第二王子の到着

 それからさらに2日後の午後。シャーロットはミスキャセルを始めとした侍女たちに支度を整えてもらいながら慌ただしさを増す外の喧騒に緊張感を高めていた。シェリル王国の第二王子一行が到着したのだ。


 ロンド帝国から海を渡るしかないため、多少の予定の前後は予想されていたが、結局予定通りに到着したらしい。


 王都の手前の宿場から届いた電報を受けて、城では彼らの出迎えに向け準備が進んでいた。とは言えシャーロットが第二王子と始めて合うのはこのあとの国王への拝謁の際でそれも僅かな時間の予定だ。身代わりがバレる可能性を減らすため、可能な限り合う回数は少なくするよう王太子が画策していた。


 初日、シャーロットが参加するのは第二王子の国王への拝謁とその後の歓迎晩餐会。いずれもあえて第二王子との距離が遠くなるようにされ、会話も最低限になるよう配慮されていたため、第二王子は不満そうであったものの、特にシャーロットについて疑問を感じることはなかったようである。むしろ、シャーロットとしては実際の王族たちに混じって行動する、ということ自体に緊張していた。


 そうして初日を乗り切ったシャーロットだったが、問題は2日目だ。この日はシャーロットが第二王子テオドールと城の敷地内にある温室を散策し、案内することになっていた。一度末姫とゆっくり話がしてみたいと強く要求したシェリル王国の希望を呑んだ形である。


 ちなみに会場に温室が選ばれたのは、花売りであるシャーロットにとって花や園芸に関する話題であれば比較的ついていきやすい、と考えられたからだ。また末姫も花が好きだったことも幸いした。


 ただ問題もある。王太子が用意したルビーのような魔法石だが、これは基本的に夜会服を前提にしたものであり、昼の時間の散策出来るアフタヌーンドレスにはどうやっても合わせられなかったのだ。そもそもこの散策自体が急遽決まったことらしく、追加の魔法石も間に合わなかった上に、いつも同じ宝飾品をつけているのも外聞が悪い。結局今日に着いてはシャーロットの力だけで二人きりの散策を乗り切らなければならなくなってしまったのだった。




「この付近には西大陸原産の花が多く植えられています。私のお気に入りはこちらの花ですわ。鮮やかな赤でこちらにはあまりない色ですわよね」

「えぇ、元気な姫様にはとってもお似合いだと思います」


 シャーロット、が扮するブラニカ姫は薄い青色のアフタヌーンドレスを纏い、テオドール王子に腕を取られながらゆっくりと温室を歩く。


 時折温室のガラスに映る自分が目に入ると、たしかにそこには花売りのシャーロットではなく、エルドランド王国の王女ブラニカがいてなんだか不思議な気分になった。


「こちらの花は大陸では幸運を呼ぶと言われているとか、少し変わった形で神秘的ですわね」

「本当に姫様は花がお好きなのですね。我が城にはまだこういった温室はないのですが、あなたが嫁いでいらっしゃったらすぐに用意できるよう、庭師たちに準備させているのですよ」

「まあ、素敵ですわ」


 ニッコリと微笑みつつ、シャーロットは内心で頬を引きつらせる。テオドールは金髪に神秘的な紫の瞳が人を引き寄せる人物でいわるゆ美丈夫だ。それはシャーロットも認めるところなのだが、その分女性ウケが昔から良かったのか、どうやら姫がこの話に応えて当然だと思っているようなのだ。


 シャーロットが聞く限り、実際のところは身代わりがなかったとしてもこの結婚話が進む可能性はせいぜい五分五分程度。正直政略的にはそこまで旨味がないエルドランドとしては大して乗り気でもなかったようなのだが、その事前情報はなかったのだろうか?と思って、いや、と眼の前でキラキラとした笑みを浮かべるテオドールを見て彼女は考え直す。


 どうやらこの王子は祖国でもそこまで評価は高くないらしい。詰め込みで覚えた知識によると、シェリル王国には王子が二人いるが、圧倒的に優秀なのは第一王子。多くの国同様まずは長子相続が優先されるから第二王子は割と甘やかされて、一方で政治からは切り離されて育ったらしい。


「でも、こんな温室を作るには相当なお金がかかっていると言いますわ。あまり私のために無駄遣いはなさらないでくださいね」


 そう言ってからシャーロットはしまったと思う。嫁いでくる妻のために新しく建物を建てるのは割とよくあることで、それを無駄と思うのは庶民の感覚である。最もテオドールは特に気にする様子もなく


「金銭的な部分は兄に任せてますから、詳しくはわかりませんが……、少なくとも止められてませんから問題ないのでしょう。我が国も財政的には比較的潤っているようですしね」


