第5話 ようこそスイギュー町へ 不穏な牧場
スイギュー町の入り口付近にて…
「ふぅ~、なんとか終わったね」
一行は町の検問に時間がかかっていた。ムスビがバリバリ怪しい不審者に映ったようだ。
「ちょっと、いつまで拗ねてるのよ」
ムスビは不審者に疑われた挙げ句、ミサキとミレアの説得でこんなちんちくりんな子供何かするわけもないかと言う事で解放された。宿についてからもムスビはその事を根に持っていた。
「…俺はちんちくりんじゃない」
「そうだね、ムスビちゃんはもっと大きい存在だもんね(可愛らしいなぁ)」
(まあ…背はこの中で一番低いけど…)
「…(嫌な予感はもしかしてこれだったのか?)」
「そう言えば今日はどうする?出発は明日以降になると思うけど」
「そうね…取り敢えず教えてもらった店に食べに行ってから考えましょうか」
宿の人の話によると町の北の方に安くて美味しいお店があるらしい。行ってみるとそこは賑やかな雰囲気からうってかわり、のどかな雰囲気であった。どうやらこの辺りは大きな牧場のようだ。そして牧場の近くには一つの食事処があった。
「あそこが言っていた場所ね」
「何がオススメなのかな」
「…」
木造の少しこぢんまりした店に入るとそこには一人の茶髪の少女がカウンターにいた。
「あの子が店員さん…?」
自分達とそう歳も変わらなそうな子が一人で店番をしている事が少し不思議に思った。
「いらっしゃいませ。自由に座ってください。」
「メニューでオススメは何かありますか?」
席に座りメニューをしばらく見た後、ミレアは店員の少女にそう尋ねた。
「シチューとかが美味しいですよ。あとデザートのアイスクリームやチーズケーキも絶品です」
オススメはどれも値段が相場より少し安めに設定されており、ミレア達はシチューを頼むことにした。
少女はシチューの注文を受けた後、カウンターの奥まで行った。そしてしばらくしたら、シチューを持ってさっきの少女と少女に似た女性が来た。
「いらっしゃいませお客様。お待たせしました」
女性はどうやらさっきまで厨房の方に居たようだ。
「わぁ~美味しそうですね」
女性の話によるとこの牧場の牛達から搾った新鮮で美味しい牛乳との事。三人とも値段以上の美味しさに満足した。
「口に合いました?」
「ええとっても」
「すごい美味しい」
「…」
ムスビからは黙っていても何となく幸せそうなオーラが出ていた。
「それはよかった。久しぶりのお客だったから心配だったのよ」
「え、そうなんですか?こんなに美味しいならもっと人が賑わってても良いのに」
「昔はもっと人も来てくれてたんだけどね…」
「あいつらのせいよ…」
だがそこで少女がボソッとつぶやいていた。
「ちょっと、お客様の前で…」
女性の言葉は終わってなかったが少女は構わずカウンターの奥へ行った。
(きっと何か訳有りなのね…)
「…すみません、牛乳はここで買えますか」
「ええ、いくつにします?」
「…六本お願いします」
袋に入れて貰うところで急にバタンッと扉が開いた。扉の方を見るとそこには黒スーツの柄の悪そうな男性と体格が大きい男性二人が居た。
「奥さん、いい加減に今日ぐらいで納得してくれませんかね」
黒スーツはずかずかと店に入ってそう言っていた。
「何度も言ってるようにお断りします」
女性は黒スーツの男にそう答えていた。
「いつもそう言って我々を追い返してますがね。もう一ヶ月以上それが続いてるとこっちも流石にうんざりするわけですよ」
「こんな店も牧場もさっさと引き払ってしまえばお互い悪い思いはしないで済むんですよ?」
黒スーツの男は女性の返事に呆れたようにと次々と言葉を並べていく。
「ですから、何度も言ってる通りお断りするって…」
「そうそう、あんまり長引くなら今度はあなたの娘さんも酷い目にあうかもしれませんよ?」
女性の言葉は途中だったが、男は脅すように女性に話した。その言葉で女性は黙ってしまった。そこへ…
