第1話

「それって、クビってことですか!?」

長椅子に座った僕は向かいの長椅子に座る僕とは二十歳はうであろう筋骨粒々で無精髭の男性と長椅子の近くに立つボブカットの髪型と整ったか顔立ちが印象的なメガネをかけた女性に向けて、そう言い放った。

「クビとは言ってないわ。来季以降の契約は行わないと申しただけ。誤解を招く言い方はしないでください、ナリオ臨時ギルド員」

名を呼ばれた僕は、女性のきつい言葉にばつの悪そうに下を向いた。

「ですがエリー副長……。急に言われましても、その……」

「我がギルドの決定に異論があると?」

先程よりも語気を強めた言い方に、僕はもちろん、向かいに座る男性ものけぞった。

「ま、まあエリー、落ち着けって」

「私は落ち着いていますよ、カルデアギルド長」

「確かにお前は冷静沈着だけど、そうじゃないんだよなぁ」

ギルド長はそう呟いて、困ったように頭をかいた。

「俺が言いたいのは、来季契約の話がなくなった理由くらいは話してやれってことでな」

「彼に話したところで、我がギルドの現状は何も変わりませんよ」

「変わらなくても納得はするかもしれないだろ?」

「……はあ、分かりました」

深いため息をつくと、エリー副長は僕に向かって。

「あなたと来季契約を行わない理由は、我がギルドの新規事業のためなの」

「新規事業……?」

「まず、基礎的な質問をしましょうか。我らギルドが何のためにあるか、それは知っているでしょう?」

「えと、『冒険者への安全』と『依頼者への安心』のため。あと」

息継ぎをせずに、僕は言う。

「『世界から禁竜の被害をなくすため』です」

この世界には多くの巨大生物が存在する。

大きな翼とするどい鉤爪で制空権を支配する翼の生えた蜥蜴。

大きな牙と俊足で大地の圧倒的捕食者となった強大な獅子。

水中を美しい天使のように舞い、目写る生物を悪魔のように襲う巨大な大魚。

何物の爪牙をも通さぬ強固な甲殻を背負う巨重な大亀。

これらの中で一体でも出会したならば、命はそこで終わるだろう。

人が出会えば、人命が終わる。

国が出会えば、国命が終わる。

出会ったが最後、不運としか言いようがない理不尽と暴力の災害。

そんな巨大生物を、人は恐れをこめて『禁竜』と呼んだ。

「その通りよ、ナリオ臨時ギルド員」

僕の言葉を肯定するエリー副長。

「我々の仕事は、禁竜に立ち向かう冒険者のアシストと、冒険者と仕事を依頼する依頼者のパイプ役。そして何よりも、世界中に存在する禁竜の監視と把握。ギルド職員の仕事は、国民の命を守ること。いや、世界中の人間の命を守ることに繋がるわ。なのに!」

「ひっ!」

それまで淡々と話を進めていたエリー副長が急に大声を上げたことに僕は小さく悲鳴を上げ、黙ったままのカルデアギルド長は、再び体をのけ反らした。

「各ギルドの予算を削るとは、総ギルドは何を考えているのか!我々のような大型ギルドだけでなく、地方ギルドさえも予算削減ですって!冒険者たちの移動から怪我の治療や退治する禁竜の情報!果ては老朽化した保有施設の補修やギルド自体の修理、ギルドで働く職員の給料まで!何から何までお金がかかるのに、バカの一つ覚えに削減削減なんて!総本部は私たちの苦労など何一つ分かっていないのよ!」

