第41話 クリスマスコンテスト その4

 圭吾と茜はカメリアを出て、エレベーターのあるフロントに向かった。琴音と鈴木の声が聞こえる。


「いや、どうしてそんなこと言うの」

「なぜダメなんだ。まだ時間があるから部屋で休憩しようと言ってるだけだぞ」

「なんで、部屋なの。約束が違うよ」

「もう一位になったも同然じゃないか。琴音も見ただろう」

「あれは予選じゃないの。ちょっと待ってよ」

 エレベーターの前で押し問答をしている鈴木と琴音。鈴木が琴音の腕を掴んで、エレベーター内に引きずり込もうとしていた。無理やりにでも琴音を部屋に連れ込みたいようだった。


「何をしてるのですか!」

 茜が叫ぶ。鈴木は琴音から力を抜いた。逃れられた琴音はこっちに向かって走ってくる。寸前のところで茜が琴音を確保する。放っておいたら間違いなく圭吾に抱きついて泣き叫んでいただろう。流石は茜だとは思う。後のことを考えなければ圭吾は、抱きついて欲しかったが。


「なにが、何をされてもいいだ。そんな気もないくせにふざけるな」

「何を怒っているんですか」

「木村もグルなんだろ。それと山本、何があったか知らんが琴音はお前が好きみたいじゃないか」

 鈴木は怒りのこもった指先を俺に向けた。最悪の結末だった。やはり気づいたのか。


「どう言うことか冷静に話しませんか」

「冷静にだと、これが冷静になってられるか」

「じゃあなぜ、圭吾が好きと思われたのですか?」

「なんとなくおかしかった。この三年間俺に全く興味すら示さなかったくせに、ここ最近は凄く絡むようになった」

「それはあなたを好きになったのではないと?」

「俺がこの三年、どれだけ琴音にアピールしたと思ってる。初めはその想いが届いたのだと思った」

 切れ長の瞳が苦悶に揺れている。苦しんだ過去を思い出しているようだった。


「でも、それにしてはおかしすぎた。前回デートの時に明らかな拒絶をしてきた」

 正面から俺を睨んでくる。


「好きな男ならイベントの条件なんか例えつけていても関係を持ちたいと言えば、少しくらい心を許すはずだろ」

「それがなかったから」

「ああ、不自然さがどんどん増していった。だから、今回は琴音に何かあるのではないかとずっと見ていた」

 あり得ないことだと言う表情でこちらを睨む。


「どうやって琴音の心を射抜いたのかは知らん。でもどう考えても琴音がお前に惚れているんだ」

 茜に抱かれた琴音が鈴木の方を見る。そこには今までに見たことのない怒りの表情があった。


「見損ないました。まさか無理やり部屋まで連れ込もうとするなんて」

「何を言ってるんだ。こんな茶番終わらせてやろうと思っただけだ」

「もう最終イベントには出ないと言われるのですか?」

「そうだ。どうせ抱かれる気もないんだろう、何がしたいのか分からんが……」

 エレベーターを背に憮然とした表情をする。


「どっちにせよ、こんなの人前で話す話じゃないですよ。ちょっと移動しませんか」

 茜が仲裁に入った。とりあえず冷静に話す場所が必要だ。


 場所と言ってもこんな話、話せる場所は限られてくる。流石にこの状態で琴音を鈴木の部屋に連れていくことはできない。


「茜の部屋、いけるか?」

「不本意ながら、そこしか選択肢なさそうね」


 ちょっと距離があることを伝えて、フラワーロードから花時計まで戻る。鈴木は何か考えながら、たまに俺を睨んできた。浮気だとか訴えてやるという台詞はなく、ただ恨まれているようだった。


 茜の部屋に入るとお茶の用意をしにキッチンに入った。


「ごめんね、そこら辺、ちょっと散らかってるかも。床しか座るところないけど自由に座って」

 散らかってると言ってたが、特にそうは思わなかった。多少読みかけの雑誌が置かれてたくらいだ。これで散らかってると言うなら俺の部屋なんかどうなるんだ。


 それにしてもベッドじゃないんだ、一月くらい前のことを思い浮かべた。やはり部屋に入った時から誘われてたのか。


 床にコーヒーを4つ並べる茜。


「ごめんね、コーヒー嫌いなら言ってね」

「うううん、ありがとう」

「僕は構わない」

 

