第19話 魔剣士が過去話を聞いたら

 『落ち着け。深呼吸だ』


 「あ……ああああぁぁぁ──ぅ……っ!」


 『そうだ。そうやって、少しでも新しい空気を取り込め』


 ジュシュアの声が、俺の中にストンと入ってくることがわかる。俺は彼の言う通り、静かに息を吸って、吐いた。


 「はぁ……」


 『……』


 「すぅ……」


 『……本当はこんな感じで荒治療しない方がよかったのだがなぁ』


 「ふぅ……」


 さっきまで嵐のように荒ぶっていた気持ちが少しずつ収まり始めた。


 「すまない。助かった」


 『未熟だな』


 「……そうだな」


 本当に、未熟だ。これではどれほど時間をかけても刀を極めることができない。今は収まっているが、いつあの感情が溢れ出すか……そう考えるだけでも恐ろしく感じてしまう。


 「……今後、また起きるのか……?」


 『そうだな。我に押さえつけられようやく自我を取り戻す程度じゃあ、また起きるだろうな』


 「だよな……はぁ」


 憂鬱になってしまう。気分が最悪だった。


 「……今日は休もう。このまま進めば、きっと壊れる」


 『懸命な判断だ。我は衝動を抑えるための訓練だとか血走って次の層に行くと思っていたが……』


 「そんな馬鹿なことはしない。更に衝動が加速して抑えられなくなるだけだろ……まさかいたのか?過去に」


 『いた。そいつは刀を振うことが好きな少年だったが、衝動が彼の全てを狂わせた。その少年は一度自力で衝動を押さえた。それほどにまで強い天性の精神力を持っていたからだ。だが、彼はまたその衝動が襲ってくるのを恐れ、その衝動に


 「慣れようとした……?」


 『そうだ。そして実際、彼は本当にそれができてしまった。だがな、慣れることがいいことではない。衝動に慣れると言うことは──人斬りに慣れると言うことだからな』


 「……まさか」


 『刀が好きだった少年は、いつの間にか人を斬ることが好きになっていたのだ。それに、彼が振るっていたのは真剣ではなく、木刀だったのだがな』


 「……どう言うことだ?」


 『……それが、最終的には“人情無し”と呼ばれるような男になってしまったとある少年の悲劇だ』


 「……」


 『別に、情はあったのだがな。ただ人を斬ることが生きるための糧のようなものになってしまったせいでそう言われてるだけだ』


 「……そうか」


 でもその少年の気持ちがわかるかもしれない。


 さっきの俺も、ジュシュアの話に出てきた彼のように生き物を斬らないと生きていけない……そう思ってしまっていた。あれは一種の中毒症状のようなものだ。


 斬った瞬間心が満たされるが、それも時が経てば消えてしまう。そうしてしまうとたちまち不安が押し寄せ、斬りたい衝動に駆られてしまう。


 「……恐ろしいな」


 『……だがな、それも刀を扱うものにとっては試練と呼ばれるものなのだよ。我はそれを聞いて一種の狂気のようなものを感じた。別に、それを乗り越えずとも、他人の力を借りてそれを抑え込められたとて強くなれると思うのだがな……奴らはそうは思わなかったらしい』


 「……だが、これを乗り越えた先に俺が求めるものがある、なんて何の根拠もないがそんな気がしたんだ」


 『そんなこと、他の刀使いも言っていたな。やはり同じものを扱う者同士考え方は寄るのだろうか……』 


 「さてな。やはり刀を使っていると物足りないなって思う時があったからな。きっとそれが衝動に繋がったんだと俺は思うな」

 

 『……ふむ、まぁいい。一先ず大丈夫そうか?』


 「あぁ。問題ない。先に進もう」


 『うむ』


 その後、俺たちは今まで以上のスピードでダンジョンを駆け上がった。というのも、どうやら俺の実力が衝動が起こった前後で随分と上がったようで、その上がりようはジュシュアも驚いていたほどだ。


 「はっ!」


 「ガアアアア!?」


 『一太刀で二体同時、か。それも一体は断末魔を上げる暇さえ与えずに……』


 「なんだか、体が軽いんだ。嘘みたいに。自分の思い通りに刀を振るう事が出来ている。こんなうれしいことは無い」


 『ならいい。この調子なら本当に五年で踏破できるかもな』


 「実現させるさ。絶対に」


 そう言いながら俺は後ろを向き、刀に魔力を込め始める。


 前みたいに鬱陶しくなったから、ではなく、今度は明確な意味を込めて。


 「紫黒一閃っっっ!!!」


 今までよりも更に巨大で、大きくなった闇が目の前の敵を無に帰した。それは偶然と言うべきか、俺が初めて勇者と会った時に勇者との模擬戦で喰らった、“黄白無千”という技とほとんど同じだった。


 「ははっ」


 その事実に、俺は思わず笑みを浮かべてしまった。

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