第25話茜と喫茶店

「いらっしゃいませ」

 圭吾はフラワーロードの喫茶店に戻った。時計を確認すると13時50分。バイトが終わるのが14時なら、茜が来るまで30分くらいだろうか。


 先程、鈴木と由美が座っていた窓際の席に座った。店の中ではこの場所が一番特等席だった。

 しばらくするとLINEの着信音が鳴る。スマホには琴音しか登録していない。圭吾が確認すると、新着メッセージの表示が出ていた。


(茜ちゃん来ましたか?)

 なぜ琴音は自分の知りたいことを書いてくるんだろう。俺は鈴木と由美の状況を知りたいのだが。


(いや、まだだ。それより由美と鈴木はどこに向かってる?)

(今いるのはホテルすぐ近くの……、えと)

(焦らなくて良いぞ)

(はい、……えと、あったモザイクって書いてます)

 琴音は、ショッピングとかしないのだろうか。年頃の女の子は、彼氏がいなくても女の子同士で遊びに行ったりするけれども。


(あまり、ショッピングとかしないの?)

(そうですね、……同じ店でしか買わないから)

 割と可愛い服着てるのに同じ店で買ってるんだ。オシャレに興味ありそうだけど、店選び方には無頓着だった。


(圭吾くんが、服選んでくれますか?)

(終わったらな。それより今は追跡)

 琴音のLINEの内容は破壊力がありすぎた。ドキドキしてしまう。


(わかりました。頑張ります)

 猫の顔文字スタンプが押されてた。がんばるにゃ、と書かれてる。


 LINEに集中していると店内に人が入ってきた。少し色を染めたボブカットの髪の毛、背丈は150センチくらいだろうか。割と小柄な少女だった。


「茜、早かったな」

「急いで来たから。それで、彼女との関係は?」

 座るや否や聞いてくる。さっきからずっと聞きたかったのだろう。興味の色が瞳からは溢れていた。両肘を机に突き、なにも知らなければ詰問してるようにさえ見える。


「彼女は白石琴音さん、俺たちと同じ大学の四回生だよ」

「それくらい知ってますよ。そして鈴木さんの彼女ですよね」

「お前、詳しいな」

「鈴木と白石さんは親公認の仲で、お似合いのカップル。それがなぜ圭吾と?」

「色々とあるんだよ、まずは……」

 俺は茜に分かりやすいように今の状況を説明する。嘘を言っても見抜かれるのでなるべく詳しく語った。


 注文を取りに来たウエイトレスにコーヒーとアイスコーヒーを注文する。

 アイスコーヒーを半分くらい飲んだ茜は。


「分かりました。で、その復讐のため手を組んだのですか」

「そうだ。俺は由美が許せなかった」

「でも、確か圭吾は、由美のお父さんの仕事先に就職が決まってたはず」

 本当にこいつは、よく知ってる。琴音なんか今でもその事に気づいてないんだぞ。


「これからどうするんです? 浮気を明らかにすると言うことは……」

「分かってる」

「でも、もう四回生じゃないですか。今から探しても仕事先見つかるか分からないですよ」

「それは何度も考えた。そして、由美のところから出る決心がついた」

「なんで? おかしいですよ。例えば一年か二年我慢して社会経験積んで……」

「分かってる、それも考えたよ」

「絶対変ですよ。ゼネコンの会社に折角就職できたのに。それとも……」

 茜はそこで一息つく。残ったコーヒーを飲み干した。


「琴音さんのことが、好きなのですか?」

「それは、まあ、……否定はしない」

「先輩、馬鹿ですよ、大馬鹿だ。そんなことで人生棒に振って琴音さん、振り向いてくれますか?」

「それは期待してない。そもそも彼女と俺だと釣り合いが取れない」

「そんなの関係ないです。少なくとも琴音さんはそうは思ってなさそうでしたから」

「はい?」

「あっ、今言ったことは忘れてください」

 人生のことか、何度も考えたよ。二年くらい働いて実務経験を積んで、辞めて別会社に入った方がいいということだろう。

 分かってはいるんだ。


「冷静に考えたら、最悪の選択をしてますね」

「だな」

「まあ、先輩らしいですけどね」

 茜はニッコリと笑った。その表情には先程の迷いは無かった。


「玉砕覚悟で行きましょうか」

「玉砕かよ」

「そのくらいの覚悟で行かないと、うまくいかないですよ」

「私は応援しますよ、目先の損得だけ考える大人にはなりたくないですし」

 茜はじっと俺の心の中を見るように見つめていた。目の前の少女は、驚くほど観察力が強く正義感が強いのだ。だから、力になってくれると思ってた。


「そうだ。鈴木さんと由美さん本日ホテルに泊まるんですよね」

「うん、2504号室に泊まることになってる」

「フロントに確認しないと分からないですけど、確か今日は利用客が少なかったんですよ」

「そうなのか、よく知ってるな」

「友達がホテルの仕事してますから。それで両隣のどちらかが空いてればですけど、宿泊したら良いんじゃないですか?」

 琴音と宿泊とは思ってもみない事だった。そもそもそう言う関係じゃないだろう。何を考えてるんだよ。


「いや、だからそう言う関係じゃ」

「勘違いしてますか? してますよね」

「なんのこと」

「わたしは琴音さんと関係持つために泊まることを勧めて言ってわけではありませんよ。そもそもそれじゃ、タブル不倫になりかねませんし……」

「じゃあ、何のためだ」

「非合法ですけど、盗聴……」

 茜は驚くことを言った。びっくりして茜の表情を見る。そっけない程に冷静だった。


「盗聴器具はありませんけど、集音マイクなら家に帰ればあるはず……」

 思ってもみない事だった。確かにそれならどんな証拠より動かし難いものになる。宿泊してるんだ。何もしない訳がない。


 圭吾がその話を思案していると、スマホの着信音が鳴る。もちろん相手は一人しかいない。慌ててスマホの通話ボタンを押した。


「どうした?」

「なんか変な人達に絡まれてます」

 スマホを通してガラの悪そうな男達の声がした。


「美少女ちゃん、もしかして彼氏に電話してるの? 間に合わないと思うけどなあ」

「ごめんなさい、助けてくれるとありがたいかも」

「大丈夫、俺たちが楽しませてあげるから、……ね」

「どこにいる!」

「わたし、ダメダメだね」

 泣きそうな声で呟いて突然、電話が切れた。


「圭吾、どうしたの?」

 俺の荒々しい語気に気づいた茜は心配そうな視線を向けてくる。

「琴音が誰かに連れ去られそうだ」

「わたしも手伝う、行こう」

「多分、モザイク付近だ」

「私、あそこ詳しいから」


 圭吾はコーヒー2杯分の清算を済ませて店を出た。

 絶対、助ける。琴音を失ったり『絶対』しない。もう琴音を失うなんて、懲り懲りだ。


――――

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