銃のようなもの 急





  同午後五時五十四分。「平和の(略)」。

「教授、私に提案があります」

 円卓の端で、"助教・えみちゃん"が再度手を挙げた。

「言ってみるがよい」

「はい。この件は一過性のものとは思われません。たとえ無自覚な婉曲表現であれ、罪を曖昧にしてはばかることのない愚昧な輩には、警告なり与えるべきかと」

「警告、か。当然の処置だな。具体的には?」

「デモ行進やろー。プラカード持って」

「アレ用のギロチン持って。って言うか、ダミー人形のアレ、百本ぐらい切り落とそうよー」

 適当な思いつきを挙げてくる外野に、"永久名誉教授"は渋い顔を返した。

「……我々の崇高な教義は、一般人には必ずしも好意的に受け止められていない。それはやめとけ」

「ふん、自覚はあるんだ」

 あさっての方を向きながら冷やかす"ごるごん"。その円卓の反対側で、さらに"えみちゃん"が言葉を重ねた。

「我らの同志、"平和のために戦うクラッカー部隊"が、二分あれば"警告"の代行ができる、と申しておりますが」

「おいおいおいおい」

 "ごるごん"が慌てて立ち上がった。

「あいつらはやめとけ。洒落にならんぞ。企業犯罪はいかん」

「"警告"の代行、と言ったんだな?」

 忠告をスルーして教授がえみちゃんに念を押した。

「はい」

「ならよかろう。我々は警告のメッセージを送った。それを、代行業者がどういう形に変換しようと、それは実行した者の責任だ」

「おいっ」

「心配するな」

 教授は緩〜い笑みを浮かべて、"ごるごん"にひらひら手を振ってみせた。

「ほんの一、二分、システムを真っ白にするだけだ。バックアップまでには手を付けんさ。……あの社のシステム管理なら、被害らしい被害は出ないはずだ。まあ……"企業犯罪のようなもの"ってとこか」




  同午後五時五十六分。人民軍。

「な、なんという……恐ろしい変化が、いつの間にあの国で」

 参謀たちが、色を失った顔を見合わせている一方で、上座の参謀長は何度も何度も頷きながら、含めるように言った。

「まあ、憲法に書いてないからなどという理由で、世界有数の軍事力を『軍隊ではない』などと言い張って恥じることのない奴らだ。そう詭弁を弄しながら軍備を拡張しつつ、ある日突然憲法を改正して一気に覇権を握る腹だろう。我々は騙されはせぬ」

「そ、それでは、いったいこの件はどのように――」

「このようななめた真似を我々が看過することはあり得ない。さしあたって、この報道記事の中心と目されるヨミカキ社には何らかの警告があってしかるべきだろう。袈裟の下に隠れた刀を見つけた以上……何だ?」

 ノックの音も慌ただしく、連絡事務官が入室してきた。耳元で何事かを囁かれた参謀長は、「ほう」と一言だけ発して、片頬だけで笑みを作った。

「何事で?」

「今から数分後に、ちょっとした見ものがある。吉林省の通化基地でちょうど短距離ミサイルの試射を行っているところだが……どうやら、不手際が起こってミサイルが行方不明になりそうだのう」

「ふ、不手際、なんですか?」

「通化基地の関係者は処罰するに及ばぬ。そう通達しておけ」

「はあ、しかしそれは、どういう……」

「なに、ちょっとした取引だ。上との」

「上……とおっしゃいますと? ちゅ、中南海の……」

「いや、もっと上だ。雲の上のな」

「く、くものうえ?」

「そこだけは今は何も訊くな。我らの忠誠の対象はもちろん党と国家主席である。が、この世界には……この宇宙には、と言うべきか? そこから一つ上の次元の相手というものが存在する。たまたま我らはそういう存在とつながりを持つことができているのだ」

 独り言のように不可解なことを語っていた参謀長が、そこで今一度、人の悪そうな笑みを顔いっぱいに作る。

「今回のこれは、不逞な輩どもにささやかな意趣返しになるだろう。……そう、"警告のようなもの"といったところか」




  同午後五時五十六分。ラグランジュ点。

「第十五班との連携はいいか? こっちは結果の判定だけ出来ればいいんだ。そのヨミカキ社とやらへの退避勧告は?」

「準備してます。一応あの地域の組織犯罪を装った形で間もなく出せますが、どうもこういう非常事態への対応が鈍い国家ですので、こちらの思い通りに動いてくれるかどうか」

「動かなかったら仕方ない」

 生真面目な複眼で、第十九班チーフが、一応の念押しという感じで主幹に進言した。

「これ以上、あの社会に干渉するのはあまり感心しません。僚艦に命令すれば、警告の形を取りつつ、最低限の被害に抑えるよう、手段を講じることが可能ですが」

「これはあくまで原星人同士のいざこざだ。そこへわれわれが、十五世紀先の技術を使ってやってまで原星人を守る義理はない。そもそもその列島国家民が"普通に"対応すれば、死者は出ないはずだろう」

