クリア後世界のお片付け

くるくるくるり

第1話

 突然だが、世界は救われた!


 なんて告げられたらどう思うだろうか。

 この世界、というか人間の国は魔物を相手に戦争をしていたのだそうだ。


 そして魔王の脅威から解放されて人類は勝利の美酒に浸っている。

 勝ったということはもちろん負けた相手がいるのだが、俺は魔物や魔族なんて見たことがない。

 むしろ人類の味方として友に戦ったエルフや精霊、ドワーフなんてのも見たことがない。

 なぜなら俺は王国の中心部にある都市の城下町に住んでいるのだから。


 人類の築いた町は排他的になりやすい。


 行商や露店には人類以外の種族『亜人』は居るのだろうが、城下町の住宅地までは入ってこない。

 あぁ、うわさに聞くエルフはさぞ美しいんだろうな。

 一度でいいから見てみたい。


 閑話休題それはそれとして


 今年15歳になるクリスはこの国が戦争をしていた実感なんて全くないのだ。

 戦争を終結させた勇者様の召喚が今から10年前、たった5年で魔王を打ち倒し人類に平和をもたらしたというのだ。


 つまり、世界が平和になってから5年も経過している。


 そして勇者を召喚したのが我が国『リスティア王国』だ。

 いきなり召喚されて世界を救ってくれなんて虫の良い話だが、勇者様は我が国の姫を見染められて『魔王を倒した報酬として姫を貰う』なんて言ったもんだから当時の王城は大騒ぎだった。

 なんやかんやあって婚約を了承したが、今度は姫を魔王討伐の旅に連れていくと言ったのだ。


 国王様は白目をむいて玉座から転げ落ちたと聞く。

 税金を掠め取られている一市民からしたら『ちょっと面白い話』でしかないのだが、当時の国王は大変だっただろうなぁ。


 そして案の定というか、予想を裏切らないというか。

 魔王討伐の知らせと共に凱旋した勇者は『世界は平和になりました』と大々的に公表した。6人の側室を連れて。



 当時10歳の俺には「へーそうなんだ」程度の感想しか無かったが大人たちは喜んでいた。

 戦争が余程恐かったのだろうか、それとも子供に戦争の影響を与えないように隠さなくて良くなったからか。どちらにしても大人たちは戦争という負の暴力から救われたのだ。


 魔王討伐の影響は凄まじく、パレードや祭りは1ヶ月くらい続いていた。

 早朝から深夜まで笛をピーヒャラ吹いて踊る人を見かけるたびに『まだやってんのかコイツら』と思ったものだ。

 そしてそんな騒がしい祭りが再び始まろうとしている。


 今年は勇者召喚から10年の節目として『降臨祭』を開催する予定らしい。

 提案者は勇者本人と側室達、正妻のお姫様だ。

 拉致同然で召喚されたのに降臨なんて大仰な名前をつけてしまうのは笑いどころだろうか。


 お祭り自体は嫌いじゃない、むしろ好きな方だ。

 どんちゃん騒ぎするのは楽しいし、なんなら今年から酒を飲める年になったのだ、少しはハメを外してみたい。


 だが今話題の降臨祭には気が進まないところがある、それは参加条件に『個性』を出す事が必須とされているのだ。

 なぜ『個性』なのかと疑問に思ったが、お上の思考過程をいちいち教えてくれるはずもなく、「勇者の趣味なのかな」くらいにしか思っていない。

 なんにせよ祭りに参加しないということは勇者を祝わないというここと同義にとらえられかねない、個人的にはあまり参加したくないのだが、街社会で生きる身としては周囲の目やご近所付き合いはしっかりしておかないと村八分にされてしまいかねない。

 結局一般市民でしかない俺には参加しないという選択肢はないのだ。


 個性ってなんだ?