「エリー副長……」

「エリー、落ち着けって……」

僕とカルデアギルド長は萎縮しながら、エリー副長をなだめた。エリー副長も我に返り、右手で口を隠しながら。

「申し訳ございません。つい」

「まあ、文句を言いたくなる気持ちは分かるがな。そんで、だ。ナリオ」

カルデアギルド長はエリー副長から僕へと視線を移す。

「うちのギルドは、深刻な資金不足なんだ。そこで、うちでは独自に資金集めを行おうと考えていてな」

「資金集めですか」

「そうだ。他のギルドでは、もうすでに自分等で資金集めしてるところもある。うちもそれに乗っかろうって話がでてな」

「はあ。なるほど」

「それで、その、なんだ。その新事業のためにだな。金が必要になってだな。それで、えと……」

「あなたをクビにして、浮いたお金を新事業の足しにしようという話が、ギルド内で出てきたの」

「エリー、お前そんなストレートに言わんでも……」

「話せと仰ったのはカルデアギルド長ではありませんか?」

「そうだけども、言い方ってもんが……」

「ですので」

眉間にシワを寄せて、困った顔をするカルデアギルド長に対し、エリー副長は表情一つ変えずに話を遮った。

「ナリオ臨時ギルド員。以上の理由から、あなたとは来季契約を行わないわ」

「………………」

エリー副長の言葉を聞き、僕は無言でうつむいたままだだった。エリー副長とカルデアギルド長も無言のまま。

「ここまでは、ギルド副長としての意見」

沈黙を破ったのはエリー副長であった。

「本音はね、ナリオ。私もカルデアさんも、あなたには辞めてほしくないのよ」

「えっ……」

僕はうつむいていた顔を上げ、まっすぐにエリー副長を見つめた。

「あなたが姉さんの息子、私の甥ということを差し引いて見ても、あなたはギルド内で優秀な職員だったわ。ギルド長、カルデアさんもそれは認めてくれてた」

「ああ。出きることならお前を正職員にしようとしたんだがな。だが、ギルドの幹部連中が一向にクビをたてに降らなくて。なのに新採用は毎年とりたがるんだ」

「どうせ縁故採用が目的でしょう?」

「だろうな。しかも来る奴らは、へそ曲がりの若造ばっかだしな」

「仕事もできない半人前なのに、プライドだけはいっちょ前なのよ。特に昨年の新人二人。本当にイライラする」

「ま、言ってやるなよエリー」

「そんななかで経費削減と新事業開拓。普通なら切るのはナリオではなく今年の新採用を止めるべきでしたよね」

「俺もそう考えて会議の場で幹部の奴らに言ったんだがなぁ……」

新事業のために新採用を取らないと言うのは如何なものか。

常に新しい職員を取るべきである。

しかしギルドも金回りを良くしなければ、今後の経営に関わってくるぞ。

そうだ、新採用を取らない変わりに嘱託を1人クビにすればいい。

そうだ、そうしよう。

「そうしよう、じゃねえよ。考えて物を言ってくれと思ったわ。正直、付き合ってられないが俺はギルド長だ。そうもいかねぇ」

ナリオ、と。

カルデアギルド長は僕の目の前に、袋の包みをゴトリと音を立てながら置いた。

「えっと、これは……?」

「退職金だ。ざっと金貨三十枚は入ってるの」

「三十枚!そんな!そんなにもらえませんよ!」

「いいのよナリオ。いいからもらって」

「ああ。むしろ、少ないぐらいだな」

「で、でも!僕が一季節無休で働いたって五十枚ギリギリだったんですよ!なのに辞めるだけなのに三十枚なんて……」

「ちょっとまてナリオ。今なんて言った?」

「え?」

「『一季節無休で働いたって金貨五十毎ギリギリ』って言ったかしら?」

僕が目の前の袋がどれだけの価値があるかを熱弁しようとすると、カルデアギルド長はエリー副長は僕の話を止めた。

「えと、そうですが……」

「おいエリー。うちのギルドの勤務時間はどうなってんだ?」

「正職員全員、週休二日と有給はとってます。おおよそ、バカな職員がナリオに仕事を押し付けていたんでしょう」

「しかし一季節を無休で働いて金貨五十枚。どう思う?」

「無休で働いたというナリオの話が本当ならば、呆れるほど少なすぎますね。確実に違法労働です。普通にナリオに訴えられたら、ウチのギルドはぐうの音も出ずに負けますよ」

「だよなぁ……」

「う、訴えたりしませんよっ!今までお世話になっていたんですから、恩を仇で返すようなまねはできませんからっ!」

「ギルド長。私の甥っ子、良い子でしょう?このギルドはこんな素晴らしい職員を手放そうとしているんですよ?」

「もう嫌だわ……。なあ、もしかしてウチのギルド詰んでないか?」

「もしかしなくても詰んでますよ。ナリオを失ったあとのギルドを考えると頭が痛くなりますね」

「俺はすでに胃も痛えよ……」

「とにかく!」

しかめっ面になっているカルデアギルド長とエリー副長に、僕は叫ぶように。

「こんな大金は貰えませんって!」

「いや、貰ってくれ!貰ってくれなきゃ困る!特に俺の胃がっ!」

「どうして胃が困るんですかギルド長?」

「私の頭痛を弱めるためにも、貰っていって。ナリオ」

「何で頭痛を起こしてるんですか、エリー副長?」

「あ、いや。まあ、なんだ。この金は、その……お前への感謝のつもりでよ……」

「これが私たちの精一杯なのよ、ナリオ」

どもるカルデアギルド長の変わりに、エリー副長は理由を話し始めた。

「私とカルデアさんじゃ、あなたをギルドに繋ぎきれなかった。ならばせめて、あなたに支払われる退職金は限度額まで出したいと思って」

「本当はもっと出したかったんだがな。あいにく、うちの幹部が、な……」

「カルデアギルド長、エリー副長……」

僕は目の前に置かれた金貨の入った袋をじっと見て。

「……分かりました。これは、ありがたく頂きます」

「おう、そうしてくれ」

真剣な眼差しを向ける僕にに、カルデアギルド長は笑顔で返してくれた。

「ありがとうございます。カルデアさん、エリー姉さん。今まで、お世話になりました」



ナリオが部屋を出た後に。

「なあ、エリー副長」

「なんですか、ギルド長」

「ナリオの様な優秀な人材を手離したこのギルドの未来は、どうなると思う?」

「終わるでしょう。無能しか残らなくなったギルドに生き残れる道はない。そこに大きいも小さいもない。無能はただ、無様に潰れるだけです」

「……お前は新事業に反対か?」

「ナリオを追い出すなんて考えをしている時点で、新事業に賛成反対以前に論外ですよ。話し合う価値がない。ま、ナリオの件が無くても、新事業の内容からして論外なんですけどね」

「そりゃそうだな。あー、頭と胃が痛え……」

エリーの言葉を聞いたカルデアは、「はぁ」と今日一番の大きなため息をついた。



部屋を出て、数刻。僕は足取り重く、ギルド職員専用の廊下をトボトボと歩いていると。

「あれー。ナリオ嘱託先輩じゃないですかー」

「どうも、ナリオさん」

後ろから二人の声が僕を呼び掛けた。聞き覚えのある声に僕は少し渋い顔をしたが、ここで振り返らなければまた後で上の人からねちねち言われる。何て事を考えて、僕は諦めてその場を振り返り。

「……やあ、モカさん。キマリ君も」

ひきつった笑顔で、二人に挨拶を返した。

振り返ったさきには、小柄だが腰まで長髪の可愛らしい顔立ちが特徴的な女性と、長身で細身の、整った顔立ちが印象的な男性が僕に近寄っていった。

「嘱託先輩ー。どうしたんですかぁー、ギルド長室から出てきて。いったい何をやらかしたんですかぁー?」

「えっ!ま、まぁ、ちょっとね……」

「ちょっと?ちょっとやらかしたんですかぁー?ねぇ、どんな失敗したらギルド長室に呼び出されるんですかー、嘱託先輩?」

「うるさいよ、モカ」

モカさんは、左隣に立つキマリ君向かって。

「だってーキマリ君も気になるでしょ?正式な社員にも慣れない嘱託止まりのナリオ先輩が、ギルド長から出てきたんだもの。余程のミスをして、クビにでもなったんじゃないかとモカは心配なんだよ?」

