえ人手不足の自衛隊に兵員を賄えるはずがない。さらに付け加えれば、戦端を開く決定を下す政治家は絶対に戦地に立つことはない。戦場で殺し合いをするのは我々国民なのだ。

 では、万が一日本と中国が開戦した場合、アメリカは日本を助けてくれるだろうか。日米安保は堅持するとアメリカは言う。しかし、堅持するとはどういう意味か。ロシア-ウクライナ戦争において、NATOはウクライナに武器や情報を供与してはいるが、実際に戦地に立っているのはウクライナ人だ。日本と中国の場合も同じことが起こると考えられる。となると、日本の防衛費増額を支持するアメリカは、有事の際になるべく自分の懐を痛めないための予防線を張っているとも言える。日本の繁栄がアメリカの繁栄と共にあったことは確かだ。しかし、その影でアメリカは日本から莫大な資本の吸い上げを行ってきた。たとえば、今回のコロナ騒ぎである。日本政府は巨額の予算を割いてアメリカ企業からワクチンを購入している。アメリカ政府からの強い要請があったからだ。その一方で自国企業にはワクチン開発のための十分な資本投下を行わなかった。開発に出遅れた日本企業は軒並みワクチンの開発を断念している。さらにここへ来て、日本政府が大量購入したワクチンの効き目自体に疑問符がつき始め、接種率が下がっている。日本国民の視点で見ると、二重の損を被った形だ。戦後、日本とアメリカの間で同様のやり取りが何度繰り返されてきただろうか。そんなアメリカが日本の前面に立って中国と対峙しようとするだろうか。日米安保を堅持するというのは、あくまでもアメリカの国益が守られるという前提があっての話だ。後方支援ぐらいはするかも知れないが、アメリカが日本の前面に立つことはないだろう。アメリカの国益という点から見ると、日中の対立はアメリカにとって僥倖となる可能性さえある。世界の脅威となりつつある中国をたたく口実が出来る上、日本が中国と戦ってくれれば、その分中国の国力が弱まるからだ。さらに、自国(アメリカ)の軍需産業が潤うというおまけまでつく。日本が再び焦土と化すことに、アメリカは何ら痛痒を感じることもないだろう。

 そこで、自国の領土は自分たちで守れという議論が生まれる。しかし、先に述べたとおり、日本の国情を見れば、どこにもそんな余裕はない。政治家は税金を上げて痛みを分かち合えと言うが、三十年に及ぶ経済停滞の果てに、国民生活はなお窮乏するばかりだ。軍拡を進めることは、戦争への道を開くことだ。窮乏の果てに徴兵の憂き目を見るなどという未来を誰が望むだろうか。軍拡が戦争抑止に繋がらないことは歴史が証明している。政治家はそのことを肝に銘じねばならない。ただ、日本の舵を預かる政府の人間がそこまで愚かであるはずはない。だとすると、この先、日本を核武装するという話が出てくることも考えておかねばならない。防衛費増額というのは、国民がそれを受け入れないであろうことを見越した上で、政府が打った布石かも知れない。核武装については議論することさえタブー視される日本において、表に立つ政治家がそれを口にすることは出来ないまでも、政府のブレインの頭の中ではすでにそのシナリオも描かれているだろう。核武装論が国民の間から湧き出てくるの待っているということは考えられる。布石を打ち、機が熟すのを待つ。為政者はこうして自らの望む方向に民意を誘導する。彼らの真意がどこにあるのかを見定めた上で、我々は自らの進むべき道を決めねばならない。私見を述べれば、軍費を増大させないことを前提とするなら、核武装は軍拡の一つの方途になり得ると思う。核武装が戦争抑止に繋がるかどうかはともかく、ミサイル防衛だ、敵基地攻撃能力だとアメリカを儲けさせるだけの軍拡に邁進するより安く上がることは確かだ。ただ、一言付け加えておくと、世界中で核軍拡が進めば、遠からず現代文明は滅びると思う。

 端的に言えば、軍拡という行為には全く生産性がない。戦争が起こらなければ、軍事費に注ぎ込んだ税金は無駄になる。戦争が起これば、国力が衰退する。ロシアの現状を見ても、それは明らかだ。仮にこの戦争にロシアが勝ったとして、ロシアが得るものとは何だろうか。多くの人の命を失った挙句、ウクライナという国家を分断し、東西の溝を深めるだけではないか。侵略された側には深い恨みが残り、それは世代を超えて受け継がれるだろう。短期的にも、長期的にも、ロシアの国益に何ら利するところはない。悲しいことに、人類にその簡単な計算が出来ないことは歴史が証明している。ならば、我々はやはり戦争に対する備えをしておかねばならない。軍拡によってではなく、戦争に耐える国造りによって。


