第3話 真先生の料理教室?

 アパートの紹介をしてもらっている間に、すっかりお昼の時間を迎えていた。


 僕が、なにを食べようかと考えていると、管理人さんがざるそばをごちそうしてくれたのだけど……。


「美味しかったね♪」

「そ、そうですね……」


 そばは茹で過ぎでふやけていて、あんなに噛み応えがなかったのは初めてだ。


 その昼食の途中で、この後の予定を聞かれて買い出しに行くと伝えると、『私も行くっ!』の二つ返事が返ってきたのだった。


 そんなこんなで、管理人さんに案内されて、近くにあるというスーパーへとやってきた。

 

 アパートから徒歩で五分。


 ここには、これからなにかとお世話になるだろう。


「真く……ちゃん? 行くよーっ」

「あっ、はいっ」


 カゴを乗せたカートを押しながら、コーナーを順番に見て回った。


 野菜や果物、肉、魚、お総菜など、売られているものは一般的なスーパーと変わらないが、管理人さんが勧めるだけあって品数が他の店より多い気がする。


 とはいえ、予算は決まっているため、買いすぎないようにしないと。


 そういえば、まだ今日のメニューを決めてなかったっけ。なににしようかな……。


「ニンジン♪ キャベツ♪ それから~玉ねぎ♪」


 隣では、管理人さんが自作の歌を口ずさみながら、野菜を次々とカゴの中に入れていた。


 カゴの大半が野菜で埋まるという。


 八百屋でも始めるつもりなのか、と思ってしまうほどの量だった。


「……ちょっと入れすぎじゃないですか?」

「え、そうかなー? いつもこんな感じだよ?」

「…………」


 これはもしや……


「あの、ここ最近で野菜炒めを何回食べたか、覚えてます?」


「回数までは覚えてないけど、一年くらいかなー」

「一年……? 本当ですか?」

「イエスッ♪」

「………………」


 変わった人だとは思っていたけど、その予想を遥かに上回っていた。


 一日三食の内のどこかで食べているとするのなら、最低でも三百六十五回、野菜炒めを食べていることになる。


「……よく飽きませんね」

「えへへへ〜っ。そんなに褒められると照れるなぁ〜」

「褒めてませんけど……」


 それより、見落としてはいけないことがある。


 ……三百六十五回作っているはずなのに、炒め方が……。


「あの……野菜炒めを作るとき、材料はいつもどの順番で入れてますか?」

「まとめてフライパンにドバンッ! だけど?」

「……キチンと手順を踏んだ方が美味しくできると思いますよ?」

「つい忘れちゃうんだよねーっ。えへへっ」


 ……なるほど。どうりで野菜ごとに固いものと柔らかいものがあったわけだ。


 今の説明だけで思わず納得してしま――




「――ママーっ♪」




「っ!!」


 突然、遠くから聞こえたその声に反応して、真はバァッと振り返った。


 どうやら、小さな女の子がお菓子の袋を持って、お母さんのところへ持って行っていたようだ。


「…………」

「? どうしたの?」

「!! なっ、なんでもないです……っ。つ、次行きましょう……!」

「う、うんっ。……?」


 それから、数十分後。


 セルフレジで会計を済ませて、エコバッグに買ったものを入れた。


 ちなみに、管理人さんのエコバッグはこちらのよりパンパンだった。


(確か……ポテトチップスの袋と大きいペットボトルのジュースを入れていたような……)


 そんなことを考えながら、アパートに帰る道を進んでいた。


「重い? 持とうか?」

「え……」


 それぞれ、野菜とお菓子がパンパンに入ったエコバッグを持つ管理人さんに言われた?


「い、いえ、これくらい大丈夫……ですっ」


 とは言っても……ちょっと買い過ぎたかもしれない。


「ねぇ、真……ちゃん。今日の晩ご飯、なにするのか決まってる?」

「まだなにも決まってませんね」


 結局、買い物の途中では思いつかなかったから、基本的な食材を揃えることにした。


 まぁ卵があればなんとかなるだろう、という楽観的な考えなのだけど。


 玉子焼き……オムレツ……オムライスもいいな。シンプルに卵かけご飯もいい。


 多種多様な対応力を持っているのが、卵だ。


「管理人さん。ちなみに、今日の晩ご飯って――」

「野菜炒めだよっ!」


 やっぱり…………こうなったら。


「あの」

「ん? なぁ~に?」

「今日は……僕が作りますっ」


 ……。


 …………。


 ………………。


 キッチンに、エプロン姿の僕と管理人さんが並んで立った。


「どう~? 似合う〜?」

「とても似合ってますよ」


 いろいろな意味で不安が勝ったので、ちょっとした料理教室を開くことにしたのだ。


「よぉ~しっ、やるぞーっ!」

「管理人さん、危ないので包丁を振り回さないでください」

「あっ、あはははっ」


 はぁ……。まずは包丁の使い方から教えないと……。


 一瞬でも目を離そうものなら、このキッチンが血の海と化してしまう。それだけは……


『野菜炒めの作り方』


 その一。まず、中火で熱したフライパンで豚のこま切れ肉を炒め、きちんと火が通ったら、塩こしょうで味付けをして一度取り出す。


「エイヤァァァーッ!」


 その二。フライパンを強火で熱してから、ニンジン、もやし、キャベツを順に炒めていく。


「おりゃあああーっ!」


 その三。キャベツがしんなりしてきたら、さっき炒めた豚のこま切れ肉とお好みのソースを入れて、味をなじませる。


「ふん……っ! ふん……っ!」


 そして、器に盛りつければ……っ!


「ふぅ~……完成~~~っ♪」


 皿の上で野菜炒めが美味しそうな湯気を立てている。


 ぐぅぅぅぅ~~~~~。


 二人のお腹から、空腹を知らせるサインが鳴った。


「「あはははは……っ」」


 目を合わせると、自然と口から笑みがこぼれた。


 野菜炒めの他に、前もって炊飯器で炊いておいたご飯、ネギと豆腐の味噌汁。どれも、とても美味しそうだ。


「真く……ちゃんって」

「呼び方はどっちでもいいですよ? 恰好が格好ですし」

「そ、そう? じゃあ……真ちゃんって、とても手際がよかったけど、料理が得意だったりするの?」

「料理が、というより家事全般が得意です」

「へぇ~っ。すご~いっ♪」

「えへへっ、これでも『ママ』ですから」


 褒められると、つい照れてしまう。


「そうなんだーっ」


 …………え?


「じゃあ、早速食べましょうか」

「う、うんっ」




 ………………ママ?




 それから、できた料理を折り畳み式のローテーブルの上に置いていると、ピンポーンと音が鳴った。


「はぁ~いっ♪ あっ、私が出るよーっ」


 管理人さんは満面の笑みで玄関に向かった。


 あの……ここ、僕の部屋なんですけど……。


 まあ、管理人さんだから、いいの……かな?


 すると、部屋に入ってきたのは、


「おっす~」


 半袖半ズボンのスポーツウェアを着た美風先輩だった。


「グッドタイミング♪」


 ……なにが?

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