ビクッと、僕は一瞬体を震わした。

実は今さっき、実際にギルドをクビになりました。何て恥ずかしくて言えるわけもなく、先ほどギルド長から頂いた退職金をとっさに自分の後ろに隠す。

「まさか」とキマリ君はモカさんの言葉を真っ向から否定する。

「ナリオさんは嘱託だ。嘱託の仕事はその立場にふさわしい小さな仕事内容だ。仮にミスしたとしても、ギルドに何ら影響はない」

「えー。じゃあ、何で嘱託先輩はギルド長室から出てきたの?先輩ー、教えてよー」

「あ、それは、その……。あ、あはは……」

「あまり詮索するな。ナリオさんが嘱託だからって、失礼をいうもんじゃない」

いや、君も大概失礼だよ。

と思ったが口には出さず、僕は二人からサッと目をそらした。

「ふーん。ま、どうでもいいや」

モカさんは興味がなくなったのか、深く追求することを止めた。

「あ、先輩。モカ達これから別の仕事あるからー」

「他のギルドに幹部のユッカ様と会議に出掛けてきます」

「え、ユッカ様と?で、でもこんな時間から?もうすぐ就業時間だけど……」

「でもーユッカ様が行くっていったら、行くしかないじゃないですかー」

「それじゃ、会議が終わったら一度ギルドに帰って……」

「いえ、直帰します。ユッカ様もするらしいので」

「あ、そうなんだ……」

確かモカさんもキマリ君もギルド職員一年目だ。それなのに、ユッカ様と一緒に会議に出る。そうか。確かユッカ様は、キマリ君の叔父にあたる人だった。それでいて、モカさんとも親戚関係だったっけ。

だからか、とナリオは納得した。

「それじゃ、今日の仕事は終わって……」

「それなんですけどねー。モカ達、まだ終わってない仕事があるんで、代わりに嘱託先輩がやっといてください」

「……え?」

「俺たち、今から会議がありますから。それに出席しないといけないんで」

「えっ、いや、でも……」

「何でもー未来の幹部候補なら新人のうちに出席しておかなければーって」

「新人て……。二人とも明日から二年目じゃ……」

「大丈夫ですよ。嘱託のナリオさんでも出来るものばかりですから」

「むしろ、モカ達がやる仕事じゃないよねー」

「ああ。あれは、正社員の仕事じゃないさ」

あははと軽快に笑う二人。

「んじゃよろしくねー、嘱託先輩」

「ナリオさん、仕事はちゃんと終わらしといてくださいよ」

そう言ってモカさんとキマリ君は僕を抜かして、足早に去っていった。



「ナリオー、これやっといてくれー」

「こっちもお願いね。ちなみに明日までにだから。悪いけど私は用事で帰る」

「ナリオさーん。今日、彼女とデートなんすよ。一つ借りにしますから、代わりにこれ、頼んます」

「俺も飲み行きてーから帰るわ。嘱託、代わりにやっとけ」

「どうせ今日も残業でしょ、ナリオ君。いつも通り、明かりは最小限で仕事してね。もったいないから。あと鍵かけは、しっかりやってね。ギルドが開けっ放しになってエリー副長から怒られるの私になるし。あ、あとね、この書類の処理を頼むよ」

「あの、えーと……。はい、やっておきます……」

ギルドの業務時間が終了となり、建物全体に帰宅を促す鐘が鳴り響くなか、それが合図になったのか、机にはドンドンと紙の束が置かれていき。

「今日もまあ一段と……」

紙の城壁が完成したのだった。

「はあ……。今日中に終わるかな……?」

不安を感じつつも、僕は城壁の一枚目を手に取った。



「だからナリオちゃん、今日も食堂に来るのが遅れたの?もう閉店だけど、それは分かっててきたんでしょ」

「………………はい」

ギルドの就業時間から数時間をかけ、何とか書類整理を終わらせた僕は、同じギルド内にある食堂のカウンターへ移動し、頭を机の上に置いてうなだれていた。

「その。すいません、カーノさん。閉店しているのは分かっていたんですけど、何かつまめるモノがあればと期待しまして」

灰色のエプロンをつけ、頭にバンダナを巻いた割腹のよい中年女性、カーノさんは、呆れたように話しかける。

「それで?回りの人の仕事も請け負っちゃって、残業したって?ナリオちゃんはバカなの?」

カーノさんの鋭い言葉に、あはは、と僕は力なく笑って。

「頭が悪いのは重々承知してます……。良ければもっと頭が良いはずです……」

「それを言ったら、中央ギルド員はバカばっかりになるわね。で、まだ夕食も食べてないと」

「そうなんです……。もしかしたら、まだやってるかなと来てみたのですが……」

「来たらお店には誰もいなく、店主夫婦は店を片付けていたってことでしょ?」

「その通りです……」

カーノさんは、ふぅとため息をついて。

「あなたー。今から何か一品作れるー?」

「い、いや!悪いですよ、カーノさん!」

慌てる僕にカーノさんははニヤリと笑って。

「疲れている子は、まず食べなさい。お腹いっぱいになれば、明日の元気も戻ってくるわ」

「いや、でも……」

「気にしないの。ギルドのお抱え料理人である私達、栄養調理師は、冒険者やギルド職員達にお腹いっぱいになって貰う義務があるの」

専門職員。

モンスターの狩猟や駆除、採取を主とする冒険者、禁竜の脅威から国や町を守るギルド職員の他に各ギルドには専門職員と呼ばれる方が働いている。

冒険者に食料や依頼に必要な物資を運ぶ配送専門職、補給士。

冒険者が竜を退治する際の武器、及び防具の作成と調整を行なう生産専門職、鍛冶士

冒険者やギルド職員、他の専門職員の健康管理を請け負う料理専門職、栄養調理士。

それぞれが冒険者達をアシストするための国家認定の職業である。そして、カーノさんはギルドお抱えの専門職、栄養調理士である。

「義務、ですか……」

僕の言葉に、カーノさんは「そう」と答える。

「『栄養調理師は全ての者の空腹を満腹にすべし』ってね。まあ、あたしのお師匠の受け売りだけど」

「誇りある専門職員の言葉ですね。格好いいなぁ……」

「何言ってるの。それはナリオちゃんも一緒でしょ?」

「え?」

「配達士、鍛冶士、栄養調理士とあと一つ。ギルドには最重要な専門職があるじゃない」

ねえ、調合士さん。

カーノさんは僕に、笑顔でそう言った。

調合士。

冒険者が禁竜と戦う時、必ず必要となる物がある。

体力回復薬、スタミナ増強剤、魔力補給薬、その他諸々。対峙する禁竜に合わせて冒険者は持っていく薬を決めており、それは自身の命を左右する選択でもある。冒険者にとっては薬を選ぶことは自分自身を守ることと同意であり、粗悪品や偽物を使用し十分な回復ができずに命を落とす冒険者もいる。

