第4話【仮説】

 初任務。緊張してきて、ハンカチで額の汗を拭う。

「大菅さん」

「蓮でいいったら」

「エニシダさんに訊いてた犬とラジオって何のことなんです? それに捜索するのはこの女子高生なんですよね?」

 手元のA4のプリントには、行方不明者の簡素な資料。

「こんなに簡単な資料で見つかるんですか?」

「だから犬とラジオなんだよ」

 いまいちこの大菅蓮おおすがれんという人物が解らない。ふざけているようには観えないのに、軽薄さというか飄々とした感じは滲み出ている。

「失踪事件の捜査もするんですね」

「しないよ」

 破顔一笑された。

「僕らの任務はあくまで捜索した対象を保護すること。そしてお見送りをする。それだけだよ」

「でも」

「失踪事件は警察、それも生活安全課とかの仕事だよ。世間一般的にみて、そんじょそこらに名探偵はいないのさ」

「はぁ……」

 最初にプリントを渡された時は、入念な聞き込みから霊体を見つけるものと思っていた。

 しかし、この口ぶりだとあくまで我々、心霊庁の職員は死者を扱う。

 そこまでは解る。分かるけど犬とラジオって何なんだ?

 もっとエニシダさんに訊けばよかった。

「それにね公平、まだ死んでるとは限らないだろ」

 迂闊だった。心霊庁捜索課保護係に依頼が来る=死者というのも違うらしい。

「行方不明者が死んでてその可能性も考慮して警察はうちらに簡単な資料を渡してくるけど。死んでないに越したことはないだろ?」

 真っ直ぐな眼でそう言われると、何も言えなかった。

 国道から外れたところの喫茶店は、窓ガラスが割られたままになっていた。

 多分、震災のままなのだろう。看板も傾いていた。

 不用心だが、家主がもうすでにいないのかもしれないと思うと、首を振った。

 こんなことで動揺していたらこの先もたない。

 かと言って、全く被災者のことを考えない機械化された人間には成りたくなかった。

 まだ初任務、初任務と心の中で言い聞かせて平静を装う。

 心のバランスを保つのは昔からしてきたことだ。

 市内を一周するバスが通った。

 年寄りが多かった。

 まだ舗装もところどころ斑で、バスは弾みよく揺れていた。

 もうすぐそこだよ、商店街。その声でハッと蓮を見た。

 綺麗な白髪、白い肌。男性にしては華奢。

 よくこの体で自分を組み伏せたなと思う。

 身軽さは想像がつくが、あの力強さはなんだ。

「どったの?」

「すみません」

「なぜに謝る」

 と不思議そうな顔をして大菅蓮はコロコロ笑ってまた髪をいじっていた。


「大菅さん」

「蓮でいいったら、で何かな」

「保護は何となく分かるんです、けど実際、霊体の捜索って具体的にどうするんですか? どうやってその」

「うちの班には、うってつけの二人がいるんだ」

「うってつけ?」

「だからさ、犬とラジオだよ。会ったら分かるよ」

 会ったらって。

 商店街も、過疎化の波には抗えず寂れていて、アーケードの屋根もところどころ錆びていた。

 生活に必要な場所だからか、補修されたあとがツギハギのように目立つ。

 視界にはオープンテラスのカフェ。

 緑の看板に白抜きの文字でペット同伴可能と書かれていた。

「その二人はよくこの商店街でランチしてるんだ。……あ、いたいた。おーい」

「うるっさい白すけ。またなの?」

「う〜す。まただよ〜」

「せっかくたつみのためにおしゃれしたのに最悪よ」

「相変わらず弟想いなことで」

「ぶ、ブラコンていったらあの世に送ってあげる。で、そいつは?」

 ツインテール、白いフリルと黒のAラインスカート。ピンクのバッグを携えた女性が不機嫌そうに足を組んでテラス席に陣取っていた。

「ふ、不動公平ふどうこうへいと申します。よろしくおね」

「クンクン」

 いきなり顔を近づけられて匂いを嗅ぐ仕草にのけ反る。

「ダメねあんた。匂わないわ」

「へ?」

霊臭れいしゅうゼロって逆に怖いんですけどウケるわ逆に、そう逆に」

霊臭れいしゅう?」

「この人は堂本巴どうもとともえ、霊の匂いを嗅ぎ分けられる警察犬的存在」