 幼い頃から頭は悪くない方だと思っていた、とはいえ『すごい馬鹿じゃなければいいなぁ』程度のぼんやりした自覚だったが。

 自分は常に一歩後ろから物事を考えられる奴なのだと。

 だからこそ皮肉、冷笑、達観。

 自分の内面には目を向けず、ひたすら世間にダメ出しをする。

 なんてつまらない子供なのだろうか。

 そんな子供に個性はあるのだろうか。

 なんて事を考えながら友人の待つ空き家の扉へ手をかけた。


「なんだ?浮かない顔してんなぁ」


 大柄で筋肉質な男が声をかけてきた。

 肌は浅黒く、はち切れんばかりの筋肉が皮膚を押し上げていた。

 同い年とは思えないほどの高身長、恵まれた体格でかなり迫力がある。

 精悍な顔立ちで声が大きい、やたらと筋肉を苛め抜くのが好きなようでいつも筋トレをしているような印象があった。


「また祭りのことでも考えてんのか?」


「ゲインはいつも早いな…そうだよ、なんか気が重くてさ」


「個性がないってか?お前は立派なもん持ってんじゃねーか」


 筋肉質の大男、ゲインは自分の頭をトントンと叩いていた。

 眉をしかめているがその顔は決して馬鹿にしている様ではなく、なぜ自分の武器を認めないのかと疑問に思っている風でいた。


「いや、俺は自分が知恵者だとは思ってないしそれを武器にしようとも思わないよ」


「そうかぁ?」


「本当に頭のいい奴には簡単に負けるだろうし、俺よりも知恵の回るやつなんて五万といる」


「でも国王や勇者に『本当に戦争はあったのか?本当に魔王はいたのか?』なんて陳述書の提出を求めようとした奴なんてお前以外いないだろ」


「そんな昔の話はいいだろ!それに陳述書の提出を求める権利はこの国民なら誰にでもあるんだよ」


 ゲインは笑いながら昔話を口にする。

 この国は契約社会だ、重要な契約は必ず書面で行われ契約者は保管保存の義務が発生する。周辺国とは一線を画す特徴でもあった。


 過去に権力を持ちすぎた貴族が国民に好き放題していた時代があった、当時の国王はその状況を憂いて被害を受け続けた国民の権利を守るために作られたのが現在の法律だ。


 当時は悪法とされていたが多くの国民が利用するようになると貴族に利用される被害者も減り、今では一般的となった。

 そして契約社会は複雑で多くの欠点を抱えている、その一つが陳述書の請求権だ。

 なぜか全国民にその権利を保障されている、一体その時の国王は何を考えていたのだろうか。


「それに戦争してる実感なんてなかったしな…食料にも困ってないし大人たちが戦場に駆り出されることもなかった…ここが城下町だからかもわからないが、魔物や魔族が攻めてくるなんてこともなかった…本当に戦争なんてしてたのか?」


「う~ん…わかんねぇ、俺のオヤジも『大変だ』としか教えてもらってねぇからなぁ」


「お前のオヤジはいっつもそうじゃねぇか」


 ゲインの父親はかなり無口だが、とりあえず『大変だ』という口癖がある。

 幼馴染としては心配になるが、家庭内でのコミュニケーションはしっかりと取れているらしい。かくいうクリスも『大変だ』以外の単語は聞いたことがない、本当に大丈夫だろうか?

 そんなことを考えつつ、クリスは戦争という言葉に込められたエネルギーと現実のギャップに違和感を覚えていた。


 戦争と聞けば血生臭い殺し合いや略奪された村、拷問された村人、焼き払われた畑に戦争孤児などマイナスのイメージしか思い浮かばないが、そういったうわさや戦況報告は一切耳にしていないのだ。


