第11話 雨宿り(過去の話)
赤ずきんは射撃訓練を終えて、台や土に散らばる破片を片付ける。
赤ワインをいつものように飲み干していくカイルは真っ赤な顔で丸太に腰掛けていた。
無精ひげにぼさぼさの黒髪で、服装はボロボロになった軍隊の制服。
弾のないリボルバーを常に握っている。
「よぉし、だいぶ様になったな、完璧と言ってもいい。これで訓練は終わりだ。もう悪さして兵団に来るんじゃねぇぞ」
赤ずきんは戸惑いつつも小さく、ありがとうございます、と呟く。
ジッと、赤ワインを喉奥へ流し込んでいく姿を見上げた。
「……ワイン、おいしいの?」
「あぁ? ガキのくせに酒の味なんて気にするんじゃねぇ」
『質問にぐらい答えろ』
体長160センチの大柄な狼に睨まれ、カイルは静かに笑った。
「もう覚えてねぇよ。アルコールが頭に入りさえすればいい。戦いは、俺達を狂わした。気付けば、化け物が見える」
『オレは幻覚じゃないぞ』
特に気にせず、カイルはリボルバーを眺める。
「仲間や、助けたはずの奴らが巻き込まれて死んで、女子供は爆弾抱えて走る。馬鹿みてぇだ、いつになったら終わるんだ……くだらねぇ戦いは」
赤ずきんはボルトアクション方式のライフル銃を大切に抱えながら、向かい合うように丸太のイスに腰掛けた。
「武器ってのはな、悪意で持てば銃口は、いつの間にか自分に向いている。善意で持てば守る為に銃口は下を向く。そんなもんだ……なぁ」
静かに鼻で笑った。
赤ずきんと狼はお互い目を合わせて不思議がる。
「さっさと帰れ!」
突然カイルは怒鳴った。
驚いて丸太から転がり逃げる赤ずきんと、守るように立ち向かう狼。
『カイル、お前は酒のせいで頭がおかしくなってる。そういう時、人間は病院に行くんだろ?』
「うるせぇな! 化け物が指図するんじゃねぇよ!!」
リボルバーの銃口が狼に向く。
「あっ……!」
『どうせ弾なんて入ってないだろう、苦しまないように噛み殺してやる』
人差し指が引き金にかかる。
カチッという音よりも、爆発のような破裂音が森に響き渡った。
体毛が散る。
驚いた狼は怯んでしまい、耳を後ろへたたむ。
『ぐ、音が』
「ちっ、外した……まだ弾はある……ある、撃て、撃て、化け物がぁ、死ね!」
「やめて、やめて……狼さんをうたないで!」
丸太を飛び越え、小さな体でカイルに体当たりをかます。
「どぁっ!」
背中から倒れたカイルの指先が緩み、リボルバーも芝生に落ちる。
『赤ずきんっ、そいつを撃て!』
「……う、うつ?」
震えた口調の赤ずきん。
「は……はぁ、はーっはぁはっ!!」
仰向けに倒れたカイルが笑いだす。
「せっかく教えてやったのに、人を撃てないんじゃ……意味ねぇんだ」
今度は弱くぼやいた。
手探りで芝生に触れ、リボルバーを掴んだ。
ゆっくり、銃口を向ける。
親指を引っかけた。
鼓膜を揺する破裂音が森に響く。
リボルバーが、再び芝生に落ちた。
血まみれの軍制服。
赤ずきんは唇を震わし、狼にしがみつく。
『赤ずきん……行くぞ』
歩き出した狼。
赤ずきんは未開封のミニワインボトルを拾った。
『また余計な物を拾うな、こいつを見ただろ、酒を飲めばああなるんだぞ』
「…………」
説教を聞き流すように頷いた赤ずきんは、ミニボトルを持ったまま歩き出す。
呆れる狼は、説教をやめて先頭を進む……。
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