第32話 証拠
「茜のマンションは、三宮にあったのか」
花時計のすぐ傍にそのマンションはあった。茶色のレンガ造り。学生専用のマンションだった。
マンションに入ろうと自動ドアの前に立つ。右手に女性専用と書かれた案内板を見つけた。反射的に後ずさりし、圭吾はスマホの茜の名前を選択する。通話ボタンを押した。
「おい、このマンション入れねえだろ」
「なんで、普通に入れると思うけど」
「女性専用マンションって書いてあるじゃねえか」
僅かな沈黙の後、高い笑い声が聞こえた。
「あー、大丈夫、大丈夫。みんな彼氏連れ込んでるから」
「はあっ」
「ここ大学で有名らしいよ。女性専用なのに連れ込めるって」
「そんなんで良いのかよ」
「いいの、いいの、細かいことは気にしない」
エントランスを潜りながら、親御さんの気持ちを考えると複雑だった。彼氏ならいいのか。問題が起こってからでは済まないと思うんだけどな。そもそも俺は彼氏ですらないのだけれど。
「405と押してインターフォン鳴らしてよ、そしたら開けるから」
ロビーの前に呼び出しボタンがあった。隣に呼び出し方が書かれている。405と押してボタンを押すと目の前の自動ドアが開いた。
「便利な時代だなあ」
独り言を言いながらエレベーターで四階に上がる。
部屋の前まで来ると茜が外に出て待っていた。長袖のチェック柄の白の上着とタイトスカート。スカート丈がいつもよりかなり短かった。これ見えねえか。
「いらっしゃい、どうぞどうぞ」
「お前の家、男連れ込んでも大丈夫なんか」
「わからなけりゃね」
口角を上げて、片目を閉じる。
「どうなっても知らねえぞ」
女性専用マンションに入るのは初めてだった。1Kの部屋には、小さめのキッチンとベッド。ノートパソコンが置かれた勉強机があった。女の子らしくクレーンゲームで取った可愛いぬいぐるみが所狭しと置かれてある。
茜がいつもしている香水の香りを強く感じた。
「まあ、座って座って」
ベッドに腰をかけるように促される。圭吾は周囲を見渡す。流石に恋人でもない女性のベッドに腰掛けるのは気になる。琴音に対しても裏切りになるし。付き合ってはいないけども、何となく琴音の顔が頭に浮かんだ。
「ここは流石に不味いんじゃ」
「えー、圭吾くんそんなこと気にするんだ。大丈夫、多分何にもしないから」
多分と言うのはなんだろうと気になるが、ここしか座る場所はないらしい。
「じゃあ、とりあえず座るわ」
「うんうん、圭吾はそう言うの気にしなくていいから」
「俺だって、男だからな」
「わかった、わかった」
「とりあえず、本題から行こうか」
「そうだね、データはこんな感じになった」
――
今から六日前に遡る。
ホテルで目覚めた圭吾は未だに痛みを感じた。なんとか身体は動くようになったけれど、この顔のまま、由美のところに帰るわけにも行かない。15ラウンド戦ったボクサーのようなアザだらけの顔だった。
由美に暫く所用で帰れないとメールした。
何度か抗議のメールがあった。このまま帰ったら、絶対に大事になる。あのマンションには、もう帰らないほうがいいのかもしれない。
由美の件は圭吾の中では、重要性が低くなっていた。今、重要なのは鈴木の浮気を暴くことだ。
「そう簡単には治らないね」
「由美の家には戻らず、実家に帰ろうと思ってる」
「実家でもこのままの顔で帰ったら、色々と問題になるかもしれないよ」
「でも、俺何泊も出来ないよ」
「お金なら気にしないで、わたしが出すから」
琴音が大きな瞳を更に大きくして、ニコッと笑った。
「そんな、琴音に迷惑かけれないよ」
「もともとは、わたしの責任だし」
「そんなことないぞ。犯人が全責任を負うべきだ」
「ごめんなさい」
「いや琴音が謝ることではないよ。犯された女の子が悪いなんて、俺はふざけるなと思うからさ」
「わたし無傷だよ」
「分かってる、ものはたとえ」
「いや、その例え、無茶苦茶気になったよ」
「ごめん例えが悪かった」
「うん、それでよろしい。お金の件は任せといて」
「じゃあ、後で返すから」
「いいよ、いいよ、まあそれはまた今度の話にしようよ、とりあえず今はわたしが出すから」
「わかったよ」
ない袖は振れない。傷が目立たなくなったら、早くバイトを入れて必ず返そうと思った。
「茜、音声データどうだろうか」
「今聞いてる、ばっちり取れてるけども、音声の吸い出しをして重要なところを抜粋するね。このままじゃ使えないから」
―――
修正されたデータを確認した。お互いの名前を呼び合う声、それからの行為など、証拠となる部分がうまく抜き出されていた。
手元には、客室データ。ここまで上手く行っても更にそれは造られた物だと言われる可能性がある。琴音と茜の宿泊データと鈴木と由美の宿泊データ。俺のデータは元々宿泊名簿に載せてなかった。それから六泊は茜が泊まったことになっている。
