侵入者

「どうぞ降ろして下さいませ。こちらに敵意はございません」


 銃口の先にはアンティークさを感じさせるメイド姿の女性が、赤い花束を抱えて立っていた。銃口を向けられているのに、一切、動揺を感じさせない落ち着いた声。肩に届く黒髪にレース付きのカチューシャ、そしてエプロンドレスと現実では初めて目にする姿だ。


 歳は20半ばといったところか。


 この安アパートの部屋には酷く似つかわしくない恰好をした女性だ。


 僕が銃口を引けないのを見抜いてか、その女性がテーブルに歩み寄る。


 その女性の動きに銃口を合わせながら、牽制をする。


「撃てないとでも思ってる?」


「えぇ、殺意がありませんから。それに一発誤射したくらいなら問題ないと言いますから」


 避ける自身があるとでも言いたげに、その女性は微笑みながらそう返す。


「レニエ・ハイニッシュと申します。お見知りおきを──」


 レニエと名乗った女性がテーブルの上に優しく花束を置くと、バッドデイの残した汚れた皿を持ちシンクへと足を向ける。そして袖をまくると皿を洗い始める。


「もう少し良質な洗剤を用意して頂けると助かりますわ」


「僕が洗って欲しいって頼んだ?」


「頼まれる前に片づけて当然でしょう?メイドですから」


 動揺して鼓動が早くなっている。落ち着けようと意識的にゆっくりと深い呼吸に切り替える。相手には悟られないよう、気をつけながら。


 相手が誰なのか心辺りを探る。思い当たるのは──ブラインドマンかブレサイアの手の者のどちらか。この生きる時代を取り違えたかのような装いを見たところ、おそらく──


「ブラインドマンからの使いってわけ?」


「えぇ、ご推察通りですわ」


 僕は呼吸を鋭く吐き、構えていた銃を天井に向ける。


 敵ではないだろう。ここへやってきた意図は掴めないけど……


 それでも、状況は良くない方向に転がっているに違いない。


 レニエと名乗った女性が皿を洗い終わると、エプロンドレスのポケットから、レースの刺繍の施された品の良いハンカチを取り出して手を拭く。手を拭き終わり、ハンカチをポケットにしまう。テーブルに戻ってきて花束を抱え、そして僕の正面に立った。


「それで用件は?」


「貴方様をお招きするようにと、ご主人様より仰せつかりました」


「断ったら?」


「そうですね……生きてここから出るのに苦労されるかと」


 いきなり脅しか?僕は再び相手に銃を向けて構える。しかし、全く彼女は動じる素振りを見せない。感情が死んでるか、それともこのような状況に慣れ親しんでいるか──


「どうぞ外をご覧下さい。隠れるようにカーテンの影からそっと──」


 僕は彼女に銃を向けながらソファーから立ち上がり、窓際に近づく。そしてカーテンの隙間からそっと外の様子を伺った。アパートに面している道路に、黒塗りの乗用車が三台止まっている。よく目を凝らしてみる。車の中には、昨日と同じ黒服を来た男達が複数いるのが見えた。僕はカーテンを閉じて視線を戻す。


 しかし、視線を戻した先にレニエはいなかった。


 銃口を避けて、いつの間にか僕の隣へと音もなく歩み寄っていた。

「どうされますか?」


「あれはブレサイアの手下か?」


「あれだけの騒ぎを起こして、彼らに注目されないとでも?」


「どうやってここを調べた?」


「そこまでは存じません。でも彼らの力を甘く見ない方が宜しいと思いますわ」


 テーザーガンだけであれだけの相手をするのはいくら何でも無理だ。人を殺さずにここから出るのは正直難しい。昨日はバッドデイに止められていたが、殺したくないのは自分の信条でもある。それを曲げて人を殺すことになるか、それとも……


「ブラインドマンに会うよ」


 今のところ信条は曲げるつもりはない。彼女が手を貸してくれるなら、協力を仰いだ方が賢い選択だろう。彼女がどこまでの力を持っているかは分からない。しかし、ただ者ではないことは今までの挙動から伝わっている。


 問題はブラインドマンと関わりを持つことになるが……今は仕方ない。


「良いお返事を頂けて何よりですわ。それではこれをどうぞ──」


 彼女が赤い花束を僕に渡してくる。


 僕は思わずその花束を受け取った。


 彼女が花束の中に手を入れ、黒い棒のような黒い物体を取り出す。


 パチン──と乾いた音を立てて、その物体に付いていたプラスチック製のカバーを外す。中から赤いボタンが現れた。


 そして彼女は片手でカーテンを大きく開いた。相手から僕たちの姿が良く見えるように。


 見られていると知り、黒塗りの車から男たちが降りて来る。


「それでは御機嫌よう」


 にこやかに片手で手を振りながら、赤いボタンを押した。


 3つの車の下から爆発が起き、爆風が車と共に男たちを吹き飛ばした。


 その衝撃で窓が振動する。


「では行きましょう」


手を広げて丁寧に僕を外へと誘導する。


 僕は彼女を待たせないようにベルトで結ぶホルスターを腰に巻き銃をしまう。

ジャケットとコートを羽織り、それが外から見えないように隠して部屋を出る。

もう黒服達に襲われる心配はない。


 だから大人しく着いていかなくても良いのだが、約束を破ることがためらわれた。

それに、なぜブラインドマンが僕を招待したのかが気になっていた。それと彼と共に現れたガーデニアへの興味。僕は大人しくついていくことに決めた。


 彼女に案内されるその道すがら、スマホを手に取りバッドデイに電話を掛ける。しかし、応答はない。だからメッセージを送ることにした。『これからブラインドマンに会いに行くこと』それと『ブレサイア達に襲われたから、しばらく家に戻るな』と──


 爆発あったから、外には多くの人達が大破した車の様子を伺うように集まっている。


 アパートから少し離れた場所。クラッシクな黒色の車が停められている。その車に近づくと、彼女は後部座席のドアを開き、招くように車内へ手を伸ばした。


 乗れという事だろう。僕は素直に従い後部座席に乗り込む。


 僕が乗り込むとドアを閉め、彼女も運転席へと着いた。


「大変お手数を掛けますが、そこにある目隠しをして頂けますか?」


 どうやら行く先は秘密にしたいようだ。


「断ったら?」ダメもとだが聞いてみる。


「私とロンドン中をデートしたいのであれば、しないと言う選択もありますが──」


 やはり目隠しをしなければ連れて行ってくれないらしい。僕は後部座席に置いてあったアイマスクを付けると「これで良いだろ?」と彼女に返答を求めた。


「結構ですわ。それでは参りましょう」


 エンジンの音が響き振動が体に伝わる。ゆっくりと車が走り出した。

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