第4話 恋ヶ窪菜月②

「冬子のお節おいしっ! 無限に食べれそう!」


 菜月がニコニコと箸を運びながら、舌鼓を打つ。


「うちのより美味しいかも〜。松木家の子になってよかった〜」

「いつからお前はうちの子になったんだ」

「だって、今は冬子だし」

「早く戻れ」


 しかし、本当に美味しいな。さすが、我が家の食卓を一手に受け持つ我が妹だ。


 手作りの天ぷらや卵焼き、伊達巻きや煮物など、豪華な料理が並んでいた。

 いつも美味いけど、今日はさらに気合いが入ってるな。


 俺は雑な男料理しか作れないので、冬子のことは尊敬している。

 まあ、冬子は器用だから大抵のことはできるのだが。


「うっ」


 調子良く食べ進めていた菜月だったが、突然腹を押さえ始めた。


 苦しそうに呻いて、足をばたつかせる。


「ど、どうした……? なにか当たったか!?」

「食べすぎた……冬子の胃、小さすぎる」

「心配して損したわ」

「や、ほんとに。いつもの感じで食べてたのに、全然入らないんだもん」

「普段の菜月が食べ過ぎなだけだろ」


 冬子は少食だからなぁ……。菜月は下手したら男の俺よりも食べるので、食事量は全然違う。


 まあ、菜月は水泳部に所属するスポーツ女子だからな。量を食べるのは当たり前だ。


 対して冬子は華奢なので、同じ量が入るわけがない。


「思わぬ弊害が出たね」


 キリッとした顔で、菜月が言った。


「くだらない悩みで良かったよ」

「くだらなくないよ! 死活問題」

「平和なことで……」


 もっとあるだろ。入れ替わった弊害は。


「ふー、お腹いっぱい。明日食べるからね、ちゃんと残しておいてよ?」

「はいはい」

「私だって、お母さんのお節食べられなくて残念なんだから」

「だったらもう少し残念そうな顔をしろ……」


 お節は三日に分けて食べる予定なので、食べ尽くされなくてよかった。

 冷蔵庫にしまって、食器を片付ける。


 洗い物をしていると、背後でがさごそと冷蔵庫を漁る音が聞こえた。


「ふふふ、デザート食べちゃおっと。夜に食べても、太るの冬子だから関係ないよね」

「最低だな!」

「だいじょふだいじょぶ。冬子痩せてるもん。ちょっとくらいお肉つけたほうが健康的だよ」


 当の本人が能天気すぎて、悩むのもアホらしくなるな……。


 というか、こいつの暴挙をそのままにしておくわけにはいかない。

 いつか戻った時、冬子が絶望する。


「没収だ」

「あー! 私のチョコ!」

「お前のじゃないだろ……。ほら、早く歯を磨け。言っておくが、冬子を虫歯にしたら許さないからな」

「シスコンこわー」


 ひー、などと言いながら、菜月が洗面所に向かった。


 菜月は何度もうちに遊びに来ているので、勝手知ったる様子だ。

 うちにいる分には、放っておいても問題は起きないだろう。


「冬子の肌もちもち〜、スキンケアし甲斐がある〜」


 ……元気なのは菜月の良いところだが、やっぱり家にいると喧しいな。

 まあ、昔から一緒だから今さら気にすることもないけど。


「……俺も寝る準備をするか。寝て起きれば、きっとこの悪夢も覚めるだろ」


 こんな鮮明な夢は知らないけど。

 少なくとも、時間が経てば戻ることを願うしかない。


「じゃあ、俺はリビングで寝るから」


 大きめのソファを買っておいてよかった。

 見た目が冬子とはいえ、さすがに菜月と同じ部屋で寝るわけにはいかないだろう。


 ……そう、思ったのに。


「やだ」


 菜月が、手を伸ばして俺の袖を摘んだ。


「彰人、一緒に寝ようよ。……兄妹でしょ?」


 菜月は悪戯っぽい笑みで、だけどどこか切なそうな顔で、そう言った。

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