「もういい加減にして!」
さっきの茶髪の少女が黒スーツの男性の前に飛び出してきた。
「これ以上お店の邪魔はしないで!お母さんを困らせないで!」
怒る少女の訴えだったが…
「子供が大人の話に入るもんじゃないよ?それにこんな古くさい店どっちにしろ終わりだよ」
黒スーツはまるで意に介していない様子。
思わず手が出そうになる少女だが、母に止められてそうはならなかった。
ミサキとミレアはテーブルでその様子を見ていた。
「どうする?止めに入った方がいいかな?」
「でも、下手に関わられる方が二人にとって嫌かもしれないし…」
どうするべきか迷っていたようだ。
「もうここの主だったじいさんも亡くなって、旦那さんも大怪我したんだから無理して続けなくても他に必要な人に明け渡しても良いでしょ」
「いい加減牧場なんて畳んだらどうです?」
黒スーツはべらべらと言葉を続けていた。だが…
「…会計中にうるさい」
黒スーツをずっと見ていたムスビがここでようやく言葉を発した。
が…、瞬間店は静まり返った。
女性は少し遅れてああ、ごめんねと会計を一度済ませようとした。話に巻き込まないようにここから出て貰うためだ。
だが…受け渡しの時、黒スーツが牛乳を二本飛ばしてしまった。店の床にガラス瓶の破片や牛乳が落ちてしまった。
「ちょっとあんた…」
流石に見かねたミレアだったが…
「いい加減にしてよ!お客さんにまで迷惑かけて!」
その前に店員の少女の方が怒り心頭と言った様子。
「大人の話を邪魔するからこうなる」
黒スーツは悪びれることなくそう言い、余計少女は怒ったがまるで相手にしていない。
「…おい、散らかしたんだから片付けろよ」
ただじっと黒スーツの顔を見ながらそう言っていた…
「ん~?おっとよく聞こえなかったなオチビちゃん、ガキには分からないだろうが空気を読も…」
「…聞こえなかったのか?その薄汚いスーツをモップ代わりにでも使って、さっさと床を綺麗に片付けろといったんだ。いや、悪いのは耳ではなく頭の中身だったか?だからこんな下らんことをしでかすのか?」
「はぁ、さっきから鬱陶しいんだよ。変な仮面つけてないで顔ぐらいさらしたらどうだ」
黒スーツはムスビの顔に向かって手を伸ばすが…
バキッ
「ぐぎゃあぁぁぁぁ!!」
いつの間にか黒スーツの片腕が折れていた。
「…汚い手でさわるな」
そう言って折れた腕に意識がいっている黒スーツを蹴って後ろの男二人に吹き飛ばす。
「…そいつ連れてさっさと帰れ」
男性二人はムスビに襲いかかろうとしたが、黒スーツに止められ、店を後にした。
店内にはまた静けさが戻った。
「ごめんなさい、嫌なところ見せちゃって…」
「お母さんは悪くないよ、あいつらが」
「別に気にしてませんから。ああいう奴らも見慣れてますし…」
「…すみません雑巾ありますか」
女性はムスビに言われてハッとしたように落とした牛乳を片付けてようとしたが、ムスビ達も少し無理矢理だがお願いして手伝った。
「ごめんなさい、お客様なのに掃除を手伝ってもらって…お代は大丈夫よ」
片付けが終わった後、女性はそう言ってきた。
ミサキとミレアはお代を無しにしなくて良いと言ったが、頑なに代金はタダで言いと譲らない。
「…代金はそっちが決めて良いから、あいつらの事教えて」
ムスビは二人にさっきの男達のことを聞いた。
ミサキとミレアはそんな事聞くなんて失礼じゃないかとムスビに詰め寄るが、女性は少し悩んだ後話してくれた。
「ちょっと長くなるけどそれでも良いなら話します…」
それに対してムスビは頷いた。
「実は…あいつらは」
場面は変わりスイギュー町のある屋敷…
「何ぃ?ダメだっただと?」
少し高級そうなソファーに座った小太りの男性が怒鳴っていた。
「そ、そうです。へ、変なガキに邪魔されて」
黒スーツの男性は怯えながら小太りの男性に話すが…
