第36話「2の補数」

 ギルドで処理をしていると妹からいつもの様にチャットが入った。


「お兄ちゃん、ニュースは見ましたか?」


「ニュース? 何かあったっけ?」


「匿名掲示板でステータスをMAXにする方法が紹介されているんですよ」


「随分景気のいい話だが……バグだろ?」


 そんなうまい話があるわけがないバグで下方修正されるなり正常な値にされるなり修正が入るに決まっている。


「ちなみにどんなバグなんだ?」


「全ステータスが一になる装備をつけて、それからステータスデバフをかけるとデバフをかけた値がMAXになるそうです」


「あー……アンダーフローバグか……運営も本当に懲りないな……前もオーバーフローバグを出してたろ」


「バグなんですか?」


 そんな都合のいい裏技があるとでも思ったのか?


「バグだろ、計算機の仕組み的に符号無し整数でマイナスになるとMAX近い値になる事があるんだよ」


「はえー……すっごい簡単」


「ちなみに初心者向けのコンピュータ解説書には大抵書いてあるよくあるバグだぞ」


 これをやらかすやつがどんなに有名なバグになってもいなくならないところはホラーと言ってもいいのだが、そのくらいシンプルなのに良くあるバグだった。


 俺は半ば呆れていた。こんなバグを放置する運営も開発もいい加減すぎるだろう。この前のオーバーフローバグから何も学習していないようだ。ゲーム用コンピュータが8ビットだった頃から有った伝統的なバグを再現する手法には閉口せざるをえない。


 しかしまあシンプルなほど見逃されがちなのかもしれないが、運営が開発に瑕疵担保責任を求めそうなお粗末さだ。


「ギルマス-? バグの噂は聞いた? このギルドでレイドボスを倒そうかと思うんだけど?」


 マクスウェルが入ってきた。コイツら怖いもの知らずなんだな……


「下手すりゃロールバック案件だから俺は参加しないぞ」


「ロールバックまでやるかしら? 詫び石配って終わりじゃない?」


「詫び石はもらう前提なのか……」


 いや、確かに配りそうだけどさ……


「俺はロールバックされそうだから不参加で」


「私は行きますよ! 普段勝てないボスだってワンパンですから!」


 まあ手順が簡単すぎるし、バグとは言え運営が警告を出していないのだからBANは多分無いだろう。


「決まりね! フォーレちゃんと私とメアリーちゃんでデスロード討伐ね!」


「ちょっと待てよ! メアリーも参加するのか? ちゃんとこのバグの仕組みを解説した上での参加なのか?」


「バグなんですか? マクスウェルさんが誰でも最強になる裏技があるって言ってたんですが……」


「お前なぁ……」


「と、とにかく! 三人でボスをぶっ倒してくるわよ!」


「ファラデーやヴィルトやフィールズはどうしたんだ?」


「……こんなわかりやすいバグの茶番には乗らないそうよ……」


 ダメじゃん……明らかにダメだって分かってるメンバーもいるのにコイツは参加しようというのか……


「まあいいや、ロールバックされたときに泣かないようにな?」


「ふっ! 私は後悔などしないわ」


「私だってもらえるものはもらっときますし!」


「よく分からないけど私でも役に立てるんだよね?」


 メアリーが気の毒だったが、これ以上止めてもキリがなさそうだったので好きにさせた。その日の晩にフォーレが『余裕でぶっ倒せましたよ!』と楽しそうに言ってきたのだが、後日討伐記録はロールバックされ、バグを『利用していない人だけ』に詫び石が配られフォーレとマクスウェルは泣いていたのだった。

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