「あんたね、何度も何度も言ってんでしょうが。あたしを犬扱いしたら逝かせるわよ」

「姉さん、また怒ってる」

 小柄な青年が眉をへの字にしてジュースを二つ持って立ち往生していた。

たつみ〜遅いわよ」

「ごめん姉さん」

「ううん、全然いいの。逆に待ってる間に巽のことを考えられたから至福よ至福。めくるめく夢の世界だったわ。こいつらが居なかったらね」

「う、うんそれは良かった」

「この人は堂本巽どうもとたつみ、巴の弟で霊波を感知出来る心霊ラジオ的存在かな」

「姉さん、この人どうかな?」

「却下よ却下」

 なんだろうと、首を伸ばすと捜索活動には関係のないマッチングアプリで、姉に男性を紹介しているようだ。

「あたしは独身でいいのよ。死んだら巽に保護してもらうの。キャ~それはヤバイかも、名案名案」

 うん。残念な女性だな。世の中は不公平で出来てるんだな。

 苦笑していたら、弟の巽の耳が少し動き、全身固まった。目の焦点がぼやけている。

 いつの間にか手にはICレコーダーが握られていた。

「助けて……助けて。ワタシは楽にナリタイ」

「えっと、あの」

「しっ、黙って聴きなさい」

「三丁目、□△が、……キレイ、ナノ」

 ところどころボイスチェンジャーで変えたような声色で話す堂本巽どうもとたつみは、目をつむり流れ込んできたであろう霊波をキャッチし続けていた。

 これがラジオと蓮が呼んでいた真相か。

「ハァハァ、ごめん姉さん。もう限界」

「ありがとう巽。もういいのよ」

 堂本巴は公平と蓮、二人にはうって変わって優しい声で巽を気遣う。

 録音したレコーダーを再生しながら、生々しい霊の声にいたたまれず、そっぽを向いた時、また黒猫がこっちを見ていた。

 公平は猫アレルギーの猫好きのため布手袋を反射的にめて近づこうと歩を進めると、真剣な眼差しの大菅蓮おおすがれんが腕を取る。

「公務中だよ公平」

「ご、ごめん。猫がいると夢中になってしまうんだ」

「猫カフェに行ったら卒倒しそうな人だね公平は」

 幼少期から猫だけが友達だった。猫は過去も思い出すが、その過去を塗り潰すだけの癒やしを公平に与えていた。

「ねぇ巴っちさ捜索活動に協力してよ」

「嫌よ。あんたの使いっぱしりはゴメンだわ」

 堂本巴は、頑として協力してはくれなかった。

「どうしてもダメ?」

「あんたの申し出はいやなの」

 じゃあ、と。数枚の写真をポケットから出した。

 声を潜めて。

「巴っち、この写真いらない?」

 巴がちらりと視線を移す。公平も見やると弟の堂本巽の写真、それも盗撮したものらしい。

「し、仕方ないわね」

 目の色を変えた巴は、写真をふんだくりバッグへ入れた。

「姉さん、それは何?」

「な、なんでもないのよ、巽」

 いくら重度のブラコンでも恥の精神は持ち合わせているらしい。

 顔を真っ赤にした巴が咳払いをして、協力してあげてもやぶさかじゃないけど、となぜか上から目線で応じてくれた。

 クンクンクンクン。レコーダーを再生させながらその霊波の匂いを嗅ぐ。

「巽が霊波の受信をしたのはどうやらその女子高生かもしれないわよ」

「どうしてそんなことまで判るんですか?」

 軽蔑した眼で「そのプリントにもあったわよね。親の証言では女子高生はハーブティーを買いに行ったっきり戻って来なかったって」

「ええ」

「そのハーブティー、私も飲むのよ。最期の香りがその匂いだった」

「じゃあ」

「でも、妙なのよ」

「何がですか?」

「石鹸の匂いも混じってるの」

 四人ともが押し黙った。

「ねぇ蓮。蓮は少し前に触る専門って言ってたよね」

「うむ、よく覚えてるね感心じゃのう〜」

「茶化さないで聞いてほしい。もし霊に触れるのなら女子高生の霊体を洗うことって出来ないのかな」

 巴と巽は目を見開く。

「キモい想像しないでよ、あんた変態なの?」

「ち、違っ。推測です推測。あくまでも仮説の一つというか」

「推測ねぇ」

 疑わしい眼で睨む姉、巴とはうって変わって蓮は目を輝かせていた。

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