第29話 愛ちゃんの夏休みの宿題

 漫画喫茶で愛ちゃんと過ごすのはこれで何度目なのだろうか。僕たちはいつも同じタイプの個室を利用しているのだが、今回の目的は漫画を読みに来たというわけではない。

 二人で夏休みの宿題をやることにしたのだ。

 僕の宿題は全く手を付けていないというか、何をやるのかすら決まっていないのだ。夏休みも残り半分近くなっているのだけれど、当初の予定では八月に入る前に全て終わらせておく予定だったのだけれど、予定というのは思い通りに行かないものであると再認識させられたのだ。

 愛ちゃんはテーマ自体は決まっているようなのだが、まだ何も手を付けてはいないとのことだ。七月は家族で出歩いていることも多かったようなので宿題に時間を割くこととが出来なかったとのことなのだが、ここからは宿題が終わるまでは旅行にも行けないらしい。ご両親の仕事は八月から忙しくなってしまうという事もあるのだろうが、愛ちゃんの家では夏は七月に集中して遊んで八月と九月は家からあまり出なくなるそうだ。

 僕の家は家族で出かけること自体そんなに多くないと思うのだが、最近では朱音が受験生だという事もあって家族で出かける機会もめっきり減ってしまっていた。当初の予定であれば、朱音は高校入試もスポーツ推薦で入れる高校に行く予定だったのだが、推薦の選考を辞退してしまい他のみんなと一緒に一般入試でうちの高校を受験することにしたようである。


「朱音ちゃんがウチの高校に入ってきたら後輩になるんだね」

「順調に行けば大丈夫だと思うけど、そうなったらよろしくね」

「うん、こちらこそよろしくだよ。それにしても、朱音ちゃんってどうしてウチの高校を受ける気になったんだろうね。まー君の話を聞いてるとさ、朱音ちゃんってスポーツ万能で学校によっては全国大会とか目指せそうな感じなのにね」

「実際にスポーツの名門から推薦は貰えそうだったんだよ。薙刀部は部員が少なくて他の学校と合同チームで大会に出てたんだけどさ、朱音だけは無敗のまま前同大会の準決勝まで勝ち進んでたんだよね。朱音ともう一人が強かったんだけど、それ以外の人は人数合わせみたいなところがあったから準決勝まで進んだのも奇跡みたいなもんだって言ってたからな」

「そんなに強いんだったらさ、個人戦とかで活躍も出来たんじゃない?」

「朱音は個人戦には出てないんだよ。出れない理由があったんだ」

「出れない理由って?」

「一緒に合同チームを組んだところの先生からさ、朱音が個人戦に出ないんだったら団体戦のチームを合同で組んでも良いって言われたみたいなんだよ。詳しいことはわからないけど、朱音は一人で戦う道よりもみんなと一緒にいる道を選んだって事なんじゃないかな」

「そうなんだ。朱音ちゃんって仲間思いのいい子なんだね。じゃあ、その部活の仲間の子もうちの高校を受けるのかな?」

「さあ、どうなんだろうね。ウチの高校はスポーツよりも勉強の方に重きを置いているし、薙刀部も無いからね。薙刀が好きな子は違う高校選ぶんじゃないかな。高校は中学と違ってある程度は自分の意思で決められるからさ」

「そうなんだ。でも、朱音ちゃんも愛するお兄ちゃんと一緒の高校に行きたいんだって事なんだよね」

「愛するお兄ちゃんかどうかはわからないけど、僕よりも陽菜ちゃんの存在の方が大きい影響を与えたんだと思うよ。ちょっと前に朱音と一緒に買い物をしている時に陽菜ちゃんにあったんだけど、その時に朱音と陽菜ちゃんが意気投合しちゃったみたいでさ、子犬みたいに二人ともはしゃいで楽しそうにしてたよ。それからもちょくちょく連絡は取りあってるみたいだし、今日も朱音にお菓子作りを教えに来てるんじゃなかったかな」

「陽菜ちゃんがまー君の家に遊びに来てるの?」

「うん、陽菜ちゃんは朱音にお菓子作りを教えてくれてるんだよ。見た目からは想像も出来ないと思うけど、陽菜ちゃんってお菓子作りにかけてはプロにも負けないんじゃないかなって思うくらいに美味しいモノを作れるんだよね」

「それって、まー君がいる時もお菓子を作ったりしてるの?」

「僕がいる時に来ることもあるけど、夏休み期間中はほとんど部屋でゲームしているから会うことはあんまりないかも。陽菜ちゃんが帰る時にちょっと挨拶するくらいだし、陽菜ちゃんも夕方前には帰ってるからね。宿題も大変だからあんまり遊んでる時間が無いんじゃないかな」