 そのなんとも抽象的な答えにシャーロットは絶句しそうになりつつ笑顔の仮面を浮かべる。彼の答えからおそらくテオドールは財政面での権限はあまり与えられていないのだろう、ということが分かった。ちなみにこの温室は貴重な薬草類も多数育てており、それによって国へ貢献もしているのだが、彼と話している限り、そういった方面のことは考えていないようだった。


 そしてそんな彼と話すたびにどうしても、いかにも仕事人間、といった様でいつも策を巡らせているかのような王太子をお思い出してしまうのだ。


 そんな訳でシャーロット自身の評価としてはあまり芳しくないテオドール王子だが、とは言えこれは仕事。シャーロットは表面上は明るい笑顔を貼り付け、王子と楽しい時間を過ごした。


 ところがテオドールとしてはそれだけでは満足いかなかったらしい。もしかすると自身の容姿には自信があるようだから、楽しそうにしつつ思ったほどなびかないブラニカ姫に少しイライラしたのかもしれない。もうすぐ散策の時間も終わり、という頃に突然腕を引かれ二人の間の距離が急に近くなった。


「お戯れを」

「これは失礼姫様。しかしこうしてゆっくりお話させていただくのは初めてでしたが、率直なところ私はいかがでしたか?」

「そう……ですわね。とても素敵な方だと思います」


 王子の質問にシャーロットは当たり障りなく返す。普通であればこれまでの様子とその言葉である程度の感触はつかめるはずなのだが、王子はそうでなかったらしい。


「それは良かった。私も姫様はお会いすればきっと私のことを気に入ってもらえると思っていたのです。そこであなたに折り入ってお願いごとがあるのです」


 お願い事、ですでに一度大変な目にあっているシャーロットは一瞬少しだけビクッとするが、それにしても本来なら、彼よりずっと強引だったはずの王太子の言葉よりテオドールの「お願い」のほうが信頼できないように感じるのはどうしてだろうか。


「どのようなことでしょうか?」

「この結婚話を勧めるよう、あなたからも陛下にお願いしていただけませんか? 私としてはすぐにでもこの話を勧めたいぐらいなのですが、肝心のエルドランドの皆様はあまり乗り気でないようで、実際予定よりも姫様とお話する時間もかなり短くされてしまいました」


 それはおそらく、身代わりがバレないよう似するための王太子の工作だろう。流石にテオドールもそれには少し気づいていたらしい。


「その上、シェリル王国の者たちもそこまでこの話に積極的ではないのです。この結婚をまとめればロンド帝国にも対抗できる、というのにそこは慎重に、という意見の者もいて、私はやきもきしております」

「それは……、最終的に決めるのはお父様ですから私の言葉にあまり力はありませんが、お話はしてみますわ」


 そう言いつつ、シャーロットはなるほど、と思う。確かにエルドランドは大国だが、ロンド帝国もそれに匹敵する国。エルドランドとの関係を強化したから安泰と言えるほどではない。むしろ自国を挟み込むように関係を持たれればロンド帝国の不興を買う可能性もあるだろう。シェリル王国自体はそこも含めて、この結婚のメリット、デメリットを計算しているようだが。眼の前の王子はそうでもないらしい。そう思いつつ、シャーロットは慎重に言葉を選ぶ。


 すると、その答えにブラニカ姫もこの結婚を望んでいると感じた王子は嬉しそうに笑いそして、さらに腕を強く引く。それでなくても近かった距離は密着するほどになり、恋愛経験のないシャーロットは顔を歪めそうになって辛うじてこらえる。と、そこへ救いの手が入った。


「王子殿下、未婚の女性にお戯れが過ぎますと外聞がよろしくありません。お控えください」

「んっ、偉そうな。まああったばかりだした。姫も真っ赤になっていることだし、抑えることにしよう」


 そうして少し距離を取る王子にシャーロットは安堵し、そして声をかけた人物に驚愕する。そこにいたのは魔法で変装した王太子だったのだ。


 ほんの一瞬チラリと彼を見ると、王太子は王子にわからないよう笑みを投げる。おそらくシャーロットのことが心配で変装して護衛に混ざっていたのだろう。彼の側近たちの心労はいかほどか、と思うがシャーロットにとっては心強かった。


 それににしてもだ、とシャーロットは嘆息する。自分に分かったように王太子の変装はいつものある程度面影を残したものである。王太子の魔力のの強さは周辺国でも有名で、もはや隠すだけ無駄だから、いっそ抑止力にすることにしたのだろう。実際テオドールの側にいるシェリル王国の者たちの中には絶句している者もいる。しかし肝心のテオドール王子は直接会話をしても気づかなかったらしい。やっぱり少し抜けているのかしら、そんなふうに思いつつ、シャーロットはなんとか王子との散策を終えたのだった。


 その後も何度か王子と話をする機会を持ったもののなんとか乗り切り、ついに王子が滞在する最終夜を迎えた。

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