第2話 お隣のお隣さんは、サッカー少女

 ピピーッ、ピピーッ。


「んん……っ」


 ピピーッ、ピピーッ。


 枕元で鳴っている目覚まし時計を止めて、ゆっくり目を開けると、見慣れない天井が視界に広がっていた。


 夢の中……というわけではないらしい。


(……そっか、昨日からこっちで新しい生活が始まったんだ……)


 来週からは高校生としての生活も始まる。


 期待と不安の両方が頭の中で渦巻いているが、考えてもしょうがないし、顔でも洗ってスッキリしよう。


 ベッドから起き上がって洗面所に向かうと、冷水で洗った顔をタオルで拭いて、鏡を見た。


「……よしっ」


 そこに映る自分はどこか引き締まって見えた。


 ぐうぅぅぅ……。


「あ、あははは……」


 気合い入れて早々、これか……。


 昨日は簡単なもので済ませたから、実はお腹がペコペコだった。


 備え付けの冷蔵庫を開けて中を見たが、昨日来る途中で買った飲み物のペットボトルが入っているだけ。


 本当は昨日の夕方に、近くにあるというスーパーに買い物に行こうと思っていたのだけど。


『いっぱい食べてねっ!』


 と、管理人さんに夕食をごちそうしてもらった。


 ご飯とお味噌汁と野菜炒め。


 とてもありがたかったけど…………ニンジンが固かったのは、内緒だ。


 でも、どうしよう。これから買い物に行ってもいいけど、腹の虫を抑えられる自信はない。


「うーん……。行くしか――」


 ピンポーン。


「ん?」


 こんな朝早くに誰だろう……?


 不思議に思いつつ玄関まで来ると、扉の向こうから声が聞こえた。


「真……ちゃん、起きてるーっ?」


 この声は、管理人さん?


「はいっ、起きてますよ」


 扉を開けると、朝の日差しをバッグに満面の笑みを浮かべる彼女が立っていた。


「おはよう♪」

「お、おはようございます。あの、僕になにか……え」


 彼女の手には、野菜炒めが乗った皿があった。


 ……どうやら、今日の朝ご飯問題は解決したらしい。


 じーーーーーっ。


「な、なんですか?」

「……部屋の中は普通なんだね」


 香織がこっそり楽しみにしていた、真の部屋着姿。


 てっきり、可愛い格好をしているとばかり思っていたのだけど。


 真の格好は、白のTシャツと黒の短パンというシンプルなもので……。


「むぅ……」


 香織からすると、完全に不意を突かれる形だった。


「ああぁ。まだ、なにもありませんからね」


「それはそうなんだけど……。まあなんでもいいや♪ 真……ちゃん!」

「は、はいっ」

「えへへっ、一緒に食べよっ!」

「あははは……たっ、食べましょう……」


 朝から全くテンションの異なる、二人なのだった。




 今日はこの後に、他の部屋の住人さんを紹介してくれるということで、洗った食器を戻しに行った管理人さんを待っていた。


 いつものワンピースにも着替えたし、準備万端だっ。


 初対面なのだから、身だしなみはもちろん、言葉遣いにも気をつけないと……。


 ちなみに、今日はニンジンだけでなくキャベツも固かった。料理が得意そうなイメージだけど、そうではないらしい。


 ……本人は、自信満々な顔をしていたけど。


 ピンポーン。


 おっ、噂をすれば。


 ガチャリと扉を開けると、


「じゃあ、行ってみようーっ♪」


 ……。


 …………。


 ………………。


「ここだと、真……ちゃんが一番若いねっ」

「え、そうなんですか?」

「うんっ」


 てっきり、同級生の人がいると思っていたけど。


「最初は、ここっ」


 二人で廊下を進むと、二〇三号室の前で止まった。どうやら、二〇二号室と二〇五号室の学生さんは実家に帰省きせいしているため、今はいないとのことだ。


 また今度、挨拶するとしよう。


 ピンポーン。


「蘭ちゃ~んっ、私だよ~」


 ………………………………。


 ピンポーン。


 ………………………………。


「あれ~?」


 管理人さんがインターホンを押したのだが、中からの返事はなにもなかった。


「いないみたいですね?」

「おかしいなぁ。この時間なら、朝練から帰って来ているはずなんだけど」


 朝練?


 すると、下の方からボールを蹴る音が聴こえたかと思ったら、サッカーボールを抱えた少女が階段を上がってきた。


 彼女のショートの黒髪は汗で濡れていて、パッと見ても運動した後だということがわかる。


「香織さん、あたしになんか用~?」

「あっ、蘭ちゃん、まだ練習してたのー?」

「最近、全く体を動かしてなかったからさー。ところで……誰?」

「ふふっ。新しくここで暮らすことになった、鈴川真く……」

「く?」

「えっと……真ちゃんだよっ!!」

「ふーん。てことは、ウチの学校の新入生?」

「そう!」

「へぇー。困ったことがあったら、なんでもあたしに相談しなっ」


 と言って、彼女はトンっと自分の胸を叩いた。


「あたしは美風蘭みかぜらんっ。よろしくなっ!」

「蘭ちゃんは、真ちゃんの一つ上の先輩さんだね」


 先輩……っ!


「よっ、よろしくお願いしますっ! 美風先輩っ!」

「先輩……うんうんっ、大船に乗ったつもりで――」

「じゃ、次行こっか」

「ちょいちょ~いっ!」


 次に行こうとする管理人さんを、美風先輩は慌てて止めた。


「どうして途中で行こうとするかなーっ?」

「えぇ~。だって、蘭ちゃん。すぐ調子に乗るんだもんっ」

「乗ってません~っ!」

「どう~かな~?」


 と言って、二人は笑みを浮かべた。


 これが、二人にとってのいつものやり取りなのだろう。


 それから、美風先輩がシャワーを浴びたいということで、立ち話はここでお開きとなった。


「髪濡れたまま寝ないようにねぇ~。また風邪引いちゃうよ~」

「わかってまーすっ」


 そう言って、美風先輩は部屋に入っていった。


「ふふっ、じゃあ次は隣の部屋だね♪」

「はいっ」


 二〇四号室。この部屋には、どんな人が住んでいるんだろう?


「起きてるといいんだけど……」



 と呟いて、管理人さんはインターホンを押したのだけど、案の定と言うべきか、


 ………………………………。


 美風先輩のときと同様、中からの反応はなかった。


「やっぱり……。そういえば、昨日、カラオケに行ってくるってノリノリな声で言ってたっけ」

「カラオケ、ですか?」

「うん……。二人とも、毎回徹夜で帰って来るから……」

「え、二人で住んでいるんですか?」

「双子の姉妹だからねっ」

「へぇー」

「いつもテンションが高くて、とっても仲良しなんだけど。しょうがない、また今度出直そっか」


 そう言って、管理人さんは「はぁ……」とため息をこぼした。


「あははは……」


 今日、紹介してもらえたのは、二〇三号室の美風先輩だけか。


 他の部屋の人たちって、どんな人たちなんだろう……?

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