ブレス・オブ・ハンガー

血を吸った方はミイラ体に変貌したブレサイアの真後ろに離れると、地面にひざまづき手を組んで祈り始める。


 何かを祈るブレサイアの射線を遮るようにミイラ状になったブレサイアが立ち上がる。

射線上に立たれたせいで、狙いを妨げられる。


 祈りを捧げ終えたブレサイアの目の前に、巨大な魔法陣が浮かび上がる。教会の床が大きくえぐれ巨大な塊を形成する。3メートルをゆうに超える大きさ。人をはるかに超える巨大で異形の姿のゴーレムに変貌した。


──さっきのゴーレムと違って祝福の量が違いすぎる。


これだけの大きさを持つゴーレムを目の当たりにするのは初めてだった。

まるで映画やゲームに出てくるような怪物だ!


「ガーゴイル型だ。初めて目にするかね?骨が折れる相手だよ、中々にね」


 座ったまま、動じることなくブラインドマンが説明してくれる。


ミイラの様に干からびたブレサイアがフラフラと前に歩き出す。


「それとB・O・H【ブレス・オブ・ハンガー】と呼んでいる個体だ。奪われた祝福を取り戻そうと無差別に祝福を奪いに来るぞ。特に祝福量の多い者を好んで襲う傾向にある」


 祝福量の多い者……


あのブレサイアが祝福をほとんど使い切っていたとしたら、それは子供達だろう。


 祝福の大部分を消費し、焦燥した表情のブレサイアが再び祈りを捧げる。

そして、その姿がその場から消えた。


「子守りは頼んだぞ、ガーデニア!」


消えたブレサイアの後を追ったのか、そう言い残してブラインドマンが姿を消す。


「勝手ね──いつものことだけど」


ガーゴイル型が、力を誇示するように両手を広げて大きく咆哮した

 耳をつんざくその声に、耳の奥がキーンと悲鳴を上げる。

それでも僕はひるむくことなく子供達に向かって走り出した。

ガーゴイルが腕を振り上げ、僕に向かって振り下ろしてくる。

ためらうことなく僕は前進し、ガーゴイルの足元を滑りこむようにして潜り抜けた。

後ろから地響きと、床の砕ける音が響く。


僕のすぐ後ろの地面には巨大な腕が生え、床を砕いている。

ちゅうちょしていたら潰されてたな……

ホッとするが、すぐにその安堵感を振り払う。

今はそんなことを考えている場合じゃない。


僕は起き上がり、子供達に向けて再び走り出す。

バッドデイがコートの内側から手榴弾を取り出しピンを抜く。

その状態で少し待ってからガーゴイル体に向けて投げつけた。

手榴弾がガーゴイルの頭部の付近で爆発し、その頭を四散させる。

しかし、粉々になった頭はすぐに再生し始める。


僕がガーゴイルの近くにいるのにムチャするな。信頼してくれてるって証だろう。

──その信頼のせいで死んだらどうする‼


「こいつは十秒も時間が稼げなさそうだな……さて、どうしたもんか」


 ハンドガンを再び抱えながら、頭をポリポリとバッドデイが掻く。

 手榴弾が時間を稼いでくれた間に、僕は二丁の銃に弾倉を補充する。

この銃がどこまで役にたってくれるか分からないけど……

 B・O・Hとなったブレサイアが子供達に向かって駆けだした。


 瞳は窪み落ち、暗い穴だけが覗いている。この姿はもう死者とほとんど変わらない。

 ガーゴイルに集中したいところなのに、子供を狙って襲うコイツがいるのが厄介だ。

 僕は前進しながら両手の銃をB・O・Hに構える。そして両手の銃の引き金を引いた。

銃声と共に放たれた弾丸がやすやす相手の胴体を貫いた──


しかし少し怯んだだけで効いた様子は一切ない。相手は再び子供達に向けて駆け出す。

 

今度は連続で銃の引き金を引き続ける。相手に弾丸が当たるたびに少し仰け反るが、それでもお構いなしに、態勢を崩しながらも子供達に向かって歩み寄ろうとする。

横から来たバッドデイもB・O・Hに向けて銃を撃ち続ける。

二人の銃撃で子供達から引き離し、壁際へと追いやっていく。


 それも長くは続かない。弾丸を撃ち尽くし、ふたりとも、弾倉が空になる。

 少しの間、動きを止めていたB・O・Hが子供達を襲おうと、また走りだす。

 異常なくらいの執念だ。どうやってコイツを倒したら良いんだよッ。


僕は内心で悪態を吐きながら弾倉を補充する。


横から走って来たバッドデイが僕を追い越し、相手に肉薄する。

そして拳が届く距離まで近づくと右の拳を相手の顔面に当てて振りぬく。

しかし少し態勢を崩しただけだった。


でも狙いが子供達からバッドデイに変わる。

噛みつこうと両手を伸ばし、開いた口から覗く牙がバッドデイの喉元に近づく。

バッドデイはそれを焦ることなく右腕の外側に回ってかわして背後に回り込む。右手を相手の顎に沿って抱えながら左側の顔に添えて、左手を体の外から抱くように右の肩に回す。そして首をねじ切るように瞬時に力を入れた──

ゴキッっと鈍い音が辺りに響く。B・O・Hの首が折れて大きく傾いている。

首を折られたヤツは不自然に傾いた首の姿のまま地面に倒れる。


 でもすぐに動き始める。

倒れたB・O・Hが倒れたままの状態で、首を元の位置に戻す。

 これでも死なないのかよ⁉


 バッドデイも弾倉を交換する。僕と共に、立ち上がろうとするB・O・Hに向けて、ありったけの弾丸を打ち込んだ。

 その最中に後ろから咆哮が再び上がる。銃を撃ちながら後ろを振り向くとガーゴイルの首は完全に再生し、僕らを睨みつけている。

 どうやって倒せば良いんだよ、コイツらは。


 離れた場所にいたガーデニアがガーゴイルに向かって跳躍する。

 そして相手の首に飛び乗り、三日月型のペンデュラムを巨大化させて首を薙いだ。

 首が地面に落ち、ガーゴイルの体も地面に倒れる。

 ガーデニアがペンデュラムを縮小させ、今度はこちらに向かって跳躍する。


「ソイツから離れろ!」


ガーデニアの言葉に反応し、僕とバッドデイがB・O・Hから離れる。


空中でペンデュラムを振りかぶり、巨大化させながらB・O・Hに向かって放つ。

 巨大な三日月の刃がヤツを左右に分かれるように両断する。

 その両断された状態でも子供達に這いより、必死に手を伸ばす。

 だがB・O・Hの頭にガーデニアが着地し踏み潰す。続けざま三日月の刃を巨大化させる。両断したその体に向けて何度も振り下ろして、叩き潰し、活動を停止させる。


「おい! 少しそれてたら、どうなってたと思うんだよ!」


いきなり巨大な刃を投げつけられ冷や汗をかいた僕は、彼女に文句を言う。


「死んでたわね。なに? 殺されたかったの?」


ガーデニアが皮肉たっぷりに答えて来る。


「そんな訳ないだろ! それよりも──」


溜息を吐き、僕はガーゴイルに視線を向ける。


 太い両腕が頭を拾い上げると首の上に置く。すぐに断面が再生してく。

その代わりに左腕がボロボロと崩れてゆく。

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