第2章 夏 Firework

第1話 強化合宿

1 死刑

「一旦ね?」

「ええそうです。一旦なのですから全く以て問題ありません」


 私が訊くと、美鳥はそう言って眼鏡をくい上げした。


 美鳥ってば頑張ってスンとした表情を作っているけれどさ、ふふん。私は分かっているぞ?

 なんたって前へ向き直ると視界いっぱいに広がるのは。

 青い空!

 白い砂浜!

 そして!


「あやみんさま、とてもお似合いですよ♡」


 セバスチャン……。


「じゃないから! もうっ、セバス邪魔しないで!」

「はいはい♪」


 では、気を取り直しまして。


「「海ぃぃ~~!!」」

「「きゃっ」」


 私たちの両脇を駆け抜けた花林と茉鈴が、物凄い勢いで砂浜に足跡を描いていく。

 隣りで茉鈴に接触した美鳥が華麗にクルクル回転していて、なんだか身に付けている浮き輪がバレリーナのチュチュに見えた。


「もうっ、二人ともこら~! 美鳥、大丈夫?」

「は、はひ~ぃ」


 目を回しながらズレた眼鏡を正すカナヅチ美鳥を抱き留めつつも、私の視線は海へ!


 ザッバーンッ☆


 子ザルたち……じゃなくって、アシンメトリーにフリルの付いたワンショル水着が可愛い花林と茉鈴が海へと飛び込んだ。高く舞い上がった水しぶきが、こちらの方まで飛んできそうだった。

 燦々サンサンと降り注ぐ太陽に照らされた水面が、きらきらと煌めいて綺麗だった。


「うう最高だぁ~……」

「あやみんさん、このままだと焦げてしまいます! 私たちも行きましょう!」

「ひゃ!」


 私が返事をする前に美鳥が強引に腕を引っ張る。でも許す!

 私は美鳥と手を繋いで、灼熱の砂浜の上を飛び跳ねながら海へと向かった。


 ジャブ。


「きゃっ、冷たいっ」


 ジャブン、ジャブッ。


「冷たいのが良いのではありませんか!」


 砂浜が熱すぎて躊躇することなく海に入ってしまった。

 天気もいいし、もう少し水温はあったかいかなって思ったけれど冷たくて、それがなんか可笑しく感じた私は笑いが止まらなくなった。美鳥も同じなのか、私に釣られてなのかなんなのかは分からないけれど、一緒にお腹を捩らせた。

 そんな妙なテンションになる私たちに、


 どぼどぼどぼどぼぼぼぼっ!


 水中と思えない足運びで、シュノーケルを咥えた子ザルが二匹やって来た。


「みふぇよ茉鈴まふぃん、こいふらのおっふぁい!」

「みふぇるよ花林かひん。いふもより揺れふぇふぇエロいね!」


 シュノーケルを付けていなかったら殴ってたかも。でもなんで最後だけしっかり聞き取れちゃうのよもう……。


「はいはいみなさんっ、あやみんさんにスプラッシュ攻撃を開始いたしますよ!?」

「え!?」


 なんで? しかも3vs1さんいちで!?


「「らじゃー♪」」


 花林と茉鈴は元気にシュノーケルを放り投げて、背負っていたウォーターガンをスチャッと構える。

 風神雷神のように左右からの威嚇に怯える私へ2人がニッと白い歯を重ね合わせると、それを合図に美鳥が両手いっぱいに海水を掬った。屈んでズレた眼鏡を気にも留めず、私に海水を浴びせに掛かる。


「やっ! だめっ、めてばかっ。んん~!」

「まだまだ足りませんよ! お二人はそれでも全国区ですか!?」

「うるせえええ!」

「今必死なんだよおおお!」

「そのような程度では、ぽろりなんて夢のまた夢ですよ!」

「「うおおお~っ、絶対にぽろりさせてやるううう!」」


 美鳥ってば何か私に恨みでもあるの!?


 美鳥は顔に、花林と茉鈴は胸や肩紐を目掛けて私に海水を浴びせ続けた。

 胸や素肌に当たるくすぐったさよりも、美鳥の攻撃がきつい。一応両腕で顔はガードしているけれど、花林と茉鈴の攻撃にも対応していると守り切れなくて息が出来なくなる。


 私は堪らず浜辺のビーチパラソルへ視線を送った。

 三人の攻撃に遮られる視界の中。見えたのは、トロピカルジュースをサイドテーブルに英字新聞を広げる凜々果だった。

 ビーチチェアには寝転がらず、前のめりになって新聞に開けた穴からこちらを見ていた。

 サングラスをかけているのは凜々果だけれど、新聞がかけたみたいになっていて、きっと今じゃなかったら笑っていたと思う。あと、うん。足は閉じようかお嬢さま。


「凜々果、た、助け――」


 ズダダダダダッ、ずぼぼぼぼぼ!


「あやみんさまあああ! 私めが助太刀いたしますううう!」


 物凄い勢いで向かって来てくれたのは、凜々果ではなくセバスだった。相変わらず凜々果に劣らず足が速い。

 そのセバスの後方で、凜々果の顔が新聞を突き破った。もうこっちにおいでよ。


「んん、美鳥のばか……もう、だめ。セバス来て、は、早くどうにか、んんして!」

「あ、あやみんさま……! もちろんですよ……!」


 この際セバスでもいいと、私はプライドを捨てて命乞いをした。

 けれどこれが間違いだったようだ。


「「させるか!」」


 花林と茉鈴は息の合ったコンビプレーで、上手い具合にセバスの足を取った。

 セバスは私に腕を伸ばしながら倒れ込む。セバスのがっしりとした大人の身体が私を包んだ。


「きゃ!」

「あやみんさま……!」


 ザバーンッ☆


 ぶくぶくと泡を立てて水中を潜っていく音がした。

 背中に回された硬い腕を振り解いて、私は慌てて海面から上半身を起こして顔を出す。肺いっぱいに空気を送り込んだ。

 視界が晴れるとセバスが目の前にいた。当たり前か。でもなんか、後ろに立つみんなと一緒にぽかんとしていた。

 セバスの頭の上に、身に付けているはずのピンクのビキニが乗っかっていた。


「あやみんさま美味しそう……♡」

「し、死刑ーーーー!!」

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