そう、調合師とは、冒険者を一番身近で支える専門職である。

「いや、僕は……」

カーノさんの言葉に、僕はうつ向きながら返した。

「中央ギルドの専門調合士にはなれなかったものでして」

「えっ?でもナリオちゃん、資格は持ってなかった?」

「調合士資格は持ってます。ただ、一番低い銅級なんです。中央ギルドは銀級以上じゃないと専門職員として雇って貰えないんですよ。休日に中央ギルド調合士の日雇いバイトはできましたが、等級の関係でそれ以上の待遇は無理でした」

「へえ。ちなみにさ、調合師の日雇いっていくらぐらい稼げるの?」

「低級ポーション一本で銅金貨一枚です」

「え、低くない……?」

ちなみに、中央ギルドで販売する専門調合士が調合した低級ポーションを一本あたり銅貨七枚で販売している。

「材料の原価等を考えると、日雇いの給料はどうしても低くなってしまうんですよ。専門調合士も給料が低いと嘆いてました。他のギルドでは日雇いの給料、低級ポーション三本で銅貨一枚と小銅貨五枚なんてところもありますし」

「なんとも扱いがひどいわ。もっと高く買ってあげれば良いのに」

「低級とは言えポーションは冒険者にとって必需品ですから。高い値段で販売すると買い渋る冒険者も出てきますし、それが原因で命を落とす何て事もありますからね」

「えっ、そんなに……」

「ポーションは冒険者自身の命に直結しますから、冒険に持って行かないという選択肢は本来あり得ません。ですがポーションが高額だと、買えずに冒険に行かれる冒険者も出てきます。なのでポーションは高い値段では販売できません。販売額が安いと、必然的にポーション一本当たりの買取額も安くなってしまうんですよ」

「調合士も苦労してるのねぇ。それなのに、ギルド職員専門職を軽視する人たちが多いのよ。皆仕事もろくにしないのにエリート気取って、私たちを下に見てるし」

鼻息荒く怒るカーノさん。ついさっきまでギルド臨時職員であった僕は何も言わず、と言うか何も言えずに苦笑いを浮かべた。

「ま、ギルドにいる人全員をお腹いっぱいにするのがおばちゃんの仕事だったんだけど、その仕事も今日でおしまいなのよ」

「えっ……?閉店しちゃうんですか……!」

力なく笑うカーノさんの思いがけない言葉に、僕は驚きながら問いただす。

「閉店と言うか……。うーん……」

困りながら煮え切らない返答をした。

「えっ、閉店じゃないとすると一体……」

「食え」

そう、僕の言葉を遮って、目の前に

料理を億一人の男性。小柄な体型のモジャモジャと生やした髭が印象的な料理人、ドイトンさんに対し。

「あ、ありがとうございます、ドイトンさん……」

そうお礼を言うと、ドイトンさんは無言で頷き。

「こんがり焼いた鳥のステーキはクナイドリだ。皮はパリパリに焼いたぞ。炒めた野菜は余り物だから、あまり期待するな。余り物と言っても、下処理から味付け、焼き加減もばっちりだ。まるごと揚げたイモはパルイモだ。蒸かしてから揚げたから火が通っていないことはあり得ない。ちなみにイモはおまけだ」

聞いてもいない料理の説明をし出した。

「え、あ、えと、せ、説明ありがとうございます……」

一通り料理の説明ができたからだろうか、僕がお礼を言うとドイトンさんは無表情ながらも嬉しそうに満足していて。

「気にするな」

そう一言、静かに言った。

「あら、あなた。おかずをオマケだなんて、やけに気前が良いじゃない」

「最後だからな。これぐらい、どうってこと無い」

「おイモ一つでイバる事じゃないわよ?」

「……すまない」

奥さんであるカーノさんの言葉に、ドイトンさんは無表情でへこんだ。

「ぼ、僕は嬉しいですよっ!おかずが一品増えるし!」

「たまたまイモが余っていて、それを出しただけじゃない?我が物顔で言うことじゃないじゃないと思うけど」

「あ、揚げパルイモもおいしそうですし!」

「揚げたイモがまずいって、相当よ。もしマズかったら、栄養調理士の名が泣くわよ」

「ドイトンさんの優しさが何より嬉しいですよ……!」

「でもこれでドヤられてもねえ~」

「カーノさん、そんな辛辣に言わなくても……」

「大丈夫よ、ナリオちゃん。これぐらいでへこむ旦那様じゃないから」

いや、明らかにへこんでますよ。

無表情で口数の少ないドイトンさんだけど、目を下に向けドンヨリとした空気をまとっているのが分かる。しかも、カーノさんの言葉が一言ずつ増える度に、下を向くドイトンさんが落ち込んでいくのがモロ分かりするのが何とも言い難いぐらいに気まずい……。たぶんドイトンさんはかなりヘコんでるんだろうなぁと思う。思うけど口には出来なかった。

余計なことを言って、カーノさんの厳しい葉がドイトンさんに向けられ、さらにへこむドイトンさんの姿が、僕には容易に想像できるからである。

「そ、それよりも!お店が閉店しちゃうって本当ですか!?」

僕はそれかけていた話を本筋に戻した。

質問を受けたカーノさんは、ドイトンさんに目線を移す。ドイトンさんは無言で頷くと、カーノさんは話し始めた。

「実はね、私たち中央ギルドから解雇されちゃったのよ」

「か、解雇ですか!?」

「そう。ギルドの食堂で新事業を行うそうで、若くて可愛い女の子でいっぱいの食堂にするそうよ。それこそ料理人から給仕まで全員」

「そ、んな……」

僕と一緒だ。

何て言えるわけもなく、何とも言えぬ気持ちになり、ただただ黙り込む僕に。

「なに暗い顔してるのナリオちゃん。大丈夫よ」

カーノさんは明るく答えた。

「実は知り合いに、というか旦那の甥っ子だけど、店で働かないかって誘われてるのよ」

「え、あ、そうなんですね。なんだぁ、良かった……」

素直に喜べている自分がいた。

僕は安堵と共に、深く息を吐いた。

「ふふっ。心配してくれてありがと、ナリオちゃん。まあこんな老夫婦でも新しい転職先があるって事は嬉しい事よ。ねえ、あなた?」

「まあな」

ふっ、と無表情で喜ぶドイトンさん。

あはは、と僕は笑顔を返した。

「でも給料は歩合制なのよねぇ……。それだけが心配だわ。もしかしたらお給料が今より低くなるかもしれないし。ねえ、あなた」

「まあな……」

はぁ、と無表情で小さくため息を吐くドイトンさん。

あはは……、と僕は引きつった笑いを返した。

「えと、カーノさんやドイトンさんの次の職場ってどこなんですか?この近く?」

「それが違うのよ。この街から東にずーっといくの。馬車で五日ほど走らした小さな街なのよー。その子曰くね、クランを作るみたいらしくて。私達にそのクランで栄養調理師として働かないかって言ってくれたの」

