第6話 とある兵士達

 よたよた、弱い四肢は立ち止まった。体長160センチの大柄である狼は低い城壁に囲まれる都を左目で眺める。

 足元は白く、胴体にいくにつれて茶と灰の毛が混じる。

 テント一式が入ったリュックを背負う。

 中央に建つ城と時計台を中心に広がる街並み、外からでも分かる賑やかな人々の足。


「おぉーすごい、あれが都なんだね。初めてだよ、見るのも近づくのも」


 遅れて狼の隣に立ち止まった赤ずきんは、赤いフード付きの前開きコートを着て、細身のパンツにブーツ姿。

 背中に斜めかけカバンと、ボルトアクションライフル。

 腰に巻いたホルスターには銃身が短いダブルアクションリボルバーが収まる。


『まさか、あそこに行くつもりか? クソみたいな国を統治している軍の本部だぞ』

「随分と恨みがあるようで、狼さん」

『軍は家族を撃ち殺した』

「そっか……道を訊きたいし、門にいる兵士さんに声をかけるよ。それでいい?」


 赤ずきんの微笑みに、そっぽを向いた狼はよたよたと街道の脇にある太い木の下に隠れた。

 お座りの姿勢で待つ。


「すぐに戻るからね」


 赤ずきんは都の門へ。

 人通りの少ない街道の脇で退屈そうに待機する狼の耳に、土を強く踏み込む靴音が届く。

 琥珀の左目で辺りを見回すと、ライフル銃を背負った兵士達が見えた。

 緑の制服で左右の腹部と胸部にポケットがついている。

 胴体に巻きついている4つのポシェット。

 鍔がついた帽子をかぶった兵士が5人。

 狼の全身は強張り、伏せて隠れようとするが、兵士達は街道を進み近づいてくる。

 気付かれないことをただ祈る。


「あれ! 狼では?」


 無情な一言に、狼は鼻息を吐く。

 5人のなかで一番若い男が大柄な狼を発見、続けて4人はライフル銃を手に警戒しながら狼を捉えた。

 筋肉隆々の兵士は、


「あぁ? 人食い狼? でっかいな」


 怪訝な表情を浮かべる。

 丸メガネをかけた兵士は首を横に振った。


「いいえ、あれは100年以上前に絶滅したはずの狼です。まさかこんなところで遭遇するとは……いやはや」

 

 丸メガネは興味深そうに狼をレンズに映す。

 熊のような体格をした兵士は、


「なんだろうと都の近くにいるなんて危険に決まってる。やっちまおうぜ」


 ライフル銃のボルトハンドルを右下に倒して構えてくる。

 細い体の兵士は黙って成り行きを見守る。

 

「待ってください、リュックを背負っています。もしかして飼い主がいるかもしれません」


 一番若い兵士の言葉に、熊のような兵士はライフル銃を下ろす。


「狼を飼うだって? ハハ、じゃあワイアット、飼い主が現れるまで待ってみろ。その間に俺達がライアン隊長に駆除報告をしてくる」

「え?! ここで?! アーサーさん正気ですか!?」


 ワイアットと呼ばれた一番若い兵士は驚いた拍子に帽子がずれてしまう。

 慌てて鍔を掴んで直す。


「襲ってきそうなら撃ち殺せばいいんだよ。じゃ、ちゃんと見張ってろよ」


 豪快に笑うアーサーは、残りの兵士達と共にワイアットを残して都へ。

 ワイアットは街道の脇にある太い木の下で伏せている狼を、ちらちらと覗きながらも、目を合わせずにライフル銃を手に持ったまま直立。

 狼はなかなか戻ってこない赤ずきんに不安を覚え始めた。


『……おいっ!』


 狼は焦りを隠せず、ワイアットに声をかけてしまう。驚いたワイアットは辺りを見回した。


「え、声がしたけど、えっ?」

『ワイアット、ワイアット! ここだ、オレだ!』


 ワイアットは眉を顰めて、狼とようやく目を合わせた。


「う、ウソだろ喋ってる?」

『嘘じゃない、オレが喋っている。頼む、オレはここで相棒を待っているだけだ。決して人を襲うことなんてしない、だから見逃してくれ』

「……有り得ない、夢でも見てるのか、俺は。獣が、狼が喋るなんて」

『夢じゃない、いいから見逃せ!』


 狼の必死な訴えに、ワイアットは戸惑いながらも首を横に振る。


「め、命令には逆らえない、飼い主が戻ってきたら話は別だけど」

『今門番の兵に道を訊いている。もうすぐ戻ってくるはずだ』


 伏せから姿勢を崩して体を起こし、前脚を動かそうとしたが、ワイアットは慌ててライフル銃を構え、狼に銃口を向ける。


「う、動くな! 動いたら……襲ってきたと判断する」

『クソッたれが』


 言う通りに立ち止まるしかない狼は背中の毛を逆立てた。


「あのーすみません」


 赤ずきんの声に、狼はふぅっと息を漏らす。

 赤ずきんはホルスターからリボルバーを抜いて、ワイアットの蟀谷に銃口を添える。


「へ、いっ⁉」


 ワイアットは気配に気付けず、ライフルを地面に落とし、両手を頭の後ろに回す。


『ほら、オレの相棒が戻ってきた』

「何かしたの? 狼さん」

『なんでオレを悪く扱う。オレは何もしていないぞ』


 ワイアットは赤いフードをかぶった赤ずきんの表情を、焦りながらも横目で覗く。


「お、女の子、飼い主が、女の子?」

「すみません。彼は私の大切な相棒なんです。見た通りなんにもできない高齢な狼でして……許してもらえないでしょうか?」

「わ、分かった、許すから、ごめん、ごめんなさい!」

 

 赤ずきんは頷き、リボルバーをホルスターに収める。

 ホッとしたワイアットは、赤ずきんの穏やかな青い瞳と整った顔立ちを見て、静かに驚いた。


『酷い言われようだが、あぁー助かった』

「それじゃあ失礼しま」

「ま、ままま待て! 状況を報告しないといけないから、ライアン隊長が来るまで待って」


 赤ずきんが戻ってきても身動きがとれない狼はまた唸る。


「別に構いませんが、手短にお願いしますね」

「わ、分かった」


 ワイアットは何度も頷く。


『なんだこのガキは』


 扱いの差に不満を覚えつつ、狼は赤ずきんに横顔を撫でられて瞼を閉ざす。

 金色のおさげがフードからこぼれる度、ワイアットは目を向けてしまう。

 無意味に鍔を直し、落ち着かない様子。


「どうしました?」


 気が散ってしまう赤ずきんはワイアットに声をかける。

 特に強めでもない声だが、ワイアットは身体を一瞬震わした。


「あ、いや、なんでその、狼と一緒にいるのかなって」

 

 赤ずきんは目を細める。


「色々と訳があるんですよ」

「……そ、そっか」

 

 ワイアットは微笑みから目を逸らして、優しさを含めた声で控えめに頷く。


『なんなんだこのガキは』

 

 狼はまた不満を募らせた。

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