「で、さっきの続き。鈴木さんはイベントに参加しないの」

「じゃあ、逆に聞くが、なぜそんなに参加させたいんだ」

「せっかく予選とは言え一位取れたからもったいないじゃない」

「そもそも、琴音からこのイベントに参加したいと言った時から不思議だったんだ」

 頭を上げて、じっと琴音を見つめる。


「なぜ、琴音が急に参加したがったのか。それがわからなかった」

「参加したい理由なんて幾つもあるでしょう。もう卒業なんだし。記念とか……」

「それも考えた。それならなぜ俺を拒絶するんだ、それがわからない」

「わたしは……」

「ちょっと待って。それは言ってやる必要はないわ」

「なんだと、やはり何か隠してるのか」

「どうかしら、それより圭吾のことはあなたの妄想の可能性もあるんじゃないかしらね」

「妄想とはなんだ。どう考えてもそうしか見えなかったが」

「じゃあ聞くけども、どうして琴音は圭吾を好きになるの。殆ど繋がりがなかったはずじゃない」

 茜の論理構成はいつも素晴らしいと思う。鈴木の知る範囲では俺は琴音と知り合う機会があまりにも少なすぎる。


「鈴木、あなたの完全な勘違いという可能性って考えたことはある?」

「じゃあ、あの視線はなんだ」

「ぼーっとしただけとは思わなかった?」

「じゃあ、なぜ琴音と呼んだ」

「白石琴音と表示されたからでしょう、確かに軽率だと思うけども、それだけでは決め手にはならないわ」

「じゃあ、なぜ俺を拒絶する。俺はこんなにも好きなのに」

「それは、……」

「ごめん、茜、これだけは私に言わせて」

 琴音の厳しい表情を見た。今まで見たこともない表情をしていた。それは怒ったような悲しいような表情だった。


「わかったよ、琴音」

「うん、ありがとう」

 琴音はあらためて鈴木の前に向き直った。


「涼介、今までわたしのこと優先して考えてくれたことあった? お父さんの気持ち、自分の気持ちを優先させないで、わたしのこと一番に考えてくれてた? 見てくれてた?」

「俺は琴音のことが好きだから当然……」

「当然、なに? わたしに歩み寄ってくれた。わたしのこと、もっと知りたいと思ってくれた?」

「それは……」

「あなたの優先順位はお父さん、そしてあなただった。そこにわたしはいなかった。それが嫌だからずっと拒んできた」

「今までのやり方が悪かったのか」

「あなたも多くの男性と同じ。わたしが、可愛いから近づいてきたの。あなたはわたしのことを何も知らない、理解もしようとはしなかった」

「それは考えてなかった」

「でしょうね、わたしの気持ちなんか考えなくてもわたしと結婚できるもんね。それがわたしは堪らなく嫌だった。わたしの存在って、なんなのよ」


 目の前の鈴木の表情が懺悔から怒りに変わっていくのが見えた。

「言いたいこと言いやがって。こっちが大人しくしていれば」

「何を言ってるの、涼介」

「そうだよ、お前は可愛いだけだ。だから大人しく俺の言うことを聞いておけばいいんだ」

 やはりかと思った。鈴木は琴音とは相容れない存在なのだ。浮気してくれて本当によかった。


「本当に次から次へとつまらない話を持ち出しやがって。当たり前だろ。金持ちの医者になるのが本命、お前はそれに付いてくるおまけなんだよ」


 琴音の瞳を見た。口を押さえて涙を流していた。鈴木の言い訳は、もう二度と琴音の琴線に触れることはないだろう。琴音には終わってしまった希望があった。もしも、本心を理解する相手ならば、浮気する前ならば寄り添うこともできたかもしれない。でも、目の前のこいつは、あり得ないことを突きつけた。本気で許せないとはじめて思った。どうしようもない怒りで視線を合わせたら殴ってしまいそうだった。


「もう出ねえよ、こんなこと言われてイベントなんかでれるかよ」


 琴音は涙を拭って憐れみを浮かべた表情をした。

「涼介。残念だけど、あなたにはもう出ないという選択肢はなくなったの」

「なに! なんのことだ」

「これを見て」

 琴音が自分のスマホを鈴木に見せた。鈴木はそれを見てガックリと項垂れた。


(琴音おめでとう。よくやった凄く嬉しいよ。涼介にも言ってやってくれ。お前らなら絶対一位を取れる!)

 

「分かった。その代わり、一位取ったら約束守れよ」

「分かった」

 圭吾の胸にはチクリと痛みを感じる。この台詞に一つ返事する琴音はあまりにも幼すぎた。


「俺は先に戻る。琴音わかったな、一位取ったらなんでもするってお前は約束したんだ。その言葉忘れるなよ、絶対だぞ」

 鈴木の口角があげられる。そこに残忍な表情を見て圭吾は激しい悪寒に見舞われた。


 あの表情はやばい。そう心臓が早鐘を告げていた。俺は琴音を混乱させないように、軽い口どりで以前のLINEの話をする。心配させてはいけない。俺の杞憂で済めばいいのだ。ただ今回ばかりは洒落ですみそうにはないような気がした。


「分かった、これ渡しとくね」


 琴音はニッコリと微笑んだ。


―――


鈴木対琴音の図式は確定しましたね

さてイベントではどうなるのでしょう。


ハラハラドキドキですね。

次回どうなるのか乞うご期待ください。


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