第18話 魔剣士が狂ったら

 五十層に辿り着いた。既に一か月以上経っていると思われる。だが、ここまで一切陽の光を浴びないのだ、きっと体内時計が狂いに狂いまくっている。故にもう一年経っているかもしれないし、逆にまだ一週間しか経っていないかもしれない。


 まぁ、早くこのダンジョンを出れればそれでいい。目標は依然変わらず五年での帰還である。


 「ほいっと」


 「ッ!?ギャアアア!?!?」


 そして俺の刀に対する才能がジュシュアの言う通りかなりあったようで、既に十体の合成獣キメラ程度ならまとめて相手しても余裕で倒せるほどにまで成長できていた。


 『やはり成長スピードが凄まじいな。すぐに成長できるように指示を出したのもあるのだが……それでもやはり異常だな』


 「……何度死にかけたことか」


 『だがそうでもしないと成長できないだろう?』


 「それもそうだけどな。今では感謝しているさ、もちろん」


 これ程にまで成長できたのはきっとジュシュアという、2000年も生き、数多の英知を蓄えていたこのドラゴンのお陰でもあるのだろう。彼の言葉一つ一つにはちゃんと長年培ってきた経験と知識に裏付けされた自信があった。


 だから俺はそれを真っすぐに信じて彼の言う通りにここに来るまでトレーニングと言う名の地獄を潜り抜けたのだ。


 『刀……遥か北の大地にて伝わる特殊な武器。それを極めたいのなら実践を積み重ねるしかない。それは剣や魔術みたいに基礎基本を繰り返して動きを身に沁みらせる必要が無い。というか、そうしてしまうと却って邪魔となるだろう。まぁ、剣道を磨きたいのなら話は別だが……お前がそれを欲するとは思えないからな』


 「けんどう?」


 『少なくとも、今のお前には知る必要のないものだ。忘れろ。まぁ、そうだな。一応素振りだけは続けろ。刀を振るっている間はたとえどんなことがあっても。ぶれない芯を得るためにも、素振りだけはしとけ』


 「あぁ……」


 俺はその話をうわの空で聞いていた。何故か。それは殺し合いが終わった後で、まだ体が昂ったままだったからだ。


 俺の体が、もっと殺し合いを求めてしまっている。


 「……っ」


 俺はそれを無理矢理自分の中に抑え込んだ。明らかに、今の自分はおかしいことがわかる。


 『……呑まれかけているな』


 「っ、ジュシュアっ、これ……どうすれば……」


 『知るか。お前自身で何とかしろ。まぁそうだな。これも一つの試練だ』


 「そうっ……かよ……」


 今すぐこれを解放すれば気分は楽になるだろう。そうなれば、まず最初に俺はジュシュアに刃を向けてしまう。そして俺はすぐにお陀仏だ。


 「次の……層に行こう」


 『……そうだな』


 そして俺たちはすぐさま五一層へと足を踏み入れた。しかし前と変わらず目の前に広がる光景は岩の洞窟で、出てくる魔物も合成獣キメラだけだ。


 「はぁ……はぁ……ふっ!」



 ザシュッ!



 斬る。さっきよりも肉が少しだけ硬い気がしたが問題ない。だが、気分が悪くなった。斬った時に違和感を感じてしまったからだ。


 ──抵抗感を、もっと無くしたい。


 ──快感を、もっと得たい。


 「っ!?」


 俺はハッとしてすぐにそんな戯言を頭から払い落とした。


 「ああああ!!!」


 がむしゃらに刀を振るい、また一体、合成獣キメラの首を落とした。


 『……刀を──いや、人斬り包丁を扱う誰もが通る道……ここが、正念場だな。理性を保つのか……それとも』


 ジュシュアが何か言っているが、そんなことに意識を割く余裕など今の俺にはなかった。


 (くそっくそっくそっ!!消えろよ雑念……!)


 「うおおおおおおお!!!!」


 「ヴァアアア!?!?」


 「暴圧斬!!」


 「ヴォオオオ!?!?」


 俺は空気の塊がそのまま刃になったかのような斬撃──暴圧斬を放ち、それによって一気に三体の合成獣キメラが命を散らした。


 直後、俺は後ろを向き、首筋目掛けて突いてきた爪を受け止める。そして刃の上で相手の爪を滑らせ地に落とし、空いた腕を切り落とす。


 「ガアアアア!?!?!?」


 「双斬り!」


 返す刃で目の前の敵の首を刎ね、断末魔さえも出ずに絶命した。


 「紫電一閃!」


 そしてとうとういちいち相手にするのが面倒になった俺は紫電一閃で合成獣キメラ数十体をまとめて葬り去った。


 「はぁ……はぁ……」


 もっと斬りたい……っ!


 「っ!?」


 苦しい。うまく呼吸が出来なくなってきた。衝動を、抑えきれない……っ!


 「アアああああああアアアああ!!!!!!」


 いくら叫んでもなにも変わるわけがないのに、俺はこの苦しみが少しでも和らいでほしくて、この衝動が少しでも外に出て欲しくて、ただただ叫ぶことしかできなかった。


 「っ!!!」


 『……ここまで、か。おい、リオン』


 自然と刀を握る力が強くなる。


 そして遂に俺は衝動を抑えることが困難となり、無意識に刀に魔力が流し始めた──その時だった。





 ガンッッッ!!!





 『──落ち着け』


 「っ!?」


 ジュシュアが、そう言って俺の頭を掴んで地面にたたきつけた。

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