 段取りを進める全星主幹と第十九班チーフの間の空間に、第十五班との折衝に当たっていた全星副幹の通信イメージが現れた。

『こちら、準備できました。現地で間もなく発射です』

「ちゃんと飛ぶんだろうな。あそこの空中兵器はどうも信用ならん」

『飛ばないなら飛ばないなりに、フォローしますよ』

「爆発したら?」

『抑えます。そっちのフォローも万全です』

「やれやれ。まあこの星の爆発物を使わないことには、色々面倒だからな。これも仕方ない」

 第十九班チーフが、緊張した声を張り上げた。

「あと二分で目標への威嚇行動に移ります!」

「おっと、そこは違うぞ、訂正しておけ」

「はい?」

 触毛をごきげんにゆらゆらさせながら、全星主幹が言った。

「"威嚇のようなもの"、だ」



  同午後五時五十九分。ヨミカキ新聞本社校閲部。

「お疲れっす。あれ、橋見チーフは?」

 仕事場に戻った矢野目を、部下の声が出迎えた。本人のはなはだしく疲弊している様子に、あえて突っ込むものは誰もいない。

 いささかむっとした顔で、矢野目が答えた。

「帰ったよ。選挙も控えてるし、ちょっと具合が悪いから大事を取るって」

「えーっ、いち抜けですか。橋見チーフ抜きで明日の朝刊はキツくないですか?」

「泣き言言うな。こういう時もある」

 記事が本格的に上がってくるまでにまだ少し余裕がある。大部屋の様子も、食事に出かけるなどで記者の数がさっきより目減りしているぐらいだ。落ち着いた空気になっているのをいいことに、矢野目はとりあえず自分の作業卓につき、まずは気持ちを切り替えようと、バソコンのレジュームを復帰させる。

 途端に、仕事途中の文書がウィンドウごとかき消えた。

「なんだ?」

 マシンの電源は入っているし、OSの基本動作におかしなところはない。ということは、社内ネット関係か、と周囲を見ると、仕事中の部下がみんなして戸惑った視線を交わし合っている。

 どうしようもなくて、しばらく作業を止めていると、見回りにでも来たのか、技術部の顔見知りがドアから顔をのぞかせた。矢野目はすかさず大声で呼んだ。

「何があったっ!?」

「よく分からんが、サーバーがダウンしてる。なんか妙なメールみたいなのが届いた途端にそうなった、とか言ってるが」

「ウイルスかっ!?」

「じゃなさそうなんだ。何なんだろうな。事故のような、クラッキングのような」

「どっちなんだっ!」

 矢野目には答えず、その社員はさっさと行方をくらました。

「ったく、こんなタイミングで」

「意図的なネット攻撃でしょうか?」

 そばにいた記者が、不安そうに尋ねた。矢野目には答えられなかった。その可能性はある。が、それを判定してどう動くべきかを決めるのは、少なくとも自分ではない、との思いがある。だいたい、曖昧な情報をどう整理できるというのか。校閲部長の立場で一つ一つの可能性を考えたところで、何につながるものではない――いや、それでいいのだろうか?

「おい、あれ」

 窓辺にいた何人かの部下が、夜空の一角を指して何事か騒いでいる。

「どうした?」

 矢野目からは外の景色はほとんど見えない。振り返った何人かの顔が、ひどく狼狽しているように見えて、矢野目は激しく胸がざわつくのを感じた。

「何か、あるのか?」

「いえ、その……なんか、妙なものが。飛んでくるようで、いくつも」

「鳥か、虫かなにかか?」

「違う、と思います。……光ってて、その、なにかすごく速いものが」

 ついイラッと来て、矢野目は感情まかせに激発した。

「はっきり言いたまえっ! ジャーナリストだろう!」

 部長の怒号に答えるものはいなかった。窓辺の社員たちが、不意に恐怖の叫びを上げて逃げ始めたからだ。だが、何が来る、とも、何が起きている、とも、明言するものがいないので、他の記者たちは中途半端に立ち上がったまま困惑するばかりだ。

 事態が見えない矢野目は、当然の行動として、窓に走った。たちまち驚愕に目を見開き、棒立ちになる。今頃になって、逃げていった部下たちが、なけなしの情報を大声で喚き散らしているのが聞こえる。

「ああっ! 何か、恐ろしいものがっ! ミサイルがっ!」

 それは戦慄だったのか、恍惚だったのか。"ミサイルのようなもの"に矢野目の体が反応することはついになく、迫りくる"脅威のようなもの"を、曖昧な破滅の予感を、茫漠とした思考のままで、ただただ受容するばかりであった。



  <了>


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銃のようなもの 湾多珠巳 @wonder_tamami

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