「あのなぁ?今日話を付けてこいと言ったよな?」
「あそこはな、何十年も前から町が発展しても牧場のまま誰にも手がつけられなかった土地だ。立地もなかなか悪くねえ。その牧場を売らずに守ってたじいさんが亡くなったから、他の奴より先にあの土地を手に入れようって事は分かってるな?」
怒気が混じったような口調で話をしていく。
「はい、分かっています…」
「何でてめぇはこんな交渉にいつまでも時間掛けてんだ!もう一ヶ月以上になるのにまるで進展してねえじゃねえか!」
さっきより怒りが激しくなっているようだ。
「し、進展はしています…」
「ああ、そう言えば確か牧場を継いだ夫の方を事故に見せかけて大怪我させたらしいな」
「は、はい。それに店の方もじいさんが死んで休業していた事や俺達が出入りしている事でいつ畳むか分からない状態まで追い込めています。最近は牧場に忍び込んで牛達にも…」
「はぁ、それで牧場も店も続けていけないよう仕向けたって?」
「はい、そうです…」
「馬鹿かてめえは!そんな事した俺達に土地なんて素直に売ると思うか?他の金持ちに売られるかもしれんだろうがよ。てめぇに任せたのが間違いだったよ」
「う、すみません」
「てめぇのせいで穏便に金で買い取るのが難しくなっちまった。おい、ここに居る奴らで無理矢理にでも土地を引き渡させろ。今更穏便に交渉なんて無理だろうしな」
武器を持った傭兵達にそう言った。続けて…
「もうあそこの牧場は夫婦と娘だけ。夫は大怪我してるし他の従業員は今あそこを辞めてるから襲うのに何の事はねえ。そうだな…娘を人質にしたら素直になるだろうよ」
その言葉に傭兵達は了解したようだ。
「その、さっき話したガキはどうします?」
黒スーツはそのことを男性に尋ねたが…
「あん?そんなのただてめぇが情けねえだけだろうが!それにただの客だろ?もうとっくに帰ってるだろうよ」
相手にされなかった。
「しかし、もし邪魔してきたら…」
それでも黒スーツは食い下がり聞いたが…
「そんなの居ても適当にあしらっておけ。こっちだって下手に人を殺していちいち揉み消すのは面倒なんだ」
「お前はあいつらを牧場まで案内しろ。今日の夜にな」
こうして黒スーツは三十人程居る傭兵達の案内を任されたのだった。
そしてその日の夜…
「お母さん…帰っちゃったね今日の人達」
「そうね…今日はお客さんに助けてもらって嫌な気分にもさせちゃったし…どっちにしてももう店じまいの時なのかもね…」
「そんな事ないよお母さん!今日の人達だってお母さんの料理美味しいって、また食べに来るって言ってたんだよ!」
少女は母の言葉を必死に否定していた。
コンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。
「はーい、どちら様…、あなた達は!」
居たのは昼の黒スーツ、そして傭兵が後ろに数多く見えていた。
「昼は邪魔されましたが今回こそはちゃんとお話させて貰いますよ」
黒スーツの嫌な笑顔がより醜悪に見えた。後ろに傭兵達が居る優位な立場からか、余計に汚い本性が出ているのかもしれない。
すぐに扉を閉めようとしたが、傭兵達がそれを邪魔した。
「あんまりお話を聞いていただけないとそこの娘を使って無理矢理にでも聞いて貰うしかないですね」
黒スーツの目線は少女に移る。母親は逃げるよう叫ぶが、傭兵の一人がすぐに少女に追い付いてしまう。少女は床に押さえつけられ、勢いで回りにあった椅子も一つ倒れてしまった。
「なんだあのガキ?」「こっちに来てやがるな、顔は…仮面かありゃ?」
家の中に居る者達に外に居る傭兵達の声が聞こえてきた。
「そのガキは俺達の邪魔をする気だ!叩きのめせ!」
黒スーツはそう傭兵達に命令していた。
外に居る傭兵達がかけていく足音が聞こえる。
「これで安心と…」
黒スーツは注意を外から家の中の二人に移し直した。
ゴオォォォォォォ!!!