 陽菜ちゃんが僕の家に頻繁に来ているのは事実であるし、その目的が朱音にお菓子作りを教えるというのも間違いではない。僕が夏休み期間中に部屋にこもってゲームをしているというのも嘘ではないし、陽菜ちゃんが夕方前に帰っているのも真実なのだ。

 ただ、陽菜ちゃんが完成したお菓子を持ってきてくれたことは一度だけあるし、その時にいつもと同じような可愛らしいパンツを見せてくれたという事を言う必要はないだろう。聞かれればもちろん答えるのだが、聞かれていないことまで言うのは変な気もするのだ。

「でも、お菓子が上手に出来たなら朱音ちゃんだけじゃなく陽菜ちゃんもまー君に食べさせていって思うんじゃないかな。まー君は陽菜ちゃんからお菓子を貰ったりしてなかったの?」

「一度だけ貰ったことはあるよ。その時は友達とオンラインゲームをやってたんで手が離せなかったんだけど、陽菜ちゃんは僕の部屋に入ってきてお菓子を置いていってくれた」

「そうなんだ。置いていっただけなのかな」

「置いた後に僕のやってるゲームの話をしたよ。陽菜ちゃんはやった事ないゲームだって言ってたけど、ちょっと興味があるみたいで説明はしたかな。その時は朱音もいたんだけど、ゲームの話をしたら興味が無くなったのか洗い物をしに出て行ったよ」

「それで、一緒にゲームをしたのかな?」

「いや、ゲームは僕が一人でしてたよ。二人でやるにも本体が二つ必要だし、それ用のアカウントも作らないといけないからね」

「じゃあ、朱音ちゃんが出て行った後も陽菜ちゃんはまー君のやっているゲームを見てたって事なんだね」

「そうなるね」

「で、まー君はゲーム画面じゃなくて陽菜ちゃんの履いているパンツを見たって事なのかな?」

 僕は愛ちゃんの言葉を聞いて心臓を思いっ切りつかまれたような思いがした。愛ちゃんの想像は間違っていないのだが、僕はその状況を望んでいたわけではない。陽菜ちゃんが遊びに来ることは前の日から知ってはいたが、それは僕に会いに来たのではなく朱音にお菓子作りを教えるためだと聞いていたのだ。

 そんな僕が陽菜ちゃんのパンツを見ることになるとはその瞬間まで思いもしていなかったし、朱音が陽菜ちゃんのそばを離れることがあるとも思っていなかった。トイレに行くことがあったとしても、僕は自分の部屋から出ることは無いし、キッチンに行く用事もないのだ。陽菜ちゃんにその気があったとしても、僕が陽菜ちゃんのパンツを見る機会なんてあるはずが無いと思っていたのも事実なのである。

「うん、見ちゃった。見たというよりも、見せられたって言った方が正しいかも」

「そうなんだ。でも、変に誤魔化したりしなくて良かったよ。そこで嘘をつかれてたりしたら、私はちょっとまー君に対して悪いことをしなくちゃいけなくなるところだったからね」

 悪いことってなんだろう。僕に対する罰という事なのだろうか。でも、あえて言わなかったという事は悪くないという事なのだろうか。僕はそれが怖くなってしまい、これからは聞かれていなことでもちゃんと言おうと誓ったのであった。

「私はそんなにお菓子作りが上手じゃないからな。朱音ちゃんに教えてあげられる事なんて何も無いかも」

「そんな事ないと思うよ。愛ちゃんは僕なんかよりもずっと頭もいいんだし、運動神経だって僕より良いと思うんだよね。だから、朱音が困っていることがあったら僕よりも愛ちゃんの方が頼りになると思うんだ」

「そうだったら嬉しいけど、朱音ちゃんが頼るのは私よりもまー君の方だって気はするんだけどな」

 愛ちゃんは少し寂しそうな顔でそう言っていたけれど、朱音が困った時は僕よりも愛ちゃんに助けを求めていそうな気がする。少なくとも、本当に困ってどうしようもない時は僕よりも愛ちゃんに助けを求めた方が確実だと思うのだ。

「そう言えば、まー君は宿題をどうするか決めたの?」

「全く決めてないね。来年は受験勉強をしているかもしれないんで夏休みの宿題に力を入れることが出来るのは今年が最後だと思うんだけど、どうしたらいいのかって考えると何も思い浮かばないんだ。愛ちゃんはどんな感じなの?」

「私はね、旅行で言ったいろんな場所で食べたソフトクリームの違いについてまとめたんだよ。ソフトクリームを持った写真も撮ってもらったし、後はそれの味とか値段とかの情報をまとめるだけなんだけど、どうにもやる気が出ないのよね。どうしてかわからないけれど、何かが足りないような気がしているんだ」