 戦争に耐える国造りの第一歩は、頑強なインフラを整備することだ。戦争の際、まず攻撃を受けるのは、発電所や石油・ガス貯蔵施設、道路・鉄道網など、人々の生活を支えるインフラ設備だ。攻撃側にとって、敵国に損害を与える最も効果的な攻撃対象だからだ。それ故、個々の施設は修復可能なものでなくてはならない。そこで問題となるのが原発である。他の施設と異なり、原発は一度攻撃を受ければ、修復が不可能だ。日本周辺の情勢を見ると、防衛力の向上は喫緊の課題である。その言葉を楯に政府は十分な議論もしないまま防衛費の増額を決めたが、ミサイルや戦闘機を買う前に、まず原発を撤廃することが先決であろう。政府のお偉方は、原発に向かって飛んでくるミサイルを本当に撃ち落とせると考えているのだろうか。最新の技術を備える日本のレーダー探知網が、Jアラートで誤報を出したのはつい先日のことだ。パトリオットミサイルなど気休めにもなるまい。飛来する爆撃機を竹槍で突く訓練をしたという第二次世界大戦時と同レベルの発想だ。莫大な費用がかかる分、現在のほうが事態はなお深刻だ。昔日の愚行を笑う前に、自らを省みる必要があろう。防衛費の増額とはつまり、アメリカの軍需産業を儲けさせる為の口実でしかない。本気で防衛力を強化する気があるなら、まず防衛上の弱点を排除することを考えるべきだ。

 修復可能か否かは程度の問題だとする向きもあろう。確かに、火力発電所が破壊された場合もインフラ機能は大きく毀損する。となると、巨大送電網によって広域に電力を供給する大規模発電方式そのものに脆弱性があるということになる。その脆弱性を解消するには、発電所を一ヶ所に集中させるのではなく、多地域に分散させればよい。地域ごとに小規模の発電所を設置すれば、戦争だけではなく、自然災害など他の有事の際に受ける被害も限定的なものとなる。そして、小規模発電に向いているのは、火力や原子力ではなく、太陽光や風力と言った再生可能エネルギーである。太陽光パネルは戸建て住宅やマンションの屋根に設置が可能だし、風力発電機も小型で高効率の機械が考案され、製品化されている。

 ただ、発電が自然環境に左右されるため、太陽光発電や風力発電は安定して電力を供給することが出来ない。その弱点を補うために原子力や火力に頼るという発想では、いつまで経っても従来の電力供給体制を変えることは出来ない。そこで視点を変えてみると、火山列島で海に囲まれた日本には、化石燃料や放射性物質に代わるエネルギー源が豊富に存在する。地熱発電や潮力発電を補助電源として太陽光発電や風力発電を普及させることが出来れば、今まで資源小国と言われてきた日本が、資源大国に生まれ変わることも夢ではなくなる。たとえば人口三十五万人のアイスランドでは、総発電量の三十パーセントを十七基の地熱発電所が賄っている。人口規模が違うので、アイスランドの発電モデルをそのまま日本に適用することは出来ないが、日本においても地熱発電の研究・開発は進められており、100箇所あまりの建設候補地が挙がっている。また、アイスランドで使用されている地熱タービンのほとんどは日本製である。つまり、日本には地熱発電を行う環境も技術も揃っているのだ。さらに、現在超臨界地熱発電という新たな発電方法が研究されており、実現すれば原発に匹敵する規模の発電が可能だという。地熱発電のような新しい設備を一から敷設・整備していくことには多大な労力と費用がかかる。しかし、大きな瑕疵を抱える原発に注ぎ込む費用があるなら、また、防衛費を増額する余裕があるなら、地熱発電のように新しくクリーンなエネルギーに投資していく方が余程健全で建設的な国造りが出来るというものだ。ロシア-ウクライナ戦争で顕在化したエネルギー問題のために、原子力発電が見直されつつある。原子力発電への回帰は世界的な流れだ。しかし、原子力への依存を高めることは、人類を破滅へ向かわせる愚行である。今この時こそ、日本は戦後長く続いたアメリカ追従の姿勢を見直すときではないか。日本のような人口大国においてクリーンエネルギーの有効利用モデルを確立できたなら、日本は真に世界をリードする国へと発展できるだろう。


 

















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