どうやら外では強い風が吹いてるようだ。
ドサッ!ドサッ!ドサッ!
いくつもの物音が騒がしいが、中に居る黒スーツ達は気にしてない。
「さて、お話の続きです」
「一体何を…」母親は黒スーツに問いかけ、「なあに、この契約書にサインして土地の権利を譲って貰えれば良いんですよ。そうすれば娘さんには手を出しませんから」
「ふざけないでよ!!」
黒スーツの言葉に少女はサインしないよう叫ぶが母親は震えながらもサインしようと筆を動かそうとしていたところ…
「…その必要はない」
少年の声だ。仮面をつけた少年の。なぜかリュックを背負っていたが。
黒スーツが後ろを振り返ると同時に、ムスビの蹴りが顔面に炸裂した。男は頭を強く打って壁にもたれかかって伸びていた。残りは家の中の三人だけ。ムスビの後ろには既に倒れた傭兵達、そしてヘロヘロになったミレアとそれを支えているミサキがいた。
「ハァ…、ハァ…さ、最大出力の風魔法はきついわ…」
夜に紛れて不意打ちで飛ばしたが、その威力はジョウハ通りの練習を経て数段上がっていた。二十人以上いた男達を一気に吹き飛ばして、約半数はそれで気絶、意識は保てても体を強く打ち起き上がれてないのがほとんどである。また当たらなかった数人は既にムスビに倒されていた。
中に居る傭兵二人はムスビに向かうが足を払われて一人がバランスを崩してしまい、それによってもう一人の動きが阻害され、顎にアッパーを受けて倒れた。後ろの倒れた男には頭にかかと落としを食らうとその場で気絶した。だか…
「動くな!」
少女にナイフを突き立て、傭兵は叫ぶ。
「よくもやりやがったな小僧、だがおとなしくしろ!でないとこいつが死ぬぞ!」
母親は顔を青くしてやめるよう懇願しており、少女は震えて目がうるうるとしていた。
「…分かった」
そう言ってムスビは手を上げたが…
「良いか、後ろを向け…ひとまずこいつを連れて行くが、ついてきたりしたら殺すからな!」
指示通りムスビは後ろを向いた。傭兵はその時に一瞬安堵、油断した。
瞬間、リュックから黒い影が飛び出した。
ワン!
次の瞬間、傭兵の腕はアズキに噛まれていた。ムスビは振り返り、すぐさま傭兵を壁に吹っ飛ばした。少女は無事怪我もなく救われた。
「…サンキュー」
ワン!
少女は、いや母親もその場で何が起きたのか分からない、そんな唖然とした状態であった。
「ムスビちゃん?そっちは大丈夫そう?」
「どうやら今終わったようね…」
「…こっちは大丈夫だ。そっちは大丈夫か?」
「大丈夫よ、さあ帰り…」
「…後はこいつらの親玉を」
「じゃあ誰か起こして聞く?」
「え、ちょ、二人共…」
「…そうする」
「ちょ、ちょっと、もしかしてまだ続くの…?」
「勿論」
「続くよ?」
ムスビ一行は第二の町、スイギュー町についたばかりなのに面倒事に巻き込まれてしまう。牧場をめぐった傭兵達、そしてそれを従える男との争いはどうなるのか次回に続く…
第七話 ようこそスイギュー町へ 不穏な牧場 終
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