「流石、完璧だな」
「でしょう、友達も手伝ってくれたからね。ここまでうまく行くとは思わなかったよ」
あくまでも追跡したのは茜と琴音のふたり。俺が表に出ては何を言われるかわかった物ではないからだ。
二日目に撮影された写真も並べられた。一日目は少ないが、二日目は充実していた。仲良くふたりが歩いているシーン。抱きついているシーン。キスしているシーンもあった。よく撮れたな。これは動かし難い証拠になった。
褒めてやろうと、茜の方を見た。その視線の移動がちょっと別のところを経由しながら……。
「あっ、スカートの中身見た?」
「いや、見てないと思うよ」
「ほんとに? 視線怪しかったけど?」
「だから見てねえよ」
「残念だねえ、今日は黒の下着で決めてきたのに」
「何言ってるんだ、白だろ……、あっ」
「見てるじゃないかー」
「うるさいなあ。そりゃ、俺も男だしな」
「あー、開き直ったよ、この男」
「謝ります、すみませんでした、茜さん」
「誠意が足りない」
「どうすればいいんだよ」
「そうだねえ、どうしようか」
目の前の茜は、あまり悩んでいるようには見えなかった。そもそもわざと見えてもいいスカート履いている可能性を否定できない。
「まあ、どうでもいいか」
「なんだよ、あれだけ引っ張って」
「細かいこと気にしない、それより圭吾は由美と別れたらフリーなるの?」
「たぶん、な」
そっかと、ニヤリと笑った。このタイミングでの確認と言うのはどう言うつもりだ。
「そうだ。パン焼いてたんだ。」
茜はキッチンにパタパタと走って行き、サンドイッチとコーヒーをふたり分持ってきて、一緒にベッドに腰掛ける。
「どうぞ、朝ごはん食べてきてたらごめんね。お腹減ったから……」
「大丈夫、琴音は食べてたけど、俺朝は食べてなかったからちょうど良かった」
パンを口に運びながら、またチラッと見てしまう。スカート丈が短すぎるんだよ。もしかして誘われてるのだろうか。
「圭吾がフリーなら、彼女に立候補していいかな」
俺はコーヒーを飲んだ途端、思い切り咳き込んだ。
「大丈夫? ポイント間違えたりしてない」
「いや単純にびっくりしただけだ」
圭吾は今にして思う。パソコンの音声データよりこっちが本題だったのか。今まで由美がいたから意識したことすらなかった。二年後輩の背は低いけど、可愛い女の子。彼氏がいた話は聞いたことがない。真面目と言うわけではないが意識して避けていたようには見えた。
「おいおい、冗談がすぎるぞ」
「冗談じゃ、ないよ。初めて見たとき、良いなあ、と思った。隣に彼女がいたから狙えなかったけども。だから他の男の子の誘いは全部断ってたのよ」
「初耳だよ」
「そりゃ言ってなかったもん」
「正直、無茶苦茶驚いたよ」
「この格好、似合ってる?」
「いや、まあ、似合ってるけど。ちょっと短いけどな」
「こう言う服は嫌い?」
「いや、嫌いじゃないよ。でもさ、突然言われても……」
「大丈夫、圭吾くんが嫌じゃなかったらだけどね」
嫌ではないが、頭に琴音のことが浮かぶ。やはり、俺は琴音のことが好きだ。
「ごめん、今は考えられないよ」
「だよねえ、琴音がいるからねえ」
「琴音は関係ないだろ」
「関係ないの?」
「いや、相手の気持ちもあるしな」
「分かったよ。まあ覚悟はできてたからね」
笑みを浮かべた茜がいた。振られることはわかっていたように見えた。
「じゃあ、最後にギューっと抱いて。そしたら、とりあえず今は忘れるから」
「わかったよ、それくらいならお安い御用だ」
茜の身体に触れる。こんなに近くに感じたのは初めてだった。香水の匂いが強く感じる。ここに琴音がいたら、勘違いされそうだ。
「圭吾くん、茜。なんで……」
開いたドアから覗く琴音。なんで琴音がいるの、帰ったはずなのに、頭の中が錯綜して、混乱してた。
「わっ、わたしお邪魔だったよね。ごめんね」
慌てて出て行こうとする。茜がちょっと待ってと止めたが間に合わなかったようだった。
なんで帰ったはずの琴音がここにいるんだ。疑問の答えが目の前の茜のスマホにあった。
(データの確認、圭吾としてるんだけど、琴音も来ない? 元町の花時計のマンション405号室にいるから)
「はぁ、茜! 何してるんだよ、これは!」
―――
うわっ、大変なことになっちゃいました。
茜ちゃん、何考えてるの?
圭吾くん大丈夫? と思ったらメダル頂けるとありがたいです。
レビューありがとうございました。感謝してます。今後も、いいね、フォロー、レビュー頂けるとありがたいです。
よろしくお願いします。
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