「何が足りないんだろうね。それを二人で考えるのもいいかもね。そうだ、ここのドリンクバーにもソフトクリームがあったからそれを持ってきてあげるよ。お店で食べるやつよりも形は綺麗じゃないかもしれないけど、ここのソフトクリームも美味しいから食べてみるといいかも」


 僕は失敗したソフトクリームとそこそこ上手に出来たソフトクリームをもって愛ちゃんの待っている個室へと戻ってきた。

 上手に負けた方を愛ちゃんに差し出したのだが、愛ちゃんは失敗した方のソフトクリームに顔を近付けて受け取る前に一口食べてしまったのだ。

「本当だ。ここのソフトクリームも美味しいかも。濃厚なのも好きだけどさ、こういうサッパリ系のソフトクリームも好きなんだ」

「え、上手に巻けた方を食べてもらおうと思ったのに、なんで失敗した方を食べちゃったの?」

「どうしてって、こっちの方が溶けそうだったからね。私はちょっと溶けかけのアイスの方が好きなんだよ」

 愛ちゃんはそう言って失敗した方のソフトクリームを美味しそうに食べていたのだけれど、綺麗に巻けた方のソフトクリームも溶けかけてはいたのだ。こっちの方が美味しそうに溶けているっぽく見えていたのだけれど、愛ちゃんはドロドロに溶けてる方が好みなのかな。

「意外と美味しいものなんだね。あんまり期待して無かったけど、こういうところで食べるソフトクリームも美味しいってわかってよかったよ。あとは、この町にある他のお店のソフトクリームも食べに行かないとな。その時はさ、まー君も付き合ってくれるかな?」

「もちろん。僕はいつでも付き合うよ」

 目的がソフトクリームの食べ歩きでもいいのだ。僕は夏休みの期間中にも愛ちゃんに会える口実を作ることが出来たのだ。オカ研の肝試しまで愛ちゃんに会えるか不安だったのだけれど、これで少なくとも一回は愛ちゃんと一緒にソフトクリームを食べに行くことが出来るという事だ。

「それで、まー君は夏休みの宿題は決まったかな?」

「いや、全然決まってないな。朱音の勉強の邪魔にならないようにしなくちゃいけないんで何かを作って発表するってわけにもいかないし、虫か花の観察でもしようかな」

「お花の観察とかいいかもね。まー君はそう言うの見るの好きそうだし」

「好きか嫌いかって考えたことは無いけど、花の観察ってのは意外性があっていいかもしれないよね。愛ちゃんは花を見るのって好きなのかな?」

「見るのは好きだけど詳しくはないかな。お花の種類も名前もちゃんと知ってるのってほとんどないかも。そうだ、丁度名前の知らないお花があるんだけど、まー君に何の花なのか聞いてみてもいいかな?」

「今は何も知らないと思うけどさ、僕が知ってるのだったら答えるよ。どんな花なのかな?」

「そのお花はね、これなんだけど」

 愛ちゃんは食べ終わったソフトクリームの容器を台の上に置くと、僕の方を向いて膝立ちをした。僕はてっきり写真でも見せてくれるのかと思っていたのだけれど、愛ちゃんは何のためらいもなくズボンを脱いで僕にパンツを見せてくれた。

 最初の頃のような戸惑いは僕の中から消えていたのだけれど、愛ちゃんのパンツを見ることが出来るというトキメキはいつまでも消えることが無かったのだ。

 どんな綺麗な花が咲いているのだろうと思って愛ちゃんの履いているパンツを見ていたのだが、そこには誰がどう見てもサクラの花が咲いていたのだ。

「たぶんだけど、サクラなんじゃないかな?」

「やっぱりそうなんだ。サクラなのかなとは思ったけどさ、まー君にそう言ってもらえてハッキリしたよ」

 愛ちゃんはパンツを見ようと前屈みになっていたのでそこに出来た空間が胸元を見せようとしていたのだ。しかし、僕の視線に気付いた愛ちゃんは大きく開いてしまっている胸元を抑えて隠すようにすると、僕の視線から逃れるように体を大きく反らした。

「ちょっと、今胸を見ようとしたでしょ。まー君のエッチ」

 自らズボンを下ろしてパンツを見せてくれた愛ちゃんのセリフとは思えなかったのだが、もしかしたら愛ちゃんの中でパンツを見られるのはセーフだけど胸を見られるのはアウトなのだろうか。

 その線引きは僕には理解出来ないのだが、今夜も僕はいい夢を見ることが出来そうだなと思っていた。

 薄ピンクの生地に桜の花びらが刺繍されているパンツを見て夏なのに春を感じた一日であったのだ。

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