第13話 狼さんと昔話

 平原地帯の終わりには深い深い緑の森があった。

 鬱蒼としている、と赤ずきんは予想していたが、思いのほか明るい。

 土で整地した道とその脇に揃う茂みと雑木林。

 陽が差し込み、影すらほんのりとした明るさを漂わせる。

 直線に続くこの道は先が見えないほど長いもので、赤ずきんは静かに穏やかな青い瞳を細めた。

 隣にいる、体長160センチの年老いた狼は、左目の琥珀に森を映す。

 どこか懐かしむように細め、小さく鼻息を出した。


「思ってたより安全そうだね」

『……そうだな』

「歩けそうかい、狼さん」

『当たり前だ。行くぞ』


 1人と1匹は森に踏み込んだ。

 整地された道を進めば、途中に休憩小屋があった。 

 ライフル銃を壁に立てかけ、椅子に座っている狩人がいる。

 髭を生やした垂れ目の男は、赤ずきんと狼を珍しそうに見る。


「これはまた珍しい狼だな、図鑑で見た振りだ……それかうちのじいさんが仕留めた狼に似てる」

「どうも、狩人さん」


 挨拶を交わすと、狼は軽く唸った。

 狩人は悲し気に眉を下げる。


「うちのじいさんはずっとこの森で狩人をしていた。その時、最後の狼の群れがいたんだ。人食いじゃない、れっきとした狼が……彼らを撃ってから、人食い狼が増えだした」

「そうだったんですか」

「彼らがいなくなって本当すぐだよ、きっと人知れず戦っていたんだろうに。じいさんはこの森だけでも守ろうと道を作って森と人を分けたり、人食い狼を駆除したりして、今は父さんと僕でこの森を守ってる……こんなことで許されるわけじゃないけど、できることはしてるんだ」


 赤ずきんは感心しながら頷く。


『……』


 それでも唸っている狼を連れ、赤ずきんはさっさと歩き出す。


「人食い狼さんと戦ってたの?」

『いや、あの時はオレも小さかった。大人の事情なんて知らん』

「なるほど」

『気付いたら親に銜えられて、穴に隠されていた……その時に聞こえた爆発音が苦手なんだ』

「そうだったね、ごめん」


 休憩しながら進んでいくと、今度はボロボロの小屋があった。

 窓ガラスが割れ、扉はへこんでドアノブが地面に転がっている。

 扉を押せば抵抗もなく開いた。

 腰ベルトのホルスターから銃身の短いダブルアクションリボルバーを抜いて、中を覗く。

 獲物を捕らえる為の罠やロープ、小さな檻がいくつも置かれていた。

 薄暗い、荒れた形跡もない静かな時間が流れるような空間で、ベッドやクローゼット、キッチンは埃がかぶっている。


「狩人さんが使っていた、小屋かな? 狼さん」

『そのようだな』


 琥珀の左目で周囲を見ながら、狼は小屋の中へ弱々しい足取りで進む。


「まだ先は長そうだし、今日はここで休もうか狼さん」


 赤ずきんの提案に、少しだけ鼻先を室内に入れて中を覗く。


『……いや、日が落ちるまではまだ時間がある。小屋は他にあるだろ』

「でも疲れてるんじゃない?」

『いいや、ここは好かん』


 狼はよろよろと小屋から離れていく。

 また真っ直ぐ道を進む。  

 

「これだけ道が長いと退屈だねぇ」

『そうだな』

「狼さんは、誰かを好きになったことはあるかい?」

 

 耳をぴくりと立て、前脚を少し躓かせた。


『いきなり何を言うんだ』

「私より経験が長い狼さんなら、恋の1つや2つはあるかと」


 にこにこと言う赤ずきんに、狼は恨めしく唸りながらも、すぐに呆れたように鼻息を出す。


『……ないわけじゃない……別の群れの女に惚れていた』


 黙って狼の話に耳を傾ける。


『ある時、群れのボスが人間の罠にかかってしまったんだ。助けることもできたが、余計な下心がでてきてな、嫌がる彼女を無理やり連れて…………逃げた』


 狼の声はどんどん小さくなる。


「それで、どうなったの?」

『彼女は気が狂ったように森の奥へ消えてしまった。死ぬ時まで一緒に添い遂げる、分かっていたんだがな、番っていうのを』

「もし会えたら?」

『…………許されないだろうが、謝りたい。噛み殺されてもいい』


 穏やかな青い瞳を細め、赤ずきんは頷く。


「そうなったら私は貴方を守るよ。それか代わりに殺されてあげる」

『ハッ、好きにしろ……』


 次の小屋を見つけるまで、先の見えない真っ直ぐな道を歩き続けた。

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