第35話 作戦その五・???

 その日の夜。


 ベッドに横になったまことは、天井をぼーっと見つめながら、今日のことを思い返していた。


(今日は、ほんと濃い一日だったな……)

 

 朝から夕方まで……。


 誰も心配させたくないと思っている反面、心配されていることが、実は嬉しかったりする。


 ………………。


(管理人さんの『あれ』は……たまたまかもしれないけど)


 それは遡ること、数時間前。


 真がうさぎの部屋でゲームをしていたときのことだ。


 買い物から帰ってきた香織かおり琴美ことみは、一旦、各々の部屋に分かれた。


 琴美は汗を流すためにシャワーを浴びに、そして、香織は……


「ムフフフ……っ」


 一人ドヤ顔でトートバッグから出したのは、『初心者におすすめの和食の作り方っ!』と書かれた料理本だった。


 初心者におすすめ、という言葉に惹かれて買ってしまった。


 料理のレパートリーが野菜炒めだけじゃ……ねぇ?


「…………っ」


 真ちゃんに褒めてもらえる美味しい料理を……作ってみせるっ!!!


 そのために、帰ってくる途中のスーパーで買い出しを済ませておいたのだ。


「え~っと……にんじん、じゃがいも、玉ねぎ、お肉…――」


 それから、一時間後。


「よぉ〜しっ、できたーっ!」


 キッチンに声が響き渡った。


「ふふふっ……」


 禁断の儀式を行う魔女のような笑い声をあげながら、目の前にある鍋の中を見つめた……。


「あっ、そうだ!」


 真ちゃんに食べてもらう前に、琴美ちゃんに味見をしてもらおう!


 そうと決まれば早速、行動開始だっ。


 棚から出した器に一人分の量を盛り付けて、香織は部屋を出た。


 そして、階段を上がって真の部屋の前に来たところで、一番奥の部屋の扉がガチャリと開いた。


 そこから聞こえてきたのは、


「うさ先輩っ、徹夜は程々にしてくださいねー? あ、管理人さんっ」


 扉を閉めると、真ちゃんはトコトコ歩きでこっちに来た。


 今の歩く姿、可愛かったな……。


「兎ちゃんの部屋でゲームしてたの?」

「はい。先輩に誘われて……って、どうしてそのことを知っているんですか?」

「え、えっと……兎ちゃんの部屋から出てきたから、一緒にゲームをしていたのかなーって思って!」

 

 真は「ふーん」っと声を漏らしながら、香織の顔をじーっと見つめていた。


 そして、真が視線を下ろすと、香織が手に持つ器で止まった。


「肉じゃがですか?」

「!! う、うんっ。今日買ってきた料理本に書いてあって……作ってみたんだっ!」

「へぇー。美味しそうにできてますね」

「ほ、ほんとっ!? じゃあ、食べてみて!!  ……感想を知りたいから」

「いいですよ。じゃあ、部屋に入って――」

「こっ、ここで!! ……ここで、味見してほしい」

「え? でも、味見なら一人でも多い方が――」

「お願いっ!」

「? 別に、いいですけど」


 真は箸を受け取ると、味が染み込んだじゃがいもを口に運んだ。


「……ど、どうかな?」

「……ふふっ、美味しいですよ」


「ほんとに!? よかったぁ……っ」


 ホッと息を吐く香織。


「晩ご飯のときに持って行くね♪」

「っ!! は、はい……っ」

「えへへっ」


 ……。


 …………。


 ………………。


「うむ……」


 そういえば、どうして晩ご飯のとき、あの肉じゃが出てこなかったんだろう。


 うーん……。


 てっきり出てくると思って、覚悟を……おっと、これ以上言うのは止めておこう。


 一生懸命に作ってきてくれた管理人さんに失礼だ。


「あ」


 僕のためにハンバーグを作ってくれたのだから、今度、お礼に手料理でもご馳走しよう。もちろん、先輩たちも一緒にっ。


「くかぁ……すぅ……」


 横から聞こえてくる心地いい寝息。


「……ふっ」


 琴美が、布団の上で大の字になって眠っていたのだ。


 この寝顔を見て、眠たくならない人はいないはずだ。


 ちなみに自分も、


「ふわぁ……。おやすみ……」


 真はゆっくりと目を閉じたのだった。




 また遡ること、数時間前。


「ルンルンル~ン♪」


 頬が緩みっぱなしの香織は、器と箸を持って部屋に戻ってきた。


「さすが私っ! やればできるじゃ~ん♪」


 キレイになくなった器を見るたびに、「えへへ……っ」と声が漏れてしまう。


「……そういえば、まだ自分で味見をしてなかったっけ」


 香織は、別の箸でキッチンの鍋からじゃがいもを一つ取ると、


「どれどれ~」


 それをパクっと口に入れた。


「ん? ……んんッ‼︎? かっ……辛ぁぁぁああああああああーいっ!!!!!


 香織は慌てて冷蔵庫からお茶のペットボトルを出すと、一気に流し込んだ。


「ゴクッ……ゴクッ……はぁ……」


 あれれ……? 肉じゃがって、甘いんじゃなかったっけ……? 


 一口食べてすぐに、その塩辛い味にやられてしまった。


 どうやら、塩と砂糖を間違えてしまったらしい。


「ということは、真ちゃん……」


『……ふふっ、美味しいですよ』


 あの笑顔は……気づいてたんだ。それで、私に気を遣って……


「…………っ」


 真の気遣いに気づいて、思わずキュンとする香織なのであった。

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