「クランを作るんですか?」

「そうなの。ところでナリオちゃん」

「なんですか?」

「クラン、って何?」

「ええぇ……」

首を少し傾けながら聞くカーノさんに、とっさに僕は言葉を漏らした。

「いや、知ってるわよ!名前ぐらいは知ってるわ!あと、冒険者関係の事なんだろうなぁってのも知ってるし!あと、その……ごめんなさい、それ以外知らなくて……」

「カーノさん……」

「俺も、あまり知らん」

「えっ、ドイトンさんもですか!?意外だなぁ……」

僕が驚いた様子でドイトンさんを見ると。

「ちょっとナリオちゃん!旦那は意外で私は意外じゃないみたいな言い方するじゃない!それは少し失礼よ!」

よく分からない理由で怒るカーノさん。

「い、いえ!そうじゃなくてですね!てっきり、親戚の方からクランを作るという話の際に聞いたのかなと思ってて」

「俺が甥っ子から話を聞いたって言うのは手紙を貰ったって事だからな。詳しい話は何も知らん」

「手紙ですか?」

「そうよー。旦那の甥っ子さんから急に手紙が来てね。えーと、何日前だっけ?」

「三日前」

「そう、三日前に手紙が来てね。そこで、クランを作ることが書いてあったって訳なの。甥っ子さんから直接話を聞いたわけじゃないのよ」

「なるほど」

「栄養調理師の仕事を貰えるならギルドから解雇されるし丁度良いなあと思って、やるって返事は出したんだけど。でもクランって、名前だけ知ってて後は何も知らなくてね。冒険者関係って言うのは知ってるんだけど、それ以上のことはねぇー」

「詳しい仕事内容は知らん」

「それでギルドで働いてるナリオちゃんなら詳しく知ってるだろうなぁと思って聞いてみたの」

「そういうことでしたか」

納得する僕に、ドイトンさんは。

「で、ナリオ。クランとは何だ?パーティーとはまた違うのか?」

説明の催促をされる。

「そうですね。ざっくり言うとクランとパーティーは別物です。区別するならパーティーは依頼のための仲間。クランは目的のための仲間。って感じですかね」

クラン。正式名称は冒険者連合と言う。

冒険者は複数人で依頼を請け負うことが基本である。危険が限りなく零に近い依頼以外の場合には、余程の実力ない限り一人で依頼を受けることができない。冒険者は、パーティーを組んで依頼を遂行をするのが当たり前である。

「まあ、そもそも。依頼を管理するギルドが依頼を冒険者一人にしか出さない何て事はあり得ない話ですが」

「え、なんで?」

「一人で禁竜と戦うという事は自殺志願に等しいからです。冒険者への安全を考えるのが仕事のギルドとしては、安全圏での依頼でない限りはそんな悪手は選びません」

「無理な依頼をやらせて冒険者を見殺しにしたなんて、ギルドからしたら聞こえが悪いからな」

「その通りです、ドイトンさん。冒険者の依頼失敗はギルドの評価にも関わりますから。ですので昔も今も、依頼は複数人が当たり前なんですが……」

しかしながら、複数人で受ける依頼にもデメリットが二つある。

緊急依頼への対応性と、冒険者同士の喧嘩だ。

一つ目の問題として、禁竜がルナカニア王国へと迫ったり、第一級危険指定の禁竜が発見された場合など、ギルドの依頼には緊急性のあるモノがある。もちろんこれも複数人で挑むことが大前提であるのだが、問題はパーティーの人数である。緊急依頼に対応できる実力を持つ冒険者でなければギルド側も依頼を任すことはできない。かと言って偶然ギルドに実力のある冒険者がそろっているなんて事、そうそうないからだ。

「だが、たまたまギルドに人がいないため緊急依頼ができませんじゃ俺達の命が危うい」

「禁竜が国に入って来たら大変よねー」

「大変って言うか、下手したら死にますから……。ですがクランがあれば、ギルド側は人数調整や依頼日程などの把握が容易にできるんですよ。それによって僕達が危険になる確率はぐっと下がりますし」

「あらあら、それは重要なのねー」

「……お前、理解してるのか?」

「もちろんよ。クランがないとギルドは困るって事でしょ?」

「まあ、そんなところです」

そして二つ目の問題として、冒険者同士の喧嘩。これは主に金銭がらみが多く、即興でパーティーを組んだ場合の報酬でもめるらしい。依頼を完遂した場合、金銭は組んだパーティの人数から均等に配当される事が当たり前なのだが、自分が一番活躍した、いいや一番戦ったのは俺だ、などの小さな言い争いから配当でトラブルになることも少なくない。また配当報酬のトラブル以外にも、いざこざから起きるパーティー内でのケンカ。即席のパーティーでのいじめやセクハラ、パワハラなどなど。

「特に新人さんがトラブルに巻き込まれることが多いんですよ」

「そうらしいな。いじめやパワハラの話は調理栄養士にも聞こえてくる」

「特にセクハラは許せないわ!男女関係なくセクハラする奴なんか敵よ!害虫もよいとこだわ。いや、虫以下だわっ!」

「いつになく熱いな」

「だって、体目的や性行為目的なんて最低で最悪じゃない!あなたはそんな人許せるの!」

「許せる許せないの前に、俺はそんな奴は人だと思わん」

「でしょ!ナリオちゃんはそんな事してないわよね!」

「し、しませんよっ、セクハラなんて!」

セクハラどころかパワハラもいじめもしたことがない。パワハラは、近しいことはされている気はする(主に元仕事で)が、自分からしたことは一度もない。

「ナリオはそんな事しない、当たり前だろ」

「ドイトンさん……!」

無表情のドイトンさんは、真っ直ぐカーノさんを見て言った。何だろう、この信用されてる感が嬉しいと言うか、なんというか。

「そんな事できる度胸は、こいつにはない」

「ドイトンさん……」

僕の中で嬉しさはすぐになくなった。

「そうよね。ナリオちゃん、ヘタレだから無理よね」

「カーノさん……。ストレートな言葉にすごく傷つくんですが……」

「これでも優しく言ったつもりよ?」

「今のでですか!」

ふふふっ、と笑うカーノさんに、僕は少しひきつった笑顔で返してしまう。たぶん、本音を聞いたら僕は立ち上がれなくなるだろうなぁ。なんて思いつつ、僕は説明を続けた。

「クランを作るメリットとしては、クラン内のルール作成です。金銭面でいえば、均等に配布することや、活躍したものは多くもらえるとか。喧嘩や争いのためのルールなども作っているクランもいます。いわばクランは、トラブルや不祥事をなくすために作られた、冒険者が自分の身を守るための組織です」