 何年も戦争していたと言うにはとにかく平和すぎる、食料不足や販路の封鎖なども聞いたことがない、人類を滅亡させるために必須とされる攻撃が

 ひょっとしたら自分の考えすぎなのかもしれないが、それでも違和感は拭えなかった。


 もし、戦争がなかったとしたら降臨祭とは一体何を祝う祭りとなるのだろうか。

 勇者や魔王とは一体何なのか…

 いや、そもそも勇者など最初からいないのだとしたら…


「そんなこと考えてもしかたないか」


「ん?おう…そうだな」


 クリスは背筋にうすら寒い感覚を覚えながら頭を振った。

 答えが出ないことを考えても仕方ない、戦争はあったのだろう。

 周りの大人たちがそう言っているのだ。

 もし国全体をだましているのだとしたら、そんなバカげた話などないだろう。

 それ以上の思考をやめた。


「おう!早いなお前ら」


 クリスの背後から声がかけられた。

 粗雑で口悪く、まるでチンピラのように威嚇的であるが声色は高く美しかった。

 ズンズンと大股で近づいてくるその姿は自信にあふれていた。


「よぉ、リーナ!今日は遅ぇな」


「テメーが早すぎるんだよゲイン!」


 美しい声色の主、リーナは幼馴染の女性だ。

 少女というには発育が早く、利発的だ。

 3人の中でも特に口が悪く、文字に起こしたらチンピラにしか思えないほど汚い言葉を多用する。

 見てくれはかなり良い方なのだが、当の本人はそれを気にする素振りすら見せず、冴えない男たちクリスとゲインとバカ騒ぎして遊ぶのが好きらしい。

 同年代の女性たちとは仲が悪いわけではないらしいが、線を引かれているような雰囲気を感じ取っている。

 本人もそれを知ってか積極的に仲良くするつもりはないのらしい。


「で?今日は何するんだっけ?」


 リーナが空き家の定位置、空き箱の上に座り俺たちを見た。


「今日は祭りの準備に呼ばれてるって言ったろう?俺のオヤジの店行くぞ」


「えー!また厨房の掃除させられんのかよ…体中臭くなっちまうよ」


 ゲインの実家は街の大衆食堂だ、店の規模は大きくはないが厨房は充実している。

 大衆食堂と名を売っているだけあって扱う食材やメニューは豊富だ。

 必然的に調理器具や食材が多くなる、そして降臨祭に参加するにあたって出店を構える予定らしい。

 今日はその手伝いというわけだ。


「バイト代…欲しくないか?」


「…欲しい、でも臭くなりたくねー!」


 リーナはうがー!と頭をかき乱していた。

 その気持ちすごいわかる、だって肉やらなにやらのにおいが体にこびりついて3日は取れない気がするから。

 でも二人の会話を聞いていると、不思議と思っていしまうことがあった。

 何年も幼馴染をやっているのに、まったく慣れる気がしない。


「やっぱり君ら…ガラ悪くない?」


「あぁ?」

「ぁんだとコラぁ!」


 ゲインとリーナはギロリと猛禽類のような眼光でクリスを睨みつけた。

 こぶしで喧嘩をするつもりは毛頭ないだろうが、この一瞬を切り取ったらカツアゲ前のチンピラに見える、見えてもしょうがないくらい迫力があった。


「それだよそれ!こわいって!」


 クリスは心臓が縮む感覚を覚えながら不良二人に向かい合う。

 毎回思うのだが、この二人に意見するのはほんとに怖い。

 自分は慣れているから多少はまともに話せるだろうが、初対面だったら会話もまともに始まらないだろう。

 特にリーナは美人ならではの眼光がある、顔がはっきりしている人ほど怒る顔がとても怖いのだ。


「カツアゲしてるチンピラにしか見えないよ、リーナも言葉遣い治さないとバイトさせてくれないんじゃない?」


「あ”ぁ?あたしだけ狙い撃ちかよ!」


 リーナの眼光がより鋭くなる、目線で俺を殺す気か?


「だから怖いって!そんなんだからウェイトレスから厨房掃除に降格させられるんだよ」


「う……ぐぬぬ」


 数年前、リーナはゲインの大衆食堂でバイトをしたことがある。

 見た目は良いから当時はウェイトレスとして採用されたのだが…


「だってあのクソおやじ共がセクハラしてくるんだから仕方ねーだろ」


 大衆食堂は決して品の良い店ではない。

 ウェイトレスに痴漢してくる奴なんて普通にいる。スカート捲り、抱きつき、尻を触るなんてザラにあるのだ。

 そんな魑魅魍魎ちみもうりょう、セクハラ妖怪の攻撃を華麗にすり抜けてオーダーされた料理を的確に配膳するプロのウェイトレスは本当にすごいと思う。


 彼女たちは年端も行かない少女にも関わらず、足音を消し存在感を消し、テレポートかと紛うごときの移動技術を持っている。


 もちろん、ウェイトレス初心者のリーナにはそんな技術は無く、妖怪たちに好き勝手されていた。


 堪忍袋の尾が切れたリーナはハゲ妖怪に後ろから踵落としを喰らわせたのだ。

 ひしゃげる食器とハゲ頭、ドン!と腹に残る重低音を響かせて食堂を静寂に包ませた。


「あいつの顔は傑作だったぜ!鼻から糸こんにゃく出して白目剥き出してたんだ、おもしろくね?」


「笑えねーよ!」


 当然食堂は大騒ぎだ、気絶した妖怪を介抱する先輩ウェイトレスと常連客。騒ぎ出した客が警邏を呼んで危うく傷害事件になりかけた。

 幸いにもハゲ妖怪は寛容に事を収めてくれた、なんならリーナに迷惑料として多少チップを握らせたのだ。

 決して介抱していた先輩の横で介錯しようとしていたリーナを見ていたからではないと思いたい…。


 ゲインのオヤジも『大変だー!』って言ってたしな…うん、大変だー。



「お前も常識人ぶってるけどなぁ、クリスがプレゼントで王城爆発させかけたこと忘れてねーぞ!」


「あぁ…†漆黒の黒騎士†事件か」


「うぐっ…!忘れろよそんな前のこと!」


「忘れねーよ、まだ2年前だろ」


 2年前の春、当時13祭の俺は街中で恋に落ちた。

 いわゆる一目惚れというやつで、噴水のベンチに座っている少女に恋をしたのだ。


 白い肌、大きな目に蒼い瞳。

 太陽を眩しそうに手で遮る小柄な少女は俺の好みにドストライクだった。

 なんとしてもお近づきになりたくて偶然を装って話しかけた。

 数回話しかけていくうちに彼女が王城で支給係として働いていること、誕生日が近い事を知った。


 俺はサプライズプレゼントをしたいと思った。

 ただただ彼女の気を引きたくて仕方なかったのだ。

 早速下町の宝石屋に赴いた、しかし子供の小遣い程度で購入できる商品など無く、泣く泣く退店したのだ。

 その帰り道に偶然見つけた怪しげな魔法具屋、廃れた門構えから明らかに安く手に入ると思った。

 テンション上げ上げで入店し、店主に駆け寄り『手頃でとびきりのものをくれ』と伝えたのだ。

 店主はヒッヒッと怪しげな笑い声をあげて『何処へ?』と聞いてきた。

 今思えば会話が噛み合っていないから何か裏があると考えるべきだった、しかし当時の俺はそんなことさえ考えず…ダークでなんかカッコいい雰囲気に酔っていた。


 俺は率直に『王城へ』と答えた。

 店主は豆鉄砲を喰らったような顔をした後、大声で豪快に笑っていた。

 そして手のひら大の赤いブローチを譲ってくれたのだ、お代はいらないと言ってくれた。

 俺には彼女との恋を全力で応援してくれる天使に見えた。


 早速プレゼントを箱に包み、王城へ行こうとしてはたと思いとどまった。


 そういえば彼女に名前を伝えていない、なんなら彼女の名前も知らない。


 俺は手紙を書くことにした、当時はダークな雰囲気…特に天使や悪魔、騎士なんかに憧れていた。

 自分は特別だと信じて疑わず、肥大化した自尊心と承認欲求に突き動かされていた俺はマイブームのペンネームを彼女に送ることにしたのだ。


 それが†漆黒の黒騎士†だった。


 彼女を向日葵の君と名づけ深夜の王城のポストへ投函した。


 当然だが王城の荷物には検問がある。

 視覚検査など当たり前で魔力検査なんて大掛かりなものまであるのだ。


 そしてその日の昼に事件は起こった。


 王城の検問室が爆発したのだ。


 幸いにも死人や怪我人は出なかったが魔力検査装置が粉々に吹っ飛んだ。

 王国はテロ行為として認定し、すぐに犯人探しを行った。

 手がかりとして残ったのはブローチの破片と†漆黒の黒騎士†と書いてある手紙だけ。

 捜査は難航し、市中に手配書が配られる事態となった。


 俺はその手配書を見た瞬間すっ転んだ。

 まさか彼女に渡すためのプレゼントが爆発するなんて思わなかったからだ。

 そして同時に怪我人が出なくて良かったと安堵した。


 俺はその日を境にカッコよさそうなものへの憧れを断ち切って、初恋にも諦めをつけたのだ。


 今でも巡回中の騎士を見ると体がこわばってしまう。


「しかし†漆黒の黒騎士†ってなんだよ、漆黒ってついてるのに黒騎士とか…どんだけ黒好きだったんだよ」


「王城爆発させるとかぶっちぎりだよな」


「もういいだろ…反省してるんだよ」


 ゲインもぶっちぎりとか言わないでくれ、お前もカッコいい感じの文字とか好きだっただろ!


「†漆黒の黒騎士†!」

「†漆黒の黒騎士†」


 リーナとゲインが各々にカッコよさげなポーズをとっている。

 リーナに至っては白い歯がきらりと輝いていた。


「やめろお前ら!古傷を抉るんじゃあない!」


 ゴリゴリと精神を削られている、古傷を抉るどころかくり抜かれている気分だった。


 リーナはひとしきり笑った後、最後にゲインを見てニヤリと笑った。


「まぁ男ってそんなもんだよな、赤雷せきらい剛神ごうしん?だっけ?」


「やめろ、その攻撃は俺に効く」


 ゲインは一瞬で真顔になった。


 ちなみにその攻撃は俺にも効きます。



 俺たち3人はお互いの古傷を抉り取りながら大衆食堂へと歩んで行った。

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