僕の長々しい説明に、ドイトンさんは「へえ」と納得し。

「なるほど。パーティーとは違う、冒険者にとっての組織か。確かに重要なモノだな」

「クランって冒険者にとって大切なのねー」

「……お前、本当に理解したのか?」

「大丈夫よー。冒険者にとって大切なモノなんでしょ?」

「いやまあ、そうだが……」

眉間にしわを寄せしかめっ面をするドイトンさんにうふふと笑いかけるカーノさん。

「ところであなたの甥っ子さんってば、冒険者にだったの?クランを作るのだからそうなのだろうけど……」

「いやそんな話は聞いたことないが……」

カーノさんの問いかけに、ドイトンさんは無表情で首を横にふり。

「知らんな」

素っ気なく答えていた。

「別に冒険者じゃなくても、クランは作れますよ。一般人のオーナーもたくさんいますし」

カーノさんの問いかけに答える。

「クランを作るのは、冒険者だけじゃありませんから」

「え、そうなの?でも、クランの名称って確か……なんだっけ?」

「冒険者組合です。まあ名称だけで見れば冒険者のための組織ですが、今はどちらかと言うと『冒険者を継続的に雇う為の制度』って意味合いが強いですね」

「どういうこと?」

「例えばですね」

僕はまるごと揚げたパルイモを四当分にし、その内一つをフォークで指しと二人の前にかざす。

「カーノさんとドイトンさんはパルイモをどこで買いますか?」

「どこって、市場で仕入れるわ」

「ではその市場はどこから仕入れますか?」

「うーんと、どういうこと?」

「市場で売っているパルイモは、どこ産か?ってことですよ」

「えっと、確か……。あなた、どこだっけー?」

「ノスフェル」

「そうそこ!……だったと思うけど」

「合ってますよ。ノスフェルはパルイモをはじめ多くの野菜を近隣の街に卸してますから」

「なんだ、ナリオちゃん知ってたのね」

「あ、いや、結構有名ですよ……」

「え、あ、あははは……」

僕は申し訳なさそうに答えると、カーノさんは力なく笑いながら目線をそらした。

「それで」とドイトンさんは脱線した話を戻す。

「パルイモがノスフェル産なのと、クランは何が関係あるんだ?」

「ノスフェルでは、町全体がオーナーとなったクランが存在するんです」

「町がオーナー?どういうこと?」

「例えばノスフェルの農家さんがいると仮定します。農家さんパルイモを作るとき気を付ける事は、種植えや成長具合、出荷、次の種植えのための畑作りなど数多くあります」

「まあ、そうね。それこそ私たちが思い付かない程たくさんの気遣いがありそうだわ」

「種植えや成長関連の事は農家さんは自分や仲間内で解決できます。しかし、農家さんだけでは解決できない事もあります。例えば、獣害とか竜害とか」

「竜害……って何、ナリオちゃん?」

「竜による被害ですよ」

「そのままだな」

「はい、そのままです」

「私、はじめて聞いたわ。どういう意味なの?」

「飛竜種や陸竜種、水竜種などの竜から受けた被害のことです。魔獣種や怪獣種、鋭牙獣種などは獣害。他にも怪鳥種などは鳥害、凱魚種などは魚害などに分類されます」

「へえ」

「なるほど」

ドイトンさんとカーノさんは説明に頷いて答えた。

「畑に竜害や獣害が出てしまったときに、農家さん自身で対処するのは、あまりにも危険です。ギルドでは一般人はモンスターとの戦闘を行わないよう警告していますから」

「それはやっぱり、危険だから?」

「それもありますが、ギルドが一番危惧しているのは竜による二次災害の発展です。野菜被害などの一次災害で済めば御の字ですが、下手なことをすれば二次災害まで起きますから」

「二次災害って?」

「……聞きたいですか?だいぶ暗い話になりますが……」

カーノさんの問いに、僕は目を反らしながら低い声で質問を返し。

「俺は遠慮する」

「……私もやめとこうかな」

質問に何かを察した二人は、それ以上踏み込もうとしなかった。

「えと、話を戻しますね。畑に竜害や獣害が出てしまったとき、農家さんはギルドに駆除依頼を出すのが一般的です。ここに、クランが関わってきます」

「やっと関わってくるのねー」

ふと漏れたカーノの言葉に、ナリオは「やっとです」と笑顔で答える。

「それで関わりは?」

「獣害はノスフェルも例外ではなく、頭を抱える問題でした。特に酷いのはオクミノボアという猪の獣害です。ギルドにも依頼が多く来てましたが、あまり受ける人がいなかったんですよ」

「オクミノボア……。お肉としてなら見たことも食べたこともあるけど、実際に生きているのを見たことはないわ。そんなに凶暴なのかしら?」

「凶暴は凶暴ですが、冒険者のランクで言えば銅級程度の依頼です。要因は『依頼を受ける冒険者』にありますね」

オクミノボア自体は、凶暴ではあるものの比較的弱い魔物だ。新人は冒険者になるための登竜門であり、ベテランは自ら好んで狩ろうとは思わないほどの存在である。

「報酬自体もあまり期待できるものではなく、銀級以上の冒険者はまず受けません。オクミノボアを狩るのは、大体が新人冒険者です。ですが新人なので、依頼日数はかかりますが獲れるオクミノボアの数は少ないんです。一応、ギルドが提示する狩猟個体数を狩るので依頼達成にはなるのですが、狩る個体数よりも増える個体数の方が多いので、オクミノボアの数は増えていく一方です」

「なるほど」

「ノスフェル以外でも、オクミノボアの獣害は酷いらしいです。オクミノボアの恐れるべき点は、狂暴さや攻撃力の高さではなく、繁殖力にあります。山でオクミノボアのつがいを見かけたら、近くに三十頭はいると言われるぐらいですから」

「そんなに!」

「繁殖力に加えて成長速度も早く、農家さんからしたら、生活を十分に脅かす厄介な獣なんですよ」

「そこで」と僕はパルイモを刺したフォークを皿の上に置いて、話を続けた。

「ノスフェルでは度重なる獣害被害から、ベテランの冒険者を募って獣害駆除専用のクランを作ったのです」

「へえ、なるほど。駆除専用ねぇ」

納得するカーノさんにドイトンさんは首を捻り。

「だが、クランを作っても依頼を出すのはギルドだろ?」

「どういうこと、あなた?」

「駆除専用クランをノスフェルが作っても、駆除依頼を出すのはギルドで、依頼を受けるのは駆除専用クランの冒険者とは限らない。って事ですね」

僕の追加説明に。

「そういうことだ」と、ドイトンさんは頷き。

「そういうことね」とカーノさんは再度納得した。

「そういう時に使うのが、『指名依頼』の制度です。これなら、他の冒険者に依頼をとられる事はありません。指名依頼は普通の依頼よりお金がかかりますし、クランによっては受け付けないところもありますが、獣害駆除の目的で作られたクランですから、受付拒否はあり得ません。それに、下手に新人に任せるよりベテランに任せる方が農家さんとしては得ですよ」

「なんで、ナリオちゃん?」

「オクミノボアの習性を知るか知らないかで駆除数に大きな差が生まれてしまいます。駆除の数が増えるなら、普通依頼よりも指名以来の方が十分に得だろうし。農家さんからしたら、一頭でも多く駆除して欲しいでしょうから。オクミノボアを詳しく知らない新人よりも、知り尽くしている駆除クランに指名依頼をお願いする事が多いです」

「だが、ベテラン冒険者が駆除クランに入るメリットはあるのか?」

「僕が聞いた話だと安定した収入や住居の確保できるから、だそうです。ある程度ベテランになった冒険者は、余生を過ごす為にクランに加入する人もいるそうです」

「なるほど、納得だ」

ドイトンはそう言うと、蓄えたアゴヒゲを揺らしながら首を縦にふった。

「これは町全体がオーナーとなった例ですが、他にも物資輸送のための護衛クランを商会が、料理目的の採取クランなどを料理人が作ったって話も聞きますよ」

「それじゃあ、俺の甥も」

「もしかしたら、何かお仕事関係のクランを作る可能性もありますね」

「さすが!ルナカニア国一のギルド職員!説明ありがとね!」

カーノさんはそう言って僕の頭を撫でるが。

「実は……」

「ん、どうしたの?」

カーノさんは頭を撫でるのを止めて、俯いた僕を覗き込むように聞いた。

「ギルド職員、今日でクビになりまして……」

「ええっ!」

「なっ!」

カーノさんとドイトンさんは僕の言葉に、自身も驚くほどの声量で驚いた。

「ク、クビ!?ナリオちゃんが!?なん?あ?え?ギルド!?ええっ!!」

「落ち着け、我が妻よ」

激しく動揺するカーノさんに、ドイトンさんは落ち着いて諭すように言う。

「あ、あなたは何で冷静なの!?ナリオちゃんがクビになっちゃったのよ!?」

「俺も驚いてはいる。だが、慌てるお前の姿を見て逆に冷静になった」

「え、あ、そう?で、でもクビよ!?そこいらの使えない職員ならまだしも、ナリオちゃんがクビって!」

「あ、あの、カーノさん……。あまりクビを連呼されると流石に傷つきます……」

「あ、ゴメンッ!」

ハッとした表情をして謝るカーノさん。それを見たドイトンさんは深いため息をひとつ着き。

「原因は俺達と一緒か」

「まあ、大体一緒です……。新事業開拓でお金が必要だからと」

「でもそれなら、今年の新人職員を取らなければいいんじゃない?そうすればナリオちゃんをクビにしなくても良いんだし」

「大方、職員のお偉いさんがコネ入社枠を確保したかったんだろ。だから、クビにしやすいギルド臨時職員のナリオを切ったってとこだろ」

「まあ、大体その通りです……」

「まあ!嫌な話ね!」

眉間にシワを寄せ怒るカーノさん。そんなに姿にドイトンさんはため息を一つ漏らす。

「で、ナリオよ。お前さんはこれからどうするんだ?」

「えっと……。クビにされたのが今朝でして。そこから仕事に追われてて……。実はまだなにも考えていません……」

不安と困惑の表情を浮かべ、僕は力なくドイトンの質問に答える。

「退職の挨拶は明日の朝にギルドで行う予定でして、今日はギルドの寮で寝泊まりできますが、明日からは何とも……。部屋も明日中に出て行かないといけないし、次の職場もまだ探さないといけませんし……」

「そうか……」

僕はポツリ、ポツリと自分の不安を吐露していく。ドイトンさんは静かに頷いた。

「……………………」

「……………………」

そして、暫しの無言が続いた、そんな中。

「それじゃあさ」

重苦しい沈黙を破ったのは、カーノさんだった。

「ナリオちゃんも私達と一緒に行かない?」

「………………え?」

「まだ次の職場は決まってないんでしょ?いく宛も無さそうだし、だったら私達と一緒に行きましょうよー。仕事だってきっと見つかるわ。それまであたし達と暮らせばいいわけだし。ね、そうしましょ?」

「なるほど、そうきたか」

ニコニコしながら自分の案をナリオに告げるカーノさん。ドイトンさんは無表情ながらもどこか嬉しそうに、カーノさんの意見に口出ししようとは思わなかった。

そんなカーノさんの誘いを。

「申し訳ありませんが、僕は行けません」

僕は苦虫を噛み潰したような表情で断った。

「え、どうして!」

カーノさんは驚いた声をあげる。ドイトンさんも目を見開いて無表情で驚くも。

「あぁ……」

あることに気がつき、そして声を漏らした。

「断る理由は、妹さんか」

ドイトンさんの問いに僕は「はい」と答える。

「妹はルナカリア王国のリドリフ魔法学園にいます」

「リドリフ魔法学園?あの妖精魔道士や信仰魔法士、賢者を多く産み出しているとっても有名な魔法学校?」

「カーノさん、それはご存知なんですね」

「『それは』ってどういうことかしら?ナリオちゃん。もしかして私をアホか何かと思っていない?」

「え、いや、その……」

笑顔で、されどドスの効いた声で聞くカーノさん。しまった。と僕は口が滑ったことに気がついた時には遅かった。

「どういうことかしら、ナリオちゃん」

「あの、ですから、えと……」

「どういうことかしら、ナリオちゃん」

「その、何て言うか、あの……」

「どういうことかしら、ナリ……」

「もうやめてやれ。話が前に進まん」

笑顔でカーノさんに追い詰められた僕に、ドイトンさん助け船を出してくれた。

ああ、助かった。と僕は安堵のため息を一つ、二人に聞かれないように静かについた。

「ナリオよ。その学園は、確か学費が桁違いに高いと聞いた事があるが」

「らしいわねー。一般の魔法学校がいくらかはしらないけれど」

「入学から卒業までの四年間で、合計金貨二百枚ほどらしいぞ」

「えっ、そんなに高いの!?もしかして、リドリフト学園も同じぐらいなの?」

「いいえ。リドリフト学園の方が少し高いですよ」

「そうなの!や、やっぱり有名学園は違うのね……」

「そうですね。確か学費が年間で金貨二百枚で、四年で八百枚。一季節換算だと金貨五十枚程度です。寮住まいですとそのお金も合計されて費用はで年間金貨三百行くと思います」

「さんびゃっ……!」

「なっ……」

僕がサラリと発した言葉に、二人は開けた口が塞がらず、何とも間抜けな表情をしていた。

「あ、でも。妹は優秀で特待生に選ばれてるので、学費は安くなってますよ。寮費なども免除ですし」

「あぁ、そうなのね……。何だ、おばちゃん慌てちゃったわ。よかっ……」

「なので、年間金貨百五十枚だけで収まってます」

「よくなかった!」

ひきつった顔から安堵の表情へと変わったカーノさんは、いきなり大声で驚き。

「ナ、ナリオ……。ちなみに後、いくら必要なんだ……?」

無表情ながらも顔をひきつらせているドイトンさんは、出ない声を振り絞るように出して、僕に聞く。

「妹は来年度が最終学年ですから、寮の費用や教科書代などで、でなんだかんだで後期分の金貨七十枚ほどです。今年の前期分はすでに払い終えてますから」

「金貨七十枚って……」

「大丈夫ですよ」

僕はそう言うとうっすらと笑いながら。

「何とかしてみせます。学園への学費も、自分の仕事も」

「簡単に言うけど、金貨七十枚よ!大変な額じゃない!」

「ルナカリア王国なら、日雇いでも稼げる仕事がありすから。臨時職員の時より生活を切り詰めれば何とかなりますよ」

「ギルド職員の時だってギリギリの生活でしょ!?それをもっと切り詰めるなんて……」

「妹には一流の魔法使いになって欲しいんです」

僕はカーノさんの言葉を遮って、そう言った。

「それが父との約束でもありますし、僕自身の願いでもあるんです」

「だけど……」

「何とも、お前の説得は難しいらしい」

「あなた!」

ドイトンさんの諦めた様な言葉に、カーノさんは怒りを露にして吠えていた。しかし、ドイトンさんは冷静に。

「いくら言っても無駄だ。こいつがちっこい生りして頑固なの、お前も知ってるだろ?かと言って、俺達には七十枚の金貨を貸せるほど蓄えもない。どうにかしてやりたい気持ちは俺にもあるが、どうにも出来ないんだ。俺達がナリオにかける言葉は、気休めでしかない」

「それは……」

ドイトンさんの発言に、カーノさんは言葉をつまらしていた。カウンターにいたドイトンはカーノさんを無視して厨房へと向かい、果物がつまれている場所の一番上にに手を伸ばし、頂上の果物を右手につかむ。そして、カウンターへと戻り。

「俺達にできることは、飯を食わせる事だけだ」

僕の目の前に置いた。

「完熟パンソの実だ。結構高いぞ」

「へえ。あ、いい匂い」

甘い、だけど上品な香り。匂いを嗅ぐだけでわかる。これはとても美味しい実だ。

「だろ。剥くから食え。サービスだ」

「え、でもこれ、高いんじゃ……」

「金貨一枚分だな」

「む、無理ですよ!持ち合わせが……!」

「言っただろ。俺達に出きる事は、飯を食わせることだけだ」

そう言うと、ドイトンさんは、カーノさんに向かって。

「餞別だ。いいだろ?」

「あったり前じゃない!」

笑顔で答えるカーノさん。

「折角だから、色々作りましょうよ!捨てる食材だってあるんだから、どうせならパーっといきましょ!どうせ明日からあたし達はいないんだから!」

「決まりだな」

「ドイトンさん、カーノさん……」

「お礼なら要らないわ!どうせ私達もクビなんだから、最後ぐら良いいじゃない」

僕が申し訳なく思う気持ちを察してか、カーノさんはそう言ってくれた。僕は「はい」と笑顔で返した。

「あなた、ちょっと食材とってくるわねー」

そう言ってカーノさんが厨房の奥に消えたとき。

「ナリオよ」

「何ですか、ドイトンさん?」

「お前のクビの話、ルーマには話したのか?」

ドギっ、と心臓を鳴るのがわかった。

「いえ……。クビだと知らされたのは今日でしたし、ルーマは長期の依頼でしばらく町には帰りませんから」

「なら、戻ってきた時にでも?」

「話すタイミングがあれば話しますが、僕も次の仕事探さないといけないし。ルーマは金級の冒険者ですから忙しいし、難しいかと」

「……話さずに行くのか?」

「会えれば、ちゃんとサヨナラを言いたいですが……」

「そうか……」

「ルーマにさよならを言えないのは寂しいですけど、しょうがないです。奇跡でも起きない限り明日には帰ってこれませんよ」

僕は自分の気持ちを押さえて、弱々しい笑顔で。

「明日は、ルーマには黙って辞めます。でもきっと、何時の日かばったり町のどこかで会えますよ。だから別に、寂しくはないです」

ドイトンさんに少し嘘をついた。

「そうか」

ドイトンさんは無表情ながらも、少し寂